経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
自分を大切にできない。
そもそも大切にするやり方を知らない。
今日に至るまでずっと自分で何とかしろ頼るなと言われ続けてきて、今になって人に頼ることができない。
本当は助けて欲しい。けど頼ったら迷惑をかけてしまうし、それによって相手の負担を増えてしまう。そんなことをしたら自分のメンタルにもまた重くのしかかってしまう。
また迷惑をかけてしまった。また自分で何も出来なかった。と。
年齢が上がるにつれて、体調不良が増え体も色々と悲鳴をあげている。
酷い風邪をひいて休み、治ったかと思えば今度は体のどこかが動かせないくらい痛い。食べ物や生活環境、運動習慣など気をつけて1年ほど経つが一向に改善しない。
これはストレスが原因なのだろうか、それとも自分のやり方が間違っているのだろうか。
そう考えてるうちに今日、「あ、もういいや」という気持ちになって何もかもやる気がなくなってしまった。
お風呂も入れない、歯も磨けない、食べ物も食べたくない、寝てるだけで無気力。
風邪になって会社の人に無理をいい、3日ほどお休みを頂いたが治らず明日出勤しないといけない。
本当は休みたい。長期で休みたい。
けどそれを言うと、失望されたりなにか言われたり負担をかけたりしてしまうなど思い込んでしまう。
また迷惑をかけてしまう。そう思うと言い出せずに我慢してしまう。辛いと思いながら仕事をする。
それを辞めたい。けど辞められない。失望されたり迷惑をかけるくらいならもう仕事をやめて離れたい。
けど自分には奨学金など支払うべきものが沢山ありすぎて働かないと生きていけない。
それにストレスで暴飲暴食をしたりいらないものなのに買ってしまったりしてお金も苦しい。借金もある。
八方塞がり状態で人生を諦めてしまった。
もういっそ消えてしまいたいと思うが、借金が例えば親族(親や兄弟)に及んでしまうならそんな迷惑なことはできない。
死にたいけど、色々な人のことを考えると死ねない。だったら1度心が壊れた時に死んでおけばよかったと心から思う。
その時ならまだ迷惑をかけずに死ねると思ったから。
けど今は死にたい。消えたい。ひとりでどこかさまよってそのまま消えてなくなりたい。
色んなことに勝手に縛られているだけだけどその縛りが死ぬことすら許さない。そういう心とか考え方だから何も出来ない。
死のうと思っでも動けない。消えたいと思っても動けない。体は痛いし風邪も酷い。だけど仕事には行かなきゃ迷惑をかけるし。
なぜこうなってしまったのだろう。
30代にもなって何も出来ない社会の、人間生活のゴミみたいなのがどうやって生きていけばいいのだろう。
周りの人と比べて価値観とか考え方とか物事の捉え方とかも20代になってから違うんだなって気づき始めてから人間関係も上手くいかない。
色んな不安要素が今日爆発したのか、何も考えられない。寝れないし目の前は白黒だし。
ここに何を書いているのかすら覚えていない。
電話も怖い、LINEも怖い。話すのも怖い。
だから頼れない。
抱え込むことしかしてこなかったから、頼り方が分からない。
何かの病気で明日死んでしまいたい。
死ななくても、どこかに逃げてそのまま誰にも会わずにひっそりと消えていきたい。
甘えたいし休みたい。けど自分自身が追い込んだ結果何も出来ない。
自業自得の人生だなって思う。
前に心を壊した時は、会社の上司にそんなの気のせいだとか動けない体なのにお前の事だろやれよと言われやっぱり人に迷惑をかけないと生きていけないのだと強く思ってしまってそこから一段とそう思ってきた。
そんなことないと言ってくれる人も、裏では迷惑だと思ってるんだろうなと疑ってしまう。
何も信じれないから頼れない。
どうやったら消えれるのだろうか。
どうやったら死ねるのだろうか。
どうしてこんな人生になってしまったのだろうか。
感想1
電話やLINEも怖いとのことですが、勇気を出して経験談を投稿してくれたのかな?と思いました。もしかしたら、辛すぎて感情のままに書いてきてくれた可能性もあるかもしれませんが…。いずれにしても、ここに投稿してくれたのは、「頼る」の第一歩なのかなと思いました。
「自分で何とかしろ」って言われ続け、人に頼ったり、自分を大切にしたりする方法を知らないとのことだったかなと思います。そういうときって、「自分ひとりでなんて無理だよ」って不安を感じながら生きていたけれど、でも結局なんとかしてしまったのかなと思います。
今のあなたが形成されるまで、あなたはどんな気持ちで生きてきたのでしょうか。いつから誰に「自分で何とかしろ」と言われ続けたのかは経験談からは分からなかったのですが、学校や今までの職場で、ずっと一人でなんとかしようとしてきたのかなと感じます。
きっと「本当は助けて欲しい」というのが、あなたが長いこと抱いてきた本音に見えました。でも、それを抑圧してここまで来たのかなと思うと、どんなに心細かっただろう、どんなに苦しかっただろうと、あなたの人生の苦しさに気が遠くなりそうな…そんなふうに思います。
「失望されたくない」「迷惑かけたくない」という恐怖や不安と闘ってこれまで生きてきたのかなと経験談から感じられました。それは張り詰めた糸のように、ピンとあなたの中に張り巡らされている印象を受けました。
仮に迷惑をかけたり、迷惑と思われたりしたときに、あなたが一番怖いと感じることってなんだろうと疑問に思います。もしかしたら、迷惑をかけるのは良くないことであるという絶対的なルールのようなものを常に持ち続けているからなのかもしれませんが…。
「迷惑」って概念は、個人的に難しいものだなと思います。自分としては迷惑かけたくないからしたことが逆に迷惑になることもあるので、難しいです。「ありがた迷惑」って言葉もあることから、迷惑の基準ってそもそも1つじゃないし、いろんな人がいろんな人に迷惑をかけてきたのかなと思います。かく言う私もできないことだらけです。友達との約束をドタキャンして迷惑をかけたこともあります。
でも、もしかしたらこう言っても「でも、自分が人に迷惑をかけることはやっぱり許せない」って思うかもしれません。自分のことを許すとか受け入れるとかって、言うのは簡単かもしれませんが、難しいなって自分は思います。
「自分が迷惑をかけるのは良くない」って言っていても、他者に迷惑をかけられるのはOKな人を見たことがあるのですが、その人はなんで他人のことは許せるのに、自分のことは許せないんでしょうね…。自分のことが嫌いなのに、なんだか理想が高くて、人のことばかり優先しているからなのでしょうか…。
あと、この経験談を読んで思ったのは、「頼る」って、教科書とかがなくて、「なんかよく分からないけど勝手に覚えるもの」みたいな扱いなのかなと思いました。「勝手に覚える」ってなんだ…と思いはしますが…。そう思うと、逆に「頼るの上手い人」ってどう頼ってるんだろうと思います。
ちょっとしたことなんですけど、今日私は人に頼りました。協力して考えないといけないことがあったときに、自分はあまり良いアイデアが思いつかなくて、他のメンバーに質問しました。そしたらメンバーがとても良い案を出してくれて、そこからアイデアを広げたり、整理したりしました。
お互い頼ってもいいっていう安心感がそのチームにあったのかもしれないと思うのですが、あなたは「何も信じれないから頼れない」と書かれている通りの状況なのかなと思いました。
前に心を壊したときに会社の上司に冷たいことを言われたようですが、仮に社会がそういう冷たいものであるなら、「何も信じれない」と感じるのは頷けます。でも私としてはあったかい人もきっといるんじゃないかと思いますし、そうであってほしいです。
感想2
私も、人に頼ることがすごく苦手です。中学でも高校でも大学でも、「人に聞く前にまず自分で考える、自分で調べること」「何かくださいはナシ、明確な質問や相談にすること」「人に頼む前にまず自分でやってみること」など言われてきました。それは確かに大事なことだと私も思っているのですが、良いのか悪いのか、私は割と情報収集力がある方で、大概のことは調べて結論を出すことができたので、人に聞いたり、人を頼る術を学ばずに大人になってしまいました。なので、「自分だけで抱えられる量」がわからないし、「人を頼った方が良い」ラインもタイミングもわかりません。「なんだかわからないけど困っていることだけは確か」というときは相談できずにいました。あなたも同じように、大変だったとしても、なんとか自力でこなすことができてきたのかなとイメージしています。
人を頼ること全てが迷惑なわけではないし、頼る=自分が不出来というわけでもないのに、誰かを頼るということにはすごくハードルを感じてしまいます。言われ続けてきた言葉や、印象的な言葉が自分の中に強く残り、それらが頼ることを妨げていると感じます。また単純に知らないからできない、というのも多いにあると思います。
一方で、迷惑かどうかは相手次第だし、誰かから何か頼まれたとき、(自分がそうであるように)全てが迷惑だとは思わないのではないかとも思います。迷惑だとしても 迷惑をかけずに生きられる人はいないし…と考えられる自分もいるのですが…習慣から抜け出すというのは簡単ではないなぁと実感しているところです。
何もかもを自分でこなさなければと思うと、それだけで重たいものを背負っている感覚があるだろうし、そのしんどさが体に現れたり、何かしらでその不足を埋めようとするのかもしれません。私も奨学金の返済があるし、ストレスで消費や暴飲暴食に走る傾向があるのですが、本当に必要なのは休息だけど今は休めない、そんなときに消費や暴飲暴食が一時的に疲労感を軽減してくれるような…そんな効果があったりするのかなと思いつつ、やっぱりしんどいのはしんどいよなとも思います。
この投稿のように、まず弱音を吐いたり、本当はこうしたい、という気持ちを発信するのは、「全部ひとりでこなす」「丸投げする」「諦めるか」という極端な選択ではなく、非常に健全な方法だと思います。その先に、「できること」「できないこと」「できるけど負担の大きいもの」「誰かにとっては全然負担じゃないもの」「誰かにとっても頼りにくいもの」などの仕分けや分担がありそうな気もしました。
感想1
電話やLINEも怖いとのことですが、勇気を出して経験談を投稿してくれたのかな?と思いました。もしかしたら、辛すぎて感情のままに書いてきてくれた可能性もあるかもしれませんが…。いずれにしても、ここに投稿してくれたのは、「頼る」の第一歩なのかなと思いました。
「自分で何とかしろ」って言われ続け、人に頼ったり、自分を大切にしたりする方法を知らないとのことだったかなと思います。そういうときって、「自分ひとりでなんて無理だよ」って不安を感じながら生きていたけれど、でも結局なんとかしてしまったのかなと思います。
今のあなたが形成されるまで、あなたはどんな気持ちで生きてきたのでしょうか。いつから誰に「自分で何とかしろ」と言われ続けたのかは経験談からは分からなかったのですが、学校や今までの職場で、ずっと一人でなんとかしようとしてきたのかなと感じます。
きっと「本当は助けて欲しい」というのが、あなたが長いこと抱いてきた本音に見えました。でも、それを抑圧してここまで来たのかなと思うと、どんなに心細かっただろう、どんなに苦しかっただろうと、あなたの人生の苦しさに気が遠くなりそうな…そんなふうに思います。
「失望されたくない」「迷惑かけたくない」という恐怖や不安と闘ってこれまで生きてきたのかなと経験談から感じられました。それは張り詰めた糸のように、ピンとあなたの中に張り巡らされている印象を受けました。
仮に迷惑をかけたり、迷惑と思われたりしたときに、あなたが一番怖いと感じることってなんだろうと疑問に思います。もしかしたら、迷惑をかけるのは良くないことであるという絶対的なルールのようなものを常に持ち続けているからなのかもしれませんが…。
「迷惑」って概念は、個人的に難しいものだなと思います。自分としては迷惑かけたくないからしたことが逆に迷惑になることもあるので、難しいです。「ありがた迷惑」って言葉もあることから、迷惑の基準ってそもそも1つじゃないし、いろんな人がいろんな人に迷惑をかけてきたのかなと思います。かく言う私もできないことだらけです。友達との約束をドタキャンして迷惑をかけたこともあります。
でも、もしかしたらこう言っても「でも、自分が人に迷惑をかけることはやっぱり許せない」って思うかもしれません。自分のことを許すとか受け入れるとかって、言うのは簡単かもしれませんが、難しいなって自分は思います。
「自分が迷惑をかけるのは良くない」って言っていても、他者に迷惑をかけられるのはOKな人を見たことがあるのですが、その人はなんで他人のことは許せるのに、自分のことは許せないんでしょうね…。自分のことが嫌いなのに、なんだか理想が高くて、人のことばかり優先しているからなのでしょうか…。
あと、この経験談を読んで思ったのは、「頼る」って、教科書とかがなくて、「なんかよく分からないけど勝手に覚えるもの」みたいな扱いなのかなと思いました。「勝手に覚える」ってなんだ…と思いはしますが…。そう思うと、逆に「頼るの上手い人」ってどう頼ってるんだろうと思います。
ちょっとしたことなんですけど、今日私は人に頼りました。協力して考えないといけないことがあったときに、自分はあまり良いアイデアが思いつかなくて、他のメンバーに質問しました。そしたらメンバーがとても良い案を出してくれて、そこからアイデアを広げたり、整理したりしました。
お互い頼ってもいいっていう安心感がそのチームにあったのかもしれないと思うのですが、あなたは「何も信じれないから頼れない」と書かれている通りの状況なのかなと思いました。
前に心を壊したときに会社の上司に冷たいことを言われたようですが、仮に社会がそういう冷たいものであるなら、「何も信じれない」と感じるのは頷けます。でも私としてはあったかい人もきっといるんじゃないかと思いますし、そうであってほしいです。