経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きているけど生きていない死にたい毎日

私がうつ病と診断されて数年が経ちました。
薬で少しましになっているけれど基本的にお休みの日は外出もせずずっと寝ることだけ。
薬で夢も見ない深い睡眠をとって無になっている時が一番、心が穏やかな時。
何もする気力も出ない。
でも、生きているだけでお金もどんどん減っていく。
生きている間はお金を稼ぐために働かなくてはいけない。
生きてるだけで大損。

心身の不調は仕事を始めてクラッシャー上司のいる部署で誰にも守られない状態になってから。
標的にされていない人間は上司にゴマすり、事なかれ主義。
何とか異動できたものの結局どこもパワハラと意見を言うと上から叩き潰される、事なかれ主義の環境。
不眠・拒食・過食のループ。
不眠は気が付かないうちに気を張り詰めていたり怒りで熟睡できず2時間ごとに目が覚める。
拒食は不安や悲しみやで何もできないとき。
過食は食欲を満たすという一番簡単な幸福の得方だから。

私の人生よく考えたらずっと前からおかしかったように感じます。
心身がおかしくなったのは小学生の頃。
4つ上の姉、両親・祖父母の6人家族でした。
私が小学4年生のころ姉のひどい暴力と暴言が始まりました。
「ブス」「死ね」「消えろ」から始まり、殴る蹴るの暴力。
外出先でたまたま姉とすれ違った時でも殴られたり、蹴られたりしました。
理由はわかりません。
当時は姉の反抗期が始まったと思っていたのですが、
その状態がずっと続き、姉の不登校、ニート生活と続き「姉」はおかしいと感じ始めました。
当時初めて自殺をしようとしました。
母に見つかりビンタされて終わりました。

私は姉のようになりたくないと生活してきました。
将来の目標もありました。
両親は「無視をしろ、相手にするな」「反面教師に」と「お姉ちゃんはかわいそうだから」と言っていました。
その時に私は「うちの家族はおかしい」と思えばよかったのですが、
大学進学とともに実家から距離のあるところで一人暮らしをし、
姉や両親から物理的に距離を取り心穏やかな大学生活を送れていて
うちの家族がいろいろとおかしいことに気が付きませんでした。

大学卒業し、就職先はやはり実家から物理的距離のあるところを選びました。
実家に帰っても姉がおり、暴力と暴言は間違いなくまだあるとわかっているからです。
リーマンショックもあり、就職先は思い描いていたところと全く違うところでしたが
安定していて、業務内容も自分にはまぁ合っているのかな?と思えるところでした。
しかし上記のとおり、職場の人間環境が良くなくて心身に不調をきたしました。
そのころ、私はもう実家に寄り付くことがなくなり両親はメールで「またには家に帰ってこい。」「祖父母がさみしがっている。顔を見せろ。」とたびたび連絡がありましたが断っていました。
もちろん姉の暴力・暴言もそうですが、そのころには両親への怒りもありました。
30近い、いい年をした大人の暴力を止めたり、カウンセリングや病院へ繋げない。
明らかにその点はおかしいと感じるようになっていました。

私の賃貸契約の更新の際、保証人をお願いしていたのですが、書類を郵送で送らずに両親そろって私に会いに来ました。
そこで「地元に帰ってこい」と言われました。
理由はわかりません。
仕事のことも心身の不調のことも何も話していなかったので私が心配とかではないのは間違いないです。
私の家族に関しての感情は怒り以外のものはすべてなくなりました。

近年よく聞く毒親に比べて両親はましかもしれません。
両親とも仕事をしており、私は食事も寝るところもあり、高校・大学へも進学できました。
でも、よく考えたら、姉から守られたことはないし、「私は悪くない」といったフォローもなく放置、姉を治療する気もなかったように思います。
そして、両親から褒められた記憶がないことに気が付きました。
また、今でいうLINEの家族グループなど作るような家庭ではないことにも気が付きました。
「今日何があった」「仕事はどうだった」など近況を報告するような家族ではありませんでした。

そんな家庭で育ったからなのか、人に褒められるとお世辞やゴマすりのように感じ「何か目的があるのか?」と疑ってしまいます。
褒められたり、守ってもらえなかったからか、自己肯定感の低さと認知のゆがみからくるものですよね。

今は家族とは戸籍を分けて、住民票閲覧を制限し、連絡を一切取らないようにしています。
気が付いたのですが今の職場は私の家族と同じなんですよね。
「危害を与えられる人間から守ってもらえない」「事なかれ主義」
ほかの人のように頼れる家族も上司もなく、仕事の人間関係もうまくいかず、転職する意欲もスキルもない、生きる目標も理由も何もない。
毎日「早く死にたい。楽になりたい。安楽死制度ができてほしい。」と思っています。

感想1

経験談への投稿ありがとうございます。
投稿を読ませて頂いて私自身も、うつ病の経験があるので、「深い睡眠をとって無になっている時が一番、心が穏やかな時」という言葉に、ちゃんと眠れている日もあるのかなと思えたことに少しだけ安心していました。当時の私が、眠れない事への不安や日々の無気力さを感じていたのを思い出しました。「生きてるだけで大損」この表現もその通りだと私も思います。「死にたい」という話がある中で、一番矛盾してしまう点なのかなと私は感じています。
私自身は、自分の想像が及ばない事に対して簡単な言葉で片付けられないと思っているので家族関係のお話しを聞くのが苦手に感じています。しかし、投稿者さんの姉やご両親の言動が良いものだとは思いませんでした。初めて自殺をしようとした時にもちゃんと話をきいて欲しかったと感じました。
私は、世間では家族が美化されすぎていると感じています。家族だから…という言葉が、ある意味での呪いのような力を持っていて、一人一人の選択肢を狭めることもあると思っています。家族と離れることや家族を嫌うこと(極端かもしれませんが)がもう少しだけ肯定されれば生きやすくなる人もいるように思います。だからこそ、私は投稿者さんが、「うちの家族はおかしい」と思えたことが大きな一歩だったと感じました。
家族と離れ、少しは安心かと思った矢先の会社での環境と家族がリンクしてしまったことが私は一番辛いと感じました。今まで頑張ってきた投稿者さんに少しでも休んでもらいたいという気持ちを伝えたいと思いながら、最初の「生きるだけで大損」とあるように休むためにもお金が必要という矛盾に繋がっていました。ただ、そんな矛盾の中でも、自分が自分自身には一番優しくあってほしいと私は思っています。

感想2

経験談の投稿をありがとうございます。
心の不調を抱えながらも、あなたが自身の経験をこのように言葉にしてくれたことにまず敬意を表したくなりました。小学生の頃から様々な暴力や暴言を浴び続けてきたあなたは、その過酷な環境を生き延び、そしてその過程で大切な気づきを得てきているように私には感じられました。どのようにその気づきや気づく力をあなたが得てきたのか、率直に聞いてみたいと感じている私がいます。
あなたは「心身の不調」をきたしたきっかけに「クラッシャー上司」がいたことだけではなく、そこで「誰にも守られない状態」であったと書かれています。また、「パワハラと意見を言うと上から叩き潰される、事なかれ主義の環境」があなたを苦しめてきたということも書かれていました。直接的な暴力や暴言はもちろん人を深く傷つけるものですが、そうした状況で「守られなかった」り、「なかったことにされ」たりするという経験が人をより深く傷つけるのではないだろうか、と私はずっと考えてきました(個人への恨みで留まることの方が多いのかなと勝手に私は想像しています)。そのため、あなたのようにこれらの出来事を捉える(気づく)ことは容易なことではないように思うのですが、どのようにしてそう捉えるようになったのか、お聞きしてみたいなと感じています。また、このことは「姉から守られたことはないし、「私は悪くない」といったフォローもなく放置」とあなたが書かれているように、あなたの姉・家族との経験において共通している部分であるように思います。それをあなたは職場と家族とが「危害を与えられる人間から守ってもらえない」「事なかれ主義」」で同じだと書かれているのだと思いますが、ともすると、そうした経験は「自分が悪いから」守ってもらえなかったなどといった誤った認識を人はしてしまいがちのように私なんかは思います。しかしあなたはそうではなく、その「おかしさ」に気付き、「今は家族とは戸籍を分けて、住民票閲覧を制限し、連絡を一切取らないようにしてい」るといった選択をしています。そこまでには葛藤などもあったと思いますが、そうしたことを含めてあなたの話をもっと聞きたいなと思いました。
もうひとつあなたの話を聞いてみたいなと思ったのは、あなたが「不眠・拒食・過食のループ」とループしてしまう困難さを綴りつつ、その背景や状況を把握しているところです。それはどのようにして分析したのかがとても気になりました。「そんな家庭で育ったからなのか、人に褒められるとお世辞やゴマすりのように感じ「何か目的があるのか?」と疑ってしまう」というのも、あなたがあなた自身やいわゆるトラウマの後遺症を自覚できているということのようにも私には思え、終始、あなたの話を聞いてみたいという感想になってしまっています(すみません)。あなたの持っている力や語りには困難な体験の中で生きていくうえでの大切なヒントがあるように(勝手ながら)感じる私がいるので、いつかお話しできたらいいなと素直に思い、そのまま書かせていただきました。ちなみに、私はかつての上司からパワハラをされたことがあり、それをしかるべき人に相談したところ、その人は(少なくとも私の知る範囲では)何も対処をしてくれず、それがまるでなかったことかのように振舞われた(振る舞いを求められた)経験があります。それを受けて私はその職場に深い失望を覚えましたが、それが「守ってもらえない」や「事なかれ主義」という言葉になる(言語化できる)までには時間がかかったように記憶しています。そうしたこともあって、あなたの話を聞いてみたくなったのでした。私自身、どのようにしてその言葉を手に入れていったか、少し振り返ってみたいとも思います。投稿ありがとうございました。よかったらまた書きに来てください。

お返事1

この度は、つたない文章にたくさんの感想をいただきありがとうございます。
感想を読ませていただいて、寄り添っていただき「あ、私は一つ一つを別の場所が傷ついていたのではなく、同じ場所に何度も何度も痛みを感じていたんだ」と気が付きました。
私が自分の生い立ちをしっかり認識したのは社会人になって5年目くらいだと思います。
そのころ婚活ブームで私も熱心に活動しておりました。
就職という人生のポイントの次は結婚で、その後、子どもを産み家族を作るのが普通だと思っていました。
しかし、学生時代に恋人を作るのと社会人として結婚を考えて相手を探すのはものすごく違うことに気が付きました。
それが経験談に書かせていただいた、「人に褒められるとお世辞やゴマすりのように感じ『何か目的があるのか?』と疑ってしまう」につながってきます。
すでに友情がある場合、褒められても「そんなことないよー」で終わりますが、婚活だといわゆる「ヤリ目」と遭遇することがあり
そういった経験から『何か目的があるのか?』となるのです。
同性の親しい友人にそういったこと相談するうちに「認知のゆがみ」などの言葉を知ることとなりました。
いろいろ調べるうちに、我が家は所謂「機能不全家族」だったこと、私は「アダルト・チルドレン」なのだとも気が付きました。
(今はもう「機能不全は間違いなく連鎖する!」となって子供は絶対に生みたくないし結婚も無理だなぁ~とあきらめております。)
就職先と家族が似ているのも同じ事象が起きているのも何となく理由はわかる気がします。
両親の職業と私の職場の業種が同じなのです。
一般的に安定志向で保守的であるところです。
DV男性を選び続けてしまう被害者女性となんだか似ているなと思います。

たった一人でよいので誰かの特別になりたいという欲求は昔からあったように感じます。
残念ながら親しい友人はいるものの「親友」と自信をもって呼べる友人はおりません。
機能不全家族の中で育ったことにより、愛情に飢えていたのかもしれません。
人からの愛情が得られない事やうまくいかない人間関係、仕事のストレスをほかの欲求で満たすことにより、生きづらさ、苦しさを緩和していたのではないかと思います。
それが簡単に得られる欲求の「食欲」であり「過食」になってしまったのだと思います。
結局誰かに愛されるためには「外見」も必要で、過食による自己嫌悪と仕事のストレスで「拒食」、怒りや不安で「不眠」です。
実は、いただいた感想を読んだ翌日に「私が家族に怒り狂う・怒鳴りつける」夢をみてうなされました。
長期休暇中に、着信拒否をし忘れていた親類から不在着信が残っていたのを見た時も同様の夢を見ました。
今飲んでいる睡眠薬の副作用に悪夢がありますが、それとは別に物理的距離をとってもなかなか拭い去れない心理的なものがあるのだな、これが所謂トラウマかと驚きました。

この文章を書いているときも、気持ちや現状をインプット、アウトプットをすることは大事だなと思います。
いろんな出来事や事象はやはりどこかでつながっているということに気づかされます。
私の場合はストレスへの対処として過食や愚痴を言うことで緩和、少し時間を置きアウトプットしたり、カウンセリングを受けることにより理解し鎮静させているように感じます。
根本的な解決、完治、完解はできませんが…出来たらみんな苦しんでいないですよね。
でも、その工程が自身の生きづらさからの脱却(生きることを選ぶのか、自死を選ぶのかはまだわかりません。)になればよいと思います。
また、アウトプットする機会をいただければと思います。
ありがとうございました。

一覧へ戻る