経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

ただ「普通」に生きたかった

36歳
一人暮らし
うつ病治療中です
障害年金3級を受給しています
コールセンターに勤務していましたが、2か月前に急激な腹痛、1か月前にはパニック発作を起こしました。
現在は休職中ですが、「このまま休職が続くようなら、退職扱いになる」、と会社から連絡が来ました。
私は、数か月前まで約2年間、生活保護を受けて暮らしていました。
生活保護期間中は、「死んでいないだけ」でした。
なにもしたいこともできず、ただ生かされているだけという感覚でした。
「自分で稼いだお金で美味しいご飯を食べたい」
そう思い、一念発起、復職をしました。
最初の3ヶ月は順調でした。
シフト通りに出勤し、お客様対応をほぼ完ぺきにこなし、定時で退勤する。
ただ、それだけをこなしていればよかったはずなのに。
今は、食材の買い出しのための外出すら億劫です。
かかりつけの病院へ通院するときや、日常のふとした時にこのまま人生を終わらせたいと思ってしまいまいます。

私が生きたかったのはこんな人生じゃありません。
ただ、普通に生きたかっただけです。
高級車や立派な家を建てたりなんかしなくていいんです。
だれかと結ばれて子どもを授かるなんて自分には考えも及びません。
ただ、迷惑をかけずに生きていたかっただけなんです。
おそらく、今の職場は退職になるでしょう。
きっとそのあと、また生活保護が始まります。
それが憂鬱で仕方がありません。
どうして普通に生きられないんでしょうか。
外に出られず、宅配スーパーに頼っていては生活保護の金額ではとても暮らしていけません。
以前の生活保護のときも毎月赤字でした。
ここまで病状がひどくなっているのに、障害年金の額変更請求を主治医にそうだんしても、にべもなく断られました。
希望はどこにありますか。
生きている意味はありますか。
どうして死んではいけないのですか。
どうして、こんなに生きるのが難しいのですか。
親に怒られないように生きてきました。
親の望むままの進路で進学してきました。
ただ、そのレールが就職活動で突然なくなりました。
親は両親とも健在です。
ただ、突然レールがなくなり迷子になりました。
そのなかで足掻き続けた結果が今です。
こんなことになるなら生まれてきたくありませんでした。
生きていたくありません。
友人たちは食事・旅行・家族との交流で充実した時間を過ごしているようです。
勿論、彼らに悩みが無いのだろうなどとは思っていません。
ただ、彼らは「普通に生きています」。
どうして、私にはそれができないのでしょうか。
どうすれば、心の靄を振り払って生きていけるのでしょうか。
この悩みから解き放たれたくて死にたくなるけれど、その勇気がないから、今日もただ何もせず家にいるだけで、備蓄を食いつぶして過ごしています。
こんな人生、望んでいません。
もっと、普通に生きたかった。

感想1

日々の暮らしの中で、どんどん「普通」のハードルが高くなっていることを感じており、ギュっと胸が締め付けられる思いでした。学校ではテストの点数で成績や評価がつけられていましたが、就職活動では様々な場面でいかに対応できるかなど人間力という影も形も見えない怪しいもので自分自身を評価される、それが「普通」というような側面もあり、あなたの書かれていたようにレールが無くなる感覚に深く頷く思いです。手のひらを反すかのような社会の一面に、あなたは真っ当に傷ついたのかなとも想像します。

私もコールセンターで働いていたことがありますが、コミュニケーションスキルやストレスに対処する力がより必要な職場だったことを思い出します。顔が見えないコミュニケーションがこんなにも人を凶暴にさせるのかと、驚いたことを忘れません。持病がある中で、あなたはどんな日々だったのでしょうか。「シフト通りに出勤し、お客様対応をほぼ完ぺきにこなし、定時で退勤する。ただ、それだけをこなしていればよかったはずなのに。」という「それだけ」と書かれていることが一番難しく大変なことと率直に思いました。入社数か月で一人一人違うお客様に、その都度完璧な対応をすることがその会社での「普通」なのだとしたら、体の不調は正しいあなたからのサインだったのかもしれません。

まぼろしのような「普通」に私たちは揺さぶられ、惑わされ傷つけられていることが多々あると個人的には思っています。(小さい頃から体が大きい、普通じゃないと言われ続けてきたからかと・・・)あなたの心の靄は乱暴な社会から、あなたを守ってくれるものだったりしないでしょうか。安全を確認したら、靄を薄くしたり足元に移動させたりできたらいいのかもしれないなと勝手ながら考える私がいました。投稿いただき、ありがとうございました。

感想2

投稿からあなたがなんとか状況を改善しようと試行錯誤して生きてきたことを切々と感じ、精神的にも金銭的にもきつい中で「どうしたらいいのか」という叫びのように感じながら読みました。「シフト通りに出勤し、お客様対応をほぼ完ぺきにこなし、定時で退勤する。」これって、本当に「普通」なのでしょうか。たしかに世の中ではそれが当たり前みたいに言われるけど、少なくとも、私にはこれを数日続けるだけでも無理だろうなという確信があります。それを3ヶ月も続けてきたあなたは多大な労力を使ってきたのだろうと感じました。私も一人暮らしで障害年金3級を受給しながら「普通」には働けない中で暮らしている30代です。「普通」がむずかしい場合のロールモデルがほとんど見当たらない中、失敗しながら、自分のできる範囲を模索し続けている気がします。でも、世の中を見渡せば、私やあなたみたいに動けなくなってしまった人の他にも、じわじわ無理になっていく人がたくさんいて、それは個人ではなく世の中の問題なのでは?と私は思っています。
健康を損なった余裕のない状態では、宅配スーパー含めさまざまなことにお金が余計にかかること、本当にわかる……と思って読んでいました。お金がないと健康的な生活を立て直すのもむずかしくて無限ループのよう。その中であなたは病院に行ったり、生活保護や障害年金を受給したりと、とても労力のかかることをなんとかやってきたのだとも感じました。生活保護か自分で稼ぐかの二択のようになりやすいのも制度の課題だと私は感じます。本当なら、そのあいだに100通り、1000通りのグラデーションがあっていいはずだと思います。また私の周りには、仕組み上、現に病や障害に苦しんでいるのに障害年金をもらえない人も多く、課題は山積みだと思います。障害年金や生活保護などの福祉的な制度がもうすこし柔軟に、疲れた人がしっかりお金を気にせずに休める時間と資源を与えるようなものに変われば、世の中のどん詰まりの感じもすこしは減るのかなと思ったりもしました。
あなたが生きたかった普通は、自分に合った働き方で無理せず社会に関われて、安心して食事を摂れて、疲れを和らげたり、自分にとって興味のわくことや心地いいことをして過ごせるようなことなのかなと想像しています。それはあなたの、そしてだれしもが持っているはずの当たり前の権利だと思います。だけどそれが自己責任論の風潮や不況の中ではむずかしいし、物価も高くなる中でこの社会で落ち着いて生きていくにはどうしたらいいのだろうと私自身も思っています。解決策はまだ見出せていないけれど、むずかしさを言葉にしていくこと、こうして言葉を交わすことは続けていきたいと改めて感じました。あなたの率直で切実な声を投稿してくれてありがとうございます。

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