つらい気持ちを書きだせる掲示板
とりコミュ
とりコミュとは?詳しくは
こちら投稿はアプリからできます。
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生きたくない
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無題
もう疲れたよ……
弟お迎えで、言うこと聞かないから
お母さんに手伝ってもらったけどこれが独りだったら。おわりです。
腰も心も体も疲れたよ。
もうやだ、〇〇たい。
🐿゙🦟したい。
したら少し楽になる
はやく。楽になりたい… -
無題
ちゃらんぽらんになりたい。
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無題
手帳持ってる人が働いているから、お話聞いてみたい事業者様がいると紹介所から言われて受けてみた
でも、同じく手帳持っている私は落ちた
何が違ったのかな?
もうどこ行っても無理かな -
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グループホームのスタッフからよ連絡ストレスすぎて見れない
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常套句
「僕は君のためにずっとそばにいるよ」とかどこの常套句だよ。
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家族
私は幸せな家族という物がわからない。父は暴力を振る人だったし母は泣くだけだった。従兄弟や祖父母との思い出もほぼ無い。旦那は家族や親族と仲がいい。それを喜べない。どうしても疎外感や劣等感でいっぱいになってしまう。そんな自分がとてつもなく気持ち悪くてこっち側の人間だと思い知らされる。歪んでる私が間違ってるのが分かってるなのにどうしようもなく旦那が実家の人に会おうとすると「私と居て一人にしないで」と思ってしまう。なのに旦那も義実家も優しくて自分がとても醜くて汚い人間だと思い知らされる。
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久しぶりに死にたくなった
妹の一言で突然死にたくなった。
言葉の内容より態度に傷ついた。
鬱だった頃の世界に引き戻された。あっち(活動してた頃)は理想の世界で、こっち(鬱)が現実のように感じる。
なんで生まれてきちゃったんだろう。なんの生産性もないし、役にも立たないのに。私が生きることに意味なんか無いのに。死にたい、死んでしまえば悩みなんて無かったのに。辛い思いをしなくて済んだのに。嫌なこと言われなくて済んだのに。迷惑かけなくて済んだのに。 -
そうだった
世間って死にたくなるくらい辛いんだった。鬱で実家療養して、母が優しくしてくれて、鬱が治ってきて、A型に通えて、意外と生きていけると思っていた。でもそれは守られていたから。
もし母が、A型が無かったら、世界は過酷で不条理で理不尽で差別だらけ格差だらけなのがむき出しになって襲ってくる。とてもじゃないけど生きていけない。自分の部屋の中だって脅かされて、安心できる場所なんてどこにも無い。自分の部屋だとずっと信じてた場所だって家族から借りてただけだったんだ。自分の本棚だと思っていたものは本当は妹のものだったんだ。その他のいろんなものも、自分のものだという保証はない -
無題
自分が無能で死にたくなる
周りと比較したらダメだってわかってるのに。周りの人達がみんな輝いて見える。
みんなすごく優しくて、そんなこと何も言われてないのに、馬鹿にされてる気持ちになる。
被害妄想ばっかりしてめんどくさすぎ。
周りは私なんて眼中にもないのに
やっぱり自分ってキモいな -
もういいや
昨日、今日と、仕事が大変な母に頼まれてやったお手伝い。詳しい内容は言えないけど舌打ちされたり説教されたり、散々振り回されて。ムカつきはしたけど向こうも余裕が無いことは知っていたから「いいよ」って言ったのに。さっき、天気予報を見たいからって手でシッシッ(黙れという意味)されて、大変な思いで頑張ったのにそんな態度されるんだって。いくら疲れてるとはいえ「ごめん」て言えば許される存在だと思われてんのかなって。なんか、もうどうでもいいや。
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無題
おかあさんが、「ごはんだよ」っていうのに、最近不快。
これは、親不孝とか感謝が足りないとかって、自分を責めない。責める癖で、具合を悪くしたんだから。自分に愛を。自分を大切に。自分のしていることを正当化するという見方ではなく、「ああ、私は今、不快なんだな」と、ただ認めること。それが、良いか悪いかそういうジャッジ?判定判断はしない。ただ、そう思ったんだね、私は。と、認める。自分の声、自分の正直な気持ちを感じる。
そうか、私は、しんどいんだね。
認めることは、勇気とエネルギーが必要になる。 -
無題
何かにならなくてもいいと分かっていても、何者かにならないと、周囲が凄いね!と言われないといけないような緊張があった。そんな私を期待されているような切羽詰まる感覚があった。認められたい、承認されたい自分がいたんだと気づいた。原っぱに寝転んでただ存在したいる私ではダメなのか?そんな平な私が本来の私なのだと背中の極度のコリにある対極の姿が見えてくる。八方塞がりな背中のコリに、どこまでも平たい底辺の地面を拾うような、地面を歩く人でいたい、それが私なのだと静かに味わっている。
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無題
こんなに自分の中にどす黒いどろどろとしたもの、ねっとりとしたもの、黒くて紫色で重くてかたい、ものがあったんだなと文字にして気づく。
文字にする前は、ただうわーー!見たくない!どうしよう!かなしい!こわい!パニック!!あんなやつあんなやつ!ふざけんな!みたいな、混乱しているかんじ。でも、自分を大切にしよう、愛を選ぼう、と決めてから、コントロールできないこともあるし、死にたいも出てくるけど、たのしいうれしいとか、不安もどんどん出てくるしそれを否定したり目を向けられずにいることもあるけど、自分と向き合えてるときもあるし、できてることがあるなと気づけることもある -
無題
よく、「自分が始めたんだから自分で終わらせられる」とか「自分で入ったんだから自分で出られる」とか「自分で使ってるんだから自分で手放せる」とかきく。でも、私はその感覚がいまいち分からないし言ってる意味が腑に落ちない。なんか、自分が変われば世界が変わるとかって、そういうこととおなじなんだろうなと思うから、今までの延長上で物事を考えてたらおなじようなことだということなんだろうなと思うんだけど、だから、自分がどんな偏見を持っていて(むしろ偏見と気がついていないだろう)、どんな感情を持っているのかと興味ピント集中することで、気づきがでてくるのではないかと思うときも
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今日休み
今日会社休んだ。障害者雇用で入社して三ヶ月目。入社してから毎月一回くらい早退とか終日休みがある。でもさ体調悪い1-3月に入社して月一回くらいしか体調不良で抑え込めてるって良いペースかもね。
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無題
みんなじゃないけど、私を蔑んでいる人がいる。こわい、にくい、かなしい、うらめしい、ーーー、私の妄想ならすべて忘れたい。私の思い込みなら、なんだ誤解なんだって分かりたい。私が他人の感情を受け取る必要はないし、他人の荷物を背負う必要はないのに。私は、重く解釈してるなら変わりたいし、ネガティブに捉えてるなら視野を広げたい。
苦しいのは自分なんだ。だって、私たちは自分で選んでいるから。忘れているだけだけど。私には力があるはず。
私が変わりたいと思った瞬間、すでに変わっている。
思い出すと腹が立つことがあって、怒りを使って遊んでるのは私なのかな。主導権は私だから。 -
自分のために生きよう
これから私は自分のために生きようと思う。今までの人生、誰かのために、会社のために生きてきた。まだ若くても。でもさ誰のために、会社のために生きても使い捨てられたり裏切られたりしてきた。これからは自分のために生きよう。自分のために働いて、自分のために勉強して、自分のために好きのことをして。もう十分誰かのために生きてきたし。自分のために生きること、それが私の今の目標。
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みんな同じことで注意
数秒荷物の扉を閉めなかっただけで「開けたら閉める」とみんなに注意された。
そこまで言うことか -
無題
疾患持ってるって事前に知っていても、面接落ちた😭
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乾杯
やり尽くした。
もう、とことんやり尽くした果てに辿り着く
空っぽであり、やりきれなかった訴えも、もう空っぽ
おめでとう
ようやく辿り着いたね
やりきったよ、あんた -
母からの巣立
母への期待の幻と
母への必死の抵抗。
それぞれを命かけて訴えてきたことを明らかにしたら、なんだか、どうでも良いと思えてきた。
精魂尽くした。
あったのは、お母さんが大切だったという、ただそれだけ。
身も心も養分も涙も叫びも出し尽くした。もう私はお母さんから卒業するのだ。今までありがとう。お母さんの幸せを心から思っています。 -
無題
抵抗することも辛かったのか、、
主張することも本当はしたくなかったんだ。
大好きな人へなぜ声を荒げないといけないのか。確かにずっと心では号泣していたんだ。あーごめんなさい。お母さん。私、本当はこんなことしたいなんて思ってないのー
辛かった。確かに辛かったんだ。
その辛さも思うとお母さんを守りたかったように思う。大切な人を守りたかった。変だよね。自分が辛くて訴えているのに、逆に守りたい自分がいたなんて。行動と奥の思いが不一致だ。でも確かに母を守りたかった自分がいるのも素直にあったんだって認識した。それ以上でも以下でもない。それが、ただある。意味はない。 -
あーあ
死にたい
ちょっと人から冷たくされたら色々考えちゃって死にたくなる
毎年3月末って死にたい -
無題
お母さんが、人が辛くて泣きながらやっとの思いで相談している時間を自分の不幸話で乗っ取っていろんなもん押し付けまくって勝手に満足して去るのをやめてくれますように。
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折り合いつけて
私の基準では体調不良だったら家で休むだけでも良いなんだでもさ会社とか学校って体調不良のとき=病院に行く=医師から指示・薬もらうなんだよね。
会社とか学校で潤滑にやっていくには折り合いつけて、体調不良の時に病院に行って検査結果とかレシートとかもらって、病院に行きました!っていう証明しないといけないよね。折り合いつけるときに、内心えー?って思うけど、社会でやっていくためには折り合いつけることも大切なんだよね。だからといって自分の基準を捨てると言うのとではなくて自分の基準はあって良いんだよね。おり合いつけて生活するの、大変だけどでもやって行かないとなんだよね。 -
思考ぐるぐるおろす重いから。
考えちゃいけないわけじゃない。私は、考えすぎて、頭がオーバーヒート、頭でっかちというのは、否定のことばとしてではなく、重心が上に行っちゃってるよ。ということで。地に足をつけるというのは、頭にいってる重心を、ぐらぐらしてるから、しっかり地面、下のほうにということなのかな?と思った。私は、そう思った。私は、今、そう思った。未来の私もそう思うかは分からない。未来の私もそう思うと、決めてしまえばそうなるかもしれない。どうかな。AIに、54321法を、教えてもらった。主治医からも今ここに集中と言われるけど、むずかしいよ!先生簡単に言うけど、むずかしいんじゃ!継続ね
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頭の中のアウトプット思考れんしゅう私バージョン
こういうことは書いちゃいけないんじゃないかな、というのは思考。解釈とか?書きたい、書く。シンプル。そして、そこに書きたい、それがネガティブで相手を自分を傷付けてやろうとか、それは自分がここちいいかどうかというとどうかな、ということで。「人は傷つけちゃいけないものだ」「こんなことばは書いてはいけない」とかは、定義というか、自分のこうしたい、これがやりたい、こう言いたい、とは別で。ただ、そのやりたい、がどういう意図からくるのかな?ということで、やりたい、言いたいのは、私が今その瞬間どういう状態、心地なのかな?って、感じる。考えるんじゃなくて、感じるの。
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思考の棚卸し。
自分とうまくいってなければ、周りとうまくいかない、ときいたことがある。それで、…。←とか、色々考えてる。
今、目の前にあるのは、スマホ。呼吸をしている。今、両手がある。親指が動いている。ノートが目に入っている。ペンもある。水色が見える。ふとんが肌に触っている。においは特に違和感ない、いつものということは、というのは思考で、においはこれ。こういうにおい。においはただこれ。味は、ただこの味。口のなかの味は、これ。無いわけじゃない。いちご、とか酸っぱいとかじゃなくていい。ただ、口のなかの味は、これ。無味ではなくて、こういうもの。無いわけじゃない。練習おわり。 -
無題
頭が痛い。片頭痛?知らん
気軽に病院にいってみたい。
目の奥も痛い。
じぶんの力だけで、家から出たい。
めんどくさい。
きのうのじぶんは他人、未来のじぶんも他人。今だけじぶん。常にリセット。いつも新しい。そう捉えたら、少し明るくなった。軽くなった。こころから信じられなくてもいい。不安がある。あると認められてる。こうやって書き出してる。向き合えてる。このままでいいのだろうか、このままではいけない、と思考してしまってますますつらくなるとき、わたしは、癖を使ってるのだと。古い癖。もう、使わなくても大丈夫だけど、私を守ってくれてる癖。私は、今どっちもある。