生きづらさを感じる人が創る
のびアート
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タグ:「詩・文」
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わたしが描く線が、太くて濃いのは
誰かに見つけてほしいからだ
はっきりと、くっきりと
みやすく、わかりやすく
ここだよ、ここにいるよ
みつけて
わたしが描く線の集合体がおおきいのは、
誰かにみつけてほしいからだ
どんなに遠くても、どんなに目が悪くても
わざわざ探さなくたって、どこにいてもみえるように
長い間そうやってきたけれど
みつけてもらえたのかな
自分でそれがわからないうちは、
みつけてもらえてないのかもしれない
だからずっと、わたしの描く線は、
太くて濃くて
線が形どるものも、大きいんだろう
淡くて、あざやかなものにあこがれたときもあった
それになれないし、なったとしても苦しいだけだときづいて
愚直に真っ直ぐ、黒い線を伸ばす
それも自分に似合っているんだろう
手癖もあるんだろうけれど
その線を好きな自分もいるんだから
これから見つけてくれるひとが、
ずっとずっといなくても、
わたしの線はずっと変わらないんだろうしんごう
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心は死んでるの
感想1
希死念慮がある一人として、書いてある文章に勝手ながら共感しつつ、作品全体から「限界」なサインを受け取ったような気持ちになりました。心の揺れや焦り、不安定さ、ただただ苦しい気持ちも伝わってきた気がしましたし、一見しっかりとした線のタッチや塗りではあるけれど、どこか儚く繊細で、小さい細い消しゴムのひとなぞりで消えてしまうのではないかと、そう感じさせられる作品だと私は思いました。
感想2
表情からか、白い背景からか、つよく虚脱しているような感覚を持ちました。仰向けに寝転んでいるのか、世界の軸がすこしずれてしまったのか、文字もうねっていて目眩の中という感じもします。自分の「生きてる」も「死んでる」も「死にたい」も自分と環境と生活のさまざまなものと絡み合っているけれど、体と心がうまく呼応しなくてバラバラに動いているようなときがあって、その感覚を思い出しました。
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飛蚊症
そこに無いものが、
見えてしまう病気
そこにあるのに、
見えないように振る舞う私の中で、
見えてしまう飛蚊症
鬱陶しいけど、いとおしい飛蚊症
感想1
「鬱陶しいけど、いとおしい」ここに込められた気持ちはどんなものなんだろうかと、勝手にですが気になりました。あなたの見える世界に、時折、「今見えていてくれてよかった…。」と思うことがあったり、「今は見えないふり、見えないふり…。」と邪魔に感じる、交差する感情があるのかなと想像してみました。瞳を右へ・左へと様々に動かす中で、必ずと言っていいくらい”ついてくる”、不思議な形をして興味深いものもある…でも飛蚊症は眼病のサインにもなりうるものだから眼科に行ったりと、厄介なところもあるよなぁ…と、同じ当事者として共感まじりに色々想像させてもらいました。
感想2
自分の存在をアピールするように目の前にふと現れる子どものような印象を受けました。困難が擬人化されて違う意味を持ってくるような不思議さを感じ、詩や言葉の力を感じました。生きるということは困難に溢れているけれど、少し視点が変わるだけで困難は宝物になることがあるんだろうと思います。言葉にすることの可能性を感じました
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儚い
水底の読み解き
罹りかけ恋煩い
気休めなの
獅子座の憧れ
目も耳も疲れちゃっていい
シスターから抱擁を
起き抜けに花束を
風へ
……言えたらな冬風くんへ、たよりを
感想1
最後の一文に、素直な想いが込められている気がした。これはあくまで私が感じたこの文章のイメージだけども、深海ほどではないけど少し深い水の中で、普段できるはずなのに時々呼吸のしづらさを感じていて、月を見上げては想うことが溢れてきて、受け止めてもらいたい感情に押しつぶされそうになったり、自分の横をスッとやや冷たく横切る風に声をかけようとしても、もうそこにはいない…。そんなイメージが、目を閉じた時に浮かんできた作品だったなぁ。
感想2
ひとつひとつの言葉が水紋のように広がっていくイメージで読みました。広がっていく言葉の中にはリズムがあって、そのあとに、「風へ」から最後の一行の「……」までの間に、呼吸がひととき止まるような、そして静けさの中に言葉が落ちていくような感じがしました。水辺、どこか窓の近く、空気の澄んだ感じ……の情景を勝手に思い浮かべています。もしかしたら、いちばん「言えたら」と思っているなにかは、ここには書かれていないのかもしれないと思いました。
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だれかさんはピアノが弾ける
だれかさんはバスケットボールが上手い
だれかさんは人に寄り添うことができる
だれかさんは困っている人を助けることができる
だれかさんは落し物をすぐに届けてくれる
だれかさんは話を優しく聞いてくれる
ぼくは、なにができるんだろう
ぼくにはわからない
けれど、だれかさんのいい所はわかる
ぼくのいい所をだれかさんが探してくれたらなぁだれかさんとぼく
感想1
「だれかさん」と「ぼく」の対照的な部分を挙げながらも、「だれかさん」(一人ではない可能性も考えつつ)に対して、ただシンプルに尊敬の念もあることが伝わってきた文章だと私は感じました。「ぼく」とは言っていても、もしかしたら投稿者さんのことではない可能性もあるし、”これが出来ると良い”と、世間で言われているものに対し、色々と考えさせてもらった作品でした。
感想2
人のいいところが分かるって、実はなかなかできることではないと思うんですよね。人間、悪いところは簡単に見えるけれど、いいところをを見るのって案外難しくて、それは生きる上でとても大切なことなんじゃないかなーとこれを読んで思いました
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感受性が強すぎるきみは
長い間苦しんでいる
光を見つけられずに
上辺だけの関係を掴み続けて
普通でいようと生きている
唯一
たまたま見た映画やドラマに
心を動かされる時がある
親子の絆
親友との決別から仲直り
目の前で繰り広げられる
人同士のぶつかり合いと成長を見て
君は涙を流す
そしてそうなりたいと願う
実際はうまくいかない
ぶつかり合いを怖がり、傷つけることが怖い君は
小さい頃習得した愛想な態度で今日も乗り切っている
おかげで望んでいる光景は
いつまで経っても見られない
感受性が強く、知らない人からにも気持ち悪がられるような君は
人間を憎み、自分を塞ぎ込んでいる
そんな気持ちでも
気持ち悪がられないように、普通でいられるようにネットで今を生きている人たちの姿を見て、溶け込もうと頑張っている
今も、これからもそうして生きていくのだろう
ネットにある光しか見せない彼らの姿を見て、足掻き続けるんだろう
神社に行っても家族や兄弟の幸せしか出てこない君が
バカ真面目に考えながら仕事をしても、認められない君が
普通でいようと美容、食べ方、姿勢
全てに気を遣っている君が
どうか報われる日が来ますようにわたし
感想1
文中に出てくる「君」がタイトルにある「わたし」であり、投稿者さん自身に向けた文章なのかな...と想像しながら読みました。私自身は、他者に対してであれば心から素敵だねと言えても自分に対しては素直にそう思ったり伝えたりできないと感じることがあるので、もし「君」が投稿者さん自身だとしたら、こんな風に少し離れたところから自分のことをフラットに見つめ、そっと幸せを願うように声をかけてみるのは自分の心を抱きしめてあげているようで、あたたかい気持ちになるなぁと感じています。
感想2
タイトルを鑑みると「君」に当てたこの詩は自分自身への言葉なのかなと思って読んでいました。現実的な人間関係、仕事や日常生活の中でうまくいかなくて悪意にも晒されてきた「君」を、あえてすこし距離をとるようにして書かれているから、「君」が頑張ってきたことや「君」の思いを背後からそっと支えているように感じました。愛想は周りの中で「普通」でいる技術ではあっても、それは「君」自身の心とは離れてしまうことが多いのかな…。そういう「君」の心をそっと守っている詩で、祈りのようだと思いました。
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たどり着いた最後の場所
もう見られない当たり前の風景
今の"当たり前"も
いつしか見られなくなるのかな
私はただ、生きていきます。運命は…旅?
感想1
短くシンプルでありながら、たくさんの解釈ができそうな哲学的な詩だと思いました。今までの「当たり前の風景」を離れ、たどり着いたのは「最後の場所」。そして、この場所の風景が今の”当たり前”になっていくのでしょうか。そしてこれもまた、かつての「当たり前の風景」のように、いつしか見られなくなるけど、ただ生きていく……。旅のような運命に寂しさや諦観を覚えながら、それでもしっかりと前を向いて生きていくという、とても力強い詩だと感じます。
感想2
端的な言葉の中に「私」の決意表明があるような言葉だと思いました。決意表明という言葉よりは、もうすこし柔らかさのあるニュアンスかもしれません。「月日は百代の過客」という言葉を思い出していました。時も景色も流れてゆき、なにもとどまり続けることはないこの世ですが、そう思うと、いまここにあるもののにハッとする瞬間もある気がします。通り過ぎた「当たり前」を私が忘れてしまっても、そこにあった事実は変わらないのかもしれない…ということを考えました。
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非対称のキラキラ
虚ろに住むメイデン
妬ける病も触れられて
突き刺さった残り香
鮮やかな人形遊び
手馴れた絵描き歌
胸元抱きとめたナイフ
風になって閉ざされた
てへぺろで消す一線
不在のまま慰め合い
空虚な癒しで紙一重
あーあ、だけ
戻さないアクセル
ワザと踊るピエロ
飛び込んだ黄色
嫌に澄んだ熱病
自家製のお薬
許しちゃった幻
頬を伝う空笑い
手放した地面
夢に堕ちた瞳
信じすぎて救われる
透明な糸絡んだ
ぼやけちゃった時計
着てない服纏った
生み出した新感覚
触れらんないあの子
ここにいないわたし
誰かの為の流れ星
蕩ける飴捨てた鞭
手から零れる絵画
家出したおなまえ
いるけど触れない妹
私には見えるお姉ちゃん
喋ってる透明の幼なじみ
私じゃない幸せなわたし
透き通った身体
すり抜ける思考
パステルの感覚
ふわふわな自在
混ざりあう皮膚
空気みたいな内側
確かめなきゃない息
くっつきそうな私達
詩的少女性キメラ
恋人繋ぎ緩む狭間
最終倫理も軽やかに
私がわたしでワタシが夜の詩
感想1
どこか不可視化された世界、バラバラの心が共存している世界を覗き見させてもらっているような感じがしました。色「家出したおなまえ」「信じすぎて救われる」など言葉の不思議な連なりの手触りを味わいながら読みました。本気の苦しさも遊びに混ぜてしまいたいような、でも全部を笑い事にはしたくないようなそんなせめぎ合いのイメージを勝手にしていました。リズミカルに連ねられた言葉で、音楽があったなら口ずさみたい感じがすると思う。でもこれに曲があるとしたら、けっこうメロディの難易度の高い曲なのかもしれない…と妄想しました。
感想2
ああ、この心地の良いライムに浸っていたい……と感じました。可愛らしいモチーフとちょっぴり物騒なモチーフが入り混じる文章から、ドリーム・コア的な風景が浮かんできました。夢と現実、物質世界と精神世界がくるくると切り替わるというか、行き来をしている?いや、はたまた重なって存在しているのでしょうか、それとも「境界」なんてものは最初から存在していなかったのかも……ととめどなく考えていくうちに、この世界にトリップしてしまいそうです。
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「どうしたの?怖い夢でも見たのかしら?」
私が泣いていると、ママはいつも優しく声をかけてくれる。
「……」
けれど、私は上手く言葉を返すことができない。
何となく違和感があるからだ。
ママは優しい。
私が悲しんでいる時には声をかけてくれる。
でも、私は悲しんでいる理由を言葉にすることができない。
ママに話すことなど何もない、と心のどこかで思っている。
私が黙っているから、ママの優しさが遠ざかっていく。
「せっかく心配してあげてるのに、何も答えないなんて」
…ため息。
「バカにしてるの?」
…聞くだけで体が緊張する、不機嫌な声。
「誰かに何か言われたの?嫌なことがあったの?ねぇ答えてよ!」
うるさい。話したくない。
私は思わず耳を塞ぐ。
優しいママは、私の幻想。
そんなのずっと前から、知ってるよ。知ってるよ
感想1
幻想の優しいママと幻想ではない不機嫌なママ、どちらのママにも自分の悲しみを話せないという息苦しさとやりきれない気持ちが伝わってきます。優しいママはいつからそばにいたのでしょうか。どこから来たのでしょうか。思い出の中なのか、理想なのか、この子自身が自分をケアする優しさの分身なのか、つい考えてしまいます。
感想2
「知ってるよ」って声は諦めたような、ちいさなつぶやきみたいな感じだと思いました。「ママ」に「優しい」状態でいてもらうには、「私」は「ママ」にとっての正解を選び続けなければいけないのかも。だけど正解が一つもないことも少なくないのかも……って想像しました。それはずっと難しすぎるテストを受けているみたいなものかもしれない。合格しないと「優しい」ではないものをたくさん浴びないといけないなら、緊張するのも、ひそかに幻想を願うのも自然な気がする。読んでいて、この場面は家の中で、あるすこし寒い日の朝のことかもって勝手にイメージしていました。
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うれしくもない
かなしくもない
どちらでもない感覚
アリジゴクの縁を歩いているような
すごく不安定な感覚
いっそジゴクに落ちたなら
逃げ出す元気が出るのかも
その覚悟もない私は
ただじっと黙って動かない
目立たないようにどちらでもない感覚
感想1
一歩踏み外したら落ちてしまいそうな距離をじっくりと感じている感じがして、その眼差しはどこからきているのだろうと思いました。「ジゴク」に落ちたif世界の「私」は逃げ出そうとしたり、しなかったりして、それを想像している瞬間「私」は縁からすこし離れてられるのかも。たくさんの「いっそ」を想像しながら、距離をとりながらじっと過ごすことは、「私」の生存技法なのかも。雨が降ったら、アリジゴクのつくった地形も変わったりするのかもしれないと思いました。
感想2
アリジコクの縁を歩いている
身動きが取れない
強張った身体
現代を生きる我々真面目に生きれば生きるほど息苦しくなっていて、こういう状態になるように思います。
本当はどこまでも自由に躍動する命を携えているのに。どんなに苦しい状態が今あっても、せめて、今はこの状態であり、本当は自由な命なのだというイメージは捨てずにいたいと思いました。 -
眩い
感想1
あたたかい光に手を伸ばしたい瞬間もあるけれど、眩しいを通り越して痛いほどの瞬間をイメージしました。私も死にたいと思っているし、周りにも希死念慮を抱える人と関わることが多いため、たまに希死念慮がないという人に出会うと新鮮にびっくりしてしまいます。淡く水分を含んだような色合いがきれいで、だからこそ「光」にこれ以上この子を焼かないでほしいと願ってしまうような気持ちになりました。
感想2
言葉の数々が、通り過ぎた残像のように見えました。生きていくことを前提として向けられるメッセージは、ときに眩しすぎて直視することができない瞬間があるように思います。絵の中の女の子は、手で影をつくりながら、どうにか目を向けようとしているのでしょうか。
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少女は、いつも静かでした。
自分の気持ちを言葉にするのが、あまり得意ではないからです。
少女の心の中には、小さな小さな光の粒が無数に散らばっています。ある日その粒の中に、珍しい色のものが混ざっていることに気が付きました。
(今まで上手く言えなかったけど、この事を誰かに話してみたいなぁ)
少女は、誰に話せば良いのかを考えてみました。
ママに話そうかな?いや、ママはだめだ。否定してくるし、まともに聞いてくれない。じゃあ、パパに話そうかな?いや、パパもだめだ。私になんて興味がないもの。その他にもいろんな人を思い浮かべました。でも、結局だれに話す勇気も出ませんでした。
少女の中に、もやもやと煙のようなものが立ち込め、また新たに光の粒が生まれました。
少女はその光の粒に「孤独」という名前をつけました。
「孤独」は、散らばる無数の粒の中にころころと転がっていきました。無題
感想1
文章なのに、不思議と絵本を読んでいるような感覚になりました。感情を光の粒で表しているのかなと私は感じ、その中でも様々な色があり、「光の」ではあるけれど、色味はほんとうに沢山の種類があるんじゃないだろうかと想像してみました。静かに転がっていったであろう「孤独」を思い浮かべながら、また一つあなたが抱え込む「光の粒」が増えていったことも感じています。
感想2
少女が心の中の光の粒を大事に思っていることを感じました。だからこそ、否定されてしまうかもしれないと思うと話せないのも無理はないと思いました。否定されることなく、ただ光の粒をそっと置いて、ゆっくりながめて過ごせるような相手や場所があればいいのにと思いました。光って視覚的なものですが、聴覚的にも光の反射が鳴り響くように感じることがあります。そう思うと、本当は少女は「静か」に見えるだけで、本当は心の中にさまざまな音も鳴り響いているのかもしれないと思いました。
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今日も見えないね
富士山をみて人はつぶやく
手前にある毛無山は まるでないもののように
晴れの日も雨の日も
真夏も真冬も
見えない毛無山は そこにある毛無山
感想1
富士山をみるのにちょうどいい場所としては知られても、その山自体をみる人のいない「毛無山」になにか強烈にシンパシーを感じながら読みました。「毛無山」がそこにあることに気づいている作者さんは、どんなふうにそれをみて、どんなふうにそこにいるのだろうと思いました。私もきっと毎日多くの存在を見逃しているから、こうやって作品のなかに、私ではないだれかの視点を教えてもらいながら生きていたいのかもしれない。
感想2
見えているものはあるのに、「見ようと」意識してないことや、気付かない事…”視点や意識を変えてみること”を教えてもらった気になりました。(勝手にですが…。)見られていない・気付かれない寂しさも文章から伝わってきたように私は感じていて、あなたが長いこと、そんななにかを感じてきていたりするのかなぁ…と、ぼんやり私なりにですが想像したりもしてみました。
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消えなくてもいいから
そばにいて
さらに暗く
どれほど遠い
道を歩いて
風は嵐に
鳥はいずこに
消えていた
泣かないでと
そんな言葉
泣けない私に
言わないで
そばにいて
そばにいて
消えないで
鳥が歌えば
僕らは遠く
歩かされて
風は嵐に
鳥はいずれ
消えていく
でも消えないで
そばにいて
どんなところが
居場所なのか
わかるような
遠くへ歩き
疲れ果てては
また同じ世界
嵐は止んで
鳥は泣きつかれ
また風が吹く
最後には
あっけなくも
塵になるはず
消えていくけど
消えていくけど
そばにいて
鳥はいずこへ
僕らはどこへ
歩かされて
風は嵐へ
歌はいずれ
消えていく
でも消えないで
そばにいてね道は白く
感想1
自身の寂しい気持ちと、誰かを想う気持ち、「もう疲れたよ」と言いたくなるような(言っているような)感情が伝わってきた感覚がありました。でも何かを悟っていて…というより、なにかを「分かっている」感じもあるのかなぁ…と、その「何か」は私には分からないけれど、色々と勝手ながら想像を膨らませ、考えさせてもらいました。あてもなく歩き、そしてそれはとても長旅で、道中様々なことが起こりながらもなんとかここまで来て、自分が安心して「自分」でいられる居場所を探し続ける、「冒険者パーティー(RPGのような)」の映像も、読みながら浮かんできた気がしました。
感想2
広い場所、開けた場所のなかにぽつんと、静かにある声のような詩だと思いました。くりかえされる呼びかけの中で、語り手の心も断片的に、広がったり、途切れたりしながらそこにあることを感じました。鳥はいつも私たちの近くにいるのに、私たちには進めない経路を持っていて、違う次元を生きているような感じがすることがあります。消えていくものへのさびしさと、諦めきれない願いのような祈りのような音だと思いました。
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優しい棘に甘えていた
柔らかさに埋もれて安心していた
優しい棘は成長を遂げ
私にも棘を固く突き刺す
過去に私が突き刺した棘
痛かった人がいただろうけれど
優しい棘は未熟なだけで
いつか誰かを深く刺す
棘を産むくらいならば
もう棘ごと消えてしまおう
成長を止めることはできない
だからここで消えてしまおう
抱きしめてもらえるほどに
優しい棘を持つ人を
見つけて抱きしめてしまいたい
その棘が固くなるまで優しい棘成長遂げ
感想1
「棘」という言葉が沢山入っている文章だけど、なぜか不思議と痛みを感じないような、あくまで私の感覚的にですが、”儚さ・後悔・慈愛”が感じられた作品でした。同時に。「私も棘を沢山出して(刺して)いただろうなぁ」と振り返ったり、でも棘は痛いけれど時には魅力でもあると私は考えていて(サボテンなど)あなたが表現する「棘」について興味深く読ませてもらいました。
感想2
音の響きとリズムがなんだか独特で、口の中で思わず何度かつぶやいてしまいました。朗読かポエトリーリーディングのような形でも聞いてみたいと感じました。韻を踏みながら棘という言葉の周囲を埋めていくように、痛みはあるけれど、なにか軽やかさもあるような詩だと感じました。棘を持つことは外敵から身を守るすべで、だからこそ「成長を遂げ」ることは強さにつながるように思います。だけど傷つけること自体が傷になるような、そんな感性があるように感じました。
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ほのかに明るい廊下
人の少ない診察室
会話をするのも億劫で
ただただコーヒーを飲み
携帯で文字を打っている
消えてなくなりたい
溶けてしまいたい
子供のことを考える
あたまと心が蒸発してくるほのかに
感想1
ある瞬間。しずかに動いていく周囲からは切り取られるように、停滞する時間が携帯とその人を取り囲んでいる。携帯と思考の中で、あなた(あるいは作中主体)は液体や気体のように溶けて散らばってゆくような、瞬間がある。あたまと心が蒸発してしまっても、なにか大切なイメージは続いているような気がした。ここからその人は立ち去って、どこかに帰ったのだろうか。
感想2
私自身通院しているからなのか、あなたの書いていた診察室や廊下のイメージがパッと伝わってきた気がして、静かなほの暗いグレーの色味の中に、オレンジがかったうすい明かりと、少しの明るさ…でもスッと入ってくる隙間風みたいな寒さが、頭に浮かんだような感覚になりました。(全部私の勝手なイメージですが…。)もしかしたら涙が出ていたんじゃないか・もしくは泣きたいのをこらえていた時の文章だったのかなと感じています。
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『感覚に尋ねて』
感想1
「わたし」が揺らぎ、あわいを行ったり来たりしているのですが、それが直線的ではなくあいまいなゆらめきの中にあるように感じました。7音や5音を中心としたリズムと、音と言葉のリフレインの中でイメージが浮かび上がってくるようです。そして4連目になり「現実との境界」で一度これまでのリズムが崩れ、ひととき立ち止まるような呼吸が生まれ、それから、またリフレインに戻ってゆくのですが、そこではすこしそれまでと別の位相に移ったようにも感じました。
感想2
寝落ちする直前の、意識がまどろんでいく曖昧な状態を思い返しながら読みました。淡々とリズムを刻む一つ一つの段落が、静かに、心地よく響きました。慌ただしい日常の中で、感覚に自分を尋ねる時間をかき消されているようにも思って、ふと寂しく感じました。自分のことは実は自分が一番よく知っているということを、思い出させてもらったように感じました。
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どちらでもいい ときく
どうしてだろうか ときく
ほうらくする
ほうら くす く す ぐずる
く する?
あたたかいものをもっているのですね あなたは
わたしの うず らくになるなら きて
わたしの うずら くになるなら きて
こんなにあかるいのであれば
ひるま ないた め いきいきと かえり のいず れいそうを こばむのか
ひるまない ためいき いきと かえりの いずれ いそうを こばむのか
ひとりひとりの ひかりの
あたたかいもの
うたいたいもの はうたいたい
感想1
一文一文から、「このようにも読める・どちらにもとらえられる・あ、こんな風にも読めた(とらえられた)」と、様々な発見と解釈ができる文章に感じ、色々まだ探ってみたい気持ちから、最終的に声に出して読みました。日本語(ひらがな)の多彩な表現の可能性を感じながらも、あなたがこの文章で表現したい自分の中にある「感覚・想い・疑問・わだかまり・少し抱いている希望」を勝手ながら私は読み取り、受け取った気持ちでいます。読みながら浮かんだ映像があるのですが、それは冬の早い朝方のイメージでした。
感想2
うたうような独特のリズムとテンポは、自由詩の面白いところだなとあらためて感じました。文字が繋がった瞬間に何か意味を持つ言葉になって、間の取り方や、前後の単語とのつながりによっても一文の印象ががらりと変わって、小さく笑ったりびっくりしながら、一緒にことば遊びをしているような気持ちで読みました。
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四季、そして死期
感想1
投稿者さんのこれまでの生きてきた道のりのことを知っているわけではないし、完全に感覚が同じではないかもしれませんが、文章を読んでいてあぁ分かるなぁ...生きることだけでなく自ら死ぬことも易くないよな...と共感を覚えました。季節の移ろいや誕生日がきて年を重ねること、そんな一つひとつにもまだ生きて(しまって)いるという風に感じられて自らそちらに向かわなくてはならない気分になる時のことを思い出しました。描かれた子はどんな気持ちで前髪を切ろうとしているのだろう...と気になりながら揺らめく文字を読んでいます。
感想2
前髪を切るように、文字も一緒に切れていて、波打つ文章はあなたの心の中を表しているのかなと感じました。一部モザイクがかった絵の(ぼかし?)表現の部分や、目の中の深淵・光とのコントラストに、あなたの抱える心の葛藤が伝わってきたような気がしています。
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白紙のノートに文を書くならば
あなたは何を書きますか?
きっといま思いついたものは
あなたが今考えていたこと
そして
もし文を書くのが自分じゃなかったら?
きっとこの文は書いていなかった。
まったく同じ文なんて
貴方以外の誰にも書けないのだから。
考え方も性格も
全部一緒な人なんて
世界中のどこを探しても
見つけることはできない。
自分以外に自分は居ない。
そしてもし
自分の生きている価値はない
と貴方が思っているならば
それはきっと
貴方が見た幻覚。
どんなにいい人でも
自分とは性格が違うように
いろんな人を
貴方が尊敬するみたいに。
貴方もまた、誰かに尊敬されている。
そんなことないと思うのならば
自分で自分を尊敬しましょう
生きているだけですごいんです。
だって、
命があるのが
当たり前ではないのだから。
もし、
ほんとうにそうなのであれば
貴方だけの
色で、言葉で、感情で。
貴方の人生を
作り上げてほしい。
読み返したときに
楽しいと思えるような人生を。
貴方の心の支えになれる日を
信じ続けてまっています。白紙のノートに、
感想1
問いかけからはじまる「貴方」に向けた文章だから、これがたまたま見た私が受け取っていいものなのか、なんだか迷ったりもしつつ読んでいます。私はノートにいろいろなことを書くのが好きで、悩みも、愚痴も、妄想も授業の記録も色々書いていて、中学生くらいから大人になるまでのノートがだいたいとってあります。読み返すと、その時々で違うことを書いているけれど、「私はこの時から同じことを思っていたんだな」と自分に気づくこともあります。(楽しい気持ちだけじゃなくて、恥ずかしいとか、悲しいとかもありますが……。)この詩に書かれているのは、だれかに向けたメッセージであると同時に、投稿者さん自身に向けたメッセージでもあるのかなぁと思いました。当たり前でない命をもって、自分なりの言葉を語ろうとすることは人間の不思議でおもしろい姿のひとつだと感じました。
感想2
今を生きている世界中の人とも、過去をさかのぼっても、未来の先にも、自分と同じ人は一人もいない。
それは本当にすごいことだなと改めて思います。重なって今ここにいる事もできないし、完全に分かり合うこともない。この孤独をすべての人が共に生きている。
それは圧倒的に孤独なんだけど、孤独ではない感じもします。
生きている価値がないと思うのも、分かり合えたと思うのも、本当は全部幻想で、本当は完全に一人だけど、その本当は完全に一人であるということはみんな共通していて、そのことは誰かと分かち合いたい気もします。
自分の中だけに、自分だけが頼れる島をまずは持っていたい。
もし人生で一度でも、その島を行き来できる人に出会えれば、それは幸せかもしれないなと。そんなイメージを持ちました。
白紙の紙に私が書くとしたらそんなことな気がしました。 -
涙を流すのなら一緒に泣くよ
傷が痛むなら手当もする
本音も愚痴も聞かせてよ
それが疲れたなら一旦寝よう。
今まで頑張ったから休んでいいんだよ。
それで、
涙を流したら次は笑おう
傷が治ったら冒険に行こう
胸につっかえてるもの全部吐き出したら楽になったでしょ
もうすぐ前に進めそう?
それでいいんだよ。
みんなでゆっくり進もうね。
ずっと一緒に歩くから。わたしだけのヒーローの言葉
感想1
あなただけのヒーローが、あなたがどんな状態の時に言ってくれた言葉なんだろう…って思いました。または、どんな状態の時に見つけた言葉・浮かんできた言葉なんだろう…と色々私なりに想像しているところです。前に立つでも、後ろから支えるでもなく、「横並びで」”一緒に”歩んでくれるヒーローなんだろうなぁと思ったし、休みたいなと思った時には、むしろ「いいね!」って言ってくれるような、そんな姿が浮かんだ気がしてます。ほんとに、ゆっくり進みたいなぁと思わせてもらいました。
感想2
詩の語り手のほんのすこしだけ前を行きながら、置いていくことなく一緒にいてくれる「ヒーロー」を思い浮かべました。これらの言葉はいたわりの言葉であると同時に、ひっそりした約束みたいな言葉でもあるように思いました。ゲームだと勇者とヒーラーは別のひとだったりするし、ヒーロー役はむしろ傷ついても前に進んでいくイメージがあるけれど、この「ヒーロー」は手当てもするし、一緒に泣いてくれるヒーローなんだなぁと思いました。
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🍄(読みにくくてごめんなさい)
感想1
みんなに言われるからきんなんだって、でも、きのこはかわいいからいいんだって。6枚目あたりではきのこの防御壁をつくっているみたいで、私はその感じも好きだなと思いました。でも最後にはきのこじゃない自分になって画面のそとに消えてゆく子の、背中を追いかけたいような気持ちになりました。きのこみたいな、赤い水玉模様はかわいくて、そのワンピースをまとってどこに向かってゆくのだろう。
感想2
あなたの影と、きのこの影から少し、寂しさや物悲しさを表しているように受け取った感覚でいます。様々な大きさのきのこ達がいて、増えていって、初めは無抵抗(受け入れている?)なあなたと一体化していく様子を、言葉と絵から読み取っていました。だけど最後はきのこを捨て、嫌な現状を投げ捨て、受け入れ拒否の意思表示をしながら、”リボン”という自分なりのものに変えていく、そんなあなたのチカラを感じました
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私、足があるかな?
頭はついてますか?
身体はついてますか?
魂は抜けているのに
身体は正直に付いてきてくれます無題
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僕の世界はふたつあった
僕はいつも首がいたくて、せかいにはしろい靴紐が映える青色と、新緑と、無機物的な灰色だった。
規則正しく分けられて同じ形が羅列された"灰色"を見ると僕はなんだかこんなところにも"普通"とかを感じてヘンになる。
でもきっとそんなことかんがてることがヘンで、余計に僕はヘンになる。
僕はいつも指がいたくて、せかいはカラフルだった。僕はぼくじゃないし僕はぼくのことを見れる。
手には銃を持ってたり、虫取り網、剣、杖、色んなものを持ってるけどぜんぶちがうぼくでそのぼくを僕は見ている。
友達も沢山いてヘンなひとがたくさんいてたのしい。
でもせかいには縁があって、なんとなく脳みその端っこで感じてる。
実は僕にはもうひとつ世界がある
そこはうるさいしずっと泣いてる声と怒鳴ってる声がきこえy\。ぼ$のこえm4(0…だんだせなく5*(・いってどうeよ/もなくあたまAいたcなIていIて
つw#。
*ら#。地面、画面、平面家族
感想1
タイトルに注目しながら、そしてそれぞれの世界や景色、あなたが見えているものについて考えながら読ませてもらいました。ここからは全て私なりの想像で書かせてもらうのですが、下を向いていると首が痛いし、でも下を向いて生活せざるを得ない状況にいたことも感じました。上を向けば明るい色味はあるけど、アスファルトの上は固く、灰色だよなぁと思っています。画面の部分ではゲームの世界が浮かびました。(ゲーム好きとして、指が痛くなる経験があった、というのもあります)様々な世界に入り込めるゲームの世界はときに平和で、時には豪快で…。でも「もう一人の自分」であることは間違いないなと私は考えています。あなたにとって、そこが居場所の一つであることも文章から感じました。最後の世界では、あなたの声が掻き消されてしまうほどうるさく感じている様子が伝わりました。あなたが声もあげられないほどの環境で、でもなんとか声を上げようともしていてもがく姿もイメージできたように私は思いました。
感想2
「せかい」の方では普通と対比されたヘンというのが印象的に感じられました。地面を想像する灰色を見ている時はヘンがネガティブに捉えられているようにも思えるけれど、画面を想像するカラフルのせかいではヘンなままでも楽しそうな姿が思い浮かびました。もうひとつの世界では、せかいで登場した「いたい」という言葉がはっきりとは出てこないけれど、言葉を紡ぐのも声を上げるのもままならないくらい混乱し、痛みを感じている世界なのかな...と想像しています。投稿者さんは世界がふたつあったと表現してくださっていますが、過去形で表されているという事は今はさらにまた違った世界もあるのかな、あるいはこれからもできていくのかな、など心が痛みすぎない世界との出会いへの期待にも似た想像を膨らませながら読ませていただきました。
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鼓動たしかなの
ねむりはやさしい死
仲間離すため うめた砂浜
かなしい示唆 やはり
むねのなか 慕う どこ?
(こどうたしかなのねむりはやさしいしなかまはなすためうめたすなはまかなしいしさやはりむねのなかしたうどこ)無題(回文)
感想1
何度も目線を往復させながら「お見事・・」と思わず呟いてしまいました。どうやって言葉を紡いでいったのだろうと気になりながら、文章が纏う静けさに、なんだか不思議な感覚でいます。
感想2
夜の海の映像がまず浮かんできて、砂浜の砂をそっと両手ですくってそこから少しずつ流れ落ちるイメージも出てきました。(全部こちらの想像ですが…)何かを探す・祈るような思いも伝わってきた気がしたせいか、私が想像したその海からは流れ星が見えました。
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大丈夫、あなたは頑張ってるよ
伝えたいこと
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なぜだろう
恵まれている
はずなのに
なぜかつらくて
なぜかくるしい
なんでなんだろうなぁ
感想1
誰かに見つけてほしい気持ちと、それをもつ自分の心との会話のように感じました。読みながらあなたの「線」をイメージしてみて、ハッキリとしながらも「芯」があるのが私には浮かんだような気がしています。それは線にも、心にもなのかなと感じました。タイトルも踏まえて考えたのは、発信し続けている自分という信号(モールスに近い)をいつかキャッチしてほしい、そんな想いもあるのだろうか…と、勝手ながらですが私の解釈とイメージでした。
感想2
人知れず思いを込めて描く線の意味を知って、投稿者さんが内包する繊細な一部を感じました。「愚直に真っ直ぐ、黒い線を伸ばす」と書かれた部分には、静かに自分の内面と対峙する姿を想像して、なんだかかっこいいなと痺れてしまいました。自分にはない表現や手法がときに羨ましく思えたり、不安を感じることは、私自身も身に覚えのあることでした。「それでも、自分の線を描いていこう」と思うことは、いろんなことを悩み考えた末に、自分を信じてみようとすることでもあるのかなと考えました。