愛されたいと、そう思った
誰かの唯一になりたいと、そう願った
ときどき無性に
寂しくなる
苦しくなる
きっと私はいてもいなくてもいいと、わかっているから。世界から、みんなから、消えていいと言われた、そんな気がしてしまうから。
愛を渡しても、かえってこない。
自分すら愛せない、そんなやつの歪な愛。
きっといらない。
グループになるとき、道を歩くとき、疎外感。
友人はいるけれど私は1番には選ばれない。
代替品。キープ。数ある中のひとつ。
誰かの唯一になんて、なれやしない
それがとてつもなく苦しい。虚しい。寂しい。
すべてを、否定されたことがある。
夢、生き方、努力、性格、過ごし方、経験…
積み上げてきたものが崩れてしまったような
心がバラバラに砕けてしまったような
あのときは本当に苦しかった。
暗い、くらい中で
水の中にいるようで
頭と視界には常にモヤがかかっていて
身体中に重りをつけているような
どんどん、どんどんと沈んでいくような
そんな感覚。
解決方法も分からずもがいて、あがいて
なんとか抜け出せたと思ったけど
私は何も持っていなくて
ずっとなにかが足りなくて
空っぽで。
ずっと、ずうっと探してる
誰かの求める「私」でいたい
あなたの求める「私」でいなきゃ
そうじゃなきゃ一緒にいていいのか分からなくて
どんな言葉を望んでいる?
どんな反応が欲しい?
わたしは、昔の「自分」を探して
あなたの望む「私」を考える
きっと小学生が1番自分だったから
中学生の時から壊れてしまったから
あのときの、私なら、なんて答えるかな
そんなことを考えて話す
私が輝いていたときの自分
私が望む自分
あなたの望む私
人と話す時はもうフィクションだ
ほんとの私は置いてけぼり
そんなんだから心の内なんて話せなくて
自業自得だけど
苦しくて
惨めで
孤独で
つらくて
でも
また否定されるのも、
嫌われるのも怖いから
きっとこのまま変われない
もやもや、ぐるぐる
きもちわるい
静かに、消えられたらいいのに
死にたいと、消えたいと、生きていたくないと、心でどれだけ思っても実行しなければ。明日も朝起きて息をするんだろう。朝から晩までずっと疲れて眠って…
なんかもう、しんどいな
感想1
静かな詩のような響きを感じながら読みました。私も生きるのが苦しい時、ぽつりぽつりと思いを言葉に託して書くことがあるので、内容や感じ方は違えど、自分の言葉を打ち明けることの手触りはどこかわかるような気がしています。それは今目の前で起きている事象や自分の心の動きをどうにか取りこぼさず、向き合おうとしている姿のようにも思えますし、「今ここにある自分」を肯定しようとする言葉たちにも思えました。
中学生というまだ自分が何者か探り探りの時期に、頭ごなしにすべてを否定されるという経験は、言葉で表す以上の衝撃と痛みを伴うものだと思います。それまでに積み上げてきた「自分」の欠片が掴めなくなるだけでなく、「誰か」の評価が自分の中に強く刷り込まれて逃れられなくなるきっかけでもあったのかなと想像しました(私のきっかけはいつだっただろう、と考えてみると心当たりがたくさん出てきてしまいました…。)
日々の中で「自分らしさのようなもの」を探していくことも難しいですが、それ以上に「これが自分(らしさ)である」と自分で認めることの方がずっと難しいなと感じます。それらしきものが見つかっても「”誰か”に認められないと」という思考が先立つのは、ものすごく息苦しいことだと思います。
私が印象的だったのは、「心の内」という言葉が使われていたことでした。今回書いてくれたような考えや感情のことを指しているのかなと推測しています。
個人的に、「誰か」と話したり関わったりするときの自分の姿や話す言葉と、「自分」が心で思っていること・抱えているものが分かれていることは大事なことだと思っています。本当の「自分」は、「誰か」の目があるところにはほとんど無いと考えているからです。「誰か」といても自分らしく振舞えているように見える人もいるし、「自分」が抱えているものを受け止めてくれることに意味があるという考え方もできますが、それらはつまるところ「誰か」の評価の範疇を出ていないのではないかな、と思うのです。なので投稿者さんに「人に言えない心の内」があるのはとても自然で、「自分」を取り戻そうとしているからなんじゃないかと私には感じられました。