高校3年生です。
6月に部活や委員会業務のストレスから不登校になりました。夏休みもずっと寝たきりでしたが卒業するために9月から登校を再開しました。9月から1月まで「あと1時間でも休んだら退学」という事実に苦しみながらもほぼ皆勤で学校に通いました。起立性調整障害のせいで体調が悪い中毎日無理やり起きて、登校中に襲ってくる希死念慮に耐えて、授業中は過敏性腸症候群による腹痛に耐えて、休み時間は一人で不安と戦って、最後まで授業を受け、逃げるように帰り、死んだように寝るの繰り返しでした。お腹がなるのが怖くてご飯が食べられなくて1か月で10kg体重が減りました。元気な頃仲が良かった子たちには面倒くさいと思われたのか避けられるようになりました。毎日抗うつ薬と抗不安薬を飲みながらひたすらひたすら耐え続けました。
1月になって体育の補習を6時間受ければ卒業確定の状態になりました。とても安心したし、補習もちゃんとやろうとやる気を出していました。でも実際は体育の補習なのに1日2時間×3日間一人で使ったこともない汚いトイレや体育教官室の床と窓の掃除をしました。補習中も他の体育教員が見物に来たり、馬鹿にされたり、他学年のギャルにヒソヒソされたりしました。「昨日の便所より汚えから掃除しがいがあるだろ」「掃除上手だね。好きでしょ。」等体育教師たちに言われました。毎日苦しくて泣いていました。親に相談して担任に補習内容を言いました。でも嫌なら言いに行くけどみたいな態度でした。体育教師が高齢で担任は若いので恐らく言いに行く勇気がなかったんでしょう。最終日に体育教師に連れられてジャージのまま職員室に行き、学年主任と担任に挨拶するよう言われました。学年主任にはお世話になった先生方によく感謝するようにと言われました。担任にはお疲れとただ一言言われました。その後は多分部室で一人で泣いていたと思います。
その後、おかしいと思った母親が学校に連絡を入れました。管理職から謝罪をいただきました。補習内容は体育教師以外把握してなかったらしいです。あと体育教師に管理職が事実確認したところ、掃除がやりたいって言ったからやらせたと嘘をついていたようです。私は当日の補習の時間まで内容を知らなかったし、そんなことは聞かれていません。
その後も親は学年主任と連絡をとっていましたが、親のメッセージ以降返信がなくなりました。たぶんめんどくさくなったんだと思います。
今は浪人&療養中ですが、補習の件のダメージが大きかったようで人間不信が強くなってしまいました。前から人間不信ではありましたが、今では人と関わりを持つことや町中を歩く人、レジの店員さんなど、とにかく自分以外の人間に強い嫌悪感と恐怖を抱くようになりました。そのせいでアルバイトにも踏み出せません。恐怖のせいで衝動的に知り合いの連絡先を一掃してしまいました。心療内科の先生には、補習をおかしいと行ってくれる人が周りにいるし全員が全員そんな人じゃないから大丈夫と言われましたがまったく大丈夫じゃないです。親には白黒思考、気にしすぎ、逆に人が好きだから気になっちゃうと言われましたがそれどころじゃない。これからの人生、大学や就職など人とかかわらないといけないことは死ぬまで続きます。なのにこの得体のしれない恐怖と嫌悪感のせいで生きていける気がしないです。頑張って入った県内でそこそこの進学校。部長や委員長を掛け持ちしてたくさん頑張ったのに、結局学校がトラウマになったせいで卒業式にもいけない。親には、この学校をおすすめしてしまって申し訳ないと言われました。
もう何も信じられません。みんな最後に裏切るんだと思います。この世界があまりにも向いていない。
感想1
一読して、強い憤りを感じました。頑張ってきた反動のストレスや、起立性調整障害等を抱えながら必死に登校して授業を受けているあなたに対しての教師の態度に、です。自分を守るために人に不利益を被らせるような嘘をつく人間が教職に就いていることが信じられません。本当によく耐えて、卒業されたのですね。個人的には、あなたはもっと怒っていいとさえ思います。でも卒業された今は、すり切れたであろう心と、体のほうをじっくりと休ませてほしいと思います。学校という、生徒の学びと成長を支える場でこれほどの対応をされたのですから、強い人間不信になるのも無理のないことだと思います。今は堅く自分を守って、回復する必要があるのだろうと感じました。
あなたが書いたように、確かに生きる限り人と関わる場面は続いていきます。大きな傷つきを抱えながら、そんな人生を生きなければならないのかと考えると、自分だったら強烈な拒否反応が出るなと思いました。療養中のあなたが受け止めるにはあまりにも得体の知れない恐怖感ではないかと想像します。
一方で、心療内科の先生が言った「全員が全員そんな人じゃないから大丈夫」という言葉は、不登校から10年以上の引きこもりを経験して社会に出戻った私自身としては真実だなと感じます。世の中結構色んな人がいて、もちろん関わりたくないと思う人もいれば、こんなに人間ができた人がいるんだと思う人もいます。私の場合、「あんがい人間大丈夫かもしれない」と思うまでにかなり時間がかかりましたし、そう思えるまでに自分が大丈夫と思える人との関わり方をトライ&エラーで身につけることも必要でした。「やっぱだめかもしれん」と思うときに寄り添ってくれた歌や本も、人から生まれたものなんだなと思うと、人を丸っと信じることはできなくても、信じられる部分を見つけることはできるのかもしれないと思ったものでした。そう思えるようになったのは、長期化する引きこもり期間に不安を感じながらも人との関わりを断ち切った時間があったからだと思っています。人との関わりを断ち切った先に、それでも生まれてくる人との関わりが、私に生き直す機会をくれました。あなたにも、そんな機会が巡ってくることを願ってやみません。
人から大きなダメージを受けた今は、人に恐怖心を感じるのは自然なことですし、嫌悪感を持つのも、自己防衛のための反応だろうと想像します。人を拒否しながらでも、今は心身の回復に専念するときなのだろうと、私は思います。その間、感じている恐怖心や嫌悪感、生きていくことの不安を抱え込むことはありません。経験談や、ぷらっとチャット等、他のコンテンツも使いながらでいいので、言葉にして自分の外に出すということもしてほしいなと、勝手ながらに思いました。そうやって、今はただ、あなたの心を守ってほしいと思います。