経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

悩みを聞いてもらう場所はあっても共有できる人がいない

自分は
◯中等度難聴
幼い頃から難聴で、小学校6年生の時に補聴をつけることになった。それまではクラスの話題についていけなかったり、気になる話題が聞こえなかったり、こそこそ話ができなかったり、入ってくる情報が少ないがために起こる障害みたいなものが生まれてたし、それは自分の性格もあって補聴器をつけてもあまり改善されなかったように思う。

◯発達障害(27歳の時に発覚)
3歳上の兄は2歳の時に発達障害であることがわかり、適切な対応をされてきた。しかし、自分は”そうではない”とされてきたので、普通の子と同じように育てられた。
なぜか同級生と同じようにできない、落ち着きがない、好奇心旺盛で衝動的に動いてしまう。
そんな変な私をうざがる人が一定数出てくるが、聞こえないので察知することもなく余計悪化する。

◯過干渉な母と無関心な父
幼い頃から単身赴任ばかりの父は、知ってるけど知らないおじさん状態。常に気まずい。しかし、そんなことにも気づかない父。定期的に帰ってきては接待されることに喜ぶ。が、自分大好きおじさんなので、子どもにあまり興味がない。ただ、お金のことで苦労をしたことがないことは恵まれていることだとは思う。
その反面母は常に子供達を見張っている。門限は絶対。今何してる?報告メールは絶対、返ってこないなら鬼電。鬼電で電池が切れる。連絡ができず返ってから怒られる。うちに友だちを呼んで遊べたのは小学生3年生ぐらいまで。限られたメンバーだけ。それ以降は鎖国。
結局入る部活も、受験する学校も、入る会社も住む家も全部母が決めたところ。受験で期待に応えられなかった時は「あなたのことは諦めた」と心底残念そうに言われたし、「育て方間違えた」とも言われた。
兄に期待できない分、私に期待を向けられていることは無意識に感じていたし、自分なりに応えようともしていた。

一人暮らしを始める時、母と約束した。「合鍵を渡すけど、来る時は必ず連絡してね」何度も何度も言ってから合鍵を渡したから、覚えてくれていると思った。1年半ほどで、帰ったら母が家にいた。心底落ち込んだ。

◯自分の部屋がない実家
実家はマンションで、わかりやすく言うとリビングとダイニングと寝室を兼ねたちっこい部屋とキッチンともう一つのちっこい部屋とそれぞれの部屋にロフトがついてるみたいな、変な構造の家。
だから自分の部屋はない環境で兄弟で育った。思春期なんて地獄。イライラしてたって誰かがそばにいる。外に出ようという選択肢はそもそも浮かばない。だって鬼のように怖い母がいるから。めんどくさい。

一人暮らしでやっと自分の城ができたと思ったけど、母の城でもあった。

◯転職
入社の挨拶をした瞬間に「この会社向いてない」と直感が働いた会社で無理やり1年半働き、メンタル崩壊してやっと両親の許しを得て退職。アルバイトをしながら転職活動。面接に2時間?かかった場所に違和感を感じながらも採用してもらい就職。9時から始業と聞いていたのに、実際は7:25から社長のありがたいお話が始まることを入社後に知る。慣れない早朝通勤により、電車内で意識が飛んで倒れるなんてしょっちゅうだったけど、なんでか普通に通ってた。謎すぎる。
母から離れたくて実家から遠い家に引っ越したが、それでも頻繁に会いに来る母。執念が怖すぎた。それでも絶対に合鍵は渡さなかった。
ある日突然働けなくなり、2ヶ月間の休職を経て退職。実家へ戻る。

◯地獄の実家
単身赴任していた会社を定年退職した父が帰ってきており、兄は一度も一人暮らししたことなく、狭い家に初めて4人暮らし。地獄でしかなかった。
なんとか就職し、働くも、今までのメンタル崩壊の蓄積が邪魔をして長続きしなかった。
地獄の実家で、地獄の無職暮らし。

◯空白の4年
行きたかったけど母に拒絶されていた心療内科に、母から行こうと言われる。そこで発達障害であることが発覚する。今までの生きづらさに説明が付くようになる。主治医もつき、カウンセリングにも通い、今まで溜まってたものを話せる場所が初めてできた。
兄が一人暮らしを始めた。

◯初めての障害者雇用
今までの経歴から、問題なく働けると思ってもらえたのか採用してもらえる。4年ぶりに週5日で働くのは、思っていたよりもキツかった。相談によく乗ってくれる上司なので、とりあえずの対応策として週3日にしてもらえた。4月からもう少しで3ヶ月。とても良い環境で働けていると思っている。
しかし、つらい。なぜかつらい。やれる事は全部やったはずなのに。
だんだん朝起き上がれなくなってくる。
主治医によるとうつ症状の1つらしい。

「新しい環境になったことによる疲労だよ」確かにそうかもしれない。
「初めて配慮してもらいながら働くんだから、初めてのことだらけだもんね」確かにそうかも。

なんかしっくりこない。納得できない。
じゃあどうするか?
今までは何か打開策を考えて行動すれば何か物理的に変わったけど、今はもう大きな変化というよりは微調整で、相談したところで…と思ってしまう。
カウンセリングも意味あるのかな?と思ってしまう。

今までは楽しみだったことも全然楽しみじゃなくなって、チケット代もう払っちゃったしもったいないから行くか、ぐらいのテンションで

採用される直前に10年使った補聴器が壊れたので新調したために、借金も残ってるから働かなくちゃいけない。

今までは親になんとかしてもらえたことも、自分でなんとかしなくちゃいけなくなって、うつになって、発達障害で、中等度難聴で、人の顔色ばかり伺ってしまって、、、
そんな似た境遇の人いないかなって、探したいなって思ったけど

中等度難聴って言っても段階はいろいろあるし、私は補聴器なくても聞こえるし話せるから自分でも忘れちゃうくらいのレベルで、同じぐらいの人を探すのは大変だと思う。

うつに関しても色々あると思う。

育った環境だって違う。

結局みんなひとりなんだなって。

もう諦めるしかないのかな。

感想1

最初にこの経験談を読み終えたとき、「似た境遇」の人に出会い、悩みを共有して、わかりあうことのむずかしさを感じました。たとえば「中程度難聴」と言っても、あなた自身が感じてきた大変さの内実はその言葉だけでは語りきれないくらいにあると思います。「発達障害」についてもそうだし、家庭環境などのさまざまなトピックについて、同じことが言えそうです。
私自身も発達障害の診断を大人になってから受けたので、その点はあなたと共通項がありそうです。子どもの頃の馴染めなさや学校でのつらさの背景が、大人になり診断を経てやっとすこしずつわかってきたという点では、近い経験もあるのかなと感じていました。ただそうは言っても、きっと発達障害の特性ということでも、あなたと私で完全に同じ体験をしているわけではないのも事実だと思います。また、私は聞こえの面では一般的な範囲で、聴覚過敏や聴覚情報処理障害などの当事者でもないため、その点でかなりことなる状況にあるのかなと思いました。
私の知人には発達障害+聴覚情報処理障害や聴覚過敏という人はいて、発達障害と聞こえの障害という重なりという点では近い人もいるのかなと考えていました。

そんなことを考えていて、インターセクショナリティ(交差性)という考え方を思い出しました。
複数のマイノリティ性(あなたの場合は発達障害、中程度難聴など)を抱えて生きる場合、それは単に「発達障害と中程度難聴の2つのたいへんさがある」というだけでないことを、インターセクショナリティの概念は示します。つまり、その複数のマイノリティ性が"重なるからこそ"の固有のたいへんさも抱えているということです。そのことはあなたの経験談にも出てきているように思います。
きっとだからこそ、似た境遇の人を探したいというニーズが出てくるし、けれどむずかしい中で孤独を感じる部分もあるのかなと思ったのでした。その中で「結局みんなひとり」というのは一面では事実なのかもしれず、でも別の面から見たらやはり共有できる部分もあるのではないかと私は思ったりもします。私自身はずっと異星人みたいな気持ちを持って生きていて、どこかに、同じ星出身ではなくても、近い星の人はいないかな……と探し続けている気がします。

あなたの文章には母親さんの過干渉がたびたび出てきて、そのことに幼い頃から苦労しつつも、サポートを受けて助かっていた部分もあり、距離感のむずかしさがあるのかなと想像していました。父親さんがほとんどいない環境では、母親さんは一人で育てなければいけないプレッシャーの中にもいたのかなと想像します。それだかといって子どもを過剰に管理していいわけではないですが、もしかしたらそもそも子ども時代のあなたや兄も、母親さんも、本当ならそれぞれにサポートが必要な状況にある人だったかもしれないと思ったのでした。

また、障害者雇用は最近の出来事を書いてくれているのかなと思いました。この部分を読んで、しんどい状況にあることを感じると同時に、あなたが自分のつらさを上司にしっかり相談できていて、またその中で勤務日数を減らす対策をしてみられていたのがとても印象的でした。つらさを積み重ねて生きてきた人の中には、自分の困りごとを人に伝えるのが得意じゃない人も多くいると感じるのですが、あなたは率直に伝える力があるのだと思ったのでした。それは、あなた自身があなたの苦しさをなんとかしたいと感じてきたことの積み重ねの上にあるような気がしています。

ただそれでもうつ状態の中では無力感や疲弊感が高まっていっている状態なのかなと文章からは想像しています。最近はどんなふうに過ごしているのでしょうか。私も「普通に働く」のができなくて、何度もうつ状態になりながら、日数を減らすとか辞めるとか仕事内容を変えてもらうとかいろいろ調整を続けて生きていて、今も自分にできる働き方を模索しています。いまだに正解は見つからないけれど、前よりは無理がすくない状況に私はいます。あなたもきっとずっと無理しながら、周りの状況をなんとか拾い集めながら、それでもうまくいかない経験にぐったりしながら生きてきたのではないかと思います。それは周りから見えにくいたいへんさで、だけど実際はとても疲れることだと思います。それはまったく同じ経験ではないとしても、個人的にはすごく、わかることだと感じています。

あなたはもっと労われていいはずだし、すり減ってしまうばかりでなく、自分の心地いい過ごし方を探していいはずだと思います。疲れたときは休んでいいと思います。あなたがゆっくりできて、楽しみなことを楽しめるようなときがくることを祈っています。あなたの状況や思いを死にトリに共有してくれてありがとうございました。

感想2

タイトルを読んで、たしかに「聞いてもらう」のと「共有」は違うし、また「場所」と「人」でも違うよなと思いました。悩みを一人で抱え込んだままだと自分の中で永久に言葉や感情が循環して、それだけで押し潰されそうです。だから、自分の中に溜まった悩みを外に出すことが重要で、しかしただ一人で外に出すだけだと、私が確かに感じていた悩みが他の誰にも認識されずに消えてしまうような、そんな寂しさを覚えることがあります。かつて「悩みを聞いてもらって何になるんだよ」と荒んでいた時期もありましたが、やっぱり話を聞いてもらったり、経験談を書き込んだりすると、受け取ってもらえた感じ、手ごたえがして安心します。
けれども、きっとあなたもそう感じているように、聞いてもらうだけでは解決しない問題もあると思います。あくまで吐き出した悩みを受け止めてもらって、気持ちがスッキリして、それで終わってしまう。それによって葛藤や不安など感情的なトラブルを鎮める作用はあるけれど対症療法的で、悩みの根本を少しでも解きほぐせるような現実的な打開策が見つかるかというと、あなたの言う通り必ずしもそうではないと思います。あなたが今望んでいるのは心を落ち着かせることというより、似たような境遇の人たちと悩みを共有し、お互いに実生活に活かせる色々なことをシェアしたり、連帯して支え合うことなのかなと想像しています。

医者然り、カウンセラー然り、専門家の力は役に立つけれど、やはり手の届かないところはあるし、細やかな悩みや感情的な寄り添い(例えば“あるある”とか)など、当事者のことは当事者しか分からないという側面はあるだろうと思います。しかし、人間というのは様々な要素で構成された複雑な生き物なので、自分と全く同じ人、というのはなかなか見つかりません。しかも、あなたの場合は聴覚障害・家庭環境・発達特性とそれらが絡み合うことで生じてきた日常の困難、社会のなかでの居辛さ、精神的な疲弊がどんどん混線して、もうどこをどうしたらよいのか分からない…みたいな戸惑いの中でずっと暮らしてきたのだろうと感じました。マイノリティ属性にマイノリティ属性が乗算されるほど社会のなかでレアリティが上がってしまい、問題が複雑化してしまうと思います。感想1の人が先に書いてくれたので譲りますが、まさにインターセクショナリティ特有の困難さがあなたに降りかかっていると私も感じます。しかし、その苦しみや孤独の原因はただ単にあなたが不運であったからという訳では絶対なく、その結論に持っていくことがあってはならないと考えます。個人に複数の困難があるというケースを想定せずにきた社会が、あなたの苦しみを助長している側面が大いにあると思うのです。

私はどんな属性を持っている人でも、本当はもっと容易に仲間探しができるようになったらいいなと思っています。その点SNSが発達した現代は、出会いのハードルがどんどん下がっているように思う一方、仲間探しに必要な自分の属性を表す言葉が上手いこと見つからなかったり、共有されていなかったりでまだまだ課題はあると感じています。
死にトリは相互のやり取りはできないので、あなたとしては物足りないサイトだろうと感じていますが、全く同じ人というのは難しいかもしれませんが、どこか一部でも自分と似たような経験・境遇・属性がある人はちらほら見つかるのではないかと思います。あるいは、あなたと似たような人がある日ふらりとここを訪れて、あなたの経験談を見つけるかもしれません。
「自分はひとりぼっち」、「諦めるしかない」と思う人が一人でも減りますように、そんなことを思いながら私はいつも文章を書いています。またいつでも来てください。

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