自分に期待してはうまく行かずに失敗してバカみたいに1人で泣いて。いっそ諦めてやろうとか自分に期待しない方がいいとか思うけど現実的なことを言えば諦めたら僕は誰にも愛してもらえないし、頑張らない僕に価値なんてないんだ。
僕は今日も理想と現実の間で彷徨ってて、早くはっきりさせたいから死にたくなるんだろうな。
応援してくれる人もいるけれど、その人たちの期待に応えられない自分が本当に情けない。自分はどうしてこんな無能なんだろうと悔しくてたまらない。
ずっと僕はなんでもできる人間だったしそうじゃないといけなかったから凄く頑張って生きてきたけど、でもそれでも周りが求めるのはやっぱり結果で、誰も頑張ったねなんて言ってくれなかった。だから僕はいつまでもそこに固執して、どうやったら自分に頑張ったねが言えるのか、自分を認めて許してやれるかわからなくてずーっと苦しい。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
曖昧
感想2
頑張っても、頑張らなくてもあなたにとっては、どちらも苦しい。条件付きの愛は、何とも不安定で頑張り続けなければならないことになる。あなたが一人で流した涙はどこに収められたのだろうかと、あなたの孤独を想像しなんとも悲しい気持ちになりました。そもそも人間は毎日違う時間を過ごしていて、まったく同じ時間を繰り返すことはできません。そして、一寸先のことすらも知らず全ての人類がどうなるかわからないという曖昧の中を生きています。良いとか悪い、いわゆる物事に対する価値観は生まれた場所や育ってきた環境、見たり聞いたり食べたりと様々なものに左右され千差万別だったりします。私自身も含めて、学校や良く目にする情報から、この価値が正解でここに向かって歩みなさいと刷り込まれてきているように思っています。周囲の誰かの見えない心を見ようとするより、自分自身の心の声に耳を傾けようとすることで聞こえてくる声もあるかもしれない。投稿いただき、ありがとうございました。
感想1
投稿ありがとうございます。
理想と現実の間…私もよく「これくらいできるようになりたいなぁ」と考えては自分の今の立ち位置との差に打ちひしがれる、ということがあるなぁと感じ、どうしてもこの「間」は存在するものだけれど、なんだか己を試されているような、考えれば考えるほどに精神的な負荷を強要するもののようにも思えてきたところです。
周囲が求めるように結果も大切なものだとは思いますが、私は何よりも「過程」が大事だと思っています。というのも、「結果は、どんな内容であれ過程のその先に得られるもの」だと思っているからです。何かを始めない限り結果を得られる可能性は生まれないのではないかと私は感じているし、仮にそれで結果が得られなかったとしても、次に始める何かにきっといい影響を与えると私は信じています。
「結果が得られない=頑張っていない」では決してないと私は思います。あなたが起こした行動はなにかしら別の形であなたを救ってくれるかもしれないと思いますし、それは無駄なことじゃないよって伝えたいです。あなたが積み重ねたものが、形になってあなたに見つかるといいなって思います。