経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

どこか私は人と違うと思ったら発達だった話

保育園、小中高を無事(小学校の時は上級生からのいじめがあったが先生方が迅速な対応ですぐ解決)卒業し福祉系の専門学校に入学。通信制大学にも入学した。社会福祉士になりたかった。朝早くおきて車で最寄りの駅まで行き学校に行く。授業は難しいとこもあったがクラスメイトと一緒に頑張った。単位も順調。順調に通学し単位をとっていった。
その生活が一変する出来事があった。
「新型コロナウイルス」の流行である。
授業はオンライン対応、クラスメイトにも会えなくなった。1人で机に向かう授業は今までにないくらいつまらなかった。

ある日、緊張がずっと続くようになった。
ある日、不安がおそい眠れなくなった。
ある日、朝起きれなくなった。

生活スタイルがかわったことに私はついていけず心身を崩してしまった。
心療内科を受診するも薬が合わず何度か変更。興味本位で検査を受けたいと主治医に告げた。この検査、すっっごく疲れるものだった!!!
結果はASD「自閉スペクトラム症」だった。
ほっとしてしまった、自分はやっぱり人と違ったんだと。人と上手くかかわれず人が離れて言ってしまうことも。興味に一直線でどうでもいいことはことごとくどうでもいいそんな人間だった。なんで上手く人とやれないんだろう友達ができないんだろうと悩んでいた原因は脳のせいだったとは。
ホッとしたのもつかの間今度は不安が襲ってくる。え、障害ってこと?!発達障害は治らないもので…両親にどう伝えよう…というか、私、障害者だったんだ…..。
障害がわかったのが大学3年の時、そう就活である。(ちなみに専門学校は卒業できたが大学は中退した)障害者雇用でいこうか一般でいこうか迷って一般で障害者支援施設に就職した。
上手くいかずクラスターにあいコロナに感染し5ヶ月でやめてしまった。5ヶ月でやめた自分が情けなかった。みんなできることがなぜ自分はできないのか。死にたくなった。死んでやろうと思った。準備をしていた。そのときスマホの通知がなる。みると友人から「肉じゃかって顆粒だし入れるっけ?」
なんともどうでもいい内容である。
だがこのどうでもいい内容に正気を取り戻し生きてる。今はB型作業所に自分のペースで通っている。死にたくなる時もあるが、ひとりじゃない事を思い出して生きている。

感想1

すごく腑に落ちる内容でした。
コロナによってあなたが頑張っていた仲間との学びの日々は封じ込められてしまい、何を頼りにしたらいいのか分からなくなったんじゃないかなって思いました。あの頃は特に学生さんや仕事している人などは仲間とのリアルな関係が断たれてしまい毎日の生活が手探りだったように思います。見通しが立たない、その状況によって緊張や不安が強く出たんですね。あなたは診断結果にも納得はしたけれどもそれを社会生活と照らし合わせた時に迫るものがあったのだと思います。障がいのこと、就活のこと、コロナになって…と色々重なって何もかもうまくいかない、死にたい…そんな時のスマホの通知…!いやぁ見事でした。このエピソードはとても大事なことを教えてくれていると私は思いました。プロの支援者や相談員の助言でもなんでもなく、友人からの「肉じゃがって顆粒だし入れるっけ?」という超素朴なメッセージは、死にたいと思っているあなたでも障がいを持っているあなたでもなく、ただ「あなた」であることをハッと気づかせてくれたように思いました。
まさにひととひとのつながり、関わりって本当に大事ですね。
投稿ありがとうございました。

感想2

読ませていただきました。
読んでいて、すごく人間らしいというか、素直な感性を持っていらっしゃる方なのではないかなと感じました。
いろんな人の生活や人生が一変して、当たり前が当たり前でなくなってしまったコロナウイルスの流行、そしてあなたにとってコロナと同じくらい、自分の「これまで」を大きく変化させたものが、発達障害であるという診断だったのかなと…そういった、自分ではどうしようもないもの、どうにかする必要もないものたちを、自分事として素直に捉え、受け止め、受け止めきれない自分ごと素直に受け入れようとしているような、そんなしなやかな強さがある印象を受けました。
発達障害の診断が出たことで、それまでいまいち掴み切れなかった自分自身に対する「もどかしさ」が、少し可視化された部分もあったのだと思います。でも同時に、今まで全く意識してこなかったであろう障害という側面が、突然「あなたのことです」と言われて、すごく驚いたり不安にもなったのだろうなと想像しました。そんな不安の中で慣れない社会人として生活していくには、「どうにか自分の気持ちや特性を乗りこなさなければ」「出来ないとしたら自分の弱さのせいだ」そんな風にも考えているのかなって…。あくまで私の想像なのですが。
(あなたの言葉を借りて)正気と、(対になる言葉としての)狂気とまでは言わずとも、自分で制御しきれないような感情の勢い、そこを行ったり来たりしながら、そんなあなたのことをただ、1人の友人として見てくれる存在を見過ごさずに生きている、そんな方なのかなと感じました。
内容に「流れ」があって、読みやすい文章を紡いでいらっしゃると感じたので、死にトリのような「言葉」にあふれたコンテンツが、今後も何かしらの助けになることを願っています。

一覧へ戻る