少しスペースをお借りします。20代後半。
人生は山あり、谷あり。いじめを受けてきて、ふとした時に死にたいな、消えたいなと思うことは何度もあった。けれど自殺はしてはいけないと自分に言い聞かせて今まで生きてきた。
16歳の頃に運命的な出会いをした。お互い知らない者同士。マッチングアプリとかそんなのがなかった時に、彼は店員、私は客として来て、そこから意気投合して友達になり恋人になって、10年以上一緒にいた。
結婚して、子供を出産した。この人と一緒なら子供を育てることができると思った。
生後6ヶ月目で、娘の先天性の難病が発症した。ミルクが飲めない、ぐったりして、笑わなくなった。寝返りもできない。私は絶望で崩れ落ちた。一緒に入院した。入院中、何度も娘の無事を祈った。けれど病気はどんどん進行した。小さな身体に点滴の針を刺され、血液検査もMRIも脳波も、大人でも痛がる髄液検査を何度もした。なのにこれという原因がわからなかった。何もできない自分を悔やんだ。もう一度、娘の笑うところが見たい。元気な娘に会いたい。入院中なんどもそう思った。そして救急車で転院。大きな病院でようやくMRIで白い部分が見えると言われた。「運動障害が残る」と言われた。
私と主人は泣き崩れた。どうして?なんで?と思った。今まで白いものは映らなかったのに。
でも、難病もこれじゃないか?というものに絞られて治療が始まったら、娘はだんだん良くなっていった。娘はまた笑ってくれるようになって幸せだった。
けれど私は医療ケアで疲弊して、鬱病になった。今度は私がオーバードーズを起こして救急搬送された。
閉鎖病棟で6ヶ月入院して、家には帰れないと医師も家族も判断したため帰る場所は実家になった。実家で姉家族と両親が暮らす家にきた。けど今年に入って母と姉が喧嘩して義兄と母が喧嘩して、母が家を出た。私も居場所がなくて家を出た。行くあてもなくビジネスホテルとネカフェに泊まってる。お金がないし帰るとこもないから不安定。
行政にも市役所にも頼ったけど、車所持してたり結婚してたりすると使えるものも使えないらしい。
今辛いけど、退院して久しぶりに会った娘はその分すくすく成長して本当に幸せそうだった。歩けるようになった娘を見て泣いた。
私は今息苦しいけど、でも、娘が成長して幸せそうならそれでいいかなと思った。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
娘が幸せなら
感想2
経験談の投稿ありがとうございます。いじめの記憶を抱えながらも、自分に言い聞かせるように踏みとどまってきたこと、偶然の出会いから始まった長い年月を経て、誰かと人生を重ね、子どもを授かり、「この人と一緒なら子供を育てることができる」と思えたこと、その一つひとつが、あなたにとって決して軽いものではなかっただろうなと想像しながら読ませてもらいました。
娘さんの難病が分かった時、簡単に言葉では表現しきれない強いショックがあなたを襲ったのではないかと感じます。小さな身体に繰り返される検査、原因がわからないまま進行していく病状、笑わなくなるわが子を前にして何もできない感覚…親であることは万能ではないと頭では分かっていても、目の前の弱っていく姿を見れば、理屈でどうにかなるものでもないと私は親になったことがないのであくまで想像することしかできませんが、そう思っています。ようやく治療の糸口が見え、笑顔が戻ってきたときの安堵は、きっと“失うかもしれなかった時間”が失わずに済んだことの実感でもあったのではないでしょうか。
一方で、あなた自身心に限界がきていて消耗しきってしまっている状態はあなた自身の弱さではなく、重い医療的ケアを家庭に委ねる社会の構造の問題でもあると改めて考えさせられました。閉鎖病棟での入院、帰る場所が実家になる決断、そして家庭内の衝突によって再び居場所を失ったこと、病気や障がいの問題だけでなく、家族関係の脆さや経済的な制約が重なって、あなたの足場は何度も揺らいできたのだと感じました。行政に頼っても、「車がある」「結婚している」といった条件で支援が限定される現実は、制度が想定する“標準的な困窮像”から少しでも外れるとこぼれ落ちてしまう現実をまざまざと突き付けられたようで、何とも歯がゆい気持ちになってしまいました。
今、ビジネスホテルやネットカフェを転々としている不安定さのなかで、それでも「娘が幸せそうならそれでいいかな」と思えるあなたの心情は、諦めとも自己犠牲とも少し違うように私は捉えました。息苦しさを抱えながらも、娘さんの未来を見つめることでかろうじてあなた自身をつなぎとめている状態なのかもな…と。ただ娘さんの幸せと、あなた自身の安定は、本来は切り離されるものではないはずだとも思います。親が安心して休める場所を持てること、支援を遠慮なく使えることは、子どもの成長とも地続きになると私は思っています。今は余裕がないかもしれませんし一度断られた手前不信感もあるかもしれませんが、再度、医療ソーシャルワーカーや地域の福祉相談窓口、女性支援や母子支援など、条件の細かい運用などを一緒に整理してくれる人に繋がる余地はあるかもしれません。制度は複雑で冷たく感じられることももちろんあるのが現状ですが、間に入ってくれる機関や人によって道が変わることもあるというのも確かなことということはお伝えしておきたいです。
あなたが娘さんを思う気持ちの強さが私には伝わってきました。その思いが、あなた自身を少しでも守る方向にも向かうことを、そして娘さんの幸せももちろんですがあなた自身の幸せも願わずにはいられません。長々と書いてしまいましたが、また気持ちを外に出したくなった時はいつでも死にトリを活用してほしいです。
感想1
娘さんを大切に思う気持ちが何よりもあなたの中で大きく、あなた自身の気持ちや体調のことは後回しになる(せざるを得ない)ような日々を送ってきたことを感じました。私は親になったことがないので、想像できる範囲には限界があるのですが、それはハードな世界でもあると同時に、自分から湧き出る愛情が一つの大きな支えや軸となる生き様でもあるのかもしれないと思いました。
運命的な出会いをして、結婚して、出産して・・・これまでいじめなど苦労もあった中だからこそ「これからは順調に、幸せになれるだろう」といった期待や思いも膨らんでいたのだろうかと、当時のあなたの心境を想像しています。その分、絶望も大きく、先も見えない不安な中で、あなたにかかっていた心身への負担はどれほどのものだったのか…私には計り知れないものを感じています。
人間誰しも子どもを産む前は、無邪気で無防備なくらいに、幸せな将来を夢見てしまう傾向があるのかもしれないと私は思います。でも子どもをもつという現実は、実際にはいろいろな可能性があり、一人の命に責任をもつ、幸せのためにやれることをするという重みは、一人の人間や夫婦だけで背負うには大きすぎるとも感じました。
娘さんへの医療のサポートはあったかと思うのですが、親へのケアやサポートがもしかしたら社会全体で足りていないのかもな…という点を、改めて考えさせられました。
また、頼る場所が実家になってしまう点も苦しい部分だと感じました。実家が誰にとっても安心できる場所や安定している場所だとは限らないので、安全にケアされる場所で、自分を休められる仕組みがあってほしいと思います。使えるものも使えないという制度優先ではなく、必要としてる人がいるなら使えるようにしようという、人優先の社会で本来はあるべきだし、じゃあそのためにはどうすればいいのか、これから考え続けたいです。
娘さんの幸せと、あなたの幸せを願っています。