経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

死にたいというより……

今後未来に全然希望が持てないから、今死んどいた方がいいんじゃないか……?と思う。
本当は私だって、未来にたくさん笑って、友達と遊んで家族とすごしたり生きてたのしく過ごしたい。
でも、国が国民を苦しめることしか考えていない。法律を改悪して、罰則で脅した状態で国に従うよう仕向けている。今検討されている「国旗毀損罪」もそう。「国の象徴」を「罰則によって守らせる」ことで「国に取って都合のいい人」だけを残そうとしている。国にとって都合の悪い人の口を縫い付けようとしている。そのうち国家の考えに反対する人は「国家反逆病(これは好きな漫画の表現です)」と呼ばれるようになるかもしれない。
太平洋戦争の頃の「一億玉砕」の考え方に戻っていると感じる。
本当に戦争に向かっていくんじゃないかと恐ろしい。戦争で飢餓や爆撃で苦しんで死ぬくらいならまだ平和な今のうちに死んでしまった方がいいのではないだろうかと感じる。

私には可愛い姪っ子と甥っ子がいる。この子達に「世界は明るいよ」と堂々と言えないのが辛い(もちろん、この子達に絶望を語るようなことはしませんが。)
どうしてこんな思いをしないといけないの?
精神科の先生は、「ニュースとかを見る時間を調整して自分を守って」と言ってくれるし、言ってることもわかるけど私が目を逸らしたところで国はどんどん悪い方向に行くのに、自分の安心だけなんて考えられない。
支離滅裂な文章ですみません。みなさんもご自愛ください。

感想1

不幸せになりたいと思って生きている人は少なく、より良く生きるをめざし家庭や地域、国家は日々織りなされているはずなのに、一人一人の幸せの形や求める良さが違っていて、結果として全部が丸く収まらない。同じ現象でも人によって、それぞれに及ぼすインパクトも大きく違う。家族の将来を案じ、問題意識を持つことは支離滅裂とは思いません。今も昔も、世界中でケンカや事件など様々なことが起きていて、まっさらな明るい世界があったことは実は無いのかもしれません。あなたが言うように「安心しきれない世の中でもある」という意識が、自分自身の安全をそれぞれが意識し、平常心を維持しようと心がけ世の中のパニックに飲み込まれず事の判断に自分自身が立ち向かう、そんな生きる力につながってくるように思いました。毎日目にするニュースとスーパーでの値上がりに、世界と自分のつながりにうんざりする気持ちにもなりますが、自分へのご自愛を忘れずに世の中を見ていけたらと思うところです。投稿いただき、ありがとうございました。

感想2

最近のニュースは絶望するものばかりで、メディアを見るのが非常につらいです。このサイトで日々目にする苦しみを感じている人々がより苦しみ、報われない社会に変化しつつあるのではないかと不安でなりません。我々がこのサイトで掲げている信念、目指す社会像に現実が近づくどころが逆行していると思わずにはいられず、時折激しい無力感に襲われます。学問も、戦争に進んだ道のりをいやというほど振り返って、戦時下の人々がどんな思いをして過ごしてきたか一生懸命解き明かして、こんなにも警鐘を鳴らしているのに、結局無力なんでしょうか。ため息ばかりが出ます。今だって、世界中の過酷な労働環境で、貧困で、紛争や戦争で、苦痛を感じる人々、失われる命の多さを思うと、気が狂いそうです。だからみんな、考えないようにして目の前の自分の生活をひとまず守っているのだと思います。
でも、そうしてばかりでは自分や大切な人の生活をも脅かされていることも見過ごしてしまうのではないかと私は心配になってしまいます。かといって、心配に圧し潰されて今の生活がさらに苦しくなってしまっても困りものです。国の安全、どう暮らしていきたいのか、どういう国になっていきたいのかということは、個人の生活に直結することで、実現のためにはそれを選挙やデモなどの政治参加によってはっきり明示しなければなりません。ゆえに、本来一部の人だけでなく、国民全体で真剣に考え、行動することが必要だと思います。
このサイトはけして大きな場とは言えませんが、ここからでもみんなで意見を出し合い、この先のことを考えていけたらいいなと思います。また思うことがあれば、ぜひ教えてください。一緒に考えていけたら嬉しいです。

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