生きづらさを感じる人が創る
のびアート
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タグ:「詩・文」
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もしも私が星だったら
誰よりも輝けるかな
もしも流れ星になれたら
会いたがる人が現れるかな
子どもの頃に何度も
星の絵を描いていたな
オリオン座を見つけたり
星を結んで名前をつけたり
花火が上がっていても
ふと明るい星を探して
帰り道が寂しくなった夜も
ベランダから空を眺める
大人に近づいてきたんだ
もちろん願い事はある
誰にも伝えていないけど
心で密かに輝いている
今日もベッドで横になる
懐かしいメロディーに
浸っている夜に3回唱える
「星のようになりたい」と
もしも光が消えてしまったら
誰か灯してくれるのかな
もしも立ち止まってしまったら
誰かそばに立ってくれるかな
子どもの頃から明るい所は
苦手だった、怖かったけど
その時から心のどっかで
憧れていた、そんな気がした
だんだん人が星のように
見えてきて自分を何度も責めて
流れ星に追いつけなくて
真っ暗な部屋で泣いたよ
大人になるのが怖くて
1人で涙を堪えているけど
誰かに見せたい気もするな
本当の言葉を並べた姿を
日付が変わっても夢を見ずに
負の感情を噛み締めている
そんな日もあんな日も願う
「星のようになりたい」と
心に広がる星空から
1等星がなくなって
だんだん暗くなって
涙も流れないの
ずっと光っていた星も
点滅して消えかかって
だんだん暗くなって
笑えなくなってくの
大人に近づいてきたんだ
もちろん願い事はある
誰にも伝えていないけど
心で密かに輝いている
今日もベッドで横になる
懐かしいメロディーに
浸っている夜に3回唱える
「星のようになりたい」と
その願いがどうであれ
今日も星を眺める「星のように」
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
星を見ることが好きなので、星をテーマにした詞を書きました。
感想1
星は空を見上げれば私たちから見えるか否かに関わらずに常にあるもので、昼間でも雲に遮られていても存在していることは存在してる。天体模様は日ごとに移り変わるが1年経てばまた戻ってくる。星はいつも存在しているという恒常性があり、それが上から私たちを絶えず見下ろしているという事実が優しいように感じられます。星の光は優しく、夜空にそれが見えたときは何だか安心してしまう。人間とは何万年も付き合いのある星々に様々な意味を見出すのは自然なことなのだろうと思いました。
感想2
人間は、地上から光を粒を探すように星を見ていますが、星から見える私たちはどんな姿をしているのだろう・・と、なんだか果てしない広さを想像していました。「私」にとっての「星」は、いろんなものを託した象徴でもあるように読みました。同じ星を見ていることに少し励まされたり、消え入りそうな星には不安や寂しさを重ねてみたり・・。言葉を発しない代わりに静かに光を放つ星には、たくさんの人々が、それぞれの思いを馳せていることを感じました。
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生きるのが辛いです
学校行くのが辛いです
会社行くのが辛いです
人に否定されるのが辛いです
朝起きるのが辛いです
嫌われるのが辛いです
人と比べるのが辛いです
けど、死ぬのも辛いです辛いです
感想1
人間はなぜこんなにも苦しまなければならない生き物なんでしょうかね。感じていることはそれぞれ違うけれど、生存そのものが苦しいことのようにも思います。一切皆苦という言葉もありますが、人類は長い間、苦しみの正体を見ようとしてきたのかなと思います。先人たちはどう考えてきたのだろう。知りたいなと思います。
感想2
辛いことが積み重なりすぎると、今日あった⚪︎⚪︎が辛いとは思えなくて、人生とか生きることそのものの辛さみたいになっていってしまう気がします。辛いと言う言葉でしか言い表せないものを、だけど、それだけではないリズムとかすこし違う言葉で言い表そうとすることも詩なのかなと思ったりしました。ここにある一つ一つの辛いはどういうものなのだろう。
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あゝ沈む夕日よ
どうしてくれるの?
あゝなんで私は
気持ちが沈んでいるの?
ねぇ何で泣いているの?
言わなきゃだめなのかな
ねぇ何で黙っているの?
無駄なことはしたくないの
死にたいなって言ったら
あなたは怒るんでしょう
私が生きることを決めたら
私は馬鹿にされるんでしょう
あゝそんな日が続くから
あゝ普通になりたいと
飽きるほど思い続けて
あゝ私はだめなんだと
愛することを諦めてさ
あゝ何もかも嫌だと
あゝ生きたくなんかないと
愛を見失って傷ついて
明日を嫌ってしまうんだ
あゝ生きる私よ
何でこんなにできないの?
あゝ泣いている私は
何でつらいと言っているの?
周りを見て怖くなって
自分を見つめてばかりで
頭痛くなって泣いて私は
ただ正しさを知りたいんだよ
あゝそんな夜だから
あゝ自分を信じたくない
あゝ人を信じたくない
あまりにも愛せない体と
呆れるほど訳ありの心
あゝ沈んでいく私は
朝日に怯えているの
明けてきて怖くなるんだ
明日が今日になったこと
気づいたら考えている
普通になりたいんだと
何にも染まらないことを
褒められてみたいな
あゝこんな私は
あゝ普通になりたいと
飽きるほど思い続けて
あゝ私はだめなんだと
愛することを諦めてさ
あゝ独りが怖いんだ
あゝ輪に入りたいけど
あの子にはなれない私と
明日を嫌ってしまうんだ
私はただ人になりたい
私は人になりたい
あゝその1人になりたい
そんな1人になりたい
明日を好きになりたい
朝日に期待されるような
あゝその1人になりたい
そんな1人になりたい「LoneLINESS」
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
孤独であることと、普通になれないことが辛くて、この詞を書きました。
感想1
普通という檻は硬くて冷たくて窮屈で、そんなところに入れられて過ごしていれば泣きたくなるのは当然。みんな何故だかお行儀よく居心地よく収まっているけれど私はそこから出たい。そこに気持ちよく収まっていられない自分を嫌悪するが仕方がない。「普通の人間」というのは実在しない理念でしかない。理念の「普通の人間」に一致する人間は多分いなくて、みんなよく見れば多少なりとも欠けているのだと思う。私は「ただの人」としてはいつも不合格だが、いつでも等身大の「私」として存在する。
感想2
内面で繰り広げられる葛藤の深さが、こちらにも伝わってくるように読みました。苦しみの根本に埋まっている、寂しさや悲しみも感じました。「普通じゃなくてもいい」と堂々と宣言できるのは、普通であることを求められたり必要としなくていい環境にいることができて、初めてそう思えるのかもしれない・・と、そんなことを考えました。
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孩子们在海里闪烁
走了很久,慢慢走过来了吧。
过去了多久时间呢。
大地挨挨挤挤
蒲公英的种子去的地方
随风
たんぽぽの綿毛の行先は、どこ吹く風
生命的气息吹口哨
口笛の隙間風
孤零零的大陆
去了冒险
生命的开始
海浪的声音轰鸣了
時代は始まる
世界的心声
灵魂呐喊好像能听到。
孤零零的大陆
踏上旅程了
从长久的沉睡中
觉醒了
私たちは歌いながら
呼吸に身を任せて
今天,生命也在闪烁。
歌い続ける大陆的开始
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
大陸が動いて、時代は変わって、それでも生命は変わらず生きているということを表現したかった。中国語と時々日本語で表現してみました。拙い中国語かもですが、詩について何かしら受け取って貰えたら嬉しいです。
感想1
脈々と受け継がれてきて、たった今も燃え続けている命のこと。スケールの大きなどこか遠くの話のようで、でもきっと私たち一人ひとりの詩に感じた。生命という大きな流れの中で人々は移ろい言語もさまざまに分かれ、今の私は中国語の部分は翻訳しないと読むことができなかったけれど、意味だけでなくその音、というより声も聞いてみたくて再生してみたら、日本語とはまた違ったリズムを持った響きがあった。共通する呼吸に戻り、どこかバラバラで寂しさを抱えたままでも、私たちはどんな歌を歌えるだろう...そんなことを考えている。
感想2
さびしさと同時に、ここに、そこかしこにいのちがあるということを感じる詩だと思いました。いのちには、そもそも、さびしさやある種のおそろしさが備わっているのかもしれない、と考えながら読みました。私自身は中国語は勉強中で中国語で詩を書いたことはないのですが、第一言語ではない言葉で詩を書くことは、自分の言葉の居場所を広げていくことのようにも感じて、勝手ながら共感しました。歌い続ける、最後に書かれたその言葉を、この詩自体を通しても実践しているように感じました。
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まだ私が純粋な子だったとき、好きなものがあるだけで頑張れた。
ケーキ、音楽、ドラマ、アニメ、漫画…。
「好きなもののためなら頑張れる」なんて、まるで魔法にかかった人みたい。
毎日毎日、私は魔法を浴び続けた。
でも、魔法は永遠じゃなかった。
「好き」で覆っても、疲れは癒えない。
「好き」で心を満たしても、そのエネルギーはあっという間に消えていく。
心は段々と曇っていく。
「好き」を、信じられなくなっていく。
魔法使いは、おとぎ話にしかいない。
もう私の魔法は解けちゃったんだね。魔法使いさんへ
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
自分自身の経験談です。
中学までは勉強だって「推し」がいるから頑張れました。
でも高校に上がってからはそんなに上手くいかなくなりました。
盲目的な「好き」は魔法みたい。そんな思いを込めました。感想1
そう考えたら私は、とっくに解けてしまっている魔法を、何度も重ねて、重ねて生きているのかな。でも解けてしまって、無理のきかない現実を生きなければいけない中で、ふと漫画やアニメのセリフを思い出して、すこしだけ生きながらえたことも、たしかにあった気がする。好きだけでは自分の心身を生かしてはやれないけれど、疲れた心身をすこしだけ癒してくれることも本当かもしれない。だから大人になっても、魔法は完全に消えるわけではないって、私は信じたい。
感想2
その魔法はあまり私には効かなかったけれど、周りを見たらみんな結構何かが好きみたいです。「好き」のために生きている人はすごくイキイキしていて輝いて見えるから、それを横目に早く私にもその魔法がかからないかなとか思っていました。何かを好きになるにもきっとある種のパワーが必要なんだろうな。回復魔法にもステータスバフ魔法にもMPはいるから。
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夕焼けが連れてきた夜空は、天の光から私たちを隠す。隣の誰かの顔も薄く見えにくくなるその空の下、私もそこにかくまってもらえる。
天の光を失った私たちは、互いの光を頼りでしか隣合えない。光を辿りながら、大切な物に寄り添う。ひとりぼっちの私たちの心が自分自身の居場所を確かめるように。
そんな中で私はどこにいるのだろう。
確かに見えている光を、誰の光とも分からないままの臆病な心はひとりぼっち。
幾多の人の光を想像しては、それが星空のようにきれいで遠くて、片想いのように眺めている。
ひとりぼっちの夜。
でも、この夜だけは私を勝手に暴かない。さみしい気持ちをそのまま置いててくれる。焦る気持ちを放っておいてくれる。
あなただけはわたしをわたしのままでいさせてくれる。
お願い。まだ、わたしを隠していて。そのままでいさせて。
照らされてしまって見つかりたくないの。
歩きたくないの。
そのままのわたしでいさせて。ひとりぼっちのよふかし
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
朝の光は苦手です。私が見つかってしまうから。歩かなきゃいけないから。
今日にとどまれるのならその方がいいな。
それくらいの抵抗なら許してもらえるかな。感想1
太陽の光は、「私」たちを放っておいてくれなくて、なにか決めつけたり、否定したりしてくるものなのかな。ひとは視覚優位に進化してきたいきもので、とくに現代は明るすぎるっていうから、光のない場所ではくっきりと輪郭をなぞるようにして、比較しなくてもよくなるのかもしれない。みんな光を持っているなら、みんな恒星なんだなぁと思った。その光がかき消されないような場所が、もっとあればいいのになぁ、と思う。
感想2
作品を読むうち、社会で生きようとするほどに周囲とのギャップを心の中で増幅させて、朝日が差し込むたび絶望感を抱き、明日が来ることを恐れていた時のことを思い出した。夜の闇や雨音にいっときでも隠れて少しばかり許されたいような感覚は自分の中にも覚えがある。「片思いのように眺めている」時って、実は眺めている先にも似たように感じながらこちらを眺めている存在があっても、気付くのが難しいように思った。抵抗しなくてもよくなるまで、夜空にも、光の中にいるあなた自身にも「そのままのわたし」が許されたらな...と思ってみている。
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未来を見たよ
きらりと光って
そのあとはなんにもなんにもないんだ
晴れやかなんてない
晴れも曇りも雨も雪もなにもないよ
ただ、あーなんかさ
やさしい温度はあったらいいなあ
最後に見るのはやさしさがいいな
あーあ、すてきにおわれたらなあ未来
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
おわりを考えていたときの詩です。
さいごだけでも、せめてしあわせに と思った記憶があります。ずっとほしかった誰かのぬくもりを感じられるような、ささやかであたたかいさいごがいいですね。感想1
この詩を書いたとき、投稿者さんにとって未来とはほとんど無をイメージするような「おわり」であったのだな...ということを受け取りつつも、表現された「やさしい温度」というものを想像してみたら、それは何だかとても幸せに近く思えて、魅力的に感じられました。それと同時に、そのように表された温もりや、ささやかな幸せのようなものはもしかすると、というよりきっと、生きてくる中で切望してきたものだったのかな...とも感じます。最後だけでなく、生きている中でもそんな素敵ややさしさが挟まってきたらいいなぁ...と願うように思った私がいます。
感想2
未来は遠くから見たら光っていたり黒い靄がかかっていたり。でも近づいて見ればそれはなんでもなくて、ただの今になるだけです。けれど、その今ができるだけ過ごしやすくて優くて素敵なものであってほしいなあとは誰に対しても常に思っています。
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今夜の居場所はここ
誰かじゃなくて
君が決めたこと
知っている
君が決めたこと
知らせてあげる
ここにいるということおまじない
感想1
「君が決めたこと」というフレーズは、なんだかとても大事なことのように響いているとを感じました。書き手は、君の代弁者でもあるのでしょうか。何かに祈るような気持ちなのかなと、いろいろ想像を巡らせています。
感想2
自分がここに居るということを、誰かに知っていてほしい。自分がすることをどこかで見ておいてほしい。分かっていてほしい。そうした願いを感じました。
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どれだけ叫んでも
届かない思いがある
幾つも重ねたのに
踏みにじられた過去がある
大丈夫だよ私はあなたの
声を拾って耳を傾けるよ
舐められている人が悪い
どの本にも書いていないよ
幸せだと思いなさい
何でお前が決めるんだよ
どの宝石よりも大切なもの
あなたの心にあるから
誰にも捨てられたくない
どれも綺麗な感情は
どれだけ訴えたとしても
どこにも響かない私の意見
どれだけ涙を流したとしても
消えない胸の傷がある
大丈夫だよ私はあなたの
涙の意味を無視しないから
体型で何を言われても
私には他の武器があるから
つらさを否定されたって
こうやって残してあげるから
どの光よりも輝いている
あなたの未来を見る目は
誰にも汚されたくない
私たちの美しい心を
今でも傷ついて
頬を濡らすけど
忘れたくない
お前のために
気付けないんだ
可哀想にね
聴いていてね
私たちの味方は
どのくらいいるかな「スターチス」
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
「スターチス」の花言葉は、「変わらぬ心」「途絶えない記憶」です。誰かに嫌なことを言われて傷ついた人を救いたいという思いを、実体験をもとに書きました。
感想1
気持ちをそのまま受け止められた経験ってあんまりなかったなあと思います。喜びも悲しみも痛みも、感じたことはすべて真実。心は人に見えないから証明しろと言われたってどうしようもない。スターチス、小さい花たちがこちらを向いてみんなで私の気持ちを聞いてくれている、そんな気がしました。
感想2
コントロールを奪ってくるような言葉と距離をおくには、「その人であること」を肯定する言葉が、くりかえし必要になることがあると思う。傷ついていたは過去や現在のあなたであったり、身近なだれかであったりしたのだろうか。私自身も10年以上経ってから、当時の自分にかけてやりたい言葉や、代わりに言い返したい言葉があって、それ自体が現在の自分をも助けている部分があるような気もしている。読んでいてそのことを思い出した。なにかすごく守りたいような支えたいような強い気持ちを感じて、それはどこから湧いてきたのだろうと、気になっている。
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私は貴方の事が大好き!!!
あ、急にそんなこと言われたら困っちゃうよね?
…ふふ、ウソじゃないよ、本当だよ!
好き、好き、大好き、愛してるの!!!
貴方が起きてるの、素敵!!
貴方がお水を飲んだの、えらい!!
貴方が食事をしたの、まぁ!なんて素晴らしいの?!、生きているだけでもうパーフェクト!!!!!
ずっと、ずっと大好きな貴方。
泣いても良いの
くるしい、つらい、って叫んで良いの
貴方の悲しみさえ私は受け止めるから。
ねぇ、貴方に金メダルをあげる
貴方にとっては何気ない行動一つだとしても、それは1億回素晴らしいって言うわ私。
貴方が信じなくても良いの
私は貴方の素敵な所を知ってるから!
大好きな貴方へ
毎日、貴方が頑張っているの知ってるから
…でもね?、本当は心配でたまらないの。
そりゃあ大好きな人のことですもの。
貴方がつらいなら、私も一緒になって泣いて、貴方を抱きしめてゆっくり頭を撫でてあげたいわ。
ぎゅーーって。
大好きな貴方へ
ホットココアでも入れるけど良かったら飲んでね。
いつも、貴方のことを想っているわ。
貴方の隣の透明人間より
(あ!プライバシーはちゃんとしてるからね?、さすがにそのへんは大好きな貴方でも尊重しているわ!、ほら右側を向いてみて?、ふふ…目が合ったわね)大好きな貴方へ
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
そんな透明人間がいたら、きっと貴方のことを好きで、聞こえていないだけで貴方を必死に毛布で包もうとしているに違いない。
「貴方は一人じゃないよ」
「私がココにいるよ」
「大好き」
今日も隣で呟いている感想1
なんてキュートで温もり溢れる、姿は見えないお隣さん...呟きに耳を澄ませられていないだけで、私の隣にも実はそんなふうに声をかけてくれる透明人間がいるのかなぁ?とあたたかな希望を抱かせてもらった感じがします。普段の私は人から傷つけられる前にと言わんばかりに自身を責めたり批判をしてしまいやすいけれど、私も作品に登場する隣人のように、誰かや自分に向けて、愛を、ただ存在の尊さを、率直に伝えられるピュアな透明人間になりたいな...と思ったりもしました。
感想2
東京事変の「透明人間」という曲もそんな優しい透明人間を書いたものだったなと思い出したりしました。きっと大好きな相手から自分は認識されないし言葉も聞こえないけれど、いつもそばにいてこっそり飲み物を用意したりもするのも透明人間さんなりの幸せなのかなと思ったりしました。他人にも、自分に対しても存在を尊重しながら気持ちを分かち合ったり、良いところを言ったりする優しい接し方をしているかなと自分を振り返りました。
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もっと頑張ろう
うまくいかなくても
無駄なことなんかない
理由がなくたって
ただただ一所懸命
すすんで行くだけ
けさないために希望を
てのひらに握りしめた所感
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
どっちもほんと
心がふたつある〜感想1
前に向かうためにじぶんをじぶんで鼓舞しているような感じがした。もしかしたら、そうやって言葉をかけ続けないと動けなくなっちゃうくらい苦しさもあるのかなと思った。希望は、頑張らないとなくなっちゃうんだろうか、一所懸命でないと離れてしまうのかな。私は、頑張るのをけっこうやめちゃっていて、そういう自分もありだなと思うけれど、頑張るのも頑張らないのもすきなように選べて、どちらにも希望があったらいいんだけどなと思う。
感想2
目の前の状況に打ちのめされ、ぐらぐらと揺れながらも、自分を信じようとしているような姿が浮かびました。自分がどこに向かっているのか分からないとき、一人歩みを進めるのは孤独な瞬間が多々あるよなぁと、思い返しています。
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過去が砕けて
繋がらない日常
決して離したくない
優しい温もり
解けないように
結んだ愛情が
切れそうで
途切れそうで
秒針を恨み
夜の温度に泣く
いくつになっても
変わらない気持ち
愛はいつになっても
変わらずそばにいるけど
大人になってしまったら
離れているように感じる
たとえ愛していても
伝わらない思いがある
それを含めて全部が愛だと
あなたが教えてくれた
1人になると
独りだと気づく
無機質なライトが
照らす私の手
自分で選んだから
振り向くことはないけど
涙を流す時は
止まってもいいかな
愛は消えることなく
私を導いている
私には伝わらないけど
ちゃんと受け取っているよ
愛が無くても息はできる
でも愛がなければ
私の生きる世界は
何の価値もないでしょう
愛に飢えて
愛を求め
愛されようとして
馬鹿みたい
でもやめない
愛のある人生「藍」
作品にまつわる質問
この作品の好きなところを教えてください。
嘘が無くて、本当に思っていることだけを書いているところです。
感想1
柔らかく、でもテンポが迫ってくるような曲調で脳内に再生された感覚がありました。「愛」には様々な形があると私は考えているけれど、それがそもそもあるかないか・感じられるか否かで捉え方や考え方・感じ方は変わってくるよなぁ…なんて色々考えてしまいました。ふと思うだけで「愛」「藍」「哀」と沢山出てきますが、自分が求めてるもの、必要なものは一体どんな形だろうかと、読みながらつい腕を組んで考えていた私がいます。
感想2
「愛」って目に見えるものではないし、みんなそれぞれが考える意味で使う言葉だから結局明確な形を持っていなくて、一つの愛がずっと同じ形を保っているわけでもない。結ばれない愛もあり、そもそも愛が無くても生きてはいけるというシビアな面もあるから、絶対必要で温かく輝かしく美しきものというわけでもないことを加味すると、それは情熱的な赤ではなくて少し寂し気な藍色なのかもしれないと考えたりしました。
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その羽じゃこの苦しみから飛び立てない
感想1
言い聞かせているような、突きつけてるような言葉だと思った。この子にとって「天使」ってどんな存在なんだろう、って思った。きっとなにかやさしくて軽やかなものなのだろうなと思ったけど、でも鳥の羽を想像したら、すごい筋肉だし、実は体を支えるだけの強さがあるってことでもあるのかなとか。空に透けていきそうだけど、透けないでそこにいる、この人の青い色がきれいだなと思った。
感想2
天使の羽があれば嫌な俗世から離れて苦しみの無い天国へ飛び立っていけるような気がするけれど、そんなことを思ったって地に足をつけて人間として苦しみの中で生きていくしかない。天使はなるものじゃなくて迎えに来るものというイメージが強かったけれど、天使本人も神の使いという仕事はあるものの労働条件はきっと超快適なんだろうなと思ったり。
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明日にあるのは絶望だって
それが救われる日は来ないんだって
わかっているけど、生きている。
人生詰むまで繰り返す。
もうそれを予防するのも疲れたな。
どうせくたばるんだ。もう、別にこの世界で救われることに執着しなくてもいいのかも。初めから自分が想像している幸せは存在するものではなくて、手放したときに見える伽藍堂が心地良かったりする。幸せを望む心も、辛いと思う日々も手放してしまおう。何か幸せで何が辛いのかわからなりたい。そのほうが生きやすかったりする。無題
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
囚われていると苦しくなる。
そう思った。感想1
そっか、書き手にとっての「救い」とはどんなイメージなのだろう...?ということがまず浮かびつつ、もう少しだけでも生きやすくなることへの切望と疲弊が垣間見えた気がしました。たしかに囚われていると苦しいけれど、もう期待しなければがっかりすることもないや、と思ってあるものを無いことにしてきた後、私自身に訪れたさまざまな制御の困難とも重ねながら読んでいます。
感想2
私も何もかも分からなくなりたいと思ったことがあります。本当はほとんどのことが幻想で、あるがままに観るということが難しく、見えないものに苦しんでいるのが人間のような気がします。そういえば最近「しゃば」という言葉(刑務所に入っている人が外の世界を表してよく使う言葉)の語源を調べたら「娑婆」という仏教の言葉で「耐え忍ぶ」という意味だそうです。世界はもともと耐え忍ばなければならんくらい大変な苦しい場所なのだということみたいで、人間はいつの時代もそうやって苦しんできたんだなと思いました。
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俺はウサギ
あいつは亀
俺の方がなんでも早くできる
あいつは何をやっても
トロトロしている
優越感に浸りながら
その傍で罪悪感を覚える
大事なものはあいつが
持ってるから
ゆっくりでもいいよね
遅くても立派にやってるよって
言って欲しかったよ
俺が持ってるのはちっぽけな
プライドだけで本当は捨てたいうさぎと亀
感想1
ウサギさん側に位置する状態でその心のうちにある弱く柔らかいところを表現してもらえるのは少し珍しいような気がして、目を惹かれました。私自身はどちらかというと亀かなあ...と認識しながら過ごすことが多く、かつ劣等感は言葉にもされやすいような感じがしますが、早くできるように(あるいは強く?)ならざるを得なかった側の背景も想像していたいと思ったし、特定の評価じゃなく存在をまるっと認められたいという奥底の方の感覚はどちらも共通なのかも...などと感じました。
感想2
早い方がいいと言われることと、早いことを評価されて生きることに違和感を持ちつつも走ってきたのかな。ウサギさんは、自分と同じじゃない、なにかすてきなものを持っている「他者」として、亀さんとちゃんと出会えていたんだなと思った。うまくいえないけど、案外、私たちはうまく出会えていない気がするから、自分とは違うだれかをジャッジするんじゃなく出会う練習をしたくなる。
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話せないから話せない
話したくても苦痛だから
気力がわかないから
話さないならいられない
話せることないからいられない
私が他人なら私といたくない
私も話せない相手といたくない
いたい人はいなくなる
閉じ込められたガラスの檻の中の窒息
今も言えない言えない苦しさは
癒えない言わないままじゃ
自分を壊すやけっぱちしかここを出る術なく短時間の心
生きるためには言えない言えない
言えないなら、もう、生きたくない無題
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
8/19深夜3時にスマホでポチポチしました
感想1
「話せない」「言えない」の中には「話したい(のに)」がつまってるのかなって思った。声にならなくても、あなたの中にはもう言葉がたくさんあるから、スマホに打ちつける時間が必要だったのかな。スマホだけは身近にあって、ガラスの檻の中にも持ち込み可能だったのかもしれない、って思った。ガラスの檻に通気口ができたらいいと思う。脱出口もできたらいい。
感想2
深夜に限って色々考えてしまい、グルグルと眠れなくなることが私はあります。ただ、そんな時間に文章にしてみると作品になることもあるのだな…と、気付かせてもらった感覚です。「話さないならいられない」は、どこかのグループや場に”いられない”なのかなと考えました。苦しい気持ち・思っている本心を”言えない”でいると、心に、そして脳にストレスが蓄積され、どんどん深い傷になり、それはあなたの描くように”癒えない”ものになることを感じます…。言えず・癒えないならばもう苦しくて、溜まってゆくだけのつらさを出す場がないとやってられない…と思いました。
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昔々のある山に、青鬼が住んでいました。彼は小さい頃からいつも赤鬼と一緒でした。しっかり者の赤鬼は、気弱な青鬼をいつも引っ張ってくれました。
青鬼とって赤鬼は、無二の親友であり憧れの存在でした。赤鬼と並び立ちたい。赤鬼のようになりたい。そんな思いが、次第に青鬼の心を占めていきました。
青鬼は、赤鬼の行くところに必ずついていきました。赤鬼が見るものを見て、赤鬼が聞くものを聞いて、赤鬼が喋ることを喋りました。赤鬼の喜びは青鬼の喜びで、赤鬼の悲しみは青鬼の悲しみでした。
そんな青鬼のことを、赤鬼はよくわかっていないようでした。赤鬼にとって青鬼は、あくまでも気の合う親友に過ぎなかったのです。
二人はやがて大人になり、赤鬼は青鬼に言いました。
「俺は他の山に行く。外の世界を見てみたい」
青鬼はショックでした。自分は心の全てを赤鬼に傾けているのにも関わらず、赤鬼には意識されていないことが辛かったのです。それでも青鬼は、自分の思いを赤鬼にぶつけることはしませんでした。結局笑顔で見送り、二人は別々の山に住むようになりました。
赤鬼と会えない間も、青鬼の頭の中は常に赤鬼のことでいっぱいでした。むしろ思慕が募るばかりです。青鬼はとうとう耐えきれず、何でもないような顔をして赤鬼に会いに行きました。話したいこと、伝えたいことはたくさんありました。
しかし久しぶりに会った赤鬼は、挨拶もそこそこに寂しそうに言いました。
「俺は人間と仲良くしたいんだ。だのに彼らは俺を誤解していて、寄り付いてくれない」
青鬼は胸が張り裂けそうになりました。僕がいるのにどうして。人間なんかと仲良くするな。僕だけを見ろ。湧き上がる言葉はしかし発せられることはなく、青鬼は協力を申し出ました。青鬼が人々を襲い、赤鬼にそれを阻止させる茶番を提案したのです。
本当は、青鬼は赤鬼に却下してほしかったのです。「君を悪者になんか絶対できない」と、頑として譲らないでほしかったのです。しかし赤鬼は、青鬼の説得に折れてしまいました。
事は計画通り運び、赤鬼は人間と仲良くなれました。青鬼はひとり別れの手紙を書きました。赤鬼に振り向いてほしい一心でした。
やがて訪れた赤鬼を、青鬼は実はこっこり眺めていました。手紙を読み、ただ涙を流す赤鬼を見て、青鬼はポツリと呟きました。
「君にとって僕は、優しいだけの友達だったんだね」涙すら出ない青鬼
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
青鬼が、赤鬼と離れるきっかけを得られたこと
感想1
むかし教科書かなにかで読んだ物語を想像しつつ、読みました。物語の中のひとたちって案外コミュニケーションがうまくいっていないことが多くて、ifとか裏側を考えてしまうことがあります。「赤鬼」は誰かと仲良くなるのに人をつかったズルをしちゃって引き返せなかったのかなと思うのですが、この「青鬼」はある種のニコイチ的な二者関係を望んでいたのなら、もしかしてその時点でふたりの理想は食い違っていたのかな……とも思いました。望む関係や期待のすりあわせはむずかしいなぁ…と考え込んでいます。
感想2
少しずつお互いの関係性が変わって、すれ違ったり距離が生まれてしまうことは、鬼も人間も、なんともいえない侘しさが残るように感じました。変化していくことも、ずっと同じ場所で安心していたいと思うことも、どれも正しい/間違っているということはないように私は思ったりしますが、分かってほしいと願ってしまう相手との関係では、つい裏腹な態度をとってしまったり、変化を受け入れることが難しい場面は人間界でも多々あるように思います。
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「どうして今さら」
行動を促されて、私は言った。
「もう、体力がない」
動かない体を動かしながら、私が言った。
「たくさん無理したのにーー!!」
隣で、涙目の私もそう叫んでいる。
「気付いてもらえない」
「分かって」
「解放して」
「休みたい」
「休みたい」
「休みたい」
「休みたい」
私たちの想いは、いつの間にか1つになっていた。私たちの
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
自分の気持ちがはっきりと1つにまとまる感じがすると、何だか心地良い。
感想1
確かに、自分の気持ちが一つにまとまると、何かが少し楽になる感覚があるかもしれないな…と自分の経験を振り返ってみて思った。バラバラだけど、でもみんな共通の「苦しい何か」を抱えていて、だけどバラバラに思えるから自分でもごちゃごちゃしちゃってつらくなって…。そんな背景が文章にあることを感じつつ、それを少しずつでも言葉にしていって、見えてくる何かがあって、見つかったしっくりくるものがあって…と、紐解く手順があることを感じたよ。
感想2
自分の声よりも「こうすべき」「こうしなきゃ」っていう自分のふりをした別のなにか(「普通」とか)の声を私は聞いてしまいがちだったから、自分の声を聞くのって案外むずかしいことだなぁと思っています。この「私」たちの声は、これまでかき消されてきながら悲鳴とか叫びなくらい大きくなって響いているのかも……とも考えていました。体も心も本当は私一人ではない、さまざまな部分の「私たち」が共同作業で運営しているのかなと思うことがあります。それなら労働基準法みたいに「休む権利」ってすごく必要なのかもなぁと思いました。
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「世の中が自分に従順にできてたらいいのに」
なんてアホらしいこと考える自分を馬鹿にできなかった
選択肢のある人生なんてお気楽でしかないでしょう?
未知に溢れるこんな人生嫌になるから
口にうたねねを含んで呑み込めてしまえばよかったんだ
なんてアホらしいこと考えてた
あぁ シアワセじゃなくてよかったね
あなたフシアワセで私シアワセ
あぁ シアワセじゃなくてよかったよ
あなたシアワセ私へシワヨセシワヨセ 歌詞
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
自分なりの正義は世の中にとって間違いだったみたい。世界が優しくなくていいから、もう少し生きやすい世界だったらよかったのに。なーんてさ。歌の歌詞なので、メロディとかも作ってる。陽気な感じだけどね。
感想1
「幸せ」「しわ寄せ」初めて気づきましたが似た言葉だなと思ったのと同時に、対極にある言葉だな…とも思いました。ゲームみたいに3つくらい選択肢が表示されてそれを選ぶだけの人生だとしたら人によっては楽かもしれないけれど、でも「自分の言葉」を発せられない苦しさを伴いそうだなと想像してみました。未知にあふれる人生という言葉が私にはとても印象的でした。
感想2
「幸」という漢字から一本線をとると「辛」になる・・そんなことを思い返しながら、少しの違いで真逆の意味合いになることばの不思議を感じました。シアワセとシワヨセは相対しながら成立しているのか・・。お互いにシアワセにはなれないだろうかと、そんな世界がどこかにないか探したくなっている私がいます。
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鼎庄吉(仮名)は大学生。学生であるからには日々、仲の良い男女がいやでも目に入るのである。自分には猫という彼女がいるから、と自分を安心させるのだが、いまいち満足しない。
しかし鼎君は人付合いが苦手なようである。心から許せる友だちは大学にはおらず、まして異性の友だちなど出来ない。この悩みの正体を明らかにしたく、鼎君は、自らの愛猫との望まぬ恋愛関係に至る道程を、徒然なるままに綴ってみたようだ。
小学3年生。父親がうつ病で自殺。多くの人はこれを不幸だと考えるが、べつに僕は気にかけなかった。普段から父親と触れ合うことが少なくて遊びにほぼ被害がなく、幼くて事の重大さも解さなかったのだ。また、僕が愛していた母親に関しても、シングルマザーはカネさえあればかなり自由の身だ。流石に今の価値観でも不孝者である。
中学3年生。シスジェンダーの僕は次第に性慾が湧いてきた。しかしここは男子校。夢も希望もない動画で、中高6年間を過ごすのであった。
そして家には猫がいた。猫はその円な瞳で俺を見つめると、「にゃ〜」と言って俺様にスリスリしてくるのである。たまらん。好きぃ
高校2年生。文化祭でも勉強でも上手くいかず、確実に精神を病み始めていた。此時から猫との関係を意識するようになり、また僕は家で一番甘えられる存在となっていた。あのフワフワの毛に触れる瞬間だけ心が解放される日々である。人生刑務所のなかの一時の解放。もはや猫は彼女である。
猫以外に心を許して甘える対象はあり得なかったか。男子校で塾もほぼ通わなかった僕には、「家」にしかその対象はなかった。この年で母親に甘えるのは恥ずい。すると結局は猫様にしか愛着が向かないのである。
大学一年生。男子校のエキスが染み込んだ上にシャイな僕は、女子と話せるわけも無く。而も、大学では男の親友すら居ない。ここは目的中心の繋がりばかりの「レベルの高い」大学であるからだろう。
現代日本の都市ではゲマインシャフト的な繋がりはもう破壊し尽くされた。ほぼすべて男女の出会いは恋愛結婚市場を経由する。でも、そんな繋がりがあれば、他の環境に恵まれていた僕はもう少しマシな人生を送っただろうか。やはり、僕が弱い人間だ。
そして、勉強にもサークルにもバイトにも、いまいち身が入りきらない。僕の弱さに萎え、家で猫という逃げ道を探す。ああ、可愛い…。でも終わったらまた地獄と感じる日々が来る。ネコ・セクスアリス
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
決して性愛ではないです。
もちろんこれを読むほどの方から見たら甘いものですが、環境の恵まれた人間の一部も心を病む(僕はこの2年間よく死にたいと思ってます)ということを、皆さんに知って頂きたいです。感想1
タイトルからも、文体は(ちゃんと読み込んだことがあるわけではないのですが...)森鴎外をイメージして書かれているのかなと思いながら読みました。作品内では自分のことを客観的な視点から描写していたり、猫と触れ合う場面では溢れる感情をそのままに書かかれていたり、全体を通して「僕」自身との距離感やその捉え方の葛藤がうかがえるように感じました。私はその時々で言葉として表出できることと内側で感じ取っているものは完全に一致させられるとは限らないのかも...と思いながらいるのですが、「ゲマインシャフト的な繋がり」は破壊し尽くされたと感じながらも作品にして共有しようとしてくれていることに、まだ失われていない何かを捉えたいような感じもしています。
感想2
親密な関係性への憧れと苦しみが交錯するような、そんなイメージが浮かびました。「人生刑務所」という表現に至るほど、日常の世界は投稿者さんにとって生きづらい環境であることを想像しています。猫との関係を読んでいると、「自分を受け入れてほしい」という切実な、よるべない心細さがあることを私は感じました。それらは、個人の弱さとはまた違う場所にあるようにも思いました。
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病室の窓から見えるなつぞらは
夏空らしからぬ、柔和な水色をしている。
青い絵の具に
ふんだんに白とクリーム色を混ぜて
キャンバスいっぱいに塗りたくったような。
透明感はないが、淡い。
先の見えない闘病生活。
透明感も淡さもない。
微熱が続き、重たい身体。
日々大きな不安を抱えて、心まで蝕まれていくようで、怖くなる。
今が辛くて、早く明日を迎えたいけど、明日だってきっと辛い。
数日前から、窓から見えるのはなつぞらだ。夏空ではない。
真っ暗闇にいる私を
怖がらせぬよう
なつぞらでいてくれてるのかもしれない。
なんてね。
今が辛いけど、今この瞬間は戻らない。淡く儚い。
淡く儚い今を抱え、積み重ねていこう。
あしたもなつぞらを見せてね。無題
感想1
広い空は綺麗で自由な感じがするけれど、たぶん実体はなくて、闘病生活をしている「私」はそれとは全然違っていて、実体があるから熱を持ち、重たさを感じるのかなと思う。ただの夏空ともちがう「なつぞら」は「私」にとってやさしいもので、病室の「私」にもできる、窓から見るということで、あいまいにつながっているようにも思う。「なつぞら」が「私」を怖がらせないようにしているように、「私」も「なつぞら」にすこしだけ心を託しているような、そんな気がした。
感想2
耐えがたい現実と、そこから少しでも逃れるための世界のあいだに「なつぞら」があるのかなと想像しました。つらくて苦しい「いまここ」を、儚さや淡さといった違った感覚から切り取ることができるのも、「なつぞら」が助けてくれているのでしょうか。暗いトンネルの中で、小さな光をぎゅっと握りしめるような、そんなイメージが浮かんでいました。
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孤独
感想1
短歌のリズムかつ口語で書かれた言葉は、すっと胸に入り込んでくるような感じがした。明朝体の文字は立体的で標語みたいにはっきりしていて、対して泣いているこの人は、表情や手を伸ばす仕草はとてもはっきりしているのに、すきとおってしまうのが寂しい。「ここにいる」ってことをすべてが表現している感じがした。
感想2
何かの歌詞のようにも見えて、MVのワンシーンに思えました。縋るように伸ばした手は、誰がつかんでくれるのだろう…。そんな風に考えてしまいます。「待って!」と人物が言っているように聞こえてきた気がして、どこか切ない気持ちになった私がいます。力強く文字が書かれていて、「叫び」と「もう一人の僕」の声の大きさと威力を感じた気がします…。
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布団に潜れば死にたい気持ちが薄れる気がして潜ってみた
だけど中は真っ暗でどこへでも行けるような気がしてしまった
お風呂に入りながら水を見つめた水みたいに流れて行けたらなんて思う
でも少し汚そうで考えるのをやめた
風が吹いたこのまま飛んで行けたら楽になれるのにと思った
だけど高いところが苦手だと思い出した
息を止めてみたら自分を心の内を全部抑えれた気がした
だけどすこし苦しくて辞めた
音楽を聞いたいい曲だなと思った
ふと自分もこんな曲を作りたいなと思った
歌は上手くない
でも音痴でもない
そんな自分でも初めて最後までやりたいと思ったこと
夢は追いかけてこその夢
やって後悔
やらなくて後悔
どっちがいいかなんてとうの昔に分かりきっている
やった後にはきっと行動した経験値が付いてくる
それも人生の第1歩なのかもしれない夢
作品にまつわる質問
のびアートへの投稿のきっかけはなんですか?
夢を 目指すところを 見てほしい
感想1
布団の中で、水の中で、風の中で、自分の大きさや輪郭を確かめている。暗闇に見える世界の中で、好きな音、光、世界も確かに感じられる。そういう手触りを頼りに生きていくことができればと思う。自分という人間は自分だけでは成立せず、様々な関わりの中で輪郭を持ち始めるものでもあると思った。好きなもの、好きな光、好きな風、好きな温度、嫌いな音、嫌いな空気、あらゆる手触りを感じながら、少しずつ輪郭が見えてくるといいな。
感想2
何かにふと触発され、志しては怖くなったり不可能を感じてしまったりして手放すということを私も繰り返してきたなあと思いました。今考えてみるとその繰り返しは無意味なことではなくて、自分の感性が「良い」「行きたい」と頷くものを集めて、自分の方向性を固めていく作業だったのではないかという気がしました。あなたもその繰り返しから、一段と手を伸ばしてつかみ取りたい何かを見つけたのだと思います。色々なものに目配せして歩いた跡、夢を追いかける足跡、全てがあなたの歩んだ道として記録されているに違いないと思いました。
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じぶんって、何となく、こわいんだよ。
人のためなら、
無理な事でもがんばってなんでもするクセに、
じぶんの事になると何も言わないじゃん。
平気な顔して、全部1人で抱え込んで、
大丈夫って笑ってさ…。
その笑い方が1番信用出来ないんだよ。
じぶんの中では、とっくに見抜いてる。
放っておいたら、
勝手にどこかいなくなりそうで、怖くて。本当の、自分は?
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
自分は、何で人の為ならなんでもする
のに、自分の、事になるとなんにも出来ないんだろうと悩んだ時の文です。感想1
「自分」に対して思うことがある・気付いている「自分」がいて、それなのに理解できない行動をとってしまったり、なんで?とビックリしてしまうことも、他者のためにやってしまったりがあるなぁ…と思いながら読みました。「信用できない笑い方」が、投稿者さんにとってはキーになる部分でもあるのかなと想像しました。自分に対する心配…というより、不安で、”自分でも手に負えなくなってしまう自己犠牲”に怯えているイメージが浮かんだ気がしています。
感想2
誰かのためにすることを自分にはしようと思えないし、他人の声はよく聞こえるけど自分の声は耳をすませても静かなまま・・そんなことが頭に浮かびました。「じぶん」とひらがなで書くことによって、どこか掴みどころのなさも感じました。
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見て見て見て
こんなに苦しかったんだ
毎分毎秒 自分の言葉
吐き出したい
でも 気力が足りない
凍りついたような心
苦しさの背景
今日も言えずにいる
量産したいよ
思いつく限り
私のしんどさが伝わるような物語
量産したいよ
思ってるだけ
言葉にするのは過酷なんだ
誰か分かってくれ
数だけ増えたものからは
意味や価値が 薄れていくのかな
それでも言わないと
始まらない気がして
毎日何かを生み出したい
そして安心したい
だからやらないと
認めてほしいと願う
自分がいる
やりたいのは本当にこれかな?
伝わってほしいのは本当だよ
量産したいの?分からない
ただ 心すり減らしながらでも
言いたいことは確かに在るよ量産
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
表現したいことが自分の中に蓄積されている感じがあるのに、上手く出せない。大量生産するみたいに流れでたくさん書ければ楽…?いや、でも……。みたいなモヤモヤした気持ち。
感想1
「量産したい」のは証明したいという言葉みたいにも見えた。物量があれば物語に含まれたつらさが伝わるかもしれないという願いもあるかもしれない。自分の中のわだかまりを、なにか形にして安心したい気持ちは私にもある気がする。「量産」は工場や大量生産システムの言葉だと思うけれど、人間が「量産」しようとしたら、全部が同じにはならなくて、そして作っている中にも、作っているということ自体によって変化が生まれると思う。語り続けると語りは変化してゆくことがある。それは相手だけでなく、自分も作品を見て、聞いているからなのかもしれない。そんなことを考えた。
感想2
吐き出したいものや伝えたいものが多すぎるあまりそれを表現しようとする手や声が震えて、上手く出てこないでいるような感じがしました。私は定期的にノートに言葉を書き殴るのですが、後日それを眺めたとき、その筆跡の荒々しさや紙面に滲んだ汗や涙の痕が当時のつらさをいつまでも湛えているような気がします。量産品は生産コストを抑えられるために安価になりますが、はたして言葉・物語を紡ぐことを量産と言えるのでしょうか。生産者が同じなので似通ったものが生まれることもあるしれませんが、きっと一つとして同じ型のものはないのではないかと思いました。
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夢は「さめる」って言うけどさ、鮮やかな夢がはたと醒めたら色のない現実がこちらを見るせいかな。
恋もさ、「さめる」って言うけど、ねえ、あの子を思った気持ちはどんなにカラフルだったろうね。褪める
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
夢は「醒める」、恋は「冷める」と書きますが、色褪せる の漢字も同じく「褪める」と書いて「さめる」と読めます。
どの字だっけ、と悩んだとき もしかして同じ意味があったり…と思いつき、言葉にしてみました。感想1
「さめる」という響きは、どことなく侘しさが漂うように感じています。エピソードを読んで、新しい発見に出会ったような心地よさを覚えながら、思わずパソコンの変換候補から探して「おお・・」と声が出てしまいました。
感想2
「○○がさめる」という文章の主語○○に入る単語によって、「さめる」という述語の漢字変換が決まってくるという言葉のおもしろさが感じられる詩でした。「さめる」の持つ何かの状態が変化する、という漠然としたイメージは同じですが、変わるのは意識なのか、温度なのか、色なのか。現実に戻れば夢も温度を失って冷める、正気に戻るなら恋から醒める。
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ひとりぼっちの私と星空
感想1
夜空がすごく大きくて、見上げていたらぐわんとなってしまいそう。じぶんがなにかすごく間違ったような気持ちのとき、世界がきれいなことは、優しくて苦しい感じがする。このひとはどんな表情で見上げていたんだろう。下の方がほのかに明るくて、もうすこしで世が明けるのだろうか。
感想2
向こうの空がほんの明るいのは夕焼けにも朝焼けにも見えたけれど、家を飛び出して吸い込んだ外の空気は、気温が高くてもチクチクと感じられそうな気がしました。フィクションではよく登場人物の気持ちと天気が連動するけれど実際はそうもいかず、こちらの心は土砂降りというときほど憎らしいほどきれいな空が広がっていたりしますよね。夜空で一緒に輝く数多の星と、地表の上の一人ぼっちの私という対比に気づいてしまったら、また悲しさも加速してしまうんだろうな。
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私の心を蝕んで 醜く肥える海月が
からだの傷のみ取り去って自然な治癒をこれっぽっちも許さない
あったはずの痛み 確かに流れた血はすぐ跡形もなく
輪郭も色もない恐怖と悲しみは 脳奥にくっきり彫られていくのに
裂かれた肌 見えぬ傷は
地についた足 浮かぶ魂は
感じた痛み 思い出せない無念は
私はその間に虚しく、
存在すると言えぬほど曖昧に
ただ まだ そこに あるはずなのに
唯一 私の外殻を撫でる触手
涙が涸れている 口角が蠢く
もみくちゃになる心が海月の養分だった海月
感想1
読みながら初めに、「深海」のイメージが湧いてきたような気がしています(なんとなくではありますが…)”自然な治癒をこれっぽっちも許さない”というのが個人的には印象的で、自然治癒という言葉や現象が確かにあることとは反対に、それを許されない・起こらないことの残酷さや無力感を抱いた感覚がありました。ふわふわ漂う海月が、ただそこにいるだけのはずなのにそうじゃなく、この作品の中では、おぞましい”何か”が、起きている瞬間でもあるのかと想像しました。
感想2
どことなく厳しいイメージの漢字がつらなる言葉の中に、いくつかのひらがなの箇所が、そこだけ柔く温度を持っているように感じました。「からだ」「ただ まだ そこに あるはずなのに」「もみくちゃになる心」くらげは人間のからだとは違って、神秘的にも思うしすこし不気味に思うこともある。くらげはどこにいるのだろう。「私」の中に「私」とともに生きているのだろうか。
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私にとって、「不安」という感情は重荷です。
授業中も、友達と遊んでいる時も、家に帰っても、どんな場所に行っても、座ってみても、寝転んでみても、どうやってもおろすことのできない「不安」を、私はずっと背負っているのです。
「いい加減、離れてよ」
「やだ」
私は背中にべったりとくっついている不安と、時折そんなやりとりをします。
「やだ」と返されてしまっては、それ以上何も言えません。
結局私は、不安を背負ったまま、生活を送るのです。
「何をしても無駄だよ」
ある日、私が部屋でスマホをいじっていると、背後から不安の声が聞こえました。
突然のできごとに、私は自分の耳を疑いました。今まで、私から話しかけたことしかなかったのです。
私はスマホを置いて、不安と話し始めました。
「…どうして?」
「離れることなんてできない」
「…でも、苦しいよ」
胸をぎゅっとおさえ、うつむく私。
そんな私に、また不安の声が聞こえました。
今度は背後からではなく、正面から。
「一応、君を守ってるつもりなんだけどな」
「そんなの分かってるけど、苦しい」
「…ごめんね」
不安が苦笑を浮かべながら言いました。
「苦しいけど…離れろって言ったのは、ごめん…」
不安を傷つけているような、自分を傷つけているような痛みを、実はずっと感じていました。
「いいよ。だって、やだって言ったらそれ以上は何も言わないでいてくれたから」
「…気遣って言ってるでしょ」
「うーん…それは、まぁ…」
不安と私はとても似ていて、お互い苦しくて、お互い傷ついていました。
私は不安のことを、重荷だと感じています。
でも、こうやって向かい合って話せれば、その間だけは重たくないのです。
どんなきっかけで向かい合えるのかは、よく分かりませんが…。不安と私
感想1
この「不安」というものがいると、怯えだけは人一倍感じるものの、面白味も嬉しさもこいつを退散させることはできずむしろ打ち消されてしまうし、身体が重くて動きが遅くなる。けれどそうすることで、こいつは必死で私のことを危険から守ろうとしているのだということも同時に感じてしまうから憎めない。「不安」も常に不安であるのだと思う。だから私は、こいつを安心させる方法を探している。
感想2
内側での不安との対話、こんなにも言葉にしてもらったものを読んだのが初めてのように思って、驚きと納得感も少し混ざり合ったような気持ちでいます。私は色々に対して、こわい、どうしよう...と思ったり、内側でケンカが多発すると身動きが取れなくなる時があって、でもそれって向き合うのが難儀そうなところの声を無視してしまう時に起きるのかも、と気づかせてもらったような感じがします。それから、投稿者さんがただ背負うのではなく横に並んで歩く日もやって来そうなイメージを持っています。
感想1
この子の世界には「赦されない」ことの決まりがたくさんあるんだろうなぁと思った。赦されないのは、生きてちゃだめという感じなのだろうか……。この子の目にある光は、どこに向かっているのだろうなぁと、なんだか気になっています。
感想2
やや歪んで表現された文字は、この人物の葛藤・苦しみを表している気がしました。私の場合は、「家族を許せない」と思っているそんな自分を赦せないでいる…そういった感覚があります。人物の心の揺れ動きや想いに共感しつつ、自分の内側との対話になった瞬間でした。