経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

非・おとなとしての最後の気持ち

私は恵まれた環境で育ったと思う。ちゃんと両親がいる。経済的にも、私立中高一貫校に通わせてもらえるくらいには、安定している。あまり裕福ではないけど、私のために親はお金をかけてくれている。もちろん、両親の愛も感じる。だから、今から書く悩みは贅沢な悩みかもしれない。

私には兄がいる。優しくて明るい、大好きな兄。大学生で今は一緒に暮らしていないけど、日本の最高学府に合格するくらい頭も良い。兄と比べられてきたのもあって、負けたくなくて、小さい頃から兄を追いかけていた。彼を追って中学受験をして、今、彼と同じ大学を目指そうとしている。でも私は、努力が苦手で頭も良くない。勉強を頑張らないといけないことはわかっているし、頑張りたいと思う。でもどうしても、体が心に追いつかない。勉強しようと思ってもすぐに気が散ってしまう。学校の宿題も、今ではほとんど出せていない。なんで私はこんなにダメダメなんだろう。

去年、そんな自分をどうにかしたくて、いろいろ調べた。過去から現在の生きづらさも含めて、私のなかである一つの答えにたどり着いた。ADHDやASDの発達特性があるのかもしれない、と。それで、これまでの生きづらさに説明がつくような気がした。実際にその見立てが正しいのかどうかは、医者ではない私にはわからないし、ここは診察室ではないので、この場でそれを詳しく語ることもしない。ストレスによる一過性である可能性もあるかもしれないと思った。だからこそ、17歳になる前夜、一度病院に行ってちゃんと知りたいと母に相談したけど、「頑張らない免罪符にしたいだけ」「そういう自分がかっこいいって酔いたいだけ」「他にも大変な子はもっといる」、そんな答えだった。両親の仲は小学校高学年頃から冷え切っていたし、母が父を嫌っているので、父にも相談できなかった。スクールカウンセラーにも、このことや、中学生の頃からリスカなどの非自殺的自傷をしてしまうことを相談したけど、なんの解決にも繋がらなかった。だから、我慢した。

両親は、頑張っていて親の言うことを聞く私には、優しい。でも、私が勉強を頑張れなかったり、やるべきことを後回しにしたり、親との約束を守れなかったりすると、つらい言葉が飛んできた。
母には「お母さんの子なのに失敗」「こんな娘がいて幸せなんて望めない」「金食い虫」「あなたのことはもう捨てる」「学校辞めさせる」
父には「こんな簡単なこと猿でもできる」「これで〇〇大学志望とか恥ずかしい」
など、書ききれないほどいろいろ言われた。これらはすべて高校2年生の頃に言われた言葉である。母に関しては、私が親の言動を記録していることを知ると、こんな言葉はあまり言わなくなったので、まあ、そういうことなんだろうと思う。でも、普段は優しい両親だから、私も親のことは大好きだし、その優しさに縋りたくなってしまう。優しい親と、傷つける親、私はどちらを信じれば良いのかわからなくなって、ぐちゃぐちゃになる。親の機嫌を窺いながら生きるのは、苦しい。母のため息一つで不安になる。不安になって母に抱きついて、嫌な顔をされることもある。(母が)イライラするのはあなたのせいだと言われたこともある。でも、母に嫌われたくないから、仕事や父への不満を聞いてあげてしまうのだ。父がイライラすると、ダメだとわかっていてもなぜか挑発したくなってしまう。それで余計に怒られて胸ぐらを掴まれて、あとで自己嫌悪することもある。親の機嫌に振り回されて、自分という軸もぐらぐらなのだ。

今年の明け、母には「あなたを守りたいから本当は行かせたくない」と言われながらも、心療内科に行ってみた。事前に困りごとや親との関係をメモにまとめて、渡したけど、まともに読んでもらえず、口で説明するように求められた。頑張って喋ったけど、結局問診だけで、異常ではなくモチベーションの問題だ、と言われてしまった。私の伝え方が良くなかったのかもしれないけど、検査さえしてもらえずにショックだった。自分の苦しみは本物じゃない。大げさすぎただけなんだ。そう思った。だから、今はしんどいとさえ思わない。

幼稚園の頃から人間関係には難を抱えて、小学生の頃にはトラブルを起こして先生が家に来たこともあった。初めて死にたいと思ったのは、小学5年生の頃だったと思う。どうしてそう思ったのかは、もう記憶にないけど、その頃から得体のしれない孤独があった。集団生活ではどうしても浮いてしまう。家に安心できる居場所はない。それが原因だったのだろう。今はただひとりの親友に依存して生きているけど、消えたくなる気持ちは7年経った今も変わらない。ふと、交通事故に遭いたい、重い病気になりたいと願ってしまう。自分でも不謹慎な願いであることはわかっている。でも、そうなれば、頑張らないといけないプレッシャーからも解放されて、私の苦しみも認めてもらえるだろうかと思うのだ。

だけど、そういう思考にとらわれることにも、もう疲れてしまった。なにかを頑張ることだけじゃない。好きだった音ゲーも面倒になった。ベッドやソファから1ミリも動きたくない。でも目の前には大学受験が立ちはだかっている。それが、目の前のヒマラヤ山脈になんの装備もないまま登山しようとしているようで、ひどく不安で苦しい。

あと1ヶ月もしないうちに私は18歳になり、法律上、おとなになる。正直、複雑な気持ちだ。だけど、こどもとして生きた18年と同じだけ、おとなとして生きてみようと思っている。36歳までは生きる。それが今の目標。中学生の頃は、本気で死のうと思って何度も一線を越えようとした。だけど結局死ぬのは怖くて今生きている。だからきっとこれからも死ねないまま生きるんだろう。これから続く人生を思うとすごく疲れるけど、生きることは、自分を愛する親、そして自分が愛する親への親孝行だと思って。

感想1

両親がいて、経済的に安定していて、憧れの兄がいてという情報から描かれる家庭像と、その内側に広がっている不安定で不調和な雰囲気の隔たりを感じました。小さなころから両親の顔色を常に窺い、愛情を得ようと一身に頑張り、いつ投げかけられるか分からない拒絶の言葉や理不尽な言動に怯えながら暮らしていたのではないかと想像しています。今に至るまで継続するその状況があなたの心身を慢性的に疲れさせていて、行動力や集中力を奪ったり、様々な苦しみを与えているように私からは見えました。あなたはもうすでに疲弊しきっていて、これでは動こうと思う気力や、実際に身体を動かすエネルギーが出せなくても全くおかしくないと感じています。
あなたの感じている苦しみは認めず、自分の不満や要望の捌け口にはする、両親はあなたのことを感情を吐き捨てる容れ物のように扱っていると思いました。そして、やっとのことで行けた病院で素気ない対応をされたあなたの気持ちを思うと、胸が詰まります。
自分の感情や意思をそのまま受け入れてもらえず軽視・否定され、自分の意思に沿って行動することを認められないことを繰り返していけば、自分でも自分の心が把握できなくなってしまうのも当然だと思います。私は、あなたの苦しみは紛れもない本物で、等身大のものだと強く感じているし、あなたの言葉をそのまま受け入れたい気持ちでいます。苦しみは誰かと比較すべきものでもないし、我慢するべきものでもないはずです。私は、そんな思いをしなければいけない人が存在する世界でいいとはどうしても思えません。

私自身の経験やここの経験談から、子どもという身分に課せられる制約が、安全ではない家庭環境に自分の身を晒し続けなければいけない状況を生み出していると感じます。子どもは社会的に無知で無力な存在と見做されると同時に、社会によって無知で無力な存在にさせられているのではないかと思うときがあります。
私的領域である家庭は社会的な死角となりやすく、そこで発生している危険から子どもが守られない、逃げられないケースがとても多いのではないかと思います。子どもは無力なため危険から自身の身を守ること・逃げることができず、どうしたら自分の身を守れるか、誰に助けを求めたらよいのかについて無知で、そもそも自分の現在の状況が自分にとって安全かどうかすらも判断できないことも往々にしてあると思います。私自身もそうでした。一人前だと見做されない子どもは、人権も一人前分ぴったり保障されていないのか?と悪態の一つでもつきたくなります。

そう、私も、18歳を迎える直前に何を考えていたのだろうかと思い出していました。おとなになんかなりたくなかったし、おとなになるまで生きていきたくないとずっと思っていました。けれどまあ、おとなになっちゃいましたが、これがなかなか悪くないです。諸々の制約が外れ、いろんな本を読んで、いろんな考え方を知って、自分の身に起きていたことを振り返り、今までに負った傷を自覚しました。物理的に親元を離れたため、親の機嫌に振り回されることがなくなり、自分の人生の主導権を自分に戻そうとしています。相変わらず辛いことは辛いですが、少なくとも非・おとなの状態よりはるかに自由だと心から思います。
これを読んでいるあなたは、もうおとなになったのでしょうか。疲れ切った今の状態ではこの先を考えることも億劫だと思いますが、ぜひおとなを体験してみてほしいなという気持ちです。疲れない環境に出会うことがあってほしいし、親のためでもなく、誰の機嫌にも振り回されることなく、あなたがあなたのために生きることができたらいいなと思っています。

感想2

経験談への投稿ありがとうございます。
物理的には「恵まれた環境」なのかもしれませんが、あなたの深い孤独や苦悩を前にして、贅沢な悩みだとはまったく思えなかった私がいました。

文書を読み終えて、自分が感じている苦しさは、他の何かによって測ることができるのだろうかと考えました。確かにあるはずなのに、証明しなければ存在することを許されないのだろうかと、疑問が浮かんでいます。自分の苦しみが自分で信じられなくなるほどの環境や関係の中で、絶えず葛藤してきたとも言えるかもしれません。
どこにいても安心や安全を感じられない環境の中に身を置きながら、「私の苦しみも認めてもらえるだろうか」と語る姿には、胸が詰まるような思いがしました。

きょうだい間で比べられることは、まるで息を吸って吐くように、家庭の中において当たり前のように存在した雰囲気だったのかもしれないと想像しました。
自分の得意なことや興味関心のあることより、「やらなければならないこと」で優劣をつけられることは、努力だけを動力にして追いかける側にとってはとてもしんどいことだと感じた私がいます。

「両親は、頑張っていて親の言うことを聞く私には、優しい。でも、私が勉強を頑張れなかったり、やるべきことを後回しにしたり、親との約束を守れなかったりすると、つらい言葉が飛んできた」と書かれており、鋭い視点だなと思いました。お返事を書いている私は第三者になりますが、両親から投げかけられた言葉を読んで、あんまりだと思わず怒りが湧いてしまいました。
家庭の中では、あなたの感情や意思よりも、親の期待が優先されているように感じました。日常的に母親の機嫌を伺いながら過ごしていることも書かれていましたが、「いい子」でいなければならないことへの緊張感とプレッシャーがある環境では、無理もないことだと感じました。
一方では親を慕う感情もあり、あなたの内面はとても複雑なバランスでもって保たれているのかもしれません。「親の機嫌に振り回されて、自分という軸もぐらぐらなのだ」との言葉は、あなたの置かれている状況や心理状態を的確に表現した一文だと思いました。

長年抱えてきた苦しさの答えがあるのではないかと、やっとの思いでこぎつけた受診で取り合ってもらえなかったことは、あなたをさらに孤独に追いやる出来事になってしまったように感じました。
言いようのない生きづらさや苦しさを、受診を通して明らかにすることは一つの手段なのかもしれませんが、私自身は医師の対応に疑問を感じつつ、あなたの苦しみは確かにあって、誰にも否定されるべきものではないと思いました。

「おとな」と「こども」を分かつ区切りとして年齢がありますが、「こどもとして生きた18年と同じだけ、おとなとして生きてみる」というのはユニークな発想だなと感じました。もうすぐ始まる「おとな」の時間は、もしかすると「生き直し」なのかもしれないと、そんなフレーズが頭に浮かんでいます。
親の愛情というものは、ときに力をもらえることもあるのかもしれませんが、力を削がれることも往々にしてあるように私は思っています。
親からの支配や干渉から逃れることは容易ではないかもしれませんが、いつかあなたが自分のために人生を生きることを、ここで静かに願っている私がいます。
またよかったらお話を聞かせて下さい。あらためて、投稿ありがとうございました。

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