経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

何もやる気がなくなってしまった

私は介護職として5年、常勤としてグループホームで働いていました。ただ、上司との折り合いが悪く、ストレスを感じていたので別の施設に転職しました。
その他にも、Webライターやブログに挑戦したいと元々思っていて、住居から近い介護施設で働きながらやりたいという理由もあります。
前の施設で常勤として働くことに疑問を抱いていたので、週4のパートで働くようになり、夜勤はしていません。
人間関係は比較的恵まれており、1人で生活できています。

継続して取り組んだ結果、ブログが成功し、一時はパートの給料を越えるほどになりました。ですが、AIの台頭により、ブログの収益もほぼなくなってしまい、壊滅してしまいました。
そのため他のジャンルやX、インスタ、YouTubeなどにも挑戦してみましたが、どれもダメでした。
今までやっていたブログが全てと感じていたので、無力感に打ちひしがれている状態です。

「じゃあクライアントワークをやれば良いじゃないか」という意見もありますが、私は一時期クライアントワークをやっていました。ですが、自分の資産にならないと感じて、もうやりたくないと感じています。また、取引先とのやりとりに日々ストレスを感じていて、介護の仕事以外にさらに仕事をこなさないといけないことに、嫌になりました。

前はブログに対してだったり、「このままじゃダメだと」思い、他のことにも活動的でした。ですがその情熱はどこえやら、今はもう何もしていません。何かをやろうにも、どうせ無理、自分以外にも上手い人なんて山ほどいるとか、やりたいことと収益のことを結びつけてしまい、やるだけ無駄と感じてしまいます。

35歳、手取り15万円で貯金もできているし、生活もできているし、病気も借金もありません。
20代の頃には全国へ旅行もしていたから、どこかへ行きたいこともありません。
結婚も考えておらず1人で自由のはずなのに、もう、やることやったから人生がつまらない。消えたいと考えています。友達もいません。
というより、こんな低収入で人を養うのは無理だし、非正規でこの年齢に対する世間からの評価は冷たいものです。

今の施設で常勤に戻る選択肢もありますが、前のところで常勤だった時、働くことにストレスしかなく、業務量ばかり増える割には給料は上がらず、自分の時間がなくなってしまうことを経験しました。なので、常勤はやりたくないと考えています。

「じゃあ、Web関係のところに転職すれば良いじゃないか」という声もあるかと思います。正直、Web関係のノルマとプレッシャーに耐えられず、転職は考えていません。副業でやっていたからこそ楽しめていた時もありました。というより、この年齢と経歴からして今更のように感じます。

今のところ生活に困ってないし、貯金もあるから良いじゃないかと思う反面、何もやりたいことがない今、ただただ惰性で生きることに虚しさを感じます。
「あとこんな状態が、数十年先も続くんだな」と。

前にも、他の人にブログとかクライアントワークのこととかを相談したのですが、結局解決には至らず。どうせ他のことも相談したところで、何も解決できないと思い、他の人にはまだ話していません。

ただもう、疲れてしまいました。生活できるものの低収入で、この先のことも考えるとどうなってしまうのかなと。
何もやる気が起きず、ただ死んだように生きています。

自分の人生、早く終わりたいです。

感想1

ストレスを感じるから転職をしたり、疑問をそのまま放置せず、やりたいと思っていたことに挑戦してみたりと、”自分の中のセンサー”のようなものを敏感にキャッチし、逃さずいることができる方なのかなと、最初にそんな印象を抱きました。
ブログの成功は簡単なものではなく、本当に地道かつ根気のいる作業だと思います。(実は私も以前挑戦したことがあったのですが、すぐ辞めちゃいました。)そんな成功があったにも関わらず、ここにきてAIに仕事を奪われてしまうというやるせなさや、どこにもぶつけようがない想いを感じました。あなたにとってそこの収益はきっと命綱的な役割を担ってもいたのかなと考え、そこを無くされてしまうことは、とても不安で、焦りもあったのではと思います。それでも他のSNSなどに挑戦し続ける姿勢には脱帽です。ダメだったのもあるかもしれませんが、これまでブログにかけていた分、どこか、これらのSNSに対し、しっくりこない感覚もあったのではないだろうかと、読みながら感じた部分がありました。
「それならこれはどうか」という意見に対しても、自身の経験も踏まえ、合う合わないの判断が、明確に自分の中に存在することも感じました。個人的な意見ではありますが、ストレスは無い・少ないに越したことはないと私は思うので、あなたのストレスセンサーを優先するのが一番いいだろうな…と、勝手ながら思った次第です。
これまでの活動的な自分とのギャップに苦しむ様子も伝わってきました。当時はもしかしたら、いい意味でも・少し無理をしていた意味でも、どこか無我夢中になっていたあなたがいるのかなと私は思いました。実際苦しんだり奪われてしまった経験もあることから、そういったものの反動が、今一気にきているのではないだろうか…そう考える私もいます。文面だけ見ると悲観的に考えているように見えてしまいそうですが、これまでを考えると、あくまで自然な反応のようにも思いました。やりたいことと収益を結びつけるのも、生きる上では重要なことの一つであると私は思うので、無駄と考えるということは、もしかしたら「今やらなくていいこと」なのかもしれない…?と、個人的な意見ではありますが、そう思いました。
また、虚無感が常にあなたに付き纏う様子もイメージしています。結婚や友達の有無・収入の幅など、社会が一方的に「ジャッジ」するネタだけが注目を浴びていて、個人個人の内側を無視するような風潮が、私はどことなく苦手ですし率直にいうと嫌いです。自己の肯定を強く下げてくるというか、自分を無価値のように思わせてくる圧のようなものを感じているので、あなたと少し似た感覚があるのかなぁ…と共感していました。
選択肢はあれど、不安要素や経験上思うことがあるならば、避けていいものだと私は思いますし、あなたの中でももうきっと答えが出ているのかなと感じました。かと言って、書かれていたように「惰性で生きる」ことは、これまで意欲的に動いていたあなたからすると尚更空虚で、無意味な人生のように感じてしまうのだろうかと想像しました。きっとそう考えれば考えるほど恐ろしく、終わらせてしまいたくなるのだろうかとも思います。話すことも疲れてしまうだろうし、相談して自分の思う意見が得られないとそれもまたストレスに変わってしまうものだと私は思います。ですが、あなたの中で、混乱しているようで自身の意見はまとまったものがあったり、何を嫌と感じるのかをわかる自分がいたりするのかなと思い、他者に全て話した際、「どんな意見がほしいか」も、もしかしたら何か浮かんでいたりしないだろうかと思いました。そういったものが、今後のあなたを助けるヒントになるかもしれない…と思った私がいます。
ここに書くことでなにか整理される気持ちがあったりするのであれば、いつでも使ってみてほしいです。投稿ありがとうございます。またお待ちしています。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。
私もフルタイムは不得意で、週4くらいのパートがちょうどいいと感じている人間なので、「そうだよね…」と頷く気持ちで読みました。私はフルタイムで貯金をつくる→限界がきてやめる→無職やパートで貯金をじわじわ潰す→回復してきたらフルタイム→(以降ループ)みたいな生き方をしてきた人ですが、生活に困っていないなら問題ないはずだ、これが自分に合う生活なんだと思う気持ちもありつつも、焦りや不安がないといえば嘘になるよなあというのが現在地です。

ブログは、確かに一昔前は成功すると食っていくくらいの収益をあげられると聞きましたが、成功談を直接聞いたのは初めてです。ただ、知り合いの知り合いで、儲かってて雇う人まで探してたけどすぐ収益が少なくなってそれどころじゃなくなった、という話があったこともふと思い出し、広告収入ベースのものの不安定さはどうしてもあるのだろうと感じています。また、収益につながることによって、文章を書く純粋な楽しさが失われて、虚しさに変わってしまう難しさもあるのか…というのも感じました。
「趣味を仕事にするな」なんて話もありますが、やりたいことと生活費を稼ぐことの折り合いや両立をどうしていくかは、やりたいことへの情熱があるほど難題なのかもしれません。誰かがあなたのブログにたどり着き、その文章を読む価値のあるとして読んでくれた事実は消えるわけではないはずですが、数字に踊らされてしまうのも自然なことだし、誰しも飽きっぽくコンテンツを移動していくことも事実なので、やはりそう簡単にポジティブな側面だけを見るなんてできないよなあ…とぐるぐる考えています。
クライアントワークの負担も想像できますし、虚しさやこの先が見えない気持ちは、あなたの立場を想像すると勝手ながらわかる気がしました。

全体的にうんうんと(自分もこの立場だったらそう感じるかもしれないなと思いながら)読んだのですが、一つだけ不思議だなと思ったのは、「こんな低収入で人を養うのは無理だし」という言葉です。
これは男性が家計を支えるみたいなものがあるべき姿となっていることから出てきた表現かと思うのですが、もし結婚するにしてもいろんな形があって、いわゆるビジネス的な労働が苦手で家事が得意な人は収入の低い人をバートナーとして望まなくても、お金を儲けるのは得意だから他を補ってほしい人ならまた話は変わってくると思います。世間一般では男性が養うべきという価値観があるのは理解していますが、それはどんな性別の人にとっても自分らしい生き方を阻害することにつながっていると思っているので、ちょっと突っ込みを入れてしまいました。すみません。(あなたを批判する意図はまったくなく、社会提言です)

相談してすっきり解決する悩みは少ないと私は思いますが、自分の気持ちを言葉にし、対話することで、得られる気づきや生まれる力はあると思っています。
またよかったら語りを届けにきてください。

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