経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

辛いけど笑ってた

私は10年前に介護の仕事して自分自身が人と密着できず、愛着障害と知り、初めて自分が両親のことを許していなかったことが分かった。それがショックで統合失調症になりました。

病気になる前は全てのことを面白おかしく話して、自分は傷ついてないよ!って感じであっけらかんとした性格でした。

学校自体は毎日嫌み言われようがなんしようが次の日にはけろっとした顔で行く。そのうえ、忘れ物クイーンだったもんだから、いつも先生に謝っていた。

ただ、性格が複雑で、男兄弟の真ん中の長女で女子には弱く泣かせてはいけないからひどいことは言えないとか男の人や男子にはズバッと言う性格だから、引っ越し先で男女混合のグループがなくて言いたいことも言えない、そんな変わった子でした。

言いたいこと言えない時期に我慢していたことを家で発散することで毎日、足をバタバタさせたり、毎日癇癪おこして喚き倒したり、兄弟に暴力奮ったり、気持ちの拠り所もなく、イライラし、最後は泣くそんな毎日。

両親は私が女だからと家事を強要したり、言葉遣いが悪いことで両親に注意していました。だからこそ、二人に責められるとキツかった。そして、兄弟にも責められ、どこにも味方がいない。外ではイイ子、家ではワルい子私は毎日、そんな時期も終わり、犬を飼うことで気持ちが落ち着きました。家族は敵でもこの犬は私が必要。散歩することで知らない大人とも繋がり、愚痴を聞いてもらったり、家族のことで相談に乗ってくれた。

それでもう私はチャラだと思っていたのに、心がそれを許していなかった。中学では変な女子で高校では先生に目をつけられ、2年間が楽しくないけど、とりあえず、学校には行く。

介護の仕事に就き、パーソナルスペース(密着)ができないこと愛着障害の症状と知り、振り返る。それにより、今まで我慢していえなかったこと、不満や自分自身のことや言えないことは部屋にこもってしゃべる。など介護に戻りたい一心で愛着障害は克服?密着のみは成功!それまで6年かかってその際就労継続支援B型で訓練し、介護の学校に通わせてもらい、介護の資格と正社員になれた。

その代わり、メンタルが虚弱に人間関係はなんとも言えませんが、心に止めて変換してしゃべってたフィルターがなくなり、気持ちと声が連動してしまう。それにより、社会人に戻って、痛い目に。

けれども、理解ある上司や先輩など就労支援の方などみんなに支えられてここまで続けてこれた。だけど、心ない一言や強め口調で、いやみを言われたり、仕事がてきぱきできず、集中できないことも多々あったりこだわりが抜けなかったり、障害を言い訳にするな!でも、怪我したら休んでもとがめられないのに、メンタルが壊れたときに休むのはダメってじゃあ、無理して仕事して死んでもいいの?なんて、考えてしまう。病気になってからちょっとしたことでへこむ私はおかしいですか?

感想1

投稿読ませていただきました。幼い頃はあっけらかんとした性格だったとのこと。その明るさの後ろには知らず知らず様々な辛さを引き受けていらっしゃったのかなと思いました。それに気がついてから病気になったとのこと。なんだかわかる気もします。自覚的になるというのはとても怖いことだなと最近思います。しかしあなたはそれに挑んだというか、見つめてこられたのかなと思いました。それはとても苦しかったのではないかなとも。しかしそこから愛着障害などを長い時間かけて克服してこられたり、嫌なことがありながらもチャレンジを続けれこられ、正社員にまで復帰されたことにあなたの底力を感じました。もしかしたら幼い頃から心は苦しんでいながらもバランスを取るために犬と癒しあったり、時には暴れたりもしながらも、心を守るために心身は動いていたのかもしれませんね。私はあなた自身のそうした心や身体を信頼してもいいのではないかと思いました。調子が悪くて休むことは全然悪いことではないし、そうやって自分自身を守ったり、休ませたりと調整することは人と関わる仕事をするうえでむしろとても大事なことだと思います。自分の状態に自覚的になっている証拠ですし、それはあなたの強みでもあるように思いました。私も自分の心身の扱いには本当に困ります。無自覚に無理をして病気になったり、調整の仕方が分からず長引いたり、ほんとに自分のことが一番分かりません。かといって人のことも分かりませんが。生きることはなんて難しいんでしょうね。でも少しずつでもこうして言葉にしたりして、自分の状態が分かるようになるといいなと思いましたし、私もこの返信を書きながら少し自分と向き合うことができました。書いてくれてありがとうございます。少しずつ一緒に歩いていきましょう。また死にトリ訪れてみてください。

感想2

経験談への投稿ありがとうございます。

読み終えて、タイトルの意味を理解するとともに、あなたが明るく振る舞うことで様々な場面を乗り越えてきたシーンを想像しました。いろんな経験を持ってして、自分の取り扱い方を試行錯誤してきた過程を垣間見たような思いです。

幼少期のご自身を「忘れ物クイーン」と表現する部分には、あなたが本来持ち合わせているようなカラッとしたひょうきんさを感じて、親しみを感じてしまいました。「外ではイイ子、家ではワルい子」というのも、共感する人は多いのではないかと思います。多感な時期に、どうにか周囲と折り合いをつけながらも、ままならない不全感の中で過ごされてきたのですかね。
私もつらいことをつい面白おかしく話してしまうことが多いのですが、あの現象は一体何なのだろうとふと思う時があります。

「とりあえず学校に行く」日々にも、他者との関わりの中で様々な影響を受けたのではないかと感じています。「愛着障害」というキーワードに出会ったときは、ご自身の生きづらさや、長年蓋をしてきた苦しさに繋がるものがあったのでしょうかね。
自分を振り返るというのはなかなか勇気のいることだと思います。そこから資格を取得して正社員になられたことは、あなた自身で開拓してきた道のりだと感じています。

無理をして仕事をすることへの問いは、私も本当にそうだと思います。体調の変化もあるかと思いますが、今は振り返りをきっかけに見つかったご自身の内在する「自分」と、社会的な「自分」とのバランスを調整中なのかなと感じました。「ちょっとしたこと」の度合いは、年齢を重ねて時間の中で変化していくことも十分にあると私は思います。何もおかしいとは感じませんでした。
またよかったらお話を聞かせて下さい。お待ちしていますね。

感想3

学校での人間関係が先なのか、家庭での人間関係が先なのか、はたまたどちらであってどちらでもないけど相互に影響しあって、あなた自身が本当に思っている感情や気持ちを発露させることがあまり出来ずに、何とかもがきながら今に至るまで駆け抜けてきた、そんな印象を文章を読ませて頂いて感じていました。

傷ついていないよ!とあっけらかんとした性格であったとありましたが、もしかしたらそれは両親やきょうだい間の関係の中で、あなたが「こういった振る舞いでなければいけない」みたいな空気の中で、自らの意思のようでどこか求められていたものを強要されていたことでもあったのかなと私には思えました。
どこかあなたと似通った性格であった私自身は、家庭や家族との関わりからくる影響からか常に風見鶏のように頭を360度グルグル回転させながらもなぜかひょうひょうとしている乖離した自分で子ども時代は振る舞っていたように思います。(突然の自分語りですみません。。。)

それらのある種自分の気持ちに蓋をして、道化のように振る舞わなければいけないと感じさせられるような行動や関わりは、時間が経つにつれて「自身の中で矛盾」として募っていき、家庭での発散という形で表出されるに至ったのかなと想像していました。(違っていたらすみません。。。)
そしてそういった日々の中で起こった小さな一つの転機が「犬を飼うこと」で、大切な飼い犬のことを考えることを通して、気持ちの落ち着きや家族とは違う大人との意識に触れられることの大切さに気付けた大きなイベントでもあったのかなと思えました。

そんな数々の経験を通して、自らの悩みとの付き合い方を模索しながら、時間はかかったかもしれませんが介護の資格を取り、正社員に至れたのはあなた自身がその時々の自分と向き合い、逃げずに進み続けた結果であるように私には思えますし、それだけの力があなたには備わっていることのように私には思えました。

今は社会に出たことで感じるようになってしまった悩みや不安もあるのかなとは思いますが、そんな中でも理解ある方が周りにいることはあなたの人徳に他ならないことだと思いますし、休みたいときは思い切って休んだりもしてみながら、「あなた自身が生きやすいペース」でこれからも進みながら、見つけながら歩いていってほしいと私は思っています。

投稿ありがとうございました。

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