高校時代の話です。
私のことをいじめていた教師に首を絞められ、発作を起こしました。救急車は呼ばれましたが、他の教師が救急隊員の前で私を嘘つき呼ばわりし、病院には行けず歩いて帰らされました。
その日のうちに親に連絡が入り、真に受けた親からも20代半ばまで、暴言等の心理的虐待を受け、正直散々な人生です。
今はその人たちとは距離を置いていますが、もう疲れてしまいました。
でも死ぬ勇気はなく、なんとなくなんとなく先延ばし先延ばしで生きてきました。
生きてきてちょっとずつ良いことにも出会いはじめました。
多分、私は疲れたままで生きていくと思います。
でも、少しだけ幸せに出会いながらのんびり生きていくとも思います。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
終わったことだけど
感想2
過去の出来事は事実として過ぎ去ってしまっているけれど、あなたの心では未処理のまま、「なぜこんなことになってしまったのか」とまだ心の奥底に今も消化しきれない感情があるのだと思います。それは、いつか消化できるものなのか、もしかしたらずっとしこりのようにあるのかはわからないけれど、それを抱えながら今日まで生きてきた時間を、今のあなたを労ってほしいな、と思う私がいました。
出来事に関しては、たくさんの大人が関わっているのに、対応全てに「何故?」と思うばかりだし、誰か一人でもあなたの味方になってくれていたら・・という思いが強くなってしまいます。
疲れながらでも、小さな幸せを感じて一歩一歩進むあなたのこれからが、どうかあなたらしいペースで過ごせる明るいものであって欲しいなと願っています。
感想1
過去の苦しみ、悲しみ、痛みってどれだけ時間が経っても忘れることは難しい、忘れようとしても何かの拍子に思い出してしまうものだと個人的に思っています。自分自身も時々過去の出来事に苦しくなることがあります。そんなときは「今の自分」を軸に考えてこの先を想像するようにしています。(私はそれでだいぶ楽になれています)
被害を受けた側なのに、周りの大人によって辛い経験に至った心の傷は、私には想像できないほど苦しかったのではないかと思いながら読んでいました。受けた傷で周りが信用できなくなる、関わることが怖くなるなどもあったのかなと想像してしまいました。
そんな中でも、少しづつ「良いこと」にも出会えているという文字をみてホッとした自分がいます。これからの人生で、何回でも幸せだと感じられる時間、出来事にめぐりあえたらいいなと思いました。