経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

うつ病、摂食障害

死にトリ、よく利用させていただいていて、様々な経験談を読む度に共感することが多いです。私の経験が誰かの共感になり、それが少しでも気を紛らわせられるものになるならと思い、文章を書いています。

タイトルに私の持病を書きました。私はうつ病・摂食障害です。

きっかけの一つと考えられるのはネグレクト。当時は無視される・無関心が普通だと思い過ごしていたのが、高校、大学へと世界が広がるにつれて自分の育った環境はどうやらおかしいと気づき始めた頃に不眠になりました。放置してたら食欲不振・身体が重い・精神的に落ち込むなどが顕著になり、大学に登校できず、当時の元彼に病院に行けと言われ、まずは内科に診てもらいました(まさか精神疾患だとは思わなかった。身体の不調も強く、落ち込むのは甘えだと思っていた)。しかし、検査をしても異常は見当たらず、「これは精神科だね」と言われ、別の病院の精神科で診てもらったところ、うつ病と診断されました。
今思えば、リストカット・抜毛などの自傷を小6から断続的にしていました。きっかけはいじめ(ネグレクトのストレスもあったのかもしれない)。うつ病の症状が出てから、この2つに加えてODにも手を出すようになりました。
最初はうつ病の症状で痩せ細りましたが、その反動で今度は過食になり、どんどん太る自分が嫌で怖くて過食嘔吐・チューイングをするようになりました。それで不健康な痩せ方をして、また反動で太り、また過食嘔吐・チューイング…の無限ループ。うつ病から摂食障害が派生した、という感じでしょうか。

診断されてから4年が経とうとしている今、まだ治療中。大学は休学し、復学したためまだ学生。とはいえ通院の頻度も多く、入退院を繰り返しているため、欠席が多い。自傷もやめられた訳じゃない。病気は少し良くなったかな?と思えば悪くなったりの繰り返しで、出口のないトンネルの中にずっと彷徨っているみたい。治るのだろうか?一生死にたい気持ちを飼い慣らさないといけないのだろうか?と自分に問いかけています。
母には今までごめんねと謝られました。父はいかにも昭和の人間という感じで、怒りっぽく、言葉もキツいし暴力も振るうし、モラハラも甚だしいです。いまだに謝られたことはないし、許さないし、嫌い。大嫌い。
ストーカー被害に悩んだことがあるのですが、実家をストーカーに特定されないために、一時的に祖父母の家に居候したことがあります。その時祖母に自傷跡を見られ、お前は馬鹿だと罵られました。祖母の精神疾患や自傷への偏見に耐えられず、実家に戻りました。

うつ病と摂食障害になって思うこと。
・これらの病気は、ちゃんと病気だということ。決して甘えではない。病的に病んでいるのではなく、病気の症状で病んでる。
・これらの病気は、令和になった今でも偏見があること。特に私の両親世代以上は、根性論が根深いように感じる。根性論でどうにもならないことも沢山ある。
・これらの病気になって、本当に自分に必要な人が誰かはっきりわかった。理解のない人は離れていく。病気で弱ってる私につけ込んでくる人もいる(実際いた。悲しいけれど、世の中悪い人は一定数存在する)。ただ、私がうつ病の症状が強く出ていて経験も浅い時に、悩みを聞いてくれた友人を自殺未遂に巻き込んだことが数回あった。それらの友人は私の元から去っていった。仕方ない、私が悪い。でも、そういうことがあっても私から離れないでいてくれた人もいる。その人たちを大切にしたい。
・看護師さんに依存してしまう。精神科の病棟の看護師さんは、当たり前だけど世間一般の人より病気に理解があることが多い(理解のない看護師もいるが)。だから頼ってしまう。ずっと同じ病棟に入院できるわけではないので、退院して優しい看護師さんと離れ離れになるのが毎回つらい。看護師さんも異動があるので、ずっと同じ病棟にいるわけでもなく、次入院する時、あの看護師さんがいなくなってたらどうしよう?という不安が日常生活に支障をきたすこともある。病院の外にも依存先を沢山作って自立しないといけないのだが、それが難しい。先程書いたように、私を気にかけてくれる人は複数いるし、私は比較的多趣味(うつ病がひどいときは趣味どころではなくなるが)なので、依存先も多いはずなのに、何故か自立しきれない。

つらつらと書いたが、うつ病の自分も摂食障害の自分も、形成外科医に一生消えないと言われたリスカ跡がある自分も、学校もままならない自分やバイトもできない欠陥品の自分も、受け入れて個性に換えられないか?こんな病気だからこそ、人の痛みをわかってあげられるのではないか?とうつ状態じゃない時は考える。そう考えられないうつ状態の時は、仕方ない、と割り切りたい。
自傷・自殺未遂経験は豊富だが、結局は死にきれず苦しい生を選ぶのだろうな、と自分を客観的に見つつ、きっと私は、明日も生きる。

感想1

投稿者さんの持病とその経緯、そしてその病気になって思うことなど、とても整理されて書かれているのが印象的でした。どちらかというと、感情そのものというより、状況やそれに対する投稿者さんの認識を教えてもらった経験談だなと思いました。整理してわかりやすく書かれていることについては、投稿者さんの元々の力や性質もあるでしょうが、それと同時に、自分自身や周囲の状況について繰り返し考えてきたからなのかもしれないと思いました。

「治るのだろうか?一生死にたい気持ちを飼い慣らさないといけないのだろうか?と自分に問いかけています。」という文章が心に残りました。「死にたい気持ちを飼い慣らす」ということについては、私も長らく希死念慮とともに生きていて、考えることがあります。私は以前よりは死にたい気持ちに取り込まれていくことは少なくなったのですが、今更まったくなくなるというのもイメージがつかないな…と自分自身について思ったりします。

父親さんについて「許さないし、嫌い。大嫌い。」と書いてありましたが、前の方に「当時は無視される・無関心が普通だと思い過ごしていた」と書かれていた部分もあり、モラハラなどについても当たり前だと思う必要がないことに気づくまでに葛藤などもあったのかな?と想像しました。(私の父もモラハラ傾向が強くて私は「大嫌い」なので、勝手に重ねてしまっている部分があったらすみません)
また、投稿者さんが子どもの当時にあったらよかったと思う支援や制度、サポートなどあれば教えてほしいと思いました。

「うつ病と摂食障害になって思うこと。」と言う部分を読んでいて頷くことが何度もありました。「根性論でどうにもならないことも沢山ある」というのもまさにそうだと思いますし、私はすべての個人の困りごとはその人の責任ではなく、社会全体で解決していくべき社会の問題だと思っています。ただその理解は、なかなか進んでいないと思います。
傷ついたり、困ったりしている人の中にも、「自分に根性がないから悪い」「自分がだめだから悪い」と思って(そう思い込ませる世の中がおかしいだけなのですが)余計に人に頼れなかったり、困ったりしてしまうことが多いと思います。投稿者さんが「決して甘えではない」というように考えるようになったのにはなにか経緯があったのか聞いてみたいと思いました。

看護師さんの理解のある状況が入院中にあるのだと書かれていて、それは投稿者さんが今まで過ごしてきた環境の中でかなり安全や安心を感じられる場所なのではないかと思いました。その環境に看護師さんの存在が大きいなら、その人がいるかどうかで不安を感じることも頷けると思いました。
投稿者さんも書かれている通り、他の「依存先」とのバランスの中で、今後も変化していく部分かもしれないし、もう少し引き続き気になることである場合もあるのかもしれません。投稿者さんの今の状況、気になっていることや考えていることが端的に書かれた経験談なので、例えば、半年後、一年後…などに振り返ってみるのにも使えるかもしれない、と思いました。これからも死にトリを活用してもらえたらうれしいです。

感想2

死にトリを活用してくれているとの最初の言葉、とても嬉しく思って読みました。会ったことはないのですが、一言「よく利用しています」って言われるだけで、一緒にこの社会に向き合う仲間のように思えました。
そして、ご自身の生きづらさや苦しみについてよく整理され、分析している様子が伝わってきました。研究者気質なのかな?と人柄を想像しています。そして、箇条書きでまとめてくれた内容は本当に共感、賛同することが多くありました。特に最初のちゃんと病気であること、甘えではないということは本当にその通りだと思います。
私は昭和の人間ですが(笑)、こうして死にトリの活動に関わったり、心の病気を抱える人たちとたくさん関わってくる中で、甘えなんかとんでもない、社会が抱える課題を引き受けて、こんな社会ではとても健康に人間らしく生きていけないと心をもって訴えてくれている存在だと思っています。昭和の世代で考えると高度経済成長時の公害と同じようなものだと私は思っています。
公害は経済の成長を優先して、たくさん工場が作られ、環境や人の暮らし、健康を軽視した結果、たくさんの健康被害が出ました。平成から令和の時代は昭和の物理的な健康被害ではなく、家族、子育ての孤立化、労働環境の悪化、広がる格差、支え合いやつながりの希薄化、行き過ぎた個人主義や経済至上主義など、人の心を追い詰めたり、家庭内の暴力(虐待やDV)やいじめ、パワハラなどの暴力や抑圧が社会に蔓延して、心理的・社会的な健康被害が広がっているのが心や人間性への公害だと私は理解しています。だから、個人の努力の問題ではなく、社会全体で取り組む必要があることだという理解がもっと広がってもらいたいと思っています。もちろん、この理解が絶対的に正しいわけでもないと思うので、たくさんの人たちと議論をして理解を深めていく必要もあると思います。
そのうえで、自らが心の病気と共に生きる人たちの経験や意見はとても大切だと思います。心の病気は身体の病気とは異なり、安静にしていたり、薬を飲むなどの治療を通じて、治っていく見通しがつきにくく、同じ病気でも一人ひとり症状や苦しさも本当にそれぞれだと思います。また、心の問題は人間関係や社会経験に大きな影響を与えるので、日々の暮らしにおいて理解や協力が重要となります。だからこそ、あなたは理解者が増えてほしいという願いや現実的に理解することは簡単ではないことを教えてくれています。
特に理解を求める気持ちや行動の強さと、いい関係を保つ、維持することの両立はとても難しいと思います。あなたも書いている通り、それが依存という形になって苦しめられることはよくあります。私は依存という表現はあまり好きではありません。どちらかというと、対人関係において起こる発作だととらえた方がいいと思っています。てんかん発作で心臓発作で苦しんでいる人を誰も責めたり、批判したりしないですよね。人への依存を含めて、リスカもODも、過食や拒食も、その他アルコールや薬物やギャンブルなどの依存も耐えがたい苦しみから自分を守るための発作の一種だと考えます。難しいのは発作に効く特効薬がないので、その発作と付き合っていく術を身につけていく必要があることです。ただし、発作との付き合いはとても孤独で寂しく、それゆえに周囲を巻き込んでしまうことがあるのも理解できます。ただし、巻き込まれる側も人間なので限界があるため、双方がお互いの気持ちや状況を丁寧に伝えあうことが大切なプロセスなのではないかと思っています。それが積み重なることで理解が広がるのではないかと感じています。
あなたの経験談に触発されて、自分の思っていることをたくさん書いてしまいました。できるなら、こういった議論をいろいろな人たちとしたい気持ちです。そして、あなたがあなたのままで生きることができる社会についてもっと教えてもらえたら嬉しいです。

お返事1

感想コメント、ありがとうございました。丁寧に回答いただき嬉しく思います。感想コメントを拝見して思ったこと、返信させていただきます。

感想1に対して
「また、投稿者さんが子どもの当時にあったらよかったと思う支援や制度、サポートなどあれば教えてほしいと思いました。」→
学校で虐待やネグレクトなどの家庭の問題、心の問題を相談できる機関があることを知る機会があれば良かったなと思いました。

「投稿者さんが「決して甘えではない」というように考えるようになったのにはなにか経緯があったのか聞いてみたいと思いました。」→うつ病の症状が出る以前に「今つらいなー」と思うのと比にならないくらい、うつ病の「つらい」は本当につらいからです。こればっかりはうつ病にならないとわからないと思いますが、私がつらいと思っているというよりは、病気がつらいと思わせてるような感覚があります。

感想2に対して
公害の例えと依存は発作のようなものという意見、頷きながら読ませていただきました。

「そして、あなたがあなたのままで生きることができる社会についてもっと教えてもらえたら嬉しいです。」→この国は死や自殺に関して話題にするのがタブーになっている印象を受けます。自殺で死んでしまう人は沢山いて社会問題になっているのに、矛盾しているように思うし、リスカやODなどについても同じことが言えると思います。あなたも感想1の方も、私のような心の病気を抱える人がいることを社会の問題と捉えてくださっていますが、私もそう思う節はあって、社会の問題だからこそ、ちゃんと実態を知り、意見を聞き、話し合う必要があると思います。まずはそこからなのではないでしょうか。

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