経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自己肯定感をあげること、人と関わることの怖さ

私は幼い頃から人と比べられて生きてきました。
学生の頃は幼い頃の親や友人たち、社会人になってからは当たり前に働けている社会人と。

私は発達障害と慢性的な抑うつをもって居ます。
社会にとっての当たり前は、私にとっては苦労してよじ登って乗り越える高い高い壁です。
皆と同じ速度で進むために、周りが歩く中ひとり全力疾走をする必要がありました。
ありのままを褒められた経験がないため、周りを見て、褒められている人の「いいところ」を盗んでは身につけてきました。それでも誰にも褒めてもらうことはできなかったし、母には「産まなきゃ良かった」とさえ言われました。

私も自分が生きている意味のある人間だとは思いません。
ひとりで全部抱えて、上手くいかなければ努力不足として自責で抱え込むのが、辛さはあれどいちばんシンプルで1番楽でした。

最近関わっているAさんが相談に乗ってくれるようになりました。人に甘えること・頼ることが下手な私を知っているので、遠慮は全部とっぱらって投げてきていいよと言ってくれます。
私もなるべく全てをAさんに打ち明けるようにしていますが、負担が集中していないか、無理をしてるんじゃないか、そして私はAさんに依存しすぎているのではないかという不安が常にあります。

人と関われば関わるほど大切になっていって、大切になればなるほど失うのが怖くなります。
Aさんが居てくれることへの安心感が大きいだけ、居なくなった時の不安も大きくて、ありがたさと辛さが常にあるのがしんどいです。
これまでは全部ひとりで抱えていられたのに、Aさんに相談するようになってからひとりで抱えることが辛くなってしまい、弱くなったなと思ってしまうこともつらいです。
いっそ大切に思う人などできなければ、1人でも平気で居られればこんなに苦しまないのに。

Aさんは私が相談する度に「その環境なら仕方ないよ」「でもここはできてるじゃん」「ちゃんと前に進めてるよ」と、受け止めた上でAさんの言葉で思ったことを伝えてくれます。慣れないですがとても有難く思っています。
ですが素直に受け取れません。受け取ってしまったら弱い自分を受け入れることになるし、自分の努力不足として自責で処理できていたものに矛盾が生まれてしまうから。今までの価値観と対極のものを受け入れて変化できるだけの勇気と精神力が持てません。

相談に乗ってもらってる分何かしらの結果を出して恩返ししなければと思うのに、行動に移す勇気も、死ぬ勇気も出せないんです。
Aさんに死にたいと伝えたら、少なくとも自分が相談を受けてる間は死なないでくれと言われてしまいました。暖かい言葉であると同時に、とても重い枷になっています。
離れればこの枷は外れますが、今の精神状態でAさんから離れたら私は、Aさんと出会う前よりもボロボロになってしまう気がして本当に怖いです。
人と関わることは価値観を共有し場合によっては矯正していくことだと思っています。
年齢の分だけ積み重ねて染み付いてきた価値観が崩れるのが、怖くて怖くて仕方ありません。

感想1

人と出会い、投げかけられたことのない温かい言葉を受ける中で、どう受け止めたらいいのかという戸惑いと、あなたの中で湧き起こる整理のつかない感情が伝わってくるようでした。

「ありのままを褒められた経験がない」ということがあなたの人生に大きく影響していることを感じたのですが、自分を叱咤しながら周囲に合わせるために全力疾走することで、自分の価値を感じようとしてこられたのかもしれないなと想像しています。認められるために自分ではない誰かになることを、続けてこられたのかもしれません。

いちばんはじめは親に褒められたい思いがあったのではないかな、と思ったりするのですが、小さい頃のあなたが褒められたくてした努力が報われない(褒められない)ことが続くことで、受ける影響はとても大きいものなような気がします。満たされないものを常に抱きながら、「産まなきゃよかった」というとても強烈で深い傷を負う言葉はいつ頃言われたのだろうか、またあなたの幼少期の親御さんの様子も気になりました。あなたに対してとても厳しかったのか、あるいは関心を向けてもらえなかったのか・・。

家や家族で満たされない思いが募る中で、次に広がる子どもの社会、学校の中に自分の居場所を見つけるために、人の「いいところ」を盗んで身につけることがあなたの身の守り方だったのではないかなと想像します。その裏側には、どこかとてつもない孤独があるようにも感じたのですが、それは自分で自分の身を守るしか選択肢がないようなそんな寂しさかもしれません。それは籠城のような強さも感じるし、とても繊細で脆さもあるあなたの心の城であるようにも感じます。

「うまくいかなければ努力不足として自責で抱え込むのが、辛さはあれどいちばんシンプルで一番楽でした。」という言葉がとても印象的であなたの人柄を感じるようでもあったのですが、社会に出てからのあなたがどんな風に過ごしてきたのかも、想像では補えないものがあるような気がしています。発達障害と抑うつの診断を受けてからも、あまり周囲も暮らしも変わらなかったのだろうか。人に頼らず、自分でなんとかしようと常に限界のような状態で過ごされてきたのだろうか。

ここまで言葉にできるようになるのにも、とても簡単なことではなく時間のかかることだったろうなと思います。強さと脆さの間で、作り上げてきたあなたの砦が、Aさんの存在によってこれまでが揺るがされるような思いでいらっしゃるのは、無理のないことかもしれないなと感じています。誰も入れなかった心の城に人が入ってしまった時の驚き、初めてのことなら尚更、全ての感情が対処に困ってしまうのも自然なことかもしれません。

勇気と精神力が持てないと書いてくださいましたが、あまり無理をしすぎず、あなたのペースで向き合っていて欲しいなと感じます。人の優しさや温かさがありがたくも、しんどい時もあります。「今、自分がしんどいので、少し時間が欲しい」こともわかってくれるといいけど、それを伝えるのも勇気がいることだったりするかな。

少なくともあなたが死にたいほどの辛さを抱えていることを、ここではそのまま受け止めたいという気持ちになりました。Aさんといても、いなくても、大丈夫と思えるあなたの状態の支えのひとつに小さくてもこの経験談がなればいいなと思います。

感想2

生きてきた世界観が壊れてしまうことの怖さを、それでも真正面からとらえているような、実直さや誠実さのようなものが伝わってくる経験談だと思いました。怖いことを怖いと言えることは、なかったことにするのでなく、あなたがあなた自身の心をしかと受け取っているからこそのように思っています。
私たちは幼少期からの家庭、学校と社会環境の中で、自分の生きる人生と世界をどのようなものととらえるか学びながら大人になります。それはほとんどの場合選びようのないもので、自分の中に内面化した「当たり前」が本当は普遍的なものでもなんでもないことにすら、気づくのにはとても苦労することが多いように私は感じています。一行目にある「人と比べられて生きてきました」という言葉自体も、そうじゃない可能性があったことを知り、絶対ではないことを頭で理解して、はじめてあなたの目の前に現れた表現なのではないかと思いました。
子どもやマイノリティの側に置かれるとき、私たちに自由になることは本当にすくなく、厳しい現実の中に身を置いていてもなにひとつ対処が見当たらない中では「自分が悪い」と自己責任論を肯定し、自分の認識を変えることがたった一つの対処になってしまうことがすくなくないと思います。その意味で、抱えることが「辛さはあれどいちばんシンプルで1番楽」というのはとても頷ける話だと思いました。ただ、自己責任論はたいてい強いものから押し付けられ内面化されていく構造の上で成り立つものなので、それ自体が大きな問題だとは思うし、その世の中の方がいますぐに変わってほしいと思う気持ちにもなります。
状況をジャッジするのではなく受け止め、その上で自分の言葉で思ったことを伝えてくれるということが、Aさんという個人の個性や資質によって成り立つのでなく、当たり前にそういう安全なフィードバックを交わし合えるような文化はつくっていけないものなのか……と考えていました。それが当たり前の文化や環境になれば、個人に依存する不安を感じる必要もなく、安心していられるのではないかと、綺麗事かも知れませんが、そんなことを思ってます。
私自身も発達障害と気分障害の診断を受けていて、世の中の「普通」に合わせようと無理することが自分を損なうことに直結しすぎているという実感があります。だけど知らず知らずに染み込んだ世の中の論理を自分から引き剥がすことは(その論理がいかに自分を傷つけるものかわかっていても)、痛みをもらたすものでもあるように思います。
「コペルニクス的転回」という言葉がありますが、地動説から天動説とか、戦時中の戦争万歳から平和のための反戦に世論が変わったときとか、時代の変化の中で自分の人生を否定されるような衝撃を受けた人はたくさんいたのだろうかと想像しています。
私自身の経験では「これは暴力だった」「自分は傷ついてきた」という発見をしてしまう中で過去との不整合が広がり、怒りや苦しみ、フラッシュバックなどが苛烈になった時期があり、それが落ち着いた今となっては、そういうフェーズは必要だったのかもと思うのですが、当時はままならない自分の状況に絶望した記憶があります。
周りでも、すこし安心できる、過去の価値観を絶対視しなくてもいい余地が生まれる状況になって、一時的にうつ状態やトラウマが強くなったりするのをみたことがあり、このときのしんどさを減らすことはできないのかな……とよく思っています。そのひとつは、だれかに話したり壁打ちみたいにブログにしたりノートに書き殴ったり、苦しさを表現することで発散することなのかなとは思っています。もしかしたら、あなたがあなたの恐れを言葉にして投稿くれたのにも、似た要素はあるのかもしれません。私の場合はとにかくいろんな物語を読んだりみたりして逃避したり、だれかのすこし自分に似たところを探したりということもしてきたのかなと思います。きっと対処法はたくさんあるけれど、だからといって全部きれいには解決はしないのがむずかしいのですが……。
人間は思考し、そこにないものまでありありと想像する力を持つからこそ、自分で自分を縛ってしまうむずかしさも持っていて、だからこそ、他者は自分の外部である恐ろしさを持つ存在であると同時に、それをほどいてくれる可能性も持つものなのだと思っています。経験談と感想というやり取りの中でも、あなたの実感から発せられた言葉だから、私一人では感じられない私自身の実感に触れ、また言葉にしていく機会をもらっているなぁと思っています。あなたの切実な感覚と思考を共有してくれてありがとうございました。

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