小学生の時、クラスメイトと喧嘩して相手を怪我させてしまい、それからあまり目立たないよう、相手の顔色を伺うようになりました。
中学校は仲良しグループも作らずいつも教室の隅にいるせいかクラスでは浮き、次第に私を無視する、いないように扱われるようになりました。グループ課題では誰も手伝ってくれず、私を心配してくれた先生は在学中に病気で亡くなってしまい、親も「気を強く持ちなさい」の一点張り。自分の味方は誰もいないように感じました。2ヶ月程不登校になりましたが、親を心配させたくない一心で復帰、高校、大学を気合いで卒業しました。
私は幼少期から両親に「いい会社に入って楽させてね」と言われ育ってきました(半分冗談だったのかもしれませんが)。なので行動原理のほとんどが「親のため」。自分が何をしたいのかもわかりませんでした。
そして現在の社会人生活。そこ(詳細は省きますが、福祉に関わる仕事をしています)では年齢や性別を理由にお客様に見下されたり、暴言や罵声を浴びせられたりします。また、上司からは「そのような態度を取られるのは、お客様に寄り添えていないから」と言われ、それを愚痴ると両親から「家で反省会しないで」「目を背けたって仕方ないでしょ、勉強しろ」と言われます。
世の中には自分よりも酷い目に遭われた方、辛い思いをされている方が多くいる事は十分承知です。私は物を壊されてはいないし、暴力を振るわれてもいない。虐待もされていません。そのため、柔らかい地獄と表現させていただきます。
今、私は病院に通いながらなんとか生きています。しかし本当は今にでも死んでしまいたい。でも親が悲しむからやっぱり死ねない。辛いです。
長文かつ拙い文章となってしまい申し訳ございませんでした。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
柔らかい地獄
感想2
読ませていただきました。クラスメイトにケガを負わせてしまった出来事に端を発して、自らの振る舞いや人とのコミュニケーションスタイルが変わっていったように感じられているのが、とても印象的でした。客観的に聞けば、子供同士であれば偶発的に起きなくはない出来事とも思いますが、当時の投稿者さんはすごく驚き、ある意味そのクラスメイト以上に傷ついたのではないかな…とイメージしています(きっとほとんど悪意のないままに起きたことだったのではと思うので…)。その出来事や、それ以前の様々な要因(学校や家庭での環境や居心地など…)が重なったことによって、自分発信で何かをすることや、他者とコミュニケーションを取ることに対して、とても強い恐怖心が芽生えていったのかな、と想像しました。
そしてその辛さは、その後の人生で親や上司から投げかけられた、投稿者さんに一手に責任を負わせるような言い方や態度によって、理不尽に強化されていったように感じました。今もまさに、前後の文脈や気持ちを意に介さない態度ばかり取られ、想像以上に心が削られていく感覚を味わっているのではないかな…と想像しています。私は、学校も会社も、どんな場所でも「相手」がいるので自分がコントロールできない要素は多いし、暴言や罵声に至っては、相手が境界を踏み越えてきていると思います。その渦中にいるからといって、投稿者さんにばかり原因を求められるのは、やっぱりとても理不尽なことだと言いたくなりました(投稿者さんは、どう感じられるでしょうか…)。
最後に、「やわらかい地獄」という言葉が指し示すところ、投稿者さんが最後に「自分より辛い人がいる」と書き加えたその心情を自分なりに想像する中で、社会に存在する「誰かに原因を求める」構図や、あいまいな根性論のようなものが、親や上司を通して投稿者さんに届き、包囲網のようになって苦しめられていると強く感じました。社会には、積極的に奪われているわけではないとしても、ゆるやかに摩耗していく心や、気力、気づかぬうちに取り上げられている権利…そういったものが(許しがたいけれど)確かにある、と改めて考える時間になりました。あなたの言葉や気持ちを、葛藤含め、ここに届けてくださってありがとうございました。
感想3
経験談のご投稿、ありがとうございます。
文章を読んでいて、向こう側がよく見えるガラス板に囲まれている投稿者さんのイメージが浮かんできました。ガラスの向こうにいる人の姿はよく見えるのに、言葉や気持ちのやり取りは難しい・・・とても孤独な世界のイメージです。
ガラス板の内側で、投稿者さんは相手の顔色を伺いながら、親や職場で関わる人の言葉を受け取るばかりだったのかなと想像します。それってとても神経を使うことだと思います。とっても疲れそうです。
「親のため」を軸に生きてきて「自分が何をしたいのかもわかりませんでした。」と教えてくれた投稿者さんが「今にも死んでしまいたい」という気持ちを持っていること、死んでしまいたいほどがんばってきた、という証ではないかなと感じています。その気持ちは「親のため」を抜きにして、自分から届いたサインとして大事にしてもいいのかなと個人的には思いました。
「柔らかい地獄」、とてもセンスのある表現だと思います。物を壊されたり、暴力や虐待という一見して地獄と思うような状況ではないけど、重苦しい感じが伝わってきます。その柔らかい地獄をここまで生き抜いてきた投稿者さんには、生きる力があるんじゃないかと感じました。
感想1
経験談への投稿ありがとうございます。タイトルの意味を、一つ一つのシーンを追いかけるごとに理解を深めていくような、そんな気持ちで読ませていただきました。
幼少期の状況は、なかなかに過酷だったのではないかと想像しています。「自分の味方は誰もいないように感じました」との一言が、当時のあなたの心細さや不安を象徴しているように感じました。また、理解者であってほしかったご両親から、気を強く持つようにしか言われなかったことは、幼いあなたに絶望感を感じさせるには十分過ぎる出来事だったのではないかと感じています。
その後の進路も「気合いで」乗り越えたとのこと・・。違和感を覚えながらも目の前の道を進むことしか許されなかったような、静かな支配や抑圧の影を感じました。
行動の背後にご両親の存在があることに気づかれたのは、何かきっかけがあったのでしょうかね。それでも長く続いた「柔らかい地獄」は、あなたから抵抗や反発の力を奪い、本音や本心を遠くへと追いやるには十分な影響力があったように感じています。
物を壊されなくても、暴力や虐待というかたちでなくても、あなたが息苦しさを感じていることは立派な理由であって、少なからずご両親の態度や言葉はあなたの心身に影響を及ぼしていることと私は感じています。これまでのご両親の行いを指摘するような言葉や、距離を置くことや逃げることをすすめるような言葉が喉元まで出かかっていますが・・それをあなたに伝えることは、かえってあなたの葛藤をさらに深めてしまうのではないかと思い悩んでいる自分もいます。
今はとにかく、勇気を出してここにご自身のことを書き残していってくれたことを労いたい気持ちです。またよかったらお話を聞かせて下さい。