経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

もしタイムマシンがあったなら…

 存在ごと消えてしまえたら楽なのにとよく考える。
生きづらさ、トラウマ、生まれ持って背負った己の業、沢山の重荷を抱えて、私は今日もどす黒い世界に生き続けている。

 幼い頃から、苦手なことがたくさんあった。
言葉を沢山知っていても、それをうまく使いこなすコミュニケーション能力は持ち合わせていない。だから誰も友達ができず、孤立の日々が続いている。
小、中、高と登校拒否を経験した。いじめを経験したことも、信じていた友人から裏切られたことは何度もあった。
 知識を得ても実生活での応用が利かない。人よりものを考える速度も行動も遅い。
そのため、親を含め数多の大人たちに怒られてきた。
「なんでこんなことができないの」
子供のころからつい最近まで言われ続けた言葉だ。
教えられていたことであっても、実践する時には頭が真っ白になってしまって、ミスを連発してしまい、大目玉を食らう。
 これらの要因が発達障害によるものだと診断されたのは、大学卒業後に慣れないバイトを始めた矢先のことだった。
 買取業務も行うとある店でのことだ。レジの操作、接客、買取、クリーニング、清掃…あらゆる業務を素早く行わねばならず、ミスを連発して店長にも叱られ、私はあっという間にパンクしてしまった。
 これまで多くのアルバイトに応募したが、後にも先にも雇ってもらえたのはこの店だけだった。それなのに私はミスを連発し、勝手に限界を迎え、研修期間にも満たないうちに退職を促されてしまった。
社会には私の居場所はない、そんな風に思うと惨めで仕方なかった。

 更に言うと、私は小さい頃から肥満体型であった。そのため、周囲から嘲笑の対象とされた。
「でぶ」「豚」とからかわれるのは序の口で、中学では不良達からの罵倒を始め、チャリでの追いまわしなどの嫌がらせ行為を受けた。「友達になろう」と話しかけられ、会話の中から情報を抜き取り、それらをネタにいじめをされたこともあった。
親に救いを求めるも、「次に同じことされたら先生に相談してあげるから」と先延ばしにされることが多かった。基本的に擁護はするも、大半は「あなたが弱いから」「いつもおどおどしているのがいけない」というように、否定する形で終着した。

 幼稚園での体育の時間、みんなの前で鉄棒の「豚の丸焼き」をやってみせたことがあった。運動が苦手な私にもできたと嬉々として母に話した。
でも、私が記憶しているのはその時の怒りの表情だった。「よりによってなんでうちの子に“豚の丸焼き”をさせて辱めたのか」と怒っていたのだ。
一見すると守ってるようではあるが、暗に私のことを「豚みたい」と思っているような発言であった。
母は私の容姿には否定的だ。「人は見た目が第一」という考えで、私の身体を醜い、清潔感がないと言う。
自分で買ったお気に入りの帽子も、感覚過敏でかけ始めたサングラスも、「似合わない」「不審者みたい」と言われ、外すことを余儀なくされたこともある。
疾患について話した今は多少は軽減したものの、母の根本の外見至上主義はそうそう変わらないだろう。
現在、抑うつによる食欲不振により徐々にやせていっているのだが、その背景を知らぬ母は大いに喜んでいる。
 
 ありのままの私には価値が無いのだろうか。
もし、「無価値」という呪いに抗い、私が私のままで生きるのを貫けたら、生きるのも少しは楽になるだろう。

 母はよく私に、職場や父、親戚に対する愚痴と共に、自らの過去や我が家の複雑な家庭事情について語り聞かせてきた。母は父方の人間にこき使われていた。
家庭事情について詳細は省くが、「昼ドラのようだ」と思ったのをよく覚えている。
洗濯の手伝いをしながら母のそういった話を聞いていた。その話中、『あなたが生まれなかったらパパと別れられたのに』と言われた。
いつもの調子で言われたその言葉を、私は今でも忘れない。
父と一度別れた後に、新天地での生活を始めようとした矢先に私を妊娠したのだと言っていた。
その後、成長に伴って色々と理解が深まった頃に、私はドロドロとした環境下に生まれ落ちたのだと悟った。
頭の中で漠然と「私は邪魔な存在だったのかもしれない」と思うようになったのだった。
私ができなければ、母は円滑な人生を再スタートできたかもしれない。その権利を奪い、よりを戻させてしまったのが私の生まれながらの業なのだ、と。

 親に対する恩義はある。育ててもらったし、教材を買い与えてもらったし、私立の大学にまで行かせてもらった。両親なりの愛も受けてきた。
それなのに私は、その成果も出せず、社会にも溶け込めず、疾患を患ってつまずいてしまった。親からの恩恵に見合う人間になれなかった。
就職もままならないことを両親に伝えた際の、父親と母の失望した表情とその時の言葉は、深く心に焼き付いて離れない。
「「育て方を間違えた」」


 …もしタイムマシンがあったなら、私は迷わず過去に戻るだろう。
そして父と母が出会わない世界を望むだろう。
円滑に事が運んだ世界線は、今よりきっと良いはずだ。
未来が変わることで今の自分が消えてしまっても一向に構わない。

 私がこの世に生まれ落ちなければ、生きづらさを覚えることも、醜い姿を晒すこともない。
他人の手を煩わせて迷惑をかけることもなくなる。
私の存在そのものが消えてしまえば、全てが丸く収まっていた、そんな風に思えてならない。

 今のところ、自ら命を絶とうとは思っていない。
痛いのも苦しいのも嫌いだし、厄介な後処理で面倒をかけてしまうから。

 今はせめて悪夢の世界の中で、どこまでも青く澄んだ水の中に身を投じて、きらきら輝く水面を眺めながら、どこまでも、どこまでも深く沈んでいきたい。
そんな夢を見ながら安眠とは程遠い夜は過ぎていくのです。

感想1

一つの作品のような文章だと思いました。非常にまとまっていてわかりやすく、描写と気持ち、そして表現のバランスもよく、あなたが文中で書いてくれた「言葉を沢山を知っていて」「知識を得て」を実感できるものでした。ただ、あなたの経験上、沢山知っている言葉も得た知識も「ても」という助詞で続き、現実には役に立つのではなく、あなたを苦しめてきた様子がわかりました。インプットが得意でも、アウトプットに苦手さがあり、そのギャップが厳しい現実をもたらしたのだろうと推測しています。上手くできないことはそれだけでも、十分につらいことがあると思いますが、そのことを頭で十分にわかってしまうからこそ、余計につらく、惨めな気持ちにもなるのだろうかと想像しています。
あなたの経験談を読んで、この社会に強く根付いてしまっている能力主義とルッキズムについて考えています。ある程度、そうした価値観や発想があっても仕方ない(考え方は多様なので)とは思いますが、それがすべて、それが正しいという権力を持つことが私たちの社会を不幸にしているというべきか、可能性を狭めているというべきか、個人の権利を侵害しているというべきなのか、いろいろと思うところがあります。
最初に書いてくれた「どす黒い」という表現がひょっとしたら、ふさわしいのかもしれません。あなたは存在として消えてしまいたいと書いていますが、不思議と自分を否定するような思いが伝わってこず、むしろ優しく柔らかく、今の社会の闇を批判しているような強さを感じました。最後の描写も痛烈に社会のどす黒さと取り戻したい人間の本質的な可能性を明確に対比しているように思えて、想像を膨らませていました。
タイトルが「タイムマシンがあったなら」ということで、あなたは自分の起源にさかのぼり、別の世界を想像していますが、私はこんな世の中になってしまった社会の起源にさかのぼってみたいと考えていました。いつどこに戻って、何をしたらこの世界は変わるでしょうか?意見を聞いてみたいと思っています。

感想2

読ませていただきました。自己理解や気持ちの整理を、言葉や知識で武装する形で行うことで、思うようにいかない場面や、相手との間に生じる違いを解釈・消化し、生きるために(心が死んでしまわないために)どうにか飲み下してきたのかなと想像しました。しかし、たとえ理解はできたとしても、行動として反映させられるかどうかは別ですし、何よりこの社会は結果主義で、「出来ればよい」逆に言えば「出来ないのは悪・価値がない」とされてしまう。結局、お互いにとって都合の良い歯車を求め合っているだけなのではないかと考えてしまう事が、私はよくあります。個人の価値って、個性って、いったい誰が測れるのでしょう。あなたにとってはきっと、一番身近(かつ逃れがたい)な学校や家族が「社会」であり、そこでの評価基準はなかなか覆らなくて、根深い生きづらさを形作っているように思いました。
「思考する」「言語化する」という行為は、あなたにとってすごく意味を持つ、ある種の生きる術なのかもしれません。しかし同時に、考えることを放棄できない生きづらさもあるのかもしれないと、文末の言葉から感じ取りました。死や、自分について語ることを否定しない死にトリが、少しでも心休まる場になればと願っています。投稿ありがとうございました。

お返事1

ご一読いただいたこと、そして真摯にこの拙い文章に向き合ってくれたこと、とても深く感謝いたします。

能力主義やルッキズムは、それによって正当な評価を受け、救われた人が居ることもまた事実です。それらを否定しようとは思いません。 私がその一般のラインに到達出来なかった、ただそれだけなのだと感じています。
そのため、タイムマシンがあったとして、私は歴史を大きく変えることをしようとは考えないと思います。
ただ、本当に私自身の存在さえいなくなればそれでいい…
…ちっぽけでどうにもならない考えではありますが、それに囚われてしまいそうになるのです。

また元々、この経験談はもっと長いものでした。割愛いたしましたが教師からの体罰等の不適切な指導や虐めがトラウマとなり、それを悪夢として今も尚見続けている…というものです。
そんなどす黒く淀んだ悪夢の合間に見る、「澄んだ水に溺れる」という、私にとって解放にも近い「死への渇望」がそう見せているように思えてならないのです。

長文失礼いたしました。
この経験談がどなたかのお役に立つものとなれば幸いです。

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