経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

人生、「初期設定」で決まってしまう

意思ではどうにもできない事柄で、人生の大筋が成り立っている事を知っている。
その事を考えても答えがでず、仕方のないことと知っている。
けれど、「なぜ」なのか来世に期待するしかないのか現世が辛い。。
以下に、思い当たる「なぜ」を記してみた。

「なぜ」私は、どうしようもなく田舎がルーツなの。それは、進学・就職で首都圏で暮らしてみて、教育格差・機会格差・年収格差といった格差を痛感した。そこから抜け出すには、とてもパワーがいる(経済的・家族との関係などなど)

「なぜ」私は、仕事を転々とする父と身体障がいのある母の間に生まれた子供なの。そうでなく機能している家族のもとであればしなくていい苦労をしてきた(特に金銭面)。悔しい

「なぜ」私は、アトピーで人生を素直に生きれなかったの。明らかな障がいではないが表面化しやすい悩みであり明るく人生を考えられない。それによって、受験と就職といった人生の岐路もどうでもいいきい持ちで過ごしてしまった。ずっとあの時頑張れたらと今の現実との差分に悔やまれる。

「なぜ」私は、学生時代にOD(薬多量摂取)をしたが自力で社会復帰。そして、生きることに目を向けているのに、「働く」というのは、そのもっと先の頑張りを求められ仕事が続かない。というか、経験してきたIT業界は多重構造/下請けでブラックでした。そりゃ、病むし続かない。

上記「なぜ」を書いてみた現在、田舎の家族の介護で都会から戻ったが、田舎に望むような仕事も環境もない。やっぱり田舎は生きづらい。出ていく経済的体力もなかれば都会の求人を見て自分のルーツを悔やむ日々。

けれど、まだ人生を消化試合にするには早すぎるので「これから」に目を向けたい。
しかし、失敗してしまう事が怖い。また、なんだかんだ自分にベクトル向けて考えるのが怖い。

感想1

出身、家庭環境、体質など、自分で選んだわけではない、でも自分の力では変えることができないものに翻弄されてきたと感じていることが伝わっています。特に都会に出れば出るほど、情報に触れれば触れるほど、比較対象も増え、自分の手札にがっかりすることが増えるのではないかと思いました。
自力での社会復帰も相当な苦労があったのではないでしょうか。働くというのは仰る通り、健康は標準装備で、そのうえで+αを求められますよね。生きるために働いているのに、次々と新しい課題が用意され…社会の要求の多さを感じています。

同じく初期設定に苦しんでいる私は、「諦めて≒受け入れて他のことに目を向けよう」という思考と「生きにくい、苦しい、持っている人が羨ましい」という思考を行ったり来たりしています。自分にベクトルを向けて考えるのが怖いと書いてくれていましたが、このあたりは似通うものがあるのではないかと勝手にイメージしています…。

この「初期設定」の格差は、SNSの普及により急速に可視化されていったように感じています。しかし、持たざる事情や背景はいつまでも透明化され、個人の努力不足や自己責任とされていることに、歯がゆい気持ちになります。また、自分が現地に赴いたり実際に経験しなくても、映像や記録を見ることで情報に触れることができるといった、”地域や経済力における情報格差”は緩和されつつも、”求める情報を得る力”の格差はより激化しているように思います。

初期設定の差をなくすことはできないのかもしれませんが、安心安全は皆に平等にあって欲しいと思っています。そのために、社会の要求水準はもっと下がって欲しいと思うし、失敗したときは初期設定を言い訳にしたいし、努力するときは逆境を乗り越える自分を称えていたい…そんな都合の良い捉え方で生きられたらな、とも思います。

感想2

投稿読みました。人生初期設定で決まってしまうかまではわかりませんが、初期設定に大いに左右される「社会設計」になってしまっていると私は痛感しているので、その事実を改めて受け止めて悔しさやもどかしさを抱いています。

「しなくていい苦労」という表現が経験談にもありましたが、多くの人が免除されている苦労を背負い、自分の願いを叶える力やチャンスが十分になかったことは、受け止めることの難しい痛みだと想像しています。もし「これから」に目を向けることに成功したとしても、納得できない気持ちは多かれ少なかれ残ってしまうのかなと私は思いますし、残るのが適切なことだとさえ思います。
それは、最初に「社会設計」と書かせてもらったように、初期設定で大いに左右される現実は社会のつくったもので、変えていかなくてはならないもので、そのためには「おかしい」「苦しい」と声をあげてくれることが大切だと思っているからです。

社会設計を具体的に言うと、首都圏と田舎で格差が生じないようにして(そもそも「格差」が生まれるような競争社会ではなく多様な生き方を尊重してほしい)、金銭面で苦しむ人にはきちんとサポートがあって、安心がなく追い詰められてODをした人にはケアがあってゆっくり社会復帰ができて、ブラック企業が存在しなく、介護を家族が担わなくてはならない風潮や実態のない世の中を私は希望します。
とはいえその希望がいきなり全部叶うことはないし、これまであなたが奪われたものが全部取り戻せるわけでもないとはわかるのですが、「これから」を少しでも良くするために、自分にやれることはきちんとしていきたいです。

持論ばかりの感想になってすみません…。
あなたの「これから」を考えるのはあなた一人ではなく、一緒に考える人がなるべくいてほしいし、死にトリも少しでも役に立てたらと思います。経験談の投稿ありがとうございました。

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