経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

同様の経験をした方にアドバイスを頂きたい

振り返ると10歳くらいにはもう、消えてなくなりたいななど考えていた気がします。感情がジェットコースターみたいに起伏して、毎日クタクタでどこかに腰掛けたいのに、どこにも椅子がない。そんな気分でした。
凄く幼い頃は、空気を読んだり遠慮したり、変に大人びて賢い子どもだったのに、いつの間にか周りは大人になり、気づくと取り残されて、私は幼稚で気遣いもできない大人になっていました。

皆が普通にやれている事が、なぜ頑張らなきゃ出来ないんだろう。なぜこんなに毎日辛いんだろう。そう思ってあちこち病院に通ってみたり、色々な本を読み漁ってみたりしましたが、救いは見つからず、薬もあまり効かず、疲れ果てて死のうとしたのが21歳の頃です(どなたかが発見してくださり命を取り留めました)
溜めていた薬で死のうとしたのに、医師からは叱られただけで、また同じ薬が処方されました。これは…もう一度死ねと言う事だろうか?絶望しながら、それが過ぎると何だか可笑しくなって、何も、誰も自分を救えない。自分にしか自分は救えないんだなと気づきました。
それを機に、ぱったり薬はいらなくなり、一進一退しながらも前進していった気がします。

その後、結婚や出産など歳を重ねて経験する中で、いくつか発見がありました。まず、私の心の不調の原因は幼少期の過保護、過干渉にあるのではないかという事。私の母は私が困らないように、失敗しないようにと、常に私の選択に口を出し(または母の意向を匂わせ)先回りして指示に従わせました。母の言う通りにしておけば母の機嫌を損ねずすみましたし、実際に失敗も防げたので、そのうち私の方も自分がどうしたいのか考えるのを放棄しました。着る洋服から進路まで母の意向で決めました。

そのうち、あれ?と思いました。卒論テーマをクラスメイトがどんどん決めていく中、やりたい事の検討もつかず真っ白な私(母の意向だけで決めた大学なので、今思えば当然ですが)。友人に買い物に誘われ、着て行く服を選ぶのに途方に暮れる…など、冗談のようですが、当時は理由も分かりませんでした。

一時は母を恨んだりもしましたが、今はそうは思いません。私自身が子を持ち、愛情ゆえの気持ちもよく分かりました。母親がそうでも、普通は反抗期などで乗り越えていく所を、放棄してサボったのは私なので。多分、その方が楽だったのです。
過去を悔やんでどうなるものでもないですし、もっと建設的な悩み方をしたい。それが今の気持ちです。

ただ、原因も分かり分析も済んで、気持ちも前を向きました。これで問題解決!とならないのが難しい所で…。
幼少期に刷り込まれた価値観は強烈で、課題から逃げて、機会を失った成功や失敗の経験や時間は取り戻すのが難しく、今でも生きづらさを抱えています。
まず、同年代と比べ圧倒的に気遣いが出来ません。してもらう事が当たり前だった生活で、人に対して反抗もなければ、感謝もありませんでした。自分で子どもを育てて40歳もすぎてやっと、人への感謝や痛みに気づくようになり、過去の行いがふと浮かんでは恥ずかしさのあまり「死んじゃえ」などと独り言を呟く事が多々あります。

また、自分に自信がもてず、仕事などで大きな責任を負いそうになると、逃げ出してチャンスを逃したりしてしまいます。
失敗しても大丈夫と頭では考えるのですが、『失敗するのは悪い事。失敗する自分=価値がない』と刻みこまれた幼い頃の私の魂が震えて、足がすくみます。些細な失敗がいつまでも気になり、必要以上に謝罪してみたり、逆に些細な事なのに謝る事が出来なかったりします。根底は同じ自信のなさからで、劣等感とプライドのシーソーゲームです。
いっそ誰かに笑われても、それが今のレベルなのだから当たり前。そこからやろうと認められれば楽になれそうなのですが、きちんとしている時だけ認めて貰えた、これまた幼い私の魂が、それは死ぬほどに怖いと震えるのです。

結局は自信を取り戻すには、失敗して沢山恥をかき、一つ一つ小さな成功体験を積んでいくしかないのだろうなと思います。若い頃には成長の準備期間として大目に見て貰えますが、40も超えてそれをやっていいものなのか…いいにしても、かなりの勇気と覚悟がいるだろうと想像しています。

同じような境遇で、同じような悩みを持った方のアドバイスなどあれば有り難いなと切に思います。

死にたい気持ちは常にうっすらとありますが、(子どもがいるのでもう死にませんし、あの時命を助けてくださった方には本当に感謝しています。)その状態で30年なので、もうそっちが平常なのだと思える程には薄まりました。鬱陶しいですが。
もう少し力を抜いて、楽しく生きられればいいなと思いながら日々頑張っている所です。

感想1

経験談のご投稿ありがとうございます。同様の経験と言えるか分かりませんが、共通項が幾つかあるように思いました。アドバイスというよりも、同じ当事者の目線から感想を書かせていただきます。
まず、精神医療からこぼれ落ちる経験をしながら、生き延びて、自力で苦しみの原因を突き止めたことに心から敬意を表します。自殺未遂するまで追い詰められたのち、「自分にしか自分は救えない」という認識を持たなければならないのは、どれほど深い絶望だろうかと思います。そんな状況にあなたを追い込んだ社会にもがっかりですが、過酷な環境のなかで、本当によく生きて来られました。「心の不調の原因は幼少期の過保護、過干渉にある」というのは大きな発見ですね。幼少期、とくに母親との関係に目を向けるのは、治療者や支援者の協力があっても容易ではありません。おっしゃるように、様々な苦労やご経験をされて、あらゆる可能性を吟味した結果だろうと思います。専門的な判断はできませんが、文章を拝読するかぎり、この発見に違和感はありません。
反抗期を「放棄してサボった」と書かれていたのは少し気になりました。過保護や過干渉は、子どもとの対話を拒んで自分の思いを押しつけることで、子どもの自発性を潰してしまう暴力です。はっきり言いますが、そこに愛情はありません。その結果、投稿者さんも体験されてきたように、子どもは自分の欲求、意思、感情を感じられなくなり、反抗期の成長の芽も摘み取られてしまいます。ですから、反抗しなかったというより、できなかったのではないでしょうか。これまで感謝や痛みの感情に気づきにくかったのも、周りにしてもらってきたからというより、封じられてきたからではないかと思います。子どもの幸せを願うことと、子どもを自分の思い通りにすることがどれだけ懸け離れているか、子育てを経験された投稿者さんはご存知だろうと思います。
何でも自己責任にしてしまうと、子どものころの投稿者さんの実像を見失ってしまいます。現在は過去と繋がっていますから、そうなると今の課題の捉え方も歪んでしまいます。「建設的な悩み方」をするためには、単に過去を振り切って経験値を積むのでなく、過去を精確に理解して、喚起される怒りや悲しみの感情を含めて受け止めることが大切だと考えます。投稿者さんのような真面目な方は、生きづらさを親のせいにすることには抵抗があるかもしれません。それ以上に、親から愛されていなかったと認めるのは恐ろしいことです。しかし、ダメージが深刻で継続的な場合には、親の責任を曖昧にすると先に進めなくなります。(私には、投稿者さんのダメージは十分に深刻と思われます。)お母さんへの「恨み」は重要なヒントなので、投稿者さんが何に怒りを覚えるのか、具体的な体験として何が挙げられるか、もう少し探ってみる余地があると感じました。
原因が分かっても、「これで問題解決!とならない」のは、本当にそうなんですよね。ここは読んでいて心から共感しました。過酷な環境を生き延びても、社会や職場ではそんな苦労を知らない人と同じ基準で評価されます。成長の機会や土台が奪われたハンディキャップは想像以上に大きいですが、普通は考慮してもらえません。むしろマイナスから這い上がる努力を免除され、恵まれた環境で生きてきた人々がますます栄えるケースが大半と思います。理不尽ですよね。私たちの回復がどんなに進んでも、そういう現実は変わらないかもしれません。それでも、投稿者さんに言いたいことが二つあります。
一つは、投稿者さんは現在まで続く逆境のなかで、すでに人の何倍も頑張って生きてきたということです。十歳くらいのときから消えたい気持ちを抱えながら生き延びて、子育ても仕事もされている。それだけで尊敬に値します。周りにはもっと充実しているように見える人もいるかもしれませんが、得てしてそういう評価は狭い視野からなされるものです。投稿者さんは宿命的な生きづらさ(親を選ぶことはできないので)を引き受けたうえで、成功体験や失敗から学ぶ経験を積み、さらなる成長を目指しています。その生き方自体が誰にでもできることではありません。
そうは言っても、自信がない気持ちはなかなか変わらないかもしれません。いくら仕事ができる人でも失敗します。だとすれば、どれほど成長しても、「失敗する自分=価値がない」という図式がある以上、自分の価値を感じられない悩みは消えないと思います。したがって、この悩みを解決するためには、失敗や恥ずかしさに耐えて成長するより、この価値観を見直すほうが先決です。ただし、それは価値観の問題というよりも、子どものときから安心感をもらえなかった投稿者さんの苦しみがまだ救われていないのだと思います。同じように安心感をもらえなかった仲間として、私は投稿者さんに安心してほしいです。そして最後に触れられていたように、お互い力を抜いて楽しく生きられたらいいですね。長い道のりになるかもしれませんが、まずはずっと頑張ってきたご自身の心と体を労わってあげてください。

感想2

経験談はアドバイスをお送りするところではないため、ご期待に添えないところもあるかもしれませんが、私なりに感想を書きたいと思います。
これまでの人生を振り返り、自分なりに整理をするように書いたプロセスが伝わってきました。おそらく、これまでの人生の中でも一人で自分自身をなだめるために工夫をしてきたのではないかと推測しています。
読んで私が感じたことは大きく二つありました。一つは子ども時代に意思表出を影響力の強い大人に抑制された経験は長い時間をかけて生きることに苦しさをもたらすということです。特に、頭での理解と心と体の働きにギャップを生じさせることを再認識しました。最後の方に書いてある「ただ、原因も分かり分析も済んで、気持ちも前を向きました。これで問題解決!とならないのが難しい所で…。」という一文から日々を想像してみました。
頭では分かっているし、ある意味で整理ができているのに、心と体が思うように動いてくれずに歯がゆさを感じ、そのギャップを埋めるために心的なエネルギーを使うことになる毎日は知らないうちに疲労と消耗がデフォルトになっているのではないか?…そう想像すると、漠然とした「死にたい」という気持ちが常に同居することも無理はないと思いました。
私の周りには少なからず、子ども時代に保護者から愛情や保護という形で自由を制限されたり、否定をされた人たちがいますが、積極的に暴力を受けたり、育児放棄されるよりもむしろダメージが根深く、じわじわと苦しみと折り合いをつけていくことに苦労しているように思います。私はたとえ「相手に悪意がなかった」「自分のためにやってくれた」ことだとしても、自分の意思や気持ちを軽んじられたことは正当化されないことだと思います。悪意がない、あるいは善意だからこそ、子どもはダブルバインドのメッセージを受け取り、その処理に時間がかかるのではないかと私なりに理解をしています。
感じたことのもう一つは、あなたは自身のことを「自分がどうしたいのか考えるのを放棄しました」と書いたように、自分の思考や意思を投げ出したような思いもあるのかもしれませんが、この経験談はどちらかというとあなたがあなたらしく、自分として生きたい、自分の意思を捨てたくないと願い、その願いを貫くためのストーリーだと感じたことです。私は死にたい気持ちの多くは自分でいたい自分として生きたいという気持ちを捨てないための安全装置のように感じています。
最後に、同じような経験をした人たちと年齢についてよく話をすることがあるので、お伝えします。親の抑圧や逆境にいた人たちは自分の実年齢ではなく、自由意思を保障されなかった期間を引いた年齢(今仮に「自分年齢」と名付けてみました)を採用したいと言います。私もその通りだと思います。とはいえ、あなたの場合は子育てをしたり、実年齢としてふるまわなければならないことの方が多いと思いますので、広く一般化はしないだろうと思います。心の中で実年齢とは別に、自分年齢で理解をすることがあってもいいのかなと思いましたし、密かに私は自分年齢で理解したり、されたりする経験は大切だと思いますし、死にトリではそう理解、支持したい気持ちでいます。

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