経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

受験生で。

今から話すのは、私が今、
受験生として過ごし生きていくのが辛くなったことについてです。

私には有名な大学に合格した頭の良い兄がいます。だから自分も兄のように頑張って勉強していい大学に入るという気持ちで中学生から真面目に勉強に取り組んでいました。
親には早めに塾に入れてもらい、定期テストでは400点以上を取るようにと言われていました。でも中学に入るまで適当に人生を送っていたもので直ぐに頭が良くなるようなことはなく、400点が取れないときは親に散々怒られていました。それでも勉強を楽しいと思ったり頑張ろうと思えるようになっていたので、「次は見返してやるぞ!」なんて気持ちで
頑張って勉強をしていました。クラスではみんな仲が良く最高のクラスと先生に恵まれたという感じで学級委員という立場からしたらこれほど協力的なクラスメイトはいないだろうと思いました。そんなこんなで中学1年は楽しく過ごしました。

地獄が始まったのは2年になってからでした。
1年の頃とは違うメンバーで、学級委員としてクラスをまとめなければいけないというのに私の声なんか1ミリも届いてないようにクラスメイトは好き勝手に過ごしていました。
そこから自分のメンタルは割と強いほうだと思っていた考えが覆されました。自分でもびっくりするほどに辛くなっていたようでリスカなんて自分にはできないだろうと思っていたのに試しでやってみると思ったよりも楽しくて、切って、血を見て、生を実感するというか、
「死にたい」という気持ちを感じた瞬間にリスカをすることで「私はまだ生きれるんだ」というふうに考えるようになりました。そこから自分のネガティブ思考は進みリスカの頻度が1週間に2.3回だったのが1日に7.8回にまで増え、増えていく傷をやばいなと思いつつも、
なにか安心するものがありました。
まあリスカについてはその後先生に見つかり「大丈夫なの?」ときかれ、
クラスメイトのことでの悩みとか1年の頃は気にしていなかった定期テストでの親からの圧迫に耐えられていなかったことをほぼ泣きながら話して、その時は人生が救われたような思いで、人に話すことって大事だなと思いました。そこからリスカは減っていって、ネガティブ思考も少し軽くなりだいぶもとの生活に戻っていきました。

そして受験生、中3になって塾に行く日が増え学校のテストも真剣に取り組まなければいけない時期になり、今まで以上に勉強に打ちこまなければいけなくなりました。
でもいざ受験生という立場になってみると思ったよりも実感がわかなくて中学生になるまでめんどくさがり屋だったためそれが溢れてきたのか急に何もやる気にならなくなりました。その後塾のテストなどでも点数を気にしはじめ、塾のテストはそこまで良くなかったため親に色々言われることが多くなりました。それはお金の問題だったりスマホを見ていることに対してのことだったり、普通に生活しててただ笑っているだけなのにそれを見ただけで勉強しろというようになったり、少しずつ親と接するのが苦痛になっていきました。
それからは塾のテストなども悪いなと思ったものは隠すようになってしまい、これが見つかったとき怒られるのはわかっているというのに、なかなか言うことができなくなっていました。また二回目の定期テストでは勉強に集中することができなくなっていて大事な時期のテストだというのにひどい点数を取ってしまい、親に怒られ2年の頃に感じた、
「死にたい」というワードが私の中で膨らんでいきました。その後頑張ろうと思ってもできない自分に苛ついたり、お金を払ってもらっているというのに親の言うことが嫌になって
感謝するべきだというのに、死んでほしいだなんて思う自分に嫌気が差しました。
その後模試の判定を親に見せたとき、親に言われました。
「こんだけお金を払っているのに、なんでできないの?普通にやればできるでしょ!」と
それを聞いて自分の中で何かが崩れた気がしました。
死にたいと思うような日々になり、家族と話すのも嫌になり、殴られたり怒鳴られたりするのは小さい頃からだったので慣れてはいたけれど今まで以上に敏感になっていました。
そしてできの悪い模試を見せたくなくて隠していたのがバレて、親に見られて、
殴られ、怒鳴られ、髪を掴まれ引きずられ、ここまで乱暴にされるのは久しぶりで
もう死んでもいいかと思いました。
でもその後に母親から衝撃的なことを言われました。
「ねえ、もう死のう。」と。望んでいたものが急に近づいてきてその時、
死に対して嫌だという感情を持ちました。
母親も限界だったのはわかってました。こんなにもお金をかけているのにいつまで経っても出来が悪くて、お金をかけている意味を失いかけていたんだと思います。
「あんたはお金をかけても無駄なんだよ。無理なんだよ。
 もうあなたを見ているのは辛い。どうせこの先もあんたは
 わたしがかけてきたお金を無駄にするんでしょ。
 だったらここで死んじゃったほうがいいよ。
 あなたを一人で死なせないからさ。もう死のう。お願いだから」
と言われもうぐちゃぐちゃな気持ちでした。
自分も親に対して申し訳なくてお金の話をされるたびにごめんなさいと思いながらも、
思春期に見られる反抗的な心情からそんなにお金が大事ならお金なんてかけてほしくなかったという気持ちが出てきて、2つの違う自分の気持ちが嫌になっていました。
結局は父親が止めてくれて今こうして生きていますが、もしあのまま死んでいたら
どうなっただろうと考えると少しゾッとします。
今でもまだ死と生どちらに進むか迷っているような状態で、
多分このあともずっとこんな状態で母親に怯えながら受験生というのを過ごすと思います。
楽になれたらなという思いを抱きながら受験勉強を頑張っていきたいと思います。

ここまで見てくれてありがとうございました。

感想1

投稿ありがとうございます。文章の全体から、投稿者さんの感じているストレスや受けたダメージがありありと伝わってきました。
学校は自分にとって世界のすべてだったと中学生時代を振り返ってみて思います。例えば、大人になると、職場・地元の友達・大学生時代の友達・趣味の仲間みたいな感じで、自分の所属するコミュニティがたくさんできあがることがあります。どこかのコミュニティでうまく行かなくても、違うコミュニティに逃げて生きることができます。
一方で、世界のほとんどを学校が占める中学生のときは、そこでうまく行かないとなると、自分の世界すべてがうまく行かないような感覚になっていた気がします。こういう時、投稿者さんに限らず、人は自然と「死にたい」気持ちが出てくるのだと思います。
投稿者さんはそんな死にたい気持ちをリストカットをすることで対処してきたと受け取りました。リストカットは、次第にエスカレートしていく場合があると言われていますし、誤って大きな傷を作ってしまうこともありますから素直に心配です。ちゃんと手当はできているのかな、と気がかりです。そんなつらい状況の中、人に話して人生が救われたような思いがしたという経験は、これからも投稿者さんの中で大切にして、困ったときに思い出してほしいなと思いました。
中学3年生の受験生の時期は、私も私の親も特にテストの点数に敏感になっていたと思い出します。上に兄弟のいない私ですらそうなのですから、有名な大学に合格した頭の良いお兄さんがいる投稿者さんが感じているプレッシャーは並大抵のものではないんだろうと伝わってきました。
ただ、「もう死のう」と思うほどお母さんが勉強にこだわっているのはどうしてだろう、というところは気になりました。そんなお母さんの言葉から受けたダメージは相当大きかったことと思います。私もお読みしながらとても驚きました。投稿者さんはお兄さんの第二号ではないし、お母さんの分身でもありません。投稿者さんやお母さんのすべてを知っているわけではないので言い方が難しいですが、お母さんは勝手に期待して、勝手に裏切られた気持ちでいるのかもしれないな、と思いました。
たしかに、お金の話をされると申し訳ない感覚になるのは理解できます。「こんなにしてもらっているのに」と思ってしまうのは、親がいる人の気持ちとして、多くの人が感じたことがあるものだと思います。一方で、そんなにお金が大事ならお金なんてかけてほしくなかったという気持ちも納得できます。頼んでもいないのに、自分の知らないうちに大事なものを背負わされていた感じでしょうか。
こういう2つの相反する感情があるとき、いっそのことどちらかに振り切ってしまえば楽なのにと思うことがあります。どっちの気持ちもあるからこそ、つらいというのはあるんだと思います。だからといってどちらか片方に決めなければならないということはありません。ただ、投稿者さんの2つの違う自分の気持ちに嫌になるという感覚は、私にはよく理解できるものでした。
受験まであと残り少なくなってきているかと思います。投稿者さんの身心が心配です。お母さんとの関係はすぐに解決できるものではないかもしれませんし、人に話したりここに書いたりして、たまには気持ちを吐き出しに来てください。しっかりとした解決策を出すことはできませんでしたが、書いてくださった投稿者さんの気持ちはしっかり受け取りました。また投稿者さんがどんなことを思ったかも聞きたいです。

感想2

傷つきながら過ごした日々も思い出し、率直に書いてくれてありがとうございます。未成年にとって親以外の大人は何ができるのだろうと強く考えさせられました。

少しだけ私の話をさせてください。私は中学校に入った時にABCさえ書けず、定期テストの点数に一喜一憂する友人を見て不思議に思うくらい世の中のことを知らずにいました。そんな私の父の口癖は、「勉強すれ」「誰のおかげで飯が食えてるんだ」、父は怒りのコントロールができず言葉や暴力で家族を脅し傷つけ、私や姉妹は食べる寝る身支度をするだけで精一杯の毎日でした。思春期になり私も、「なんで生まれてきたのだろう」と自分はダメだと信じて疑わず、その先にはやはり死がありました。そんな時に保健室の先生に初めて自分の話をすることがあり涙が止まらず、あなたが書いているように人に話すことって大事だと人生が救われる体験をしました。

経済力の持たない子どもの頃は、親の言葉や態度に翻弄される時間が多く、心も体もそのことでいっぱいになる環境におかれていると思います。そして成長するにつれ、自分に向けられる言葉の意味を考えたり、言葉の信ぴょう性の確認をしたくなったり、世界の真ん中にいた親を疑うようになるのかなと思います。「自分に苛ついたり、お金を払ってもらっているというのに親の言うことが嫌になって感謝するべきだというのに、死んでほしいだなんて思う自分に嫌気が差しました。」あなたが親への感謝の気持ちと同時に憎しみのような気持ちが湧いてきたのは、親のことを大事に思う気持ちと同様に傷ついている自分自身の援護をする表現だったのではと想像しました。あなたはしんどさを誰かに話すことで、心の整理の助けになることを経験しています。親子だからと言って、分かり合えるということは残念ながら多くは無く、自分の心を守ったり大切にするヒントや方法を知るために、学校にいる先生や話を聞くことが職業のスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーに話をし続けて欲しいと思いました。色んな大人と関わりながら育っていく、私はそんな風に心を保ちながら生きてきました。あなたのことを応援していますし味方です。最後まで読んでくれてありがとうございました。またここにも投稿しに来てください、本当にありがとう。

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