生きづらさを感じる人が創る
のびアート
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タグ:「詩・文」
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明日にあるのは絶望だって
それが救われる日は来ないんだって
わかっているけど、生きている。
人生詰むまで繰り返す。
もうそれを予防するのも疲れたな。
どうせくたばるんだ。もう、別にこの世界で救われることに執着しなくてもいいのかも。初めから自分が想像している幸せは存在するものではなくて、手放したときに見える伽藍堂が心地良かったりする。幸せを望む心も、辛いと思う日々も手放してしまおう。何か幸せで何が辛いのかわからなりたい。そのほうが生きやすかったりする。無題
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
囚われていると苦しくなる。
そう思った。 -
俺はウサギ
あいつは亀
俺の方がなんでも早くできる
あいつは何をやっても
トロトロしている
優越感に浸りながら
その傍で罪悪感を覚える
大事なものはあいつが
持ってるから
ゆっくりでもいいよね
遅くても立派にやってるよって
言って欲しかったよ
俺が持ってるのはちっぽけな
プライドだけで本当は捨てたいうさぎと亀
感想1
ウサギさん側に位置する状態でその心のうちにある弱く柔らかいところを表現してもらえるのは少し珍しいような気がして、目を惹かれました。私自身はどちらかというと亀かなあ...と認識しながら過ごすことが多く、かつ劣等感は言葉にもされやすいような感じがしますが、早くできるように(あるいは強く?)ならざるを得なかった側の背景も想像していたいと思ったし、特定の評価じゃなく存在をまるっと認められたいという奥底の方の感覚はどちらも共通なのかも...などと感じました。
感想2
早い方がいいと言われることと、早いことを評価されて生きることに違和感を持ちつつも走ってきたのかな。ウサギさんは、自分と同じじゃない、なにかすてきなものを持っている「他者」として、亀さんとちゃんと出会えていたんだなと思った。うまくいえないけど、案外、私たちはうまく出会えていない気がするから、自分とは違うだれかをジャッジするんじゃなく出会う練習をしたくなる。
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話せないから話せない
話したくても苦痛だから
気力がわかないから
話さないならいられない
話せることないからいられない
私が他人なら私といたくない
私も話せない相手といたくない
いたい人はいなくなる
閉じ込められたガラスの檻の中の窒息
今も言えない言えない苦しさは
癒えない言わないままじゃ
自分を壊すやけっぱちしかここを出る術なく短時間の心
生きるためには言えない言えない
言えないなら、もう、生きたくない無題
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
8/19深夜3時にスマホでポチポチしました
感想1
「話せない」「言えない」の中には「話したい(のに)」がつまってるのかなって思った。声にならなくても、あなたの中にはもう言葉がたくさんあるから、スマホに打ちつける時間が必要だったのかな。スマホだけは身近にあって、ガラスの檻の中にも持ち込み可能だったのかもしれない、って思った。ガラスの檻に通気口ができたらいいと思う。脱出口もできたらいい。
感想2
深夜に限って色々考えてしまい、グルグルと眠れなくなることが私はあります。ただ、そんな時間に文章にしてみると作品になることもあるのだな…と、気付かせてもらった感覚です。「話さないならいられない」は、どこかのグループや場に”いられない”なのかなと考えました。苦しい気持ち・思っている本心を”言えない”でいると、心に、そして脳にストレスが蓄積され、どんどん深い傷になり、それはあなたの描くように”癒えない”ものになることを感じます…。言えず・癒えないならばもう苦しくて、溜まってゆくだけのつらさを出す場がないとやってられない…と思いました。
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昔々のある山に、青鬼が住んでいました。彼は小さい頃からいつも赤鬼と一緒でした。しっかり者の赤鬼は、気弱な青鬼をいつも引っ張ってくれました。
青鬼とって赤鬼は、無二の親友であり憧れの存在でした。赤鬼と並び立ちたい。赤鬼のようになりたい。そんな思いが、次第に青鬼の心を占めていきました。
青鬼は、赤鬼の行くところに必ずついていきました。赤鬼が見るものを見て、赤鬼が聞くものを聞いて、赤鬼が喋ることを喋りました。赤鬼の喜びは青鬼の喜びで、赤鬼の悲しみは青鬼の悲しみでした。
そんな青鬼のことを、赤鬼はよくわかっていないようでした。赤鬼にとって青鬼は、あくまでも気の合う親友に過ぎなかったのです。
二人はやがて大人になり、赤鬼は青鬼に言いました。
「俺は他の山に行く。外の世界を見てみたい」
青鬼はショックでした。自分は心の全てを赤鬼に傾けているのにも関わらず、赤鬼には意識されていないことが辛かったのです。それでも青鬼は、自分の思いを赤鬼にぶつけることはしませんでした。結局笑顔で見送り、二人は別々の山に住むようになりました。
赤鬼と会えない間も、青鬼の頭の中は常に赤鬼のことでいっぱいでした。むしろ思慕が募るばかりです。青鬼はとうとう耐えきれず、何でもないような顔をして赤鬼に会いに行きました。話したいこと、伝えたいことはたくさんありました。
しかし久しぶりに会った赤鬼は、挨拶もそこそこに寂しそうに言いました。
「俺は人間と仲良くしたいんだ。だのに彼らは俺を誤解していて、寄り付いてくれない」
青鬼は胸が張り裂けそうになりました。僕がいるのにどうして。人間なんかと仲良くするな。僕だけを見ろ。湧き上がる言葉はしかし発せられることはなく、青鬼は協力を申し出ました。青鬼が人々を襲い、赤鬼にそれを阻止させる茶番を提案したのです。
本当は、青鬼は赤鬼に却下してほしかったのです。「君を悪者になんか絶対できない」と、頑として譲らないでほしかったのです。しかし赤鬼は、青鬼の説得に折れてしまいました。
事は計画通り運び、赤鬼は人間と仲良くなれました。青鬼はひとり別れの手紙を書きました。赤鬼に振り向いてほしい一心でした。
やがて訪れた赤鬼を、青鬼は実はこっこり眺めていました。手紙を読み、ただ涙を流す赤鬼を見て、青鬼はポツリと呟きました。
「君にとって僕は、優しいだけの友達だったんだね」涙すら出ない青鬼
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
青鬼が、赤鬼と離れるきっかけを得られたこと
感想1
むかし教科書かなにかで読んだ物語を想像しつつ、読みました。物語の中のひとたちって案外コミュニケーションがうまくいっていないことが多くて、ifとか裏側を考えてしまうことがあります。「赤鬼」は誰かと仲良くなるのに人をつかったズルをしちゃって引き返せなかったのかなと思うのですが、この「青鬼」はある種のニコイチ的な二者関係を望んでいたのなら、もしかしてその時点でふたりの理想は食い違っていたのかな……とも思いました。望む関係や期待のすりあわせはむずかしいなぁ…と考え込んでいます。
感想2
少しずつお互いの関係性が変わって、すれ違ったり距離が生まれてしまうことは、鬼も人間も、なんともいえない侘しさが残るように感じました。変化していくことも、ずっと同じ場所で安心していたいと思うことも、どれも正しい/間違っているということはないように私は思ったりしますが、分かってほしいと願ってしまう相手との関係では、つい裏腹な態度をとってしまったり、変化を受け入れることが難しい場面は人間界でも多々あるように思います。
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「どうして今さら」
行動を促されて、私は言った。
「もう、体力がない」
動かない体を動かしながら、私が言った。
「たくさん無理したのにーー!!」
隣で、涙目の私もそう叫んでいる。
「気付いてもらえない」
「分かって」
「解放して」
「休みたい」
「休みたい」
「休みたい」
「休みたい」
私たちの想いは、いつの間にか1つになっていた。私たちの
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
自分の気持ちがはっきりと1つにまとまる感じがすると、何だか心地良い。
感想1
確かに、自分の気持ちが一つにまとまると、何かが少し楽になる感覚があるかもしれないな…と自分の経験を振り返ってみて思った。バラバラだけど、でもみんな共通の「苦しい何か」を抱えていて、だけどバラバラに思えるから自分でもごちゃごちゃしちゃってつらくなって…。そんな背景が文章にあることを感じつつ、それを少しずつでも言葉にしていって、見えてくる何かがあって、見つかったしっくりくるものがあって…と、紐解く手順があることを感じたよ。
感想2
自分の声よりも「こうすべき」「こうしなきゃ」っていう自分のふりをした別のなにか(「普通」とか)の声を私は聞いてしまいがちだったから、自分の声を聞くのって案外むずかしいことだなぁと思っています。この「私」たちの声は、これまでかき消されてきながら悲鳴とか叫びなくらい大きくなって響いているのかも……とも考えていました。体も心も本当は私一人ではない、さまざまな部分の「私たち」が共同作業で運営しているのかなと思うことがあります。それなら労働基準法みたいに「休む権利」ってすごく必要なのかもなぁと思いました。
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「世の中が自分に従順にできてたらいいのに」
なんてアホらしいこと考える自分を馬鹿にできなかった
選択肢のある人生なんてお気楽でしかないでしょう?
未知に溢れるこんな人生嫌になるから
口にうたねねを含んで呑み込めてしまえばよかったんだ
なんてアホらしいこと考えてた
あぁ シアワセじゃなくてよかったね
あなたフシアワセで私シアワセ
あぁ シアワセじゃなくてよかったよ
あなたシアワセ私へシワヨセシワヨセ 歌詞
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
自分なりの正義は世の中にとって間違いだったみたい。世界が優しくなくていいから、もう少し生きやすい世界だったらよかったのに。なーんてさ。歌の歌詞なので、メロディとかも作ってる。陽気な感じだけどね。
感想1
「幸せ」「しわ寄せ」初めて気づきましたが似た言葉だなと思ったのと同時に、対極にある言葉だな…とも思いました。ゲームみたいに3つくらい選択肢が表示されてそれを選ぶだけの人生だとしたら人によっては楽かもしれないけれど、でも「自分の言葉」を発せられない苦しさを伴いそうだなと想像してみました。未知にあふれる人生という言葉が私にはとても印象的でした。
感想2
「幸」という漢字から一本線をとると「辛」になる・・そんなことを思い返しながら、少しの違いで真逆の意味合いになることばの不思議を感じました。シアワセとシワヨセは相対しながら成立しているのか・・。お互いにシアワセにはなれないだろうかと、そんな世界がどこかにないか探したくなっている私がいます。
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鼎庄吉(仮名)は大学生。学生であるからには日々、仲の良い男女がいやでも目に入るのである。自分には猫という彼女がいるから、と自分を安心させるのだが、いまいち満足しない。
しかし鼎君は人付合いが苦手なようである。心から許せる友だちは大学にはおらず、まして異性の友だちなど出来ない。この悩みの正体を明らかにしたく、鼎君は、自らの愛猫との望まぬ恋愛関係に至る道程を、徒然なるままに綴ってみたようだ。
小学3年生。父親がうつ病で自殺。多くの人はこれを不幸だと考えるが、べつに僕は気にかけなかった。普段から父親と触れ合うことが少なくて遊びにほぼ被害がなく、幼くて事の重大さも解さなかったのだ。また、僕が愛していた母親に関しても、シングルマザーはカネさえあればかなり自由の身だ。流石に今の価値観でも不孝者である。
中学3年生。シスジェンダーの僕は次第に性慾が湧いてきた。しかしここは男子校。夢も希望もない動画で、中高6年間を過ごすのであった。
そして家には猫がいた。猫はその円な瞳で俺を見つめると、「にゃ〜」と言って俺様にスリスリしてくるのである。たまらん。好きぃ
高校2年生。文化祭でも勉強でも上手くいかず、確実に精神を病み始めていた。此時から猫との関係を意識するようになり、また僕は家で一番甘えられる存在となっていた。あのフワフワの毛に触れる瞬間だけ心が解放される日々である。人生刑務所のなかの一時の解放。もはや猫は彼女である。
猫以外に心を許して甘える対象はあり得なかったか。男子校で塾もほぼ通わなかった僕には、「家」にしかその対象はなかった。この年で母親に甘えるのは恥ずい。すると結局は猫様にしか愛着が向かないのである。
大学一年生。男子校のエキスが染み込んだ上にシャイな僕は、女子と話せるわけも無く。而も、大学では男の親友すら居ない。ここは目的中心の繋がりばかりの「レベルの高い」大学であるからだろう。
現代日本の都市ではゲマインシャフト的な繋がりはもう破壊し尽くされた。ほぼすべて男女の出会いは恋愛結婚市場を経由する。でも、そんな繋がりがあれば、他の環境に恵まれていた僕はもう少しマシな人生を送っただろうか。やはり、僕が弱い人間だ。
そして、勉強にもサークルにもバイトにも、いまいち身が入りきらない。僕の弱さに萎え、家で猫という逃げ道を探す。ああ、可愛い…。でも終わったらまた地獄と感じる日々が来る。ネコ・セクスアリス
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
決して性愛ではないです。
もちろんこれを読むほどの方から見たら甘いものですが、環境の恵まれた人間の一部も心を病む(僕はこの2年間よく死にたいと思ってます)ということを、皆さんに知って頂きたいです。感想1
タイトルからも、文体は(ちゃんと読み込んだことがあるわけではないのですが...)森鴎外をイメージして書かれているのかなと思いながら読みました。作品内では自分のことを客観的な視点から描写していたり、猫と触れ合う場面では溢れる感情をそのままに書かかれていたり、全体を通して「僕」自身との距離感やその捉え方の葛藤がうかがえるように感じました。私はその時々で言葉として表出できることと内側で感じ取っているものは完全に一致させられるとは限らないのかも...と思いながらいるのですが、「ゲマインシャフト的な繋がり」は破壊し尽くされたと感じながらも作品にして共有しようとしてくれていることに、まだ失われていない何かを捉えたいような感じもしています。
感想2
親密な関係性への憧れと苦しみが交錯するような、そんなイメージが浮かびました。「人生刑務所」という表現に至るほど、日常の世界は投稿者さんにとって生きづらい環境であることを想像しています。猫との関係を読んでいると、「自分を受け入れてほしい」という切実な、よるべない心細さがあることを私は感じました。それらは、個人の弱さとはまた違う場所にあるようにも思いました。
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病室の窓から見えるなつぞらは
夏空らしからぬ、柔和な水色をしている。
青い絵の具に
ふんだんに白とクリーム色を混ぜて
キャンバスいっぱいに塗りたくったような。
透明感はないが、淡い。
先の見えない闘病生活。
透明感も淡さもない。
微熱が続き、重たい身体。
日々大きな不安を抱えて、心まで蝕まれていくようで、怖くなる。
今が辛くて、早く明日を迎えたいけど、明日だってきっと辛い。
数日前から、窓から見えるのはなつぞらだ。夏空ではない。
真っ暗闇にいる私を
怖がらせぬよう
なつぞらでいてくれてるのかもしれない。
なんてね。
今が辛いけど、今この瞬間は戻らない。淡く儚い。
淡く儚い今を抱え、積み重ねていこう。
あしたもなつぞらを見せてね。無題
感想1
広い空は綺麗で自由な感じがするけれど、たぶん実体はなくて、闘病生活をしている「私」はそれとは全然違っていて、実体があるから熱を持ち、重たさを感じるのかなと思う。ただの夏空ともちがう「なつぞら」は「私」にとってやさしいもので、病室の「私」にもできる、窓から見るということで、あいまいにつながっているようにも思う。「なつぞら」が「私」を怖がらせないようにしているように、「私」も「なつぞら」にすこしだけ心を託しているような、そんな気がした。
感想2
耐えがたい現実と、そこから少しでも逃れるための世界のあいだに「なつぞら」があるのかなと想像しました。つらくて苦しい「いまここ」を、儚さや淡さといった違った感覚から切り取ることができるのも、「なつぞら」が助けてくれているのでしょうか。暗いトンネルの中で、小さな光をぎゅっと握りしめるような、そんなイメージが浮かんでいました。
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孤独
感想1
短歌のリズムかつ口語で書かれた言葉は、すっと胸に入り込んでくるような感じがした。明朝体の文字は立体的で標語みたいにはっきりしていて、対して泣いているこの人は、表情や手を伸ばす仕草はとてもはっきりしているのに、すきとおってしまうのが寂しい。「ここにいる」ってことをすべてが表現している感じがした。
感想2
何かの歌詞のようにも見えて、MVのワンシーンに思えました。縋るように伸ばした手は、誰がつかんでくれるのだろう…。そんな風に考えてしまいます。「待って!」と人物が言っているように聞こえてきた気がして、どこか切ない気持ちになった私がいます。力強く文字が書かれていて、「叫び」と「もう一人の僕」の声の大きさと威力を感じた気がします…。
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布団に潜れば死にたい気持ちが薄れる気がして潜ってみた
だけど中は真っ暗でどこへでも行けるような気がしてしまった
お風呂に入りながら水を見つめた水みたいに流れて行けたらなんて思う
でも少し汚そうで考えるのをやめた
風が吹いたこのまま飛んで行けたら楽になれるのにと思った
だけど高いところが苦手だと思い出した
息を止めてみたら自分を心の内を全部抑えれた気がした
だけどすこし苦しくて辞めた
音楽を聞いたいい曲だなと思った
ふと自分もこんな曲を作りたいなと思った
歌は上手くない
でも音痴でもない
そんな自分でも初めて最後までやりたいと思ったこと
夢は追いかけてこその夢
やって後悔
やらなくて後悔
どっちがいいかなんてとうの昔に分かりきっている
やった後にはきっと行動した経験値が付いてくる
それも人生の第1歩なのかもしれない夢
作品にまつわる質問
のびアートへの投稿のきっかけはなんですか?
夢を 目指すところを 見てほしい
感想1
布団の中で、水の中で、風の中で、自分の大きさや輪郭を確かめている。暗闇に見える世界の中で、好きな音、光、世界も確かに感じられる。そういう手触りを頼りに生きていくことができればと思う。自分という人間は自分だけでは成立せず、様々な関わりの中で輪郭を持ち始めるものでもあると思った。好きなもの、好きな光、好きな風、好きな温度、嫌いな音、嫌いな空気、あらゆる手触りを感じながら、少しずつ輪郭が見えてくるといいな。
感想2
何かにふと触発され、志しては怖くなったり不可能を感じてしまったりして手放すということを私も繰り返してきたなあと思いました。今考えてみるとその繰り返しは無意味なことではなくて、自分の感性が「良い」「行きたい」と頷くものを集めて、自分の方向性を固めていく作業だったのではないかという気がしました。あなたもその繰り返しから、一段と手を伸ばしてつかみ取りたい何かを見つけたのだと思います。色々なものに目配せして歩いた跡、夢を追いかける足跡、全てがあなたの歩んだ道として記録されているに違いないと思いました。
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じぶんって、何となく、こわいんだよ。
人のためなら、
無理な事でもがんばってなんでもするクセに、
じぶんの事になると何も言わないじゃん。
平気な顔して、全部1人で抱え込んで、
大丈夫って笑ってさ…。
その笑い方が1番信用出来ないんだよ。
じぶんの中では、とっくに見抜いてる。
放っておいたら、
勝手にどこかいなくなりそうで、怖くて。本当の、自分は?
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
自分は、何で人の為ならなんでもする
のに、自分の、事になるとなんにも出来ないんだろうと悩んだ時の文です。感想1
「自分」に対して思うことがある・気付いている「自分」がいて、それなのに理解できない行動をとってしまったり、なんで?とビックリしてしまうことも、他者のためにやってしまったりがあるなぁ…と思いながら読みました。「信用できない笑い方」が、投稿者さんにとってはキーになる部分でもあるのかなと想像しました。自分に対する心配…というより、不安で、”自分でも手に負えなくなってしまう自己犠牲”に怯えているイメージが浮かんだ気がしています。
感想2
誰かのためにすることを自分にはしようと思えないし、他人の声はよく聞こえるけど自分の声は耳をすませても静かなまま・・そんなことが頭に浮かびました。「じぶん」とひらがなで書くことによって、どこか掴みどころのなさも感じました。
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見て見て見て
こんなに苦しかったんだ
毎分毎秒 自分の言葉
吐き出したい
でも 気力が足りない
凍りついたような心
苦しさの背景
今日も言えずにいる
量産したいよ
思いつく限り
私のしんどさが伝わるような物語
量産したいよ
思ってるだけ
言葉にするのは過酷なんだ
誰か分かってくれ
数だけ増えたものからは
意味や価値が 薄れていくのかな
それでも言わないと
始まらない気がして
毎日何かを生み出したい
そして安心したい
だからやらないと
認めてほしいと願う
自分がいる
やりたいのは本当にこれかな?
伝わってほしいのは本当だよ
量産したいの?分からない
ただ 心すり減らしながらでも
言いたいことは確かに在るよ量産
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
表現したいことが自分の中に蓄積されている感じがあるのに、上手く出せない。大量生産するみたいに流れでたくさん書ければ楽…?いや、でも……。みたいなモヤモヤした気持ち。
感想1
「量産したい」のは証明したいという言葉みたいにも見えた。物量があれば物語に含まれたつらさが伝わるかもしれないという願いもあるかもしれない。自分の中のわだかまりを、なにか形にして安心したい気持ちは私にもある気がする。「量産」は工場や大量生産システムの言葉だと思うけれど、人間が「量産」しようとしたら、全部が同じにはならなくて、そして作っている中にも、作っているということ自体によって変化が生まれると思う。語り続けると語りは変化してゆくことがある。それは相手だけでなく、自分も作品を見て、聞いているからなのかもしれない。そんなことを考えた。
感想2
吐き出したいものや伝えたいものが多すぎるあまりそれを表現しようとする手や声が震えて、上手く出てこないでいるような感じがしました。私は定期的にノートに言葉を書き殴るのですが、後日それを眺めたとき、その筆跡の荒々しさや紙面に滲んだ汗や涙の痕が当時のつらさをいつまでも湛えているような気がします。量産品は生産コストを抑えられるために安価になりますが、はたして言葉・物語を紡ぐことを量産と言えるのでしょうか。生産者が同じなので似通ったものが生まれることもあるしれませんが、きっと一つとして同じ型のものはないのではないかと思いました。
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夢は「さめる」って言うけどさ、鮮やかな夢がはたと醒めたら色のない現実がこちらを見るせいかな。
恋もさ、「さめる」って言うけど、ねえ、あの子を思った気持ちはどんなにカラフルだったろうね。褪める
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
夢は「醒める」、恋は「冷める」と書きますが、色褪せる の漢字も同じく「褪める」と書いて「さめる」と読めます。
どの字だっけ、と悩んだとき もしかして同じ意味があったり…と思いつき、言葉にしてみました。感想1
「さめる」という響きは、どことなく侘しさが漂うように感じています。エピソードを読んで、新しい発見に出会ったような心地よさを覚えながら、思わずパソコンの変換候補から探して「おお・・」と声が出てしまいました。
感想2
「○○がさめる」という文章の主語○○に入る単語によって、「さめる」という述語の漢字変換が決まってくるという言葉のおもしろさが感じられる詩でした。「さめる」の持つ何かの状態が変化する、という漠然としたイメージは同じですが、変わるのは意識なのか、温度なのか、色なのか。現実に戻れば夢も温度を失って冷める、正気に戻るなら恋から醒める。
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ひとりぼっちの私と星空
感想1
夜空がすごく大きくて、見上げていたらぐわんとなってしまいそう。じぶんがなにかすごく間違ったような気持ちのとき、世界がきれいなことは、優しくて苦しい感じがする。このひとはどんな表情で見上げていたんだろう。下の方がほのかに明るくて、もうすこしで世が明けるのだろうか。
感想2
向こうの空がほんの明るいのは夕焼けにも朝焼けにも見えたけれど、家を飛び出して吸い込んだ外の空気は、気温が高くてもチクチクと感じられそうな気がしました。フィクションではよく登場人物の気持ちと天気が連動するけれど実際はそうもいかず、こちらの心は土砂降りというときほど憎らしいほどきれいな空が広がっていたりしますよね。夜空で一緒に輝く数多の星と、地表の上の一人ぼっちの私という対比に気づいてしまったら、また悲しさも加速してしまうんだろうな。
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私の心を蝕んで 醜く肥える海月が
からだの傷のみ取り去って自然な治癒をこれっぽっちも許さない
あったはずの痛み 確かに流れた血はすぐ跡形もなく
輪郭も色もない恐怖と悲しみは 脳奥にくっきり彫られていくのに
裂かれた肌 見えぬ傷は
地についた足 浮かぶ魂は
感じた痛み 思い出せない無念は
私はその間に虚しく、
存在すると言えぬほど曖昧に
ただ まだ そこに あるはずなのに
唯一 私の外殻を撫でる触手
涙が涸れている 口角が蠢く
もみくちゃになる心が海月の養分だった海月
感想1
読みながら初めに、「深海」のイメージが湧いてきたような気がしています(なんとなくではありますが…)”自然な治癒をこれっぽっちも許さない”というのが個人的には印象的で、自然治癒という言葉や現象が確かにあることとは反対に、それを許されない・起こらないことの残酷さや無力感を抱いた感覚がありました。ふわふわ漂う海月が、ただそこにいるだけのはずなのにそうじゃなく、この作品の中では、おぞましい”何か”が、起きている瞬間でもあるのかと想像しました。
感想2
どことなく厳しいイメージの漢字がつらなる言葉の中に、いくつかのひらがなの箇所が、そこだけ柔く温度を持っているように感じました。「からだ」「ただ まだ そこに あるはずなのに」「もみくちゃになる心」くらげは人間のからだとは違って、神秘的にも思うしすこし不気味に思うこともある。くらげはどこにいるのだろう。「私」の中に「私」とともに生きているのだろうか。
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私にとって、「不安」という感情は重荷です。
授業中も、友達と遊んでいる時も、家に帰っても、どんな場所に行っても、座ってみても、寝転んでみても、どうやってもおろすことのできない「不安」を、私はずっと背負っているのです。
「いい加減、離れてよ」
「やだ」
私は背中にべったりとくっついている不安と、時折そんなやりとりをします。
「やだ」と返されてしまっては、それ以上何も言えません。
結局私は、不安を背負ったまま、生活を送るのです。
「何をしても無駄だよ」
ある日、私が部屋でスマホをいじっていると、背後から不安の声が聞こえました。
突然のできごとに、私は自分の耳を疑いました。今まで、私から話しかけたことしかなかったのです。
私はスマホを置いて、不安と話し始めました。
「…どうして?」
「離れることなんてできない」
「…でも、苦しいよ」
胸をぎゅっとおさえ、うつむく私。
そんな私に、また不安の声が聞こえました。
今度は背後からではなく、正面から。
「一応、君を守ってるつもりなんだけどな」
「そんなの分かってるけど、苦しい」
「…ごめんね」
不安が苦笑を浮かべながら言いました。
「苦しいけど…離れろって言ったのは、ごめん…」
不安を傷つけているような、自分を傷つけているような痛みを、実はずっと感じていました。
「いいよ。だって、やだって言ったらそれ以上は何も言わないでいてくれたから」
「…気遣って言ってるでしょ」
「うーん…それは、まぁ…」
不安と私はとても似ていて、お互い苦しくて、お互い傷ついていました。
私は不安のことを、重荷だと感じています。
でも、こうやって向かい合って話せれば、その間だけは重たくないのです。
どんなきっかけで向かい合えるのかは、よく分かりませんが…。不安と私
感想1
この「不安」というものがいると、怯えだけは人一倍感じるものの、面白味も嬉しさもこいつを退散させることはできずむしろ打ち消されてしまうし、身体が重くて動きが遅くなる。けれどそうすることで、こいつは必死で私のことを危険から守ろうとしているのだということも同時に感じてしまうから憎めない。「不安」も常に不安であるのだと思う。だから私は、こいつを安心させる方法を探している。
感想2
内側での不安との対話、こんなにも言葉にしてもらったものを読んだのが初めてのように思って、驚きと納得感も少し混ざり合ったような気持ちでいます。私は色々に対して、こわい、どうしよう...と思ったり、内側でケンカが多発すると身動きが取れなくなる時があって、でもそれって向き合うのが難儀そうなところの声を無視してしまう時に起きるのかも、と気づかせてもらったような感じがします。それから、投稿者さんがただ背負うのではなく横に並んで歩く日もやって来そうなイメージを持っています。
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恋がどうとか
好きがどうとか
私には分からない
だけど愛は分かるよ
でも神様が言う
それは愛じゃないんだと
愛が分からないだけで
私だって大切にしたい人は
たくさんいるんだよ
正直に感じた「好き」が
捨てられてしまったよ
分からないことが分かっても
何も変わらないんだよ
なのに人様の態度が
変わるなんて
怖くて眠れないよ
大きさとかじゃないの
方向とかじゃないの
そもそも分からないんだ
神様お願いします
恋とか好きとか愛とかを
私に教えてください
私に「普通」を
教えてください「愛じゃない」
感想1
「恋」とか「愛」とかみんな語って、個人の気持ちを好き勝手にその定義に合うかどうかを断定してきますが、不可視の心を正確に分類することなどかなわないと思うのです。共通理解も本当に共通しているのかも分からないし、それぞれの心を取り出して、その「理解」「定義」とやらと照合してみたい気持ちになります。自分の気持ちに一番似合う言葉を探すだけ、それは神様でさえも干渉できない自由の営みだと思います。
感想2
そんなことをいう神様がもともといたんじゃなくて、みんなが神様だってことにしちゃったんじゃないかと思った。私にも、恋と、恋じゃない好きな気持ちの違いがよくわからない。わからないのはマイノリティだって言われるけど、わからなすぎて恋愛してそうな人たちに恋愛感情について質問しまくってみたけど、みんなの答えが全部重なるものはなくて、恋なんてどこにもなくなっちゃった。もし神様がいるなら、「普通」がものすごーく広がって、だれもの心が当たり前な世界にしてください。
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海水の中を沈んでいく。
息が出来ない。
苦しい。
何とか浮上しようと試みるが、
ジタバタしているうちに
海水を飲み込んでしまって
物凄く苦しい。
目も鼻も痛い
怖い。
何とか浮上したくて、
もがくけど、
どんどん下に落ちていくように思える。
身体が重い、疲れた。
でも力を抜いたら沈んじゃう。
どうしたらいいの?
そうだ、小学生の時にスイミングで習った背泳ぎの格好を取ろう。
両手は耳の後ろに、腰を少し反らせて、お腹を上に突き出すように。
力を程よく抜いて……
これを日々の生活に置き換えると難しい。
今ある力が微々たるものだから、程よくとは言え、これ以上抜くと0になりそう。
でも、それは私から見た“0”なのか、誰かの物差しで測った“0”なのか。
私は自分の物差しを持っていない気がするから、誰かの物差しかもしれない。
確かにどこか誰かの物差しで測ると目盛りは0で止まっているであろうけど、私は私の物差しを作ろう。それがアイデンティティだから。私の人生の最高責任者は私なんだから。0かどうか決めるのは私であるはずだし、0になることも必要かもしれないから。物差し。
感想1
私自身溺れかけているような苦しさを感じながら生きていて、程よく生きるためのメソッドをたくさん耳にしてきたけれど、どれもしっくりこない。どんな状態が楽なのか、その基準点すら自分でもよくわかっていないから仕方ないと思う。かといって他人の物差しを自分の領域に持ち込むことが有効かと言われれば、違うと思う。探り探り、メモリを作る。それでいいし、それしか無いと感じた。
感想2
水の中では力を抜いた方が浮くって言われたりするけど、溺れてるときにはそんなわけないじゃんってしかならない。陸にいてもパニックで呼吸が崩壊しそうな時、インターネットには「吸うより吐け」って書いてあったけど、そんなわけないじゃんって、うまくできなかった。たぶん、そう言った人には、経験則や実感があるんだろうなって思うけど、それは自分の実感ではないからむずかしい。1mって「1秒の299792458分の1の時間に光が真空中を伝わる工程の長さ」らしいけど、それをわかるのは難しすぎるから、自分の実感を探していくのが、自分の物差しづくりなんだろうなって、読んでいて、自分に置き換えてそんなことを思った。
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雨が降るこの街で
聞こえた言葉は
冷たく錆びた棘だった
傘を忘れた私の心は
傷の痛みに浸っていた
今日もまた癒えなかった
古傷が新しい傷になる
もう要らないよ
あなたの偽りの愛は
どうせまた傷が
増えるだけなんだから
私が私でいることが
そんなに悪いことなんだ
でもあなたの手で
消すのは怖いから
中途半端に傷つけて
苦しむ顔を見るだけ
私はあなたのために
生きているわけじゃない
あなたが私を嫌うなら
私から離れれば良い
私だって笑いたい
私は私のために
私で在るんだよ「私は」
感想1
「あなた」に頼って生きてきたけれど、その愛を得るために自分を変容させたり、傷つかなければいけないことに気づいたのかな。誰かから無償の愛がほしいけれど、それが叶わないことに気づいたとき、そして、唯一私だけが私の存在そのものを受容することができると気づいたとき、一人であることと孤独であることが異なるものだと理解できるような気がします。
感想2
「私であること」をたしかめて踏みしめていくような詩だと思った。日本語は主語が溶け込んでいるような言葉で、だから「私は」と示すことは、あなたでなく、私のことを言うと明示する強いちからになる感じがする。情景からはじまって、「私」の心にとどいて、「あなた」との関わりを見つめながら、「私」の決意のような言葉で締めくくられる流れは、カメラが遠景から主人公にぐっとせまっていくようだと思った。「私」が体を冷やさなくていいような、雨宿りできる場所が見つかってほしい、と思った。
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小さい頃よく空を見上げていた。
特に天気の良い日は空が青く透き通っていた。そんな太陽の下で新鮮な空気を吸って鳥のさえずりを聞き、ただぼーっとするのが好きだった。
いつしか空を見上げる余裕がなくなってきた。社会人と言う自立しないといけない環境のもとで、日々の仕事に忙殺され、青空ではなく、夜空を見上げることが増えてきた。
そのうちいくら天気が良い日が来ても、仕事でほぼ1日オフィスにいることだけで、結局青く透き通った空を見れる瞬間はお昼休みに外に出る時位だけで仕事が終わり外に出る頃にはすっかり夕焼け空もしくは夜空に変わっていた。
青空を見る機会が減るにつれて、自分と向き合う時間も減り、いつしか誰かのために忙殺されるようになっていき何のために生きているのかわからなくなってきた。
私がまた青空を見て、ぼーっとできる時間は来るのであろうか。いや来るように、今必死に頑張っているのである。青空
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
ふと思いついたことを書き出しました。幼い頃の感性を失いかけていた自分に、もう一度あの頃の感覚を思い出してもらいたく書いた文章になります。
感想1
いつでも空はあって、毎日、その時にしか見れない姿を見せてくれていますよね。自然の美しい姿に心が触れると自分がいかに不自然に生きているのかと愕然とする時があります。この文章を読んで、たとえ10秒でも空を見たりすることはきっとできるし、人生を奪われないように、自然をいつも少しでも感じるようにしたいとそう思いました。
感想2
年々、良きものを良いと感じるセンサーがどんどん鈍くなっていっているのを痛感しているところです。世界は相変わらず美しくて、美しいものは目の前にたくさん飛び込んでくるはず、探せば見つかるはずなのに、受信機としての私がどんどん古ぼけていくのを感じて悲しくなる。青空も夜空も窓から見えるけれど、扉が開け放たれた鳥かごにぽつんといるみたい。センスオブワンダー、手放さないように大切にしたいと思いました。
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「大陸のお話」
作品にまつわる質問
この作品の好きなところを教えてください。
孤独だけど、力強くて、なにか命の始まりや生命力を感じさせるところです。大陸移動説を意識しました。なにか大きな力をとにかく感じる詩だと書いて思った次第です。
感想1
設問にあったように、何か大きな力を感じる文章に感じた私がいる。今感じるのもあるけれど、「これから始まる」ような感覚も伝わってきた気がするなぁ。雄大な何かの始まりを告げる一説というか…私の感覚では、そんな感じがしたかもしれない。波の音は、どんな音だろう。世界中を轟かすような大きな音だろうか。はたまた、一瞬の力強さを思わせる、サッとした短い音だろうか…。読みながら、光がさして朝を迎えるような、そんなイメージも湧いてきた。
感想2
かつての陸地、パンゲア大陸は一つの塊でしたね。それがだいたい2億年前から分裂をはじめ、現在のようにバラバラになっていったとのことらしいですが、(人間の時間感覚では)ゆっくりゆっくり地球全球に拡散していく様子はまるで手足をのびのびと広げているような、あるいは海に我が身を滑らせて遊んでいるかのような無邪気さを覚え、不思議と愛おしくなりました。でも、今までのかたちを捨てて自己分裂・拡散していくのには、きっと少し勇気が要ったのかもしれない。その意味で冒険めいていると感じられました。
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今日も瞬きをして
澱みを吸って吐く
七転び七起き
あと一回だけなのに
時間をなぞって
体温を感じて
なんとなく分かったよ
「きっと」に嫌われて
「どうせ」にたかられる
私の笑顔を待っている人は
どこにいるのでしょうか?
風に乗る笑い声
午後5時のさえずり
横たわって動けない
私と理想像
限界を上書きして
零れ落ちていく
もう少し息をさせて
「嬉しい」が離れていく
「苦しい」が包んでいく
私が幸せを感じる日は
いつ訪れるのでしょうか?
「希望」が枯れていく
「孤独」が咲き乱れる
私が良い景色を見ることは
もうないのでしょうか?
私の傷は癒えない
ことを言えなくて
今日もまた
この夜を生きる「夜のひと時」
感想1
窓に映る空がだんだん暗くなっていくのをベッドに横たわって呆然と眺めている、そんな情景が浮かびました。身体が上手く動かずに物思いに耽ることしかできないときが私にはよくあるから、勝手に想起されたのだと思います。ぐったりした様子から出てきた問いかけは、確かに残っている幸福や生への諦めきれなさから発された言葉なのかもしれないと思いました。寂しくて悲しいけれど、とっぷり夜になってしまえば言葉にできないそれらが闇に紛れるような気がして、少し楽になったような気がする。
感想2
痛みをそのままに、迷いやとまどいの中を駆け抜ける疾走感のようなものを感じました。ところどころに対比の表現がちりばめられていて、「ひと時」の間にたくさんの葛藤が生まれては消えているのかなと、そんな時間の流れを想像しました。
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雨になって
風になって
光になって
何者にも縛られない存在になって
ここから解き放たれたい無題
感想1
雨と風と光と人間の違いは何だろう。雨は雨以外のものによって雨になり、溶けていく。人間も本当は同じ生命の流れの一部なのに、どうしてこんなにも離れてしまったのでしょうね。光のように、雨の様に生きてみたいと思います。
感想2
ひとつぶの雨というよりも降り頻る雨すべて、風や光のすべてのことを書いているように感じました。身体は有限で社会にはしがらみが多くえて、私はたまに、世界そのものになったつもりで、世界を感じてみることがあります。
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手紙
感想1
やわらかい絵柄の作品だと感じました。手紙は送られて、きっと届いているけれど、手紙には書かれていない心のつぶやきが四コマで表されているイメージで読みました。forには「相手に向かうことそのもの」の状態に重きをおいたニュアンスを感じています。心から、届くかわからないけれど、youに向かっていくということとシンプルで優しい絵とがマッチしているなぁと思っています。
感想2
言葉一つ一つに対して丁寧に向き合い、相手に伝えるかどうかは抜きにして自分にとってしっくりくる表現を探す人なのかなという感じを受けました。たしかに、学生の時に読んだコアイメージのイラストを思い浮かべると、toは対象に対して直線的に突っ走っていくまでを描き、forはもう少し曲線的でふんわり相手の方に向かっていて、到達したかどうかは気にしなかったはずでした。手紙は届く、そこにこめた思いまで到達したか分からないけれど、心を込めて綴った言葉がそのまま受け取られてほしいなと思いました。
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懐かしい香りがした
気がして寂しくなった
誰かがそばにいてくれた
気がして悲しくなった
もう離れたくない
もう失くしたくない
この声はいつ
届くのでしょう?
繋いだ手と手の温かさを
いつ返してくれますか?
あなたの優しい言葉は
いつまで残ってくれますか?
神様たちはいつも
私たちで遊んでいる
私が神様だったら
涙が流れるような
物語は作らない
もう泣きたくない
もう苦しみたくない
この気持ちをいつ
聞いてくれますか?
もう生きたくない
この思いをいつまで
眺めているのでしょうか?
この問いの答えが
返ってこないのは
ちゃんと分かっている
返ってくる時そこには
風が吹くだけなのでしょう「揺れる言の葉」
感想1
ふっとなにかを感じた気がして、その一瞬あとに、あ、気のせいかって気づくその時の流れの中の寂しさを感じることがあります。宇宙から見たら小さいことでも、私たちに降りかかる苦しさは、私たちにはとても大きい。世界のすべてが苦しみで満たされたみたいにも感じてしまう。でも、もしかしたら私の体の細胞のいくつもいくつも、私の中で死んでしまって、私の暴虐を恨んでいるかもしれないと思うことがあります。もし私が神様になったら、今の私のスケールで物事をみることもできなくなってしまうのかもしれない。そんなことを考えています。失ってしまったもの、懐かしんでも今はもうない存在を、惜しみ大切に思う心が、そこにあるような詩だと思いました。
感想2
仏教に「諸行無常」という言葉がありますが、あらゆることは常に変化し、永遠に変わらないものはないということを、あなたの詩を通じて思い出した気持ちになりました。暗闇の中をずっと走り続けていると、この先に光があるということを信じたくても信じられなくなってしまうようにも思います。放った問いの答えは風になって返ってくる、という部分は、どれだけ悩んで涙を流してもどうにもならないことがあるということを、厳しくも優しく包み込んでくれるような描写だと感じました。
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自分の部屋で、膝を抱えて座る。
蒸し暑さを感じる季節だ。寒さは感じないけれど、何となく両腕をさすった。手の平の温度が、素肌に伝わる。
座ったまま、ふと考える。
背中を預ける場所が、どこにもないなぁ。
自分でそう感じたのに、不思議に思う。
壁にだって、ベットのふちにだって、やろうと思えば今すぐにでも寄りかかることができるのに。
ぽつん、と1人ぼっちで座っている。
その事実だけが、私のすべてに思えてくる。
寄りかかるのを許してくれる、そんな人がいて欲しい。
さみしい背中に、優しい体温を感じてみたい。
ジメジメとした部屋で、心にあたたかさを欲している、ある日の夜。誰か私に寄りそって
作品にまつわる質問
この作品の好きなところを教えてください。
部屋の温度感と、自分の心が求めるものがリンクしていない感じです!
感想1
「背中を預ける」という行為は、小さくとも信頼がないとできなくて、それがものであれ人であれ、自分の重みを支えてくれるという見込みがあって初めて傾けられると考えると「自分の重み」に耐えられる人がどれくらいいるのかなと考えてしまいました。でもこの詩のイメージだと、ふと寄りかかるくらいの感じがして、そういう人が居たらほんとにいいだろうなと想像しました。少しずつでも寄りかかり合う人がいることが幸せなのかもしれませんね。
感想2
ぽつんとしたしずかな場所で、すうすうするようなさびしさがあるように思った。それを私もちょっと知っている気がしている。両腕は手のひらでさすられて、どんな感覚を持ったのだろう。膝を抱えると、頼りない心地がすこしだけ安心する気がする。人のからだって、なんだかとても不安定なかたちの物体なのかもしれない。もういない犬が、私の腕に寄り添って眠ってくれていたことを思い出した。最近はペットロボットもあったかいらしくて、私はそれを体温だと感じて安心するのかなと気になっている。
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君が流した涙は
頬を伝って地面へ落ちて
君を成功へ導く道しるべになる
涙を流すのは、ばからしくもなんともないよ涙
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
とにかく泣いてたら思いつきました
感想1
君というべつの自分に語りかけるみたいな言葉だから、願いや、祈りのようなものかもしれないと思った。言葉は呪いにも祈りにもなるから不思議。涙がばからしいなんて、そんなわけないと私も思う。
感想2
設問の回答を読んで、これは投稿者さんが自身に向けたメッセージでもあるんじゃないかと感じた私がいます。以前、自分の瞳から地面に零れ落ちた涙を見た時、落ちた瞬間にパッと花開くようになったのをよく覚えています。あれらが道しるべであったらいいな…って、その時の自分に寄り添いたくなった気がしています。
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息吸う度に決められる
僕は周りと違うことを
周りは男と女だらけで
僕はどちらににもなれないんだ
でも、言葉と態度と行動で
男と女が決まってしまう
多様性とはなんなのか
僕の性別がある意味とはなんなのか
何かをする度決められる
僕は人より劣っている事を
周りは普通の人だらけで
僕は異常者にしかなれないんだ
これが異常?
それは正常
どれが正解で
どれも難解で
なにも難問で
心のは問題で
そう、俺は言いたい
何が、言いたい。
俺は心が痛い、
それは腹が痛い、
君との俺との距離を縮める?
それはまさにユートピア
お願いだから君と僕の距離超距離遠い言葉の通り、僕は君と違って軟弱で、そう見たいな
、君のハイレベルなラップと歌を聞かせてくれよ僕の後に続いてさ!
Yeah!!!!無題
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照らされ続ける日も終わり、
空と輪郭が調和する。
誰にも気づかれない心地よさに、
ここで終わりたいと思えた。夜
感想1
読みながら情景をイメージしていました。静けさと少しの暗闇の中、月明かりだけが、何を照らすわけでもなく、ぼんやりと漂うような映像が脳内に浮かんだ気がします。きっとこの世に様々あるであろう「心地よさ」の感覚ですが、「誰にも気づかれない心地よさ」は、私にとってなにかを発見した感覚になりました。
感想2
待ち侘びたというには強引ではない、ささやかな夜の心地を感じました。調和という感覚が、私は気になりました。どこかさびしさを感じるのですが、同時に破綻のないような、やわらかさも感じています。
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転がっていく
削れていく
崩れていく
雨が降って
溶けていく
流されていく
期待はしない
求めすぎない
張り合わない
この袋の穴は
いつ塞がれるのかな
纏わりつく
呑まれていく
沈んでいく
聞こえなくなる
見えなくなる
全てなくなる?
忘れたくない
失くしたくない
離れたくない
そう思っていた私は
どこにあるのかな
不確かな青空
朝日に期待した
星が見えない夜空
喜びに出会って
愛で隠していた
傷を思い出していた「風化」
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
歌詞を書くように書きました。つらくて泣いていた時に勢いで書きました。
感想1
最初の2連を読み、やわい石が転がり削られながら、雨にまじり川に溶け出していくような風景が頭に浮かびました。塞がらない穴を持つ袋は、それでも何度も繕われてきたのかもしれないと思います。情景が切り合わされたように飛んでいくからか、大きな流転のような長いスパンの時間に、「私」も含まれているように感じています。不安げで頼りない心持ちの中でも、情景はたしかにあることを感じました。
感想2
日々転げまわったり、雨に打たれたり、流されるような思いをして、傷ついたり穴が開いたりして変化していく心があると思いを馳せました。風化というと、身に纏わりつく色々が取り壊されるような寂しい感じがしますが、塊がすり減りきってさらさらの砂になり全体に還っていくという悟りじみたプロセスも思い浮かびます。けれどその過程の一つ一つが、主観的には寂しく悲しいものとして感じられてしまいます。
感想1
そっか、書き手にとっての「救い」とはどんなイメージなのだろう...?ということがまず浮かびつつ、もう少しだけでも生きやすくなることへの切望と疲弊が垣間見えた気がしました。たしかに囚われていると苦しいけれど、もう期待しなければがっかりすることもないや、と思ってあるものを無いことにしてきた後、私自身に訪れたさまざまな制御の困難とも重ねながら読んでいます。
感想2
私も何もかも分からなくなりたいと思ったことがあります。本当はほとんどのことが幻想で、あるがままに観るということが難しく、見えないものに苦しんでいるのが人間のような気がします。そういえば最近「しゃば」という言葉(刑務所に入っている人が外の世界を表してよく使う言葉)の語源を調べたら「娑婆」という仏教の言葉で「耐え忍ぶ」という意味だそうです。世界はもともと耐え忍ばなければならんくらい大変な苦しい場所なのだということみたいで、人間はいつの時代もそうやって苦しんできたんだなと思いました。