俺は中2のただの低身長男子学生です。親からも割と愛されていて、友達も沢山いて、悩みを話せた女子友達もいて、本当ならもう立ち直ってるんです。なのに俺は、いじられキャラというのもあって一つ一つの言葉を間に受けて毎回凹んで中途半端に立ち上がります。それでも、こうやって結局愛されたいと思います。誰かに必要とされたい。一番になりたいんです。惨めですが、弟の方が優秀で俺は本当に何も出来なくて。辛くて。こんな傲慢な自分が嫌で。最近は励ましてくれた女子友達も一緒にいじってくる感じで、そういう事をそれっぽく呟いて嘆いてもひらりと躱されます。やっぱダメなんです俺。正直でも俺の気持ちがよくわかりません。でも、誰にもこれは言えません。もう安心できるところがありません。誰も信じられません。でも死にたくないです。付き合って愛し合って高め合って結婚して幸せになりたいです。もうやだ。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
愛されたい
感想2
「愛されたい」という思いの切実さが短い文章の中に詰まっていると感じました。誰しもが多かれ少なかれ持っている思いなんじゃないかと思うのですが、それが強まるとき、さほど気にならないとき、多い・少ないはどういうところで変わるんだろう…と考えました。そもそも「愛される」ってどういう状態のことを言うんだろうなあ、というのも、人によってかなり解釈や定義が異なるのかなと感じています。
詳細は分からない部分が多いですが、私が読んでパッと感じたことは「常に他者にとって自分がどういう存在かを気にしている」のかなという印象でした。そしてそれはあなたがひとりでに生み出したものというより、兄弟間での比較や、コミュニティの中でのいじる・いじられるというような構図、身長や性別のような本来記号的な情報であるはずなのに一種の「スペック」「性質」とされるようなものなど、日常に多く存在するさまざまな評価的なコミュニケーションによって醸成されたもののように思えました。愛情でも成果でも、「何かを得たい」と切望すること自体が悪いのではなく、「何もない」と思わされる関係性や構造、「何かを望む」ことがわがままだと言われてしまう風潮そのものが、私たちを苦しめているのかなと、そんなことを考えました。
感想1
経験談の投稿ありがとうございます。あくまで私の勝手な想像にはなってしまうのですが、本当は言われたくないような言葉も、じっと一人で耐えてきたのではないか…と、感じていました(もし違っていたらすみません)。
周りからどんなキャラとして扱われていたとしても、言葉の力ってすごく強いものだと私は思っています。だからこそ、心に刺さる言葉を投げられたら、そのたびに痛みを抱えるのは、ごく自然な心の反応なんじゃないかな…と、私は感じていました。
また、誰かに愛されたい、必要とされたいと感じるのも、とても自然な気持ちだと私は思います。あなたのその思いも、ここでそのまま受け止めたいって勝手ながら思っていました。
今、あなたにとって学校はどんな場所になっているんだろう…と考えています(安心できる空間はあるのかな、居心地悪い場所になっているのかな…と)。
苦しい気持ち、一緒に考えていけたらな…と思っていましたし、いつでもここに気持ちを書き出していただけたらなって思っていました。投稿ありがとうございました。