経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

頑張っても頑張っても

人生色々なことがあった。幼稚園の頃母がパニック障害になり、小学校の頃には母の親友が自殺し鬱にもなり引きこもりになった。話す事といえば1人で3役演じる独り言か芸能人のことか親族やママ友の悪口だけ。
父は冗談が通じないモラハラ気質の怒ると手が出るタイプで、脅迫性障害にもなっていて小学校まではよく理不尽な事で父親が疲れて切り上げるまで叩かれた。回避する為に貝になった。でもとても賢かった姉は反論するタイプでいつも家は殺伐としていた。
生理が始まってからは体調を崩しやすくなり、中学からは座るとおならが止まらなくなる症状に悩まされ高校では自殺も試みた。
でも死ぬのは怖く、頑張るしかないと思い再スタートをきったアルバイト先で現在の夫と出会った。おならの事もあり恋なんて出来ないと避けてきたけど、頑張ると決めたから自分から行動した。
5年付き合い結婚し子供が出来た。そこからまた地獄が始まった。子供に対しての怒りが尋常じゃない。おかしい苦しい。全身が痛い。大学卒業後鬱になっていた姉とその頃からよく話すようになった。そしてアダルトチルドレンという言葉を知った。何年もかけて勉強した。心理学の講座にもカウンセリングにも通った。そこで自分が子供の頃から対人恐怖症や不安障害であったり過敏性腸症候群のガス型であったり、親に心も体も育ててもらえなかった色んな状態にあったと知った。産後は生理の時に鬱状態になるようになり2週間は気分が完璧に悪くなり毎月3日間どうしても死にたくなった。でも連鎖を止めたくて自傷しながら親のようになるかと歯を食いしばった。
外と関わる事外に出る事働く事は普通だと分かって欲しくて、パートの仕事もしんどくても続けた。
身体も心もボロボロママ友関係もボロボロで地域に居場所もなかったけど、少しでも普通の生活を送って欲しくて踏ん張った。
症状がマシになるにつれても昔から気になっていた事が良くならなくて、病院に行きADHDとASDの発達グレーゾーンだということも分かった。死ぬほど泣いた。ようやく自分のせいじゃなかったと思えるようになった。親との関係と似たような関係になっていた昔からの数少ない友人とも距離をおいた。そこから認知の歪みがほぐれ自分軸になれるようになってきた。子供にはとにかく説明をした。説明する事を続けている。子供も発達グレーなところもあるけれど、親に愛されていることを感じていてくれているからか2人共自己肯定感がある子に育ってくれた。
ただ純度100%の内向型のためか家が大好き一人が大好きで、親と出来なかった色んな経験を自分の家族としたい、普通の人生を送りたいという思いは木っ端微塵に砕かれ、引き篭もりの親を抱えたトラウマとは別だと分かっているのにとても苦しい。
その気持ちは子供で晴らしてはいけない自分自身で晴らさないといけない事は分かっている。ただ自分に出来る事は何でも試し頑張ってきたけど、体は良くならず、再スタートしたパートの仕事で肋間神経痛になり帯状疱疹になった。生理時の鬱、発達凸凹の物忘れと不注意で仕事をする事自体も自分には大変なのに、体までもうこのままなら後何をどれだけ頑張ればいいの?新しい人間関係も築いても体調で続けられない。自分が苦しんでいる人の人生を代わってあげられないように、自分の人生も誰にも代わってもらえないんだから、欲しい物があるなら自分で頑張るしかないのは分かっている。でも頭はハッキリした状態で、悪くなる一方の体と生き直したいと浴する気持ちの狭間でこのループが後何十年も続くの?虚しい。閉じたくなる。

感想1

経験談の投稿、ありがとうございます。
育ってきた環境に背負わされたものが多くて、かつ大きすぎると、読んでいて感じました。
殺伐として、冷たく、棘だらけの環境で堅く貝になって身を守るしかなかったあなたの姿を想像しています。
体の不調を抱えながら、自ら「頑張る」と決めてこれまで生きて来られたのは、あなたの命が持つ力強さなのかなと思います。
育ちの苦しさを抱えて子育てをすることは、並大抵のことじゃないと思います。どんなに苦しくつらいことだろう。勉強して、カウンセリングを受けて、育ちを振り返って自分のこれまでの傷つきを一つ一つ紐解いていくこと、私が想像する以上の痛みを感じたのではないでしょうか。
昔、私がお世話になったカウンセラーさんが「家系の中で、その家族が抱える業を断ち切ろうとする人が現れることがある」と言っていました。親からの連鎖を止めるために、歯を食いしばってきたあなたが、「その人」なのかもしれないと、勝手にですが、感じています。
ただ、そうやって食いしばって頑張る力があるからこそ、思うように良くならない体調や、思い描いていたようにはならない家族に、より苦しさを感じるのかなとも思いました。
「その気持ちは子どもで晴らしてはいけない」と書いているように、あなた自身、わかっている、できるからこその苦しみがあるのだろうと思います。
「自分で頑張るしかない」という言葉に、あなたの責任感の強さと、孤独な立ち姿が感じられました。
そんなあなたに、今はゆっくり休んでほしい気持ちでいっぱいです。私の勝手な考えですが、そんなふうに思いました。

感想2

投稿者さんが環境や親の振る舞いの影響を多分に受けながら苦しみ、それを「自分のせいではなかったのだ」と気づいて少し外から眺められるようになったこと、しかし受けた傷がなくなってくれるわけではないという部分でもがいていること…そんな変遷を感じ取りながら読みました。私は「連鎖を止めたくて」という言葉が特に印象的で、それが今の投稿者さんを「今の人生」につなぎとめている鍵なのかな、と感じました。
親が投稿者さんにしてきたことと、投稿者さんが親として為すことの間には、きっと「ねじれ」のようなものがあるのかなと思います。違いを理解したうえで「親と同じにはならないように」と子育ての指針とする一方で、投稿者さん自身の中にある「普通への希望」や「癒されていないままの傷」は根深く、そこに気持ちと希望、実情にズレが生じている状態なのかなと想像しました。同時に、自分が負ってきたものを子供に及ばせまいと必死に食い止めているようにも感じました。その状態が、体も心も四方にせわしく揺れ動いていそうで、とても痛みや苦痛を伴うように感じたので、「ねじれ」というふうに表現させていただきました。
その状態で、自分の為、家族の為に必要と感じること(仕事や子育てなど…)に取り組み続けている日々なのかなと思いますが、その中でさらに「この気持ちは子供で晴らすべきではない」「大変だけど仕事をする」など、投稿者さんにとっては「頑張る」や「我慢する」が積み重なるばかりで、「報われた」という感覚を得られる機会がほとんどないのかなとも感じました。それが今のループへの虚しさにつながっているのかな…と想像すると、「連鎖を止める」ということにどれだけの消耗と労力を伴わなければいけないのか、それをなぜ投稿者さんが引き受けないといけないのか……と勝手にですがやるせなく、悔しいような気持ちになりました。
最後に、勝手な想像ではありますが、最後に書いてくださっていた「閉じたい」という願い、その徒労感は、今まで投稿者さんが踏みとどまってきた事実とはもしかすると矛盾してしまうものなのかもと感じました。そうなるとますます、本心のままに行動することは難しいところがありそうですが、死にトリでは投稿者さんの正直な「思い」をまた聞かせてほしいなとも思いました。投稿ありがとうございました。

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