他の皆さんが経験されている辛さに比べれば全く大したことの無いものではありますが、どこかに気持ちを置いておきたくて書かせていただきます。思いつくままに書き進めるので、文法間違いや誤字脱字等あるかもしれません…構成もまるでなっていない読みづらい文章になってしまいますが、お付き合いいただけますと幸いです。
現在大学三年生で、大学では演劇系の学科に通っています。しかし周りの実力者や舞台に対する熱量の違いを目の当たりにし、自分が演劇(や、演技をすること)を実はそこまで好いていないと気づいてしまったと同時に、写真を撮ることが好きになりました。それが大学二年生頃のことです。
フリーランスカメラマン、フォトグラファーという生き方に興味を持ち、自分なりにWebスクールに入ってみたりと行動をしていましたが、今思うと全く足りないですね……演劇も写真も、血の滲むような努力をしないとなれない、したってなれる保証はない世界なのに、「自分なりには努力してる」という言葉に逃げて、本当に何もしていないんです。こんなやつが好きなことを仕事にとか、人生舐めんなって感じですよね…。写真がすきなのは本当、だけどその他全てを犠牲にできるくらい写真を撮ることが好きじゃないと、その道を目指してはいけないような気がする。自分はその熱量がない。演劇でも写真でも、私は何もかも中途半端で、なんだか出来損ないで気持ちの悪い存在です。夢中になれるほど好きなものが欲しい…。
そのくせ、自由な生き方ってやつに憧れて、というか、就職したらそれこそ退職するまで一生ずっと自由の無いままにしたいことも出来ずに死んでいくんじゃないかとか考えはじめてしまって、夏には少しやっていた就活を、冬の今はやっていません。生きていくにはお金が必要です。働かなきゃいけないし、いきなり自分の力で仕事を得るなんて無理な話ですよね、分かってるんです。それに今後日本の状況はどんどん悪くなっていくのかなって、写真みたいな娯楽にお金を払ってくれる人も少なくなるんだろうなって、なんで写真なんか好きになっちゃったんだろう、仕事にしたいと思っちゃったんだろう、なんで生まれたのが日本だったんだろう、なんでもっと豊かな時代じゃなかったんだろう、家がお金持ちだったらな…資産があったらな…親の会社継げる人いいな…なんて、本当に本当に他責思考の極みで馬鹿で失礼なことを言っているのはわかるのですが、ぐるぐると考えてしまい止まらなくなってしまったんです。裕福な友達とか、就職したくて意欲的に就活してる友達とか、エリートの彼氏がいて結婚する気まんまんの友達とか、羨ましくて仕方がなくなってしまいました。家があって家族がいて、健康で、それだけで恵まれすぎてるよなんて、言われなくても分かってるんです。でも、上を見てしまうのが人間じゃないですか…なんて、いつからこんな黒い考えを持つようになっちゃったんだろうって、自分の汚さが気持ち悪くて、不安が大きくて、生きていくのが怖いんです。彼氏はいます。大好きです。でも夢を追っていたことで20代後半で職歴が無く、現在フリーターで就職活動中です。…それを知った上で好きになったのに最低だって分かってますが、将来のことを考えると、この先一緒にいられるのかな…いていいのかな…って考えてしまいます。とあるコミュニティでお会いした女性のフリーランスカメラマンはみなさん結婚されていて、夫の収入という後ろ盾があった上で活動されていました。…正直、いいなって。いや本当、その方々にも彼氏にも大大大失礼なことを言っているのは分かってるんです…頼る前提なんて、恥じるべき発想です。でもこんな機会でしかこんなこと書けないから、吐き出させてください…。そんなやつと付き合うな!って言われそうですが、職歴がない以外は本当にいい人で、好きになったのも私からだし、私のことを考えてくれて、だからこそ大好きで一緒にいたい、だから苦しいんです………自分勝手ですが…。
将来への不安とか理想と現実のギャップとか、色々考えて泣きはらす日もありながら半年程過ごしました。今思うと、泣いてるだけで何も調べたりもせず解決しようとしてなくて本当にだめ人間なのですが、その時はそれできっと精一杯だったんでしょうね。ずいぶん辛い日もあったし、授業を休んだり泣きながら通学した日もありました。悩みながらも早期選考で受けた会社に落ちたのも、こたえました。就活してたら落ちるなんて当たり前ですよね、だけど、私は弱くて、それだけのことでも涙が止まらなくなってしまいました。そこは志望度の高いところだったので尚更(言ってることがチグハグですが、いつか独立するにしろ一度就職をしようと動いていた時期の話です)。話を聞くだけでも就活があまりにも辛そうで、したくないって思っちゃって、フリーランスになりたいんじゃなくて就活がしたくないだけなような気がしてきました。やっぱり弱くて気持ち悪い。
話がだいぶわけ分からない方向にいってしまいました。ここに投稿するに至った出来事の話はこれからです、すみません。
私は何を思ったか、大学卒業後に英語の語学留学をしたいと考えるようになりました。英語が話せればフォトグラファーとして海外のお客様も対応できるようになるかなと思ったのが理由ですが、もしかしたら今すぐには就活をしたくないからだったのかもしれません。新卒で就職をしなくても、英語を習得すればどこか働き口は見つかるだろう、そんな考えでもありました。これまで色々悩んで苦しんで、どうにか人生を変えたくて挑戦してみようと考えた留学…父に反対されました。就職はした方がいい、海外で写真を学ぶならまだしも語学留学は賛成できない、日本で出来るんじゃ無いか、カメラマンになるのは厳しい、と。会社員として社会を見てきた父の、真っ当な意見だと思います。私ももちろん、就職をした方がいいなんて分かっていました。夢を追うのは現実的じゃないとわかっていました。でも、苦しんだ末にやっと見つけたと思った道筋を、ばっさりと斬られてしまった気分になりました。海外に行けば何かを変えられるかもしれない、なんて淡い期待さえ抱いていたのに…。光がなくなりました。友達は親公認で卒業後に語学留学に行くのにな…とか考えてしまったり、親が自営業だったりで、就活しなくても…と親に言われてる子もいるし、卒業後フリーターをしていくことを親に認められた子もいます。もちろん、彼氏もその一人ですね。そんな人たちのことが頭をよぎって、私はそれじゃダメなの…?と比べてしまって。将来的にどっちがいいとか安心だとか、そうやって考えていくとまた違うとは思います。ただ私は、今、賛成が欲しかった。私が決めたことならやってみなさいと、背中を押して欲しかった。SNSでもそうやって自分の選んだ道で生きている人がいるのに、確かに安定はしないし日不安は尽きないけど、人生一回きりだから色々してみたかったのに…。父が言うには、私が卒業後に演劇の道に進みたいと言ったとしても、同じように反対しただろうとのことです。正直、なにそれって思いました。演劇系の学科に進学するということは、その可能性があることは考えなかったのか、父の中で私が就職しない選択肢ははなからなかったのか、じゃあなんで進学させたんだ、自由に生きさせてくれてるんじゃなかったんだ。悲しくて、惨めで、居た堪れなくて申し訳なくて、でも悔しくて、怒りに変わってしまいそうで、どうしようもなくなりました。話を聞きながら、父の前で号泣してしまいました。涙なんてもう何年も何年も見せていなかったのに、鼻水が垂れてぐちゃぐちゃになるまで泣きました。慰めてはくれなかったけど、責められもしませんでした。その夜は自分の部屋に入ってからも涙が止まらず、ここ数年で一番声をあげて泣きました。消えたくなりました。いなくなれたら楽なのに、とばかり考えました。ここ半年はぼんやり消えたいと思うことが何回もありましたが、ここまで強く思ったのは初めてで、戸惑いました。いつから自分の選択肢に容易に死が入ってくるようになっちゃったんだろう。家族に反対されるって、こんなに辛いんですね。よく、親の反対を押し切って、なんて聞きますけど、それがどれだけ覚悟のいることか初めて知りました。せっかく何かを掴みかけた気がしたのに、人生が楽しくなってきた気がしたのに、やっぱりそれは無謀で、叶わないのか…って。ほんとに、こんなことで?って感じですけど、消えたくなってしまったんです。私はどこで間違えたんだろう、生まれて来なければよかったな、死ぬのは怖いから消えたいな、辛いなって。こんな辛さなんて誰でも経験済みでしょうし、これくらいで消えたいなんて甘えたことは言っていられませんが、でも本当にいなくなりたくなってしまったんです。側から見ればアホらしい状況で、さっさと就活をすればいいじゃんと、カメラを使う仕事はあるんだからそこに就きなさいと、そう思われるでしょう。…わかりきっているんです。でも、なんか違うな、と思ってしまうんです。でも、それを言語化出来ていないんです。やっぱり私は怠けたいだけなんでしょうね。そんな自分も嫌ですが、嫌だと思うだけです。いつからこんなやつになっちゃったんだろう、劣等感と他人への嫉妬と、いろんな感情でおかしくなりそうです。起きても涙が止まらなくて、瞼がぱんぱんです。その後母の前でも泣きました。母の前でしっかり泣くのも数年振りくらいでしたが、抱きしめて話を聞いてくれて、それだけが救いでした。抱えていた不安も何もかも一気に溢れて止まらなくなりました。ほんとに、辛かったんです。自分の今までの人生を全否定したくなるくらいには、思考が変な方に行ってしまいました。他人からすれば大したことない痛みでも、私にとっては辛くて仕方ないんです。本当に、生きていくのが嫌になりました。なんにも希望がありません。楽しみもありません。雇われて働く人になりたくない…我儘ですね。でもそんなスキル自分にはない。卒業まであと一年しかない。将来はどうするの、就活しなきゃかな、授業でやってる演技の台本も覚えなきゃ、期末のレポートも手をつけてない、卒論はどうしよう。頭がいっぱいです。消えたい。もう全部無かったことにしたいです。
すみません、長々としたわけのわからない文章になってしまいました。他の皆さんの経験と比べれば本当にしょうもなく甘えてるようなことですが、私にとっては吐き出す場所が必要なことでした。ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
感想1
どれくらいの時間で書き上げたのか、どんな時間帯にパソコンなのか、スマホなのか…いずれにしても今の気持ちを溢れ出すままに書き記したような印象を受けました。父親の前でも、母親の前でも涙を流して大泣きしたと書かれていましたが、それでもまだ出し切れない何かがあったのだろうと思いました。
「消えたい」という気持ちは具体的な何かを指すというより、象徴的な表現だと私は思っています。本当の意味で死にたいという願望でもなく、消えて本当にいなくなりたいというのとも少し違うような気がします。共通していることとして、前提には叶えたい望みや手に入れたい何かがあるのではないかと私は感じています。願いがあるけれど、願いとは別に現実があり、願いと現実のとの折り合いが様々な事情によってつけられない、そのつらさや苦しさが「消えたい」という表現になるというイメージです。また、「消えたい」という表現をしていたとしても、一人ひとりの「消えたい」の中身はそれぞれ違うようにも思います。他の言葉ではうまく表現できない、まだ言葉にならない思いがそこには詰まっているように思います。あなたの経験談を読み、言葉にならない複雑な思いがあることを改めて感じています。そして、よくよく考えてみると、実は説明できると思っていたつらさや苦しさが、説明できるような気になっていただけで、実際にはそんなに単純なことではない…ということの方が多いのかもしれないと考えました。私たちは不確かなことや分からない状態では居心地が悪かったり、不安なので、分かった気になったり、理由を探したり、言い訳を見つけたりする傾向にあるように思います。
あなたは好奇心が旺盛で、想像力や行動力もある人なのだろうと感じました。そして、感性が刺激されることにワクワクするのかなと想像しています。私は最近は心理学をベースにして人の個性を分類したり、特徴を解説するチェックリストに興味を持ち、やってみて周囲の人と意見交換することがあります。多少、決めつけるような表現が面白おかしく書かれている面もありますが、結果を参考にして自分を客観視する機会になったり、他の人から見える自分について知ることができたり、面白いなぁと感じることがあります。自分のことだからこそ、自分でよく分かることもありますが、自分だからこそよくわかっていないこともあります。自分で思い描く姿と周囲から見える姿にも違いがあります。そうしたギャップを知ると、これまで難しいと思っていたことのヒントが見えたり、別の方法があるのではないかと感じたり、誰に頼ればいいか、何を生かせばいいのか見つかることもあると私は感じます。
あなたは親や交際相手、友達などすでに周囲の人たちにも相談したり、意見をもらったりする機会もあるようですが、どうしても利害関係のある人からの意見は厳しくなりがちだったり、分かってほしいという自分の願望が入り、冷静に聞けないこともあるのかなと思います。また、近いからこそ本音は言えず、何となく濁して伝えたり、選んで話をしたり、時には繕ったりすることもあるのかもしれません。だからこそ自分の中で消化不良で溜まっていることもありそうに感じます。その点、私は経験談を読んだだけの通りすがりの第三者で、利害関係がない立場です。そうした立場から感じたのは、あなたも書いている通り「頭がいっぱい」で情報過多になっている気がするので、今までより一歩踏み込んで自由に自己表現をしてみたらと声をかけたくなりました。考えてみるとあなたが惹かれている演劇も写真もそれこそ自己表現です。ただ、学校で学んだことや既存の他の人たちの作品や活動という枠組みがあることで、あなた自身のエネルギーの爆発が抑えられているのかもしれないと想像しています(全然違ったらすみません)。この経験談からもまだまだ表現しきれないためらいや不安、懼れのようなものを感じました。それはあなた自身の問題というより、私たちの暮らす社会が一人ひとりの表現を歓迎するのではなく、何かしら枠にはまるように誰が決めたわけでもないのにみんなと同じような基準を気にするようなベースがあるからなのかもしれないと感じています。多くの人たちがちょっとずつ枠を広げる表現ができることで、もう少し息がしやすい社会になるのかもしれないと思いつつ、そのためにいろいろな人たちの感じることや考えることをもっと知りたいと思いました。