経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

モヤモヤとした気持ち

特別辛いってわけじゃない。
でもね辛いっちゃ辛いんだよ。
何らかの病気になって可哀想、可哀想って言われながら死にたい。
ちゃんと死ねる理由があるから。
でも死にたくない。生きたくもない。
今は中3。一番勉強頑張らなくちゃいけないのにやってない。出来ないよ。バカだから。でも決めつけちゃダメ。辛い。世界の人達は私より辛いのになんで私が悩んでるんだろう。
小5の時に初めて自傷行為をした。
特別死にたいってわけじゃなかった。
何だか、苦しくて、辛くて、楽になりたかった。そしたらさ、カッターがあったんだよ。自分の腕を切った。
初めは怖くて弱く切った。痛かった。でも少し楽になれたんだ。そこからかな、どんどん強く切っちゃって、血が出た。治って薄く傷ができた。
中二病って言われちゃうけど、自分の血を見ると安心しちゃうんだ。痛くて、チクチクする。心がふわってする。何だか自分が本当に病んでるみたいでかわいそうだった。変だよね。
そこから何度も何度も腕を切り続けた。
時には口を噛んだり。爪で手のひらを引っかいたり。全部血が出た。

中1の時に親にバレた。
血の気が引いたよね。
カッターを没収された。
唯一の心の拠り所がなくなっちゃった。
でも泣けなかった。
あえて爪を伸ばして手のひらを引っかいた。血が出る。安心した。

でもね一回自傷行為をやらなかった時期があったんだよ。去年の6月ぐらいかな。
うちは5人家族。母、父、姉、私、弟
私は双子だから弟と同い年。
でも弟は軽めの障がい者なんだよね。
生活には困らない程度。
ただ少し勉強が他の子よりも遅いだけ。
そしてね、ある日
お母さんが変になった。
突然昔にあった失敗を悩んだり。
解決している問題を再び悩んだり。
人の気持ちについて悩んだり。
辛いからお母さんはお父さんに相談するわけよ。
最初はお父さんも相談乗ってたんだけど、同じ問題を何度も何度も相談するから。
お父さんも狂っちゃって、お母さんに怒鳴るわけ。そして場の空気が悪くなる。
再びお母さんがお父さんに相談するから怒鳴る。
無限ループ。
子供からしたら最悪だよね。

その時丁度姉の大学受験が挟んでたわけ。
姉も勉強やらクラスやらで気が参っちゃてて、毎日夜泣いてたわけよ。しかも、声を殺して泣くんじゃなくて、大声で泣くからめっちゃ聞こえる。自分も気が狂いそうになる。
だから相談乗ってあげたり、色々気を使った。
そしたらなんとか泣く頻度は少なくなった。
でもやっぱり自分だって相談したいわけじゃん。
その相談内容が親の事だったから、絶対親には相談できないし、先生にも心配されたくないから言わない。
消去法的に兄弟になるわけよ。家庭内だから状況も知ってるし。
だから長女である姉に相談する。
でもね、断られちゃった。
姉は受験でストレスだからこれ以上ストレスかけないでだって。

あの後姉がいないところで泣いた。
誰にも相談できないから。でも今自分が自傷行為しちゃったらもっと、家族内が崩壊するって思ってやらなかった。
どうやったら解決できるのか、バカな頭ながら考えた。
そしたら思いついたんだよ。
お父さんが怒らなければ表上、場の空気は良くなるって。
だからね、私がお母さんの相談役になったんだ。
最初の方は張り切って優しく聞いた。共感。いい感じのアドバイス。
そしたらお母さんは明るくなった。
心から安心したよ。
やっと家族内が明るくなるって。
でもね良かったのは最初のうち。
やっぱり私も人間だから疲れちゃうわけ、何度も何度も同じ内容の相談。それが今現在の相談なら良かったんだけど、私が生まれていない頃、過去の相談。とりあえず、めっちゃ昔のことを相談するわけ。
過去のことは変えられないし、なんでそんなに不安なのかわからなかった。
頼られて嬉しいからもう疲れた。になっちゃて、身も心も辛かった。
でもね、ここで怒鳴ったり、怒ったらお父さんみたいになるから、絶対に文句やイラつきは抑えた。そして一番辛かったのは、「私ちゃんはお父さんみたいに怒らないから、安心して相談できる。産んでよかった。」ってお母さんに言われたわけ。
それが私の頭から離れなかった。
もしも、お父さんみたいに怒鳴ったりしたら、優しく接しなかったら、相談に乗らなかったら。
私は産まなければよかった、娘になるんじゃないかと。
引くにも引けなくなった。
そしたらいつの間にか大きなストレスになってたらしくて、
1日に必ず一回は吐いた。
泣けなかった。
もちろん、それを親に言ったらまた場の空気が悪くなるじゃん。言えないよね。
それが10ヶ月ぐらい続いたかな。
やっと、姉の受験が終わった。第1希望の大学に受かったから、家族内めっちゃ明るかった。
それをキッカケにお母さんはピタリと相談がなくなった。
めっちゃ幸せだった。やっと終わったんだって。家族が明るくなるんだって
でもさ。なんかモヤモヤしちゃって。
あんなに自分は相談に乗ってあげたり、頑張ったのに。
ありがとうの一言もなかった。
自分から始めたからそりゃあ無いんだけど。
なんかね。うん。苦しいかも。

それからかな。
めっちゃ自傷行為をしたのは、腕を散々切ったり、足を切ったり。反動がすごかった。
今も続いてる。
毎日辛いね。痛いし、メンタルにも来てるし、死にたいよね。感謝されたい。でも好き勝手自分でやったことだからね。仕方ないよ。

これを読んでる人。今の文章であまり信用できないと思うけど、うちの親は本当にいい人達だから誤解はしないでね。マジで毒親じゃない。バリバリメッチャクチャいい環境で私育ってるから!親に感謝。誤解だけはしないで。

感想1

読みながら何度も、「今、あなたの話を聞いてくれる人はいるのだろうか」と思いを馳せてしまいました。お母さんの相談に乗り、お姉さんを気遣い、お父さんが怒らないようにと間に入りながら、自分自身も苦しくてたまらなかったはずなのに、その苦しさを安心して打ち明けられる相手が見つからなかったように感じたからです。
特に胸が締め付けられたのは、一度お姉さんに相談しようと手を伸ばした経験があり、それを受け取ってもらえなかった苦しさです。もちろんお姉さんにも余裕がなかったのだと思います。誰が悪いという話ではありません。でも、人は勇気を出して助けを求めた時、その手が届かなかった経験を思った以上に長く抱え続けることがあるように思います。だから私は、この経験談の中で繰り返される自傷行為も、単なる行動としてではなく、言葉にならなかった苦しさの大きさそのもののように感じました。切る回数や傷の深さではなく、誰にも言えないまま抱え込んできた時間の長さや重さがそこに表れているように思います。
実は私自身も、家族の中で兄弟が不安定になった時、同じ家族として苦しいのに一番下の私が家族全体を支える側に回った経験があります。家族が好きだからこそ放っておけないし、でも本当は逃げ出したい。だけど自分が離れたらもっと悪くなるかもしれない。そんな気持ちの間で揺れ続けた苦しさは一生忘れません。だからあなたが、お母さんの相談役を引き受け続けたことも、疲れているのにやめられなかったことも、想像できる気がしました。
家族の問題は、外から見るよりずっと複雑です。嫌なら離れればいい、頼まれたことを断ればいい、と簡単にはいかないことがあります。好きだからこそ断れないこともあるし、大切だからこそ背負ってしまうこともあります。そして社会の中では、そうやって周囲を支えている子どもは「しっかりした子」「優しい子」と言われることがありますが、本当はその優しさの裏側でたくさんの我慢や孤独を抱えていることも少なくないように思うのです。だから私は、この経験談を読んでいて「よく頑張ったね」という言葉よりも先に、「本当はあなたも誰かに頼りたかったよね」と思わずにはいられませんでした。最後に何度も家族への感謝を書いていたことも印象的でした。きっとあなたは本当に家族が好きなのだと思います。だからこそ、家族を大切に思う気持ちと、苦しかった気持ちはどちらか一方ではなく、両方あっていいのだと私は思います。読んでいて私に一番伝わってきたのは、「ありがとうと言ってほしかった」という気持ちでした。それは決して見返りを求めているのではなく、長い時間誰かのために踏ん張り続けてきた人だからこそ生まれる、とても自然な願いのように感じました。気持ちを届けてくれて、ありがとうございました。

感想2

経験談を読みました。家の状況が悪い中で、ものすごく大変な役目を、他に背負える人がいないから自分で手をあげるみたいにしてやらなきゃいけなかった状況を想像していました。「毒親」か「いい親」か、「特別つらい」か「そうでもない」かって、そんな2択で決められないはずのことが2択みたいにされちゃうことは多いなぁ……と思っています。文章から、あなたの親が、本当は子どものあなたに負わせてはいけない負担を、結果的にあなたに負わせ続けてしまったのは事実だと感じています。ただ、その背景にある両親のつらさも見てきてわかっているし、いい面も知っているから、単に親が悪いということで片付けられたくない気持ちがあなたの中にあるのかなと想像しました。
読んでいる大人の私としては、本当は両親ふたりにも、他に安全に相談したり悩みを言ったりできるようなサポートが必要な状況だったのだろうなと思いました。弟さんの障がいやお姉さんの受験なども重なる中で、母親さんの心労も大きかったのではないかと思います。もしかしたら他にも悩んでいることもあったかもしれません。私は子育ても家族を運営するのも、親という2人だけでやるのって大変すぎるのでは?と常々思っていて、世の中がもっと柔軟にサポートし合えるようになったらいいなと思っています。

そんな中であなたの親を毒親とジャッジする必要も、でもだからといって問題なかったということにする必要もないと私は思います。ただ、その中で、結果あなたに皺寄せが向かってしまったのも事実で、それを否定する必要もないと思いました。また姉のメンタルケアもしていたりと、全方位に気を遣って調整するけれど、それがだれからも顧みられず、自分のケアはしてもらえない状況はとてもしんどいものだっただろうと感じました。
個人的な話をすると、私は兄弟はいないのですが、思春期には、父親が怒ったりする中で、母から父の愚痴をたくさん聞かされたり、父親の機嫌を頑張って取らなきゃと気負っていたりして、疲弊していた記憶があります。私の場合も父はともかく母を「毒親」だとは思わないのですが、母には大人になってから「知らなかったから仕方ないけど、子どもを愚痴の捌け口にするのは子どもを病ませる原因のひとつになるんだよ。本当なら支援機関とか、別の第三者の大人を頼れたほうがよかったと思う」という話をしました。でも、当時はそんなこと自体、自分にもよくわからなかったなぁと思い出しています。

つらさの証明って、それもそれですごくむずかしいことだなぁと思います。いや、もちろん本当は、証明なんかなくても、つらいならつらいでいいはずだけど、世の中では「そのくらい我慢しなさい」みたいな言葉がたくさんあるし。あなたはとくにずっと我慢を重ねてきていると思うから、余計につらいことを「つらい」と表現するハードルが上がってしまっているのではないかとも想像しています。本当なら、自分で「つらい」って言わなくても顔色とかなにかから「つらいんじゃない?」ってだれかが気づいてくれたらいいのにと思っても、そんなふうにできてないのがもどかしい気持ちです。私もリスカやらなにやら自傷歴が長めなのですが、痛みでちょっと気が逸れるのとか脳内物質が出て安らぐとかも多分あるけど、傷や血を見ると、自分でも認めていいのかわからないつらさがなんとなく可視化される気がする、というのもあるなと個人的には思っています。

自傷をしなかった時期のあなたは、家族の対応に追われていてへとへとで、自分のつらさとゆっくり関わる時間もなかったのかなとも思ったりしました。自分のつらさと関わることは泥沼になったりもするけれど、でも、それを見ないことにしてやり過ごすにも限度があるよなぁと感じます。そのあとの自傷行為の「反動」は大変だったのかなとも思いつつ、ある意味では、ずっと我慢していたあなた自身のセルフケアがやっとできたタイミングだった部分もあるのではないかと想像しました。自傷は傷つける行為ではあっても、苦しさの中でのケアの側面もある気がしています。でもそれだけだとやっぱり疲れちゃうし、実際に傷も痛むと思うから、あなたの使える安全なケアとか頼れるなにかが増えていってほしい……という気持ちもあります。仕方ないって片付けなくてもいいと思いますし、つらさを表現することがイコール家族を悪く言うことでもないはずだとも思います。(時には悪く言ってもいいとも思いますが。)あなたが正直に苦しさをこぼせる場所が見つかることをすごく願っています。モヤモヤを言葉にして、送ってくれてありがとうございました。

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