生きづらさを感じる人が創る
のびアート
のびアートとは?詳しくは
こちら投稿はアプリからできます。
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話せないから話せない
話したくても苦痛だから
気力がわかないから
話さないならいられない
話せることないからいられない
私が他人なら私といたくない
私も話せない相手といたくない
いたい人はいなくなる
閉じ込められたガラスの檻の中の窒息
今も言えない言えない苦しさは
癒えない言わないままじゃ
自分を壊すやけっぱちしかここを出る術なく短時間の心
生きるためには言えない言えない
言えないなら、もう、生きたくない無題
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
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明日が怖くて
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
私は大学生なんですが、大学入学当初情緒がすごく不安定になってしまって、何してもネガティブで明日が来るのが怖かったんです。その時絵にすることによって気持ちの具現化ができたのがスッキリしました。
感想1
とめどないって表現があっている気がする、いくつぶもの涙を流しながら振り返る様子は、なにかに怯えているようで、胸の内になにか守っているようにも見えました。木琴のばちのようなものを握る手は、ぎゅっと強く握られていたのかな。私は絵をあまり描けないけれど、心の中にあるものを表現してみると、すこしほっとする瞬間があるので、わかる気がすると思いました。
感想2
部活中にこの人の肩を叩いて呼んでみたら、打楽器のスティックを握りしめながら泣いていておろおろ…というシチュエーションが浮かんできました。言葉より先に涙やイメージが出てくるときや、言葉がそもそも出てこないときだってあるけど、そんなときはできる表現で感情を外に出してしまったらすっきりするよね、たくさん泣きなよという気持ちになりました。
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勉強
感想1
暗い影の奥にいる人物が、紫のモヤモヤに包まれた言葉たちを絶えずささやいてているように見えました。もしそうだとしたら、ずっと監視されているようで居心地が悪いし、どこにも逃げ場がないような息苦しさを感じました。「勉強」って、一体何のために、誰のためにやっているんだろうと、考え込んでしまいました。
感想2
「勉強」というタイトルから、描かれている絵で様々なことを想像させられる作品でした。目のあたりの黒いモヤは「不安・焦り・急かされている・自分の意思とは関係なく事が進んでいく」そんな”自分の意志”との違いを感じました。なのに、あれもこれもダメで、逃げ場がなくて(逃げることも許されないような)追い立てられて…どんどんダメージだけが蓄積していく…そんな風に私には見えました。自傷はもしかしたらあなたの逃げ場であり、やらないとこの世界やってられないよ…と思うようなものでもあるのかな、と想像しています。
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バグ
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
歪んだ紫の街を駆け巡る
自分を見失いながらも
手元にグリッチがはしる感想1
「駆け巡る」正にその言葉がしっくりくるような躍動感を、絵の中に見た気がします。顔を覆う「何か」は、どこか禍々しく見えるようで、一点だけを定めて照らしてる・導いてるかのようにも見えた気がします。歪んだこの”紫の街”から、人物は出られるのでしょうか…そもそも、出ることを目的としているのでしょうか…。そんな風に考察もしてしまいます。
感想2
紫の街は、青と赤がまじってしまった世界なのかな。混じり気のない痛みとHATEがそこに「ある」ことをつきつけている感じがしました。紫の街の中に融合されかけているようでもありつつ、顔の部分は仮面みたいなもので、街に合わせて擬態しているのかも……という想像をしました。アニメで死んだと思っていたキャラクターが仮面をつけて復活する、みたいなのを何度かみたことがあるのですが、顔を覆い隠すことには、隠すだけじゃない能動的な意味があるような気もします。
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昔々のある山に、青鬼が住んでいました。彼は小さい頃からいつも赤鬼と一緒でした。しっかり者の赤鬼は、気弱な青鬼をいつも引っ張ってくれました。
青鬼とって赤鬼は、無二の親友であり憧れの存在でした。赤鬼と並び立ちたい。赤鬼のようになりたい。そんな思いが、次第に青鬼の心を占めていきました。
青鬼は、赤鬼の行くところに必ずついていきました。赤鬼が見るものを見て、赤鬼が聞くものを聞いて、赤鬼が喋ることを喋りました。赤鬼の喜びは青鬼の喜びで、赤鬼の悲しみは青鬼の悲しみでした。
そんな青鬼のことを、赤鬼はよくわかっていないようでした。赤鬼にとって青鬼は、あくまでも気の合う親友に過ぎなかったのです。
二人はやがて大人になり、赤鬼は青鬼に言いました。
「俺は他の山に行く。外の世界を見てみたい」
青鬼はショックでした。自分は心の全てを赤鬼に傾けているのにも関わらず、赤鬼には意識されていないことが辛かったのです。それでも青鬼は、自分の思いを赤鬼にぶつけることはしませんでした。結局笑顔で見送り、二人は別々の山に住むようになりました。
赤鬼と会えない間も、青鬼の頭の中は常に赤鬼のことでいっぱいでした。むしろ思慕が募るばかりです。青鬼はとうとう耐えきれず、何でもないような顔をして赤鬼に会いに行きました。話したいこと、伝えたいことはたくさんありました。
しかし久しぶりに会った赤鬼は、挨拶もそこそこに寂しそうに言いました。
「俺は人間と仲良くしたいんだ。だのに彼らは俺を誤解していて、寄り付いてくれない」
青鬼は胸が張り裂けそうになりました。僕がいるのにどうして。人間なんかと仲良くするな。僕だけを見ろ。湧き上がる言葉はしかし発せられることはなく、青鬼は協力を申し出ました。青鬼が人々を襲い、赤鬼にそれを阻止させる茶番を提案したのです。
本当は、青鬼は赤鬼に却下してほしかったのです。「君を悪者になんか絶対できない」と、頑として譲らないでほしかったのです。しかし赤鬼は、青鬼の説得に折れてしまいました。
事は計画通り運び、赤鬼は人間と仲良くなれました。青鬼はひとり別れの手紙を書きました。赤鬼に振り向いてほしい一心でした。
やがて訪れた赤鬼を、青鬼は実はこっこり眺めていました。手紙を読み、ただ涙を流す赤鬼を見て、青鬼はポツリと呟きました。
「君にとって僕は、優しいだけの友達だったんだね」涙すら出ない青鬼
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
青鬼が、赤鬼と離れるきっかけを得られたこと
感想1
むかし教科書かなにかで読んだ物語を想像しつつ、読みました。物語の中のひとたちって案外コミュニケーションがうまくいっていないことが多くて、ifとか裏側を考えてしまうことがあります。「赤鬼」は誰かと仲良くなるのに人をつかったズルをしちゃって引き返せなかったのかなと思うのですが、この「青鬼」はある種のニコイチ的な二者関係を望んでいたのなら、もしかしてその時点でふたりの理想は食い違っていたのかな……とも思いました。望む関係や期待のすりあわせはむずかしいなぁ…と考え込んでいます。
感想2
少しずつお互いの関係性が変わって、すれ違ったり距離が生まれてしまうことは、鬼も人間も、なんともいえない侘しさが残るように感じました。変化していくことも、ずっと同じ場所で安心していたいと思うことも、どれも正しい/間違っているということはないように私は思ったりしますが、分かってほしいと願ってしまう相手との関係では、つい裏腹な態度をとってしまったり、変化を受け入れることが難しい場面は人間界でも多々あるように思います。
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幸せな犬?
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
顔だけじゃ分かんない
感想1
「顔だけじゃわかんない」のって本当にそうだなぁって思った。人ってすぐに勝手に、人間以外の生き物のことも「怒ってそう」「笑ってるみたい」って人間の基準で考えちゃうけど、そもそも人間相手だって「わかんない」ことの方が多い気もする。写真の緑がはっきりした感じで、天気のいい日だったのかなぁ。ここからは感じ取れない温度を想像している。
感想2
なんとも言えない表情、おもちゃで遊んでいて少し休憩しているところ...?顔だけじゃ分かんないってコメントを見て、たしかに犬も人間もそうだよなぁ...と思った。それから、私は簡単に、楽しそう!って捉えてしまいたくなったりしていたかもって気づかせてもらった気もして、「分かんない」ことを前提としてくれている人が近くにいるって少し嬉しいかもと感じた。
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うちの壁にいる猫
作品にまつわる質問
のびアートへの投稿のきっかけはなんですか?
アートって何か分からないんですが、壁から猫模様を見つけるなんて、初めての出来事なので誰かに共有したかったんです。
感想1
「壁にいる猫」…それってきっとアートだなぁと私は思いました。そう思うと、私も家の壁をまじまじと見てしまいそうだし、「これ○○に見えるなぁ…」と、実際発見したことがあります。発見したときの気持ちを思い出し、共有したくなるという気持ちに共感です。壁にもたくさん種類がある分、いろんな「なにか」を見つけることが出来そうで、”壁アート”な世界があっても面白いよなぁ~!となっています。
感想2
どこだろう?と、じーっと探してしましました。残念ながら猫さんを見つけられていないのですが、私も壁紙の凹凸や石の形、空の模様など、いろいろなものに生き物や意味ある形を見出しがちなので、共感の気持ちになりました。アイスの「ピノ」にときたま入ってるハート型とかとは違って、意図して作られているわけではないのに、なにかに見えてしまうのって不思議でおもしろいことだと思います。
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夢みるネコ
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
久し振りに描いた絵。
脳疲労を起こして頭を休ませたかったけど、一番やりたかった事です。感想1
佇むみたいに上を見上げている「夢みる」ねこさん、その視線の先にはなにがあるのだろう、と想像しています。この子はのら猫なのでしょうか、しっぽがふわっとしていてかわいいです。私も創作が好きだけどなかなか取り組めないのもあり、疲れつつも「一番やりたかった」ことをやれたということに共感しています。
感想2
疲れていても、やりたかったことができた時の達成感ってあるよなぁと思いながら頷いてる。このネコはどんなことを想像して、どんな夢を描いているのだろう。半開きになった口から、今この子がとても集中してるというか、自分の世界に入っていることを感じた。純粋に輝く目を持っているように見えて、じっと見てると瞳が光ったように錯覚するなぁ。このネコの夢が叶うといいなって思う私がいる。
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「どうして今さら」
行動を促されて、私は言った。
「もう、体力がない」
動かない体を動かしながら、私が言った。
「たくさん無理したのにーー!!」
隣で、涙目の私もそう叫んでいる。
「気付いてもらえない」
「分かって」
「解放して」
「休みたい」
「休みたい」
「休みたい」
「休みたい」
私たちの想いは、いつの間にか1つになっていた。私たちの
作品にまつわる質問
この作品の「生きのびポイント」はどこですか?
自分の気持ちがはっきりと1つにまとまる感じがすると、何だか心地良い。
感想1
確かに、自分の気持ちが一つにまとまると、何かが少し楽になる感覚があるかもしれないな…と自分の経験を振り返ってみて思った。バラバラだけど、でもみんな共通の「苦しい何か」を抱えていて、だけどバラバラに思えるから自分でもごちゃごちゃしちゃってつらくなって…。そんな背景が文章にあることを感じつつ、それを少しずつでも言葉にしていって、見えてくる何かがあって、見つかったしっくりくるものがあって…と、紐解く手順があることを感じたよ。
感想2
自分の声よりも「こうすべき」「こうしなきゃ」っていう自分のふりをした別のなにか(「普通」とか)の声を私は聞いてしまいがちだったから、自分の声を聞くのって案外むずかしいことだなぁと思っています。この「私」たちの声は、これまでかき消されてきながら悲鳴とか叫びなくらい大きくなって響いているのかも……とも考えていました。体も心も本当は私一人ではない、さまざまな部分の「私たち」が共同作業で運営しているのかなと思うことがあります。それなら労働基準法みたいに「休む権利」ってすごく必要なのかもなぁと思いました。
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森
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
夏の東北、宮沢賢治さんがよく創作をしていたあたりの、森、一人旅
感想1
あおあおとした緑の中にみちが続いていて、空がひらけてまぶしくて、気候のよい気持ちよさを感じています。光にも祝福されているようで、ゆっくり呼吸してみたい気持ちになりました。宮沢賢治のゆかりの土地と読んで、イーハトーブのさまざまな動物やうつくしい自然の景色が重なるような気がしています。
感想2
一人旅、リフレッシュになりそうだなぁと考えながら投稿を見ました。虹のアーチに歓迎されてるみたいでワクワクしそう…。眩しいように見えて、なんだかここは少し涼しそうにも見えます。森の環境がそう見せているのでしょうか…。どんな音が聞こえてくるのだろう?この先には何があるのだろう?そんな風に興味がわく一枚に思いました。
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花火 綺麗 少し楽になった
感想1
このくらいの位置から見る花火が結構好きなんだよなぁ…と思う私です。花火の光や音で、つらい事全部、おもいっきり消し去ってくれたらいいのにって思ったことがあります。投稿者さんが少し楽になった気持ちは、そんな感覚もあっただろうか…となんとなくの想像です。
感想2
響く音と広がる振動と、爆発の圧倒的なエネルギー、パッと開いて辺りを照らしながら消えていく光のことを思い出しながら見ました。いっときでもただ空を見上げながら綺麗と感じられる瞬間や、そう感じられた経験は(投稿者さんと私とで感じているものはそれぞれ違うかとは思いますが)たしかに少し楽にしてくれるかも、そんな時間がこれからも生きる中で挟まってくるといいなあと思いました。
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「世の中が自分に従順にできてたらいいのに」
なんてアホらしいこと考える自分を馬鹿にできなかった
選択肢のある人生なんてお気楽でしかないでしょう?
未知に溢れるこんな人生嫌になるから
口にうたねねを含んで呑み込めてしまえばよかったんだ
なんてアホらしいこと考えてた
あぁ シアワセじゃなくてよかったね
あなたフシアワセで私シアワセ
あぁ シアワセじゃなくてよかったよ
あなたシアワセ私へシワヨセシワヨセ 歌詞
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
自分なりの正義は世の中にとって間違いだったみたい。世界が優しくなくていいから、もう少し生きやすい世界だったらよかったのに。なーんてさ。歌の歌詞なので、メロディとかも作ってる。陽気な感じだけどね。
感想1
「幸せ」「しわ寄せ」初めて気づきましたが似た言葉だなと思ったのと同時に、対極にある言葉だな…とも思いました。ゲームみたいに3つくらい選択肢が表示されてそれを選ぶだけの人生だとしたら人によっては楽かもしれないけれど、でも「自分の言葉」を発せられない苦しさを伴いそうだなと想像してみました。未知にあふれる人生という言葉が私にはとても印象的でした。
感想2
「幸」という漢字から一本線をとると「辛」になる・・そんなことを思い返しながら、少しの違いで真逆の意味合いになることばの不思議を感じました。シアワセとシワヨセは相対しながら成立しているのか・・。お互いにシアワセにはなれないだろうかと、そんな世界がどこかにないか探したくなっている私がいます。
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鼎庄吉(仮名)は大学生。学生であるからには日々、仲の良い男女がいやでも目に入るのである。自分には猫という彼女がいるから、と自分を安心させるのだが、いまいち満足しない。
しかし鼎君は人付合いが苦手なようである。心から許せる友だちは大学にはおらず、まして異性の友だちなど出来ない。この悩みの正体を明らかにしたく、鼎君は、自らの愛猫との望まぬ恋愛関係に至る道程を、徒然なるままに綴ってみたようだ。
小学3年生。父親がうつ病で自殺。多くの人はこれを不幸だと考えるが、べつに僕は気にかけなかった。普段から父親と触れ合うことが少なくて遊びにほぼ被害がなく、幼くて事の重大さも解さなかったのだ。また、僕が愛していた母親に関しても、シングルマザーはカネさえあればかなり自由の身だ。流石に今の価値観でも不孝者である。
中学3年生。シスジェンダーの僕は次第に性慾が湧いてきた。しかしここは男子校。夢も希望もない動画で、中高6年間を過ごすのであった。
そして家には猫がいた。猫はその円な瞳で俺を見つめると、「にゃ〜」と言って俺様にスリスリしてくるのである。たまらん。好きぃ
高校2年生。文化祭でも勉強でも上手くいかず、確実に精神を病み始めていた。此時から猫との関係を意識するようになり、また僕は家で一番甘えられる存在となっていた。あのフワフワの毛に触れる瞬間だけ心が解放される日々である。人生刑務所のなかの一時の解放。もはや猫は彼女である。
猫以外に心を許して甘える対象はあり得なかったか。男子校で塾もほぼ通わなかった僕には、「家」にしかその対象はなかった。この年で母親に甘えるのは恥ずい。すると結局は猫様にしか愛着が向かないのである。
大学一年生。男子校のエキスが染み込んだ上にシャイな僕は、女子と話せるわけも無く。而も、大学では男の親友すら居ない。ここは目的中心の繋がりばかりの「レベルの高い」大学であるからだろう。
現代日本の都市ではゲマインシャフト的な繋がりはもう破壊し尽くされた。ほぼすべて男女の出会いは恋愛結婚市場を経由する。でも、そんな繋がりがあれば、他の環境に恵まれていた僕はもう少しマシな人生を送っただろうか。やはり、僕が弱い人間だ。
そして、勉強にもサークルにもバイトにも、いまいち身が入りきらない。僕の弱さに萎え、家で猫という逃げ道を探す。ああ、可愛い…。でも終わったらまた地獄と感じる日々が来る。ネコ・セクスアリス
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
決して性愛ではないです。
もちろんこれを読むほどの方から見たら甘いものですが、環境の恵まれた人間の一部も心を病む(僕はこの2年間よく死にたいと思ってます)ということを、皆さんに知って頂きたいです。感想1
タイトルからも、文体は(ちゃんと読み込んだことがあるわけではないのですが...)森鴎外をイメージして書かれているのかなと思いながら読みました。作品内では自分のことを客観的な視点から描写していたり、猫と触れ合う場面では溢れる感情をそのままに書かかれていたり、全体を通して「僕」自身との距離感やその捉え方の葛藤がうかがえるように感じました。私はその時々で言葉として表出できることと内側で感じ取っているものは完全に一致させられるとは限らないのかも...と思いながらいるのですが、「ゲマインシャフト的な繋がり」は破壊し尽くされたと感じながらも作品にして共有しようとしてくれていることに、まだ失われていない何かを捉えたいような感じもしています。
感想2
親密な関係性への憧れと苦しみが交錯するような、そんなイメージが浮かびました。「人生刑務所」という表現に至るほど、日常の世界は投稿者さんにとって生きづらい環境であることを想像しています。猫との関係を読んでいると、「自分を受け入れてほしい」という切実な、よるべない心細さがあることを私は感じました。それらは、個人の弱さとはまた違う場所にあるようにも思いました。
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早朝
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
1年近く前の早朝の橋の上から見えた朝焼け。
周り誰もいなくて静かで、清々しかった気がする。なんも考えなくてよかった。この空間に戻りたい。感想1
雲の陰影がどこまでもとおく遠く連なり、そのむこうから朝がやってくる、境目の時間のはっとするような光景だと思いました。私は水辺にはなにかすごく心惹かれる感覚があり、近いものばかりみておかしくなった遠近感をすこし和らげてくれる感じがしています。こちら側はまだ黒い闇の中にあって、橋の光と、朝の光は全然違っていて、みているとやさしいような、さびしいような気持ちになりました。
感想2
光が一番輝くのは闇の中だなと思いました。闇深ければ深いほど美しく光る人工的なものと、自然が織りなす複雑な色が織りなす曙の光景は、本当の光という感じがしてとても美しいと感じました。生きていくことをどこか許されるような感じで、油絵でも観てみたいと感じました。夜明け前が一番暗いという言葉も思い出しました
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fell into crazy
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
黒い蝶が舞い、
怪しい炎が辺りをつつみこむ
そして私は、狂気に陥る感想1
躍動感があって、流れているような早い動きがこの一枚の中に見えた。何かのエラーが起きている瞬間にも見える…。中央に立つ三人(三体?)はそれぞれ違うけれど、向かう先・見ているものは同じなんじゃないかと想像する。「怒り」の感情が伝わってきた気がするけれど、それだけでなく「覚悟」「決意」と、そんなワードも浮かんできたなぁ…。
感想2
小さい頃に見た「金田一少年の事件簿」というアニメの「地獄の業火に焼かれながら、それでも天国に憧れる」という台詞がずっと心に残っているのですが、この絵を見た時にパッとそれが頭に浮かびました。この人が天国に憧れているか…はわからないのですが。怒りや狂気だけではないなにかが本当はあるはずだって信じたいけれど信じられないような、そんな場所にこの人は立っているのかな…。目や手から放たれようとしている光は暴力なのかもしれないけれど、同じ色の火がこの人たちも焼いているようで、そしてそれもきれいで、じっと見てしまいました。
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病室の窓から見えるなつぞらは
夏空らしからぬ、柔和な水色をしている。
青い絵の具に
ふんだんに白とクリーム色を混ぜて
キャンバスいっぱいに塗りたくったような。
透明感はないが、淡い。
先の見えない闘病生活。
透明感も淡さもない。
微熱が続き、重たい身体。
日々大きな不安を抱えて、心まで蝕まれていくようで、怖くなる。
今が辛くて、早く明日を迎えたいけど、明日だってきっと辛い。
数日前から、窓から見えるのはなつぞらだ。夏空ではない。
真っ暗闇にいる私を
怖がらせぬよう
なつぞらでいてくれてるのかもしれない。
なんてね。
今が辛いけど、今この瞬間は戻らない。淡く儚い。
淡く儚い今を抱え、積み重ねていこう。
あしたもなつぞらを見せてね。無題
感想1
広い空は綺麗で自由な感じがするけれど、たぶん実体はなくて、闘病生活をしている「私」はそれとは全然違っていて、実体があるから熱を持ち、重たさを感じるのかなと思う。ただの夏空ともちがう「なつぞら」は「私」にとってやさしいもので、病室の「私」にもできる、窓から見るということで、あいまいにつながっているようにも思う。「なつぞら」が「私」を怖がらせないようにしているように、「私」も「なつぞら」にすこしだけ心を託しているような、そんな気がした。
感想2
耐えがたい現実と、そこから少しでも逃れるための世界のあいだに「なつぞら」があるのかなと想像しました。つらくて苦しい「いまここ」を、儚さや淡さといった違った感覚から切り取ることができるのも、「なつぞら」が助けてくれているのでしょうか。暗いトンネルの中で、小さな光をぎゅっと握りしめるような、そんなイメージが浮かんでいました。
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無題
感想1
真っ直ぐ見据えたブルーの目とすっと伸びる尻尾に惹きつけられると同時に、空白部分に書かれた「サンコウチョウ」の文字。その鳥のことは見聞きしたことがないような気がして調べてみたら、身近な地域にも生息していそうなうえ名前の由来もおもしろく、知る事で増える出会いもありそうと思った。実際の鳴き声や姿を目撃してから改めて作品をみて想像を膨らませてみたくなった。
感想2
サンコウチョウ、出会ったことがある子かなぁと気になって、思わず調べてしまった。(まだ出会えていない鳥さんだった。)そもそも名前も知らなかったので、投稿をきっかけに知れてなんだか嬉しい気持ち。全体的に柔らかく淡いタッチの絵の中に、サンコウチョウも優しい雰囲気だけど存在感があって視線が集中する。しっかりと木を掴む足が、小さいながらも力強く見えて、生命力も感じた気がしたなぁ…。長い尾の繊細な線が印象的に私は思ったよ。
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ロウソクから連想したもの
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
知合いから、ロウソクを描いてみたい。という発言から「私が描くとしたらどうだろう?」と思って描いてみました。
感想1
炎も蝋も火が灯されたときがら常にゆらめき、溶け出し、変化し続けるロウソク。シンプルな線で構成された作品から周りを照らす様子が想像されます。以前に私も唐突に描いてみたくなったことがあり、その時は輪郭のぼんやりとした絵が完成したのを思い出しましたが、今の私が描くとしたらどうだろう?とバトンを繋いでもらったような気持ちでいます。
感想2
「ロウソクを描いてみたい」ってどういうところから出てきたんだろう!とその言葉も気になりつつ、この蝋燭はポップでかわいくて、仏教美術とかにもあるような後光のイメージも重なって何か神々しい特別な光のように思いました。ロウがたまっているから、置いてある蝋燭、このロウソクはどこに置かれているのだろうな、多くの人が頼りにするような光なのかも……と想像が膨らんでいます。
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孤独
感想1
短歌のリズムかつ口語で書かれた言葉は、すっと胸に入り込んでくるような感じがした。明朝体の文字は立体的で標語みたいにはっきりしていて、対して泣いているこの人は、表情や手を伸ばす仕草はとてもはっきりしているのに、すきとおってしまうのが寂しい。「ここにいる」ってことをすべてが表現している感じがした。
感想2
何かの歌詞のようにも見えて、MVのワンシーンに思えました。縋るように伸ばした手は、誰がつかんでくれるのだろう…。そんな風に考えてしまいます。「待って!」と人物が言っているように聞こえてきた気がして、どこか切ない気持ちになった私がいます。力強く文字が書かれていて、「叫び」と「もう一人の僕」の声の大きさと威力を感じた気がします…。
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柔らかい雨
感想1
雨が降っているからか(?)写真が全体的にぼんやりしていて、それがこの一枚を幻想的に見せているアクセントでもあるんだなぁと感じました。写っている鳥はアオサギでしょうか…。(自信はありません)生い茂る緑と、水面をいつも自由に歩いているのかな…と想像も膨らみます。タイトルの影響からか、この一枚からは雨の冷たさを感じない、不思議な瞬間だなと思ってみていました。
感想2
雨の雫で滲んだ白いもやによって、なんだか違う世界を見ているような感覚を抱きました。生い茂った草に隠れるように佇んでいる鳥は、水に足を浸けて休憩でもしているのでしょうか。ベンチに腰掛けながら、ぼーっと見ていたい景色だと思いました。
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AIじゃないもん(´;ω;`)
作品にまつわる質問
この作品の好きなところを教えてください。
薄くて、シルクみたいな見た目が大好き!
感想1
本当にシルクのようだなぁ…と、まじまじ見てしまいました。沢山の天使の羽が交差してるようにも見えて、空には天使がいるのかなぁなんて考えも浮かんでる私がいます。また、夕陽の光を身に着けた雲たちが、力強く舞っている瞬間にも思えました。鉄塔?の線が五線譜にも見えてきて、ここに音符を置いてみたいなぁという衝動に駆られています。
感想2
ふと空を見上げることで救われるということがあります。人間としてこの世界に生まれて、毎日違う景色を見せてくれる空を感じることができる。それだけでも味わい尽くしたいなと思ったりします。夕焼けは切ない色でもあり明日への色でもあり、その時々の感情を表してくれそうだなと思いました
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出会い、夢の中
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
現実世界でもこの怪物が私を抱きしめてくれて、守ってくれたらな…
感想1
怪物と人がよりそうようにそこにいて、視線を合わせて、影を共有していて、最初にやさしさを感じました。蝶も星のようなかがやきも、じぶんたちらしくそこにありながら、ふたりを見守るようでもあり。怪物の目は、そこからまた別の世界が広がっているようにあざやかで、ふたりはどこに向かっているのだろうと気になりました。
感想2
「怪物」と呼ぶにはあまりにも優しげな表情で、不思議と怖さや不気味さがない存在であることを感じた。人物がサンダル?を履いているところを見ると、待っている怪物の存在に気付いて、急いで駆け寄ったのかな…なんてイメージが浮かんだよ。現実世界にいてくれたら、絶対心強いだろうなぁ…。せめて夢の中で、いつでも会えますように。
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布団に潜れば死にたい気持ちが薄れる気がして潜ってみた
だけど中は真っ暗でどこへでも行けるような気がしてしまった
お風呂に入りながら水を見つめた水みたいに流れて行けたらなんて思う
でも少し汚そうで考えるのをやめた
風が吹いたこのまま飛んで行けたら楽になれるのにと思った
だけど高いところが苦手だと思い出した
息を止めてみたら自分を心の内を全部抑えれた気がした
だけどすこし苦しくて辞めた
音楽を聞いたいい曲だなと思った
ふと自分もこんな曲を作りたいなと思った
歌は上手くない
でも音痴でもない
そんな自分でも初めて最後までやりたいと思ったこと
夢は追いかけてこその夢
やって後悔
やらなくて後悔
どっちがいいかなんてとうの昔に分かりきっている
やった後にはきっと行動した経験値が付いてくる
それも人生の第1歩なのかもしれない夢
作品にまつわる質問
のびアートへの投稿のきっかけはなんですか?
夢を 目指すところを 見てほしい
感想1
布団の中で、水の中で、風の中で、自分の大きさや輪郭を確かめている。暗闇に見える世界の中で、好きな音、光、世界も確かに感じられる。そういう手触りを頼りに生きていくことができればと思う。自分という人間は自分だけでは成立せず、様々な関わりの中で輪郭を持ち始めるものでもあると思った。好きなもの、好きな光、好きな風、好きな温度、嫌いな音、嫌いな空気、あらゆる手触りを感じながら、少しずつ輪郭が見えてくるといいな。
感想2
何かにふと触発され、志しては怖くなったり不可能を感じてしまったりして手放すということを私も繰り返してきたなあと思いました。今考えてみるとその繰り返しは無意味なことではなくて、自分の感性が「良い」「行きたい」と頷くものを集めて、自分の方向性を固めていく作業だったのではないかという気がしました。あなたもその繰り返しから、一段と手を伸ばしてつかみ取りたい何かを見つけたのだと思います。色々なものに目配せして歩いた跡、夢を追いかける足跡、全てがあなたの歩んだ道として記録されているに違いないと思いました。
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くらげさん
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
くらげになりたいなぁと思ったから
感想1
くらげになりたいと思ったきっかけは、なにかあるのだろうかと思いながら作品を見た。私の画面が暗かったから最初はハッキリ絵が映らなくて、明るさをあげていく段階で、不思議な光を纏ったくらげさんが、ぼんやりと映るのがとても神秘的で不思議な瞬間だった…。まるで”そこ”に本当にいるようで、ここが海の中かのように、そして深海にいるイメージも浮かんだ。
感想2
すりガラス越しに海の世界を見ているみたい。きらきらしているのは星空みたいで、空を飛ぶくらげさん?とも思った。くらげ自体も光みたいだから、もしかしたら遠くのきらきらも、とおくの別のくらげたちなのかもしれない、遠くから見たら、このくらげも星みたいに光っているのかもしれないと思った。
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月
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
介護に疲れて少しでも1人になりたく外へ出たら、まんまるく黄色い月が出てました。
見たままが撮れず悔しい1枚なのですが、記録に。
月は撮影が難しいですね…感想1
まんまるい月はいつみても神秘的なもののように感じます。写真をみると、木々の間、電線と電線の間にひっかかった、きらきらの球みたいにもみえました。すぐにどこかに飛んでいってしまいそうな。ハッとする景色は、疲れているとき、心を少しだけ癒してくれる気がします。
感想2
そういえば私も、介護に疲れた時に外に出て夜空を見上げたことがあったなぁと思い出した。その時、やっとちゃんとした呼吸ができた覚えがあって、もしかしたら投稿者さんもそんな瞬間の一枚だったんじゃないかなって想像してみた。変わらず繰り返す日々の中に苦しさを感じることもあるけれど、月のように「変わらないでそこにいてくれる存在」にホッとさせてもらう瞬間ってあるかもしれない。木々の中に浮かぶ姿が幻想的で、ずっと見ていたくなるなぁ…。
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じぶんって、何となく、こわいんだよ。
人のためなら、
無理な事でもがんばってなんでもするクセに、
じぶんの事になると何も言わないじゃん。
平気な顔して、全部1人で抱え込んで、
大丈夫って笑ってさ…。
その笑い方が1番信用出来ないんだよ。
じぶんの中では、とっくに見抜いてる。
放っておいたら、
勝手にどこかいなくなりそうで、怖くて。本当の、自分は?
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
自分は、何で人の為ならなんでもする
のに、自分の、事になるとなんにも出来ないんだろうと悩んだ時の文です。感想1
「自分」に対して思うことがある・気付いている「自分」がいて、それなのに理解できない行動をとってしまったり、なんで?とビックリしてしまうことも、他者のためにやってしまったりがあるなぁ…と思いながら読みました。「信用できない笑い方」が、投稿者さんにとってはキーになる部分でもあるのかなと想像しました。自分に対する心配…というより、不安で、”自分でも手に負えなくなってしまう自己犠牲”に怯えているイメージが浮かんだ気がしています。
感想2
誰かのためにすることを自分にはしようと思えないし、他人の声はよく聞こえるけど自分の声は耳をすませても静かなまま・・そんなことが頭に浮かびました。「じぶん」とひらがなで書くことによって、どこか掴みどころのなさも感じました。
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見て見て見て
こんなに苦しかったんだ
毎分毎秒 自分の言葉
吐き出したい
でも 気力が足りない
凍りついたような心
苦しさの背景
今日も言えずにいる
量産したいよ
思いつく限り
私のしんどさが伝わるような物語
量産したいよ
思ってるだけ
言葉にするのは過酷なんだ
誰か分かってくれ
数だけ増えたものからは
意味や価値が 薄れていくのかな
それでも言わないと
始まらない気がして
毎日何かを生み出したい
そして安心したい
だからやらないと
認めてほしいと願う
自分がいる
やりたいのは本当にこれかな?
伝わってほしいのは本当だよ
量産したいの?分からない
ただ 心すり減らしながらでも
言いたいことは確かに在るよ量産
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
表現したいことが自分の中に蓄積されている感じがあるのに、上手く出せない。大量生産するみたいに流れでたくさん書ければ楽…?いや、でも……。みたいなモヤモヤした気持ち。
感想1
「量産したい」のは証明したいという言葉みたいにも見えた。物量があれば物語に含まれたつらさが伝わるかもしれないという願いもあるかもしれない。自分の中のわだかまりを、なにか形にして安心したい気持ちは私にもある気がする。「量産」は工場や大量生産システムの言葉だと思うけれど、人間が「量産」しようとしたら、全部が同じにはならなくて、そして作っている中にも、作っているということ自体によって変化が生まれると思う。語り続けると語りは変化してゆくことがある。それは相手だけでなく、自分も作品を見て、聞いているからなのかもしれない。そんなことを考えた。
感想2
吐き出したいものや伝えたいものが多すぎるあまりそれを表現しようとする手や声が震えて、上手く出てこないでいるような感じがしました。私は定期的にノートに言葉を書き殴るのですが、後日それを眺めたとき、その筆跡の荒々しさや紙面に滲んだ汗や涙の痕が当時のつらさをいつまでも湛えているような気がします。量産品は生産コストを抑えられるために安価になりますが、はたして言葉・物語を紡ぐことを量産と言えるのでしょうか。生産者が同じなので似通ったものが生まれることもあるしれませんが、きっと一つとして同じ型のものはないのではないかと思いました。
感想1
「話せない」「言えない」の中には「話したい(のに)」がつまってるのかなって思った。声にならなくても、あなたの中にはもう言葉がたくさんあるから、スマホに打ちつける時間が必要だったのかな。スマホだけは身近にあって、ガラスの檻の中にも持ち込み可能だったのかもしれない、って思った。ガラスの檻に通気口ができたらいいと思う。脱出口もできたらいい。
感想2
深夜に限って色々考えてしまい、グルグルと眠れなくなることが私はあります。ただ、そんな時間に文章にしてみると作品になることもあるのだな…と、気付かせてもらった感覚です。「話さないならいられない」は、どこかのグループや場に”いられない”なのかなと考えました。苦しい気持ち・思っている本心を”言えない”でいると、心に、そして脳にストレスが蓄積され、どんどん深い傷になり、それはあなたの描くように”癒えない”ものになることを感じます…。言えず・癒えないならばもう苦しくて、溜まってゆくだけのつらさを出す場がないとやってられない…と思いました。