経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自分を好きになる事が難しい

私は小中の時、同年代と馴染めなかったため不登校や別室登校、転校、色々と経験しました。まともに人と関わらなかったせいか、幼い精神のまま一向に育たず高校生になりました。
今は周りに恵まれて友達は出来ましたが、相変わらず深い関わり方はできぬまま。信用することが難しいです。
友達との関わり方も、自分という存在の価値や意義も分からないです。モヤモヤします。
私は容姿が醜くて仕方ないのですが、これが原因で人と上手く関われないのかもしれません。美容と愛嬌には最大限気を使ってますがなんだか生まれつき不細工なのと、目付きが悪いものでして。埋没して少し緩和されましたが、それでも納得いっていません。
あるいは私の話し方でしょうか。自信のなさが出てしまい、よく人に舐められるものです。
はたまた、親が悪いのでしょうか。過保護で、独自ルールも多かったため、確かに同年代と同じように関わることができず、話についていけないことも多々ありました。
昔のことを思い出しても、私は自分の事が大嫌いです。容姿も中身も気持ち悪くて仕方ありません。この姿で人と関わっているのかと思うと虫唾が走ります。
何年も生きてわかったことは、幼くて無能な自分をどうしても好きになれないということです。
この世を生きる皆さんは、今の自分のことをちゃんと好きになった上で生きているのでしょうか。
自分を好きになれないのはおかしいでしょうか。
好きになる方法は、いくつか存在しますか?

感想1

経験談の投稿ありがとうございます。“まともに人と関われなかった時間”が、そのままあなたの中で空白として残り続けているのではないかなと想像しながら読ませてもらいました。不登校や別室登校、転校を経験したことで、同年代と自然にぶつかり合ったり、失敗したり、距離を測ったりする機会が奪われてしまったというのか…それによって、自分だけが周囲から取り残されているのではないか、精神が幼いまま止まっているのではないか、という焦りが募り、それが今も心の底に沈んでいるように私は感じました。
周囲に恵まれて友だちができた今でも、深く関われない、信用できないという感覚が残っているのは、人間関係そのものが「安心」よりも先に例えば“評価”や“拒絶”と結びついてきたからかもしれないなとも思いました。関わるほど、自分の価値や意義を試されているように感じてしまう状態で自然体でいることなんて難しいことでしょうし、かえって苦しくなるのは無理もないことだと私も経験して思うことです。
家庭内で過保護や独自ルールがある中で過ごしてきたことについて、“親のせいにしたい”と“それでも自分が悪いのではないか”という揺れがどこかあるのかなとも感じました。あらゆる場面で、またはふとした瞬間に同年代と同じ経験をしてきたことを暗黙の前提に人を測りがちだよなと感じることも多くて、その前提から外れていることに気づいた時に、別に自分が悪いわけではないはずなのに、自分を責める気持ちが出てきてしまうよなと、そう思わされてしまうこの社会の価値観にほとほと理不尽さを感じずにはいられないところです。
最後のほうに書かれている「今の自分を好きになった上で生きている人はいるのか」という問い、深く考えさせられました。何となくでしかないのですが、好きと嫌いの間を行き来しながら生きていて、安定して自分を肯定できている人の方が少ないのかもしれないと私は感じています。私自身、“自分のことが好き”という感覚をこれまで抱いたことがなく、でも好きであるのが普通とか好きにならなければいけないという誰が決めたのか分からない風潮に合わせてまで自分を好きになるのは違うなって私は思いますし、あなたも「おかしいのでしょうか」と疑問を抱いているということは少なからず、そうした世間の風潮に違和感を持っていたりするのかな?と想像していました。(違っていたらすみません)
あなたの感覚をおかしいとは思わないですし、“自分を好きになれない”という状態そのものが、異常でも怠慢でもなく、これまでの経験の積み重ねから自然に生じた感覚なのではないかと私は思いますということをお伝えして感想とさせてもらいます。また必要に感じられた時はいつでも死にトリに声を届けてください。

感想2

タイトルにとても共感しながら感想を書かせてもらっています。
読みながら思ったのですが、あなた自身、「自分を好きになりたい!」と強く望んでいるのかどうか気になった私がいます。
私の勝手な解釈で、経験談に書かれている内容や感情から一つ一つ考えてみたのですが、
自分を好きになれないことで生きづらさが増している気がする・自分を好きになれないことで、自分を許せない感覚がある・『自分を好きになれない自分』はおかしいのではないか…?と、何かに思わされている(追い込まれてる)感覚もあるのではないだろうかと想像してみました。
書いてくれていたように、これまでの苦しい経験や環境、容姿についてなど、あなたは自分のことをとても分析して、試行錯誤して、ここまできた方なんだなと私は感じました。でも同時に、そうせざるを得なかったつらい状況であったことも伝わった気がしています。

私も自分を、『幼くて無能』だと感じているのですが、好きになれないし、許せない(自分もだし、大人にさせてくれなかった環境に対しても)と思うところがあります。あなたも似た気持ちがあるかなぁと、考えてみたところです。
自分のことを好きになると、自分の心(意見や感情など)を大切にできて、もしかしたら生きやすいと感じる人もいるかもしれません。でも、そうじゃない人もこの世界には多くいるのではないだろうかと私は思いますし、人それぞれの『自分を好きと思える感覚』または、『自分を許せる感覚』みたいなものがあるんじゃないだろうかと思い、その方法も星の数以上あるのかもしれないと私は思いました。

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