以前にも、死にトリに書き込んで話を聞いてもらった者です。すごく勇気をもらい私の感覚がおかしい訳ではないのだ、と支えらました。気分が落ちたり、自分を責める頻度は減ったものの相変わらず辛く苦しい日々を過ごしています。
14歳、私は国語の教師兼担任の授業方式のせいで不登校になり、逃げるようにアメリカに留学したものの、15歳の時同じタイプの先生と問題解決をしようしとないカウンセラーにより現地の学校にも通えなくなりました。初めてここに投稿したときはアメリカの学校を1年休学し、その間にメンタルが回復したら復学できる、ということになっていました。ですが、1年で元に戻るほど軽い傷ではなかったため、結局アメリカに戻るとこはできませんでした。
主治医から複雑性PTSDで学校に戻ることは現実的ではない、と伝えられたときすごく辛かったし、それを目標に頑張ってきた私にしてみればゴールがなくなったと同然でこの先どうしたらいいかわからなくなりました。結局日本の半分通信、半分インターナショナスクールのような学校に所属することになりました。その学校は荒れていて休み時間に生徒がタバコを吸いに外に出る、みんな授業中に好きな時に大きな声でしゃべる、そのよう環境でした。それでも成績表や推薦状は書いてもらえるということでそこに所属することになりました。まだ学校という場所が怖いし、聴覚過敏である私にとって学校に行くことは難しく、必要なときに母と放課後に教員室に行くぐらいでした。しかし、学校に行きたい、私も普通の高校生をしてみたい、という気持ちは消えていませんでした。日本に帰ってきてからは、他の人と同じように高校生生活を送れない自分、どこにも馴染むことのできない自分、通学時に乗っていた電車に乗るとパニック障害が出てしまう自分、無気力で何もできない自分と戦っていました。母の1番目の姉である精神科医の叔母からは母が居ない時にに、「ママに甘えないで自分で解決しなさい」と言われ、母の2番目の姉からは「ヘルプマーク付けた方がいいんじゃない」と言われ、それを勇気を出して伝えても「冗談でしょ」と流す母、頼れる人は身近にはいないんだな、と再確認しました。私の2個下の妹も「今日もどうせ学校行かないで家でゆっくりしてたんでしょ」など嫌味を言うようになり、家に居場所はないわ他に行く場所もないわで八方塞がりでした。家が医師家系で私の大好きだった祖父も医師だったということもあり特にやりたいこともなかった私は医師を目指すようになりました。しかし、日本のメンタルヘルスへの考え方や実家にいたくない、という思いから海外の医学部を目指すようになりました。気分が落ちるたび、誰かに助けてほしいけれど一番近くにいるの母は、そんなんで海外の学校行けるの、と心配よりもバカにしたような感じの言葉を言ってきます。母と私は完全に違う考え方、感じ方の人間なので理解してもらおう、とまでとは思ってないけれども分かろうという努力はしてくれよ、と思ってしまいます。そんな自分の気持ちを正直に吐き出せる場所がないのはすごく辛くてみんなが寝た後1人で夜泣く、ということを繰り返しています。そして私は今18歳、もう医者になりたいのかも分からなくなってきているし、やっぱり消えてしまいたいという感情が圧倒的に強くて、、、。どうせ自殺もできないんだっらこれから生きていく道を考えなければいけなくなって、でも生きたいと思えなくて。もうどうしたらいいのか分からなくなってます。辛いです。死にたいけど死ぬ勇気もありません。でももし私が死んだら原因の教師に負けたようで嫌です。生きる理由もなく、心から笑うこともできず4年間を過ごしています。医者になってみたいけど死ねるならそっちの方が断然いい、そんなことを考える毎日です。立ち向かってくる全てのものに耐えようとしていた私の中の私も疲れてきています。どうしたらいいのかわかりません。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
自分が目指している自分ってなんなんだろう
感想2
学校でも馴染めない感覚があったり、聴覚過敏やあなた独自の感じ方があっても家ではあまりあなた自身の感覚に寄り添ってもらえる場所がない中で、自分の感覚を信頼するのもむずかしくなってしまうときがあるのかなとも思いました。私も私の感覚でとても辛くて死にたいと感じることが結構あったのですが、親にはその辛さがピンとこないようで、10代のころわかってもらえないと感じたことがあります。それは私の親が特別悪いとかそういう話をしたいのではなく、むしろ世の中で「実は人それぞれがいろいろな感覚の持ち方や思考の仕方をしていて、多様な違いがある」ということがまだあまりちゃんと認知されていないことの問題でもあるのかなと思っています。だからこそ、死にトリはさまざまな人の感じ方や思いを教えてもらえる場所として、大事だなと個人的には思っていますし、あなたがここに再び経験談を送ってくれてうれしいです。
あなたの経験談を読んでいて、以前友人が、学生時代家や学校がつらい中で「私は目標に依存していたと思う」と言っていたことを思い出しました。私は目標に向かって頑張るのが苦手なタイプなのですが、一般的には目標というのは、現在が苦しい中でなんらかのエネルギーを作り出す力を持っている気がします。あなたもそうやって未来をイメージすることで、現在をしのいできたところがあるのかなと想像しました。ただ、目標を持って自分のブーストをかけるのには限界があって、日々ゆっくり休んだり回復したりするというようなエネルギーの補給が十分でないような状態では、ジリ貧状態になってしまうむずかしさがある気がします。
あなたのこれまでの目標の前提には、負けたくない気持ちもあるのかなと思いました。あなたの文章からは強い悔しさと戸惑いを感じました。不登校のきっかけになった授業の出来事や教師にも、自分自身にも、すごく悔しい気持ちがある感じがしたのです。「悔しい」とは一言も書いてないし、私が勝手なまとめ方をしてしまっていたら申し訳ないのですが、自分自身を大事にしたいという前提を持っているからこその戸惑いや悔しさでもあるのかな、と思ったのでした。
不登校や留学などの中でも、あなたはあなた自身がなんとか自分なりの納得のいく生活や自分への期待を持てるように努力してきたのかなと想像しています。でも目標をいま願ったように叶えることはむずかしいくらい傷ついて疲れているような現実もあって、そのギャップの中でどう自分をとらえればいいのか、どうこれからを考えればいいのかわからなくなっているようにも感じました。
私は勝ち負けの感覚があまりわからなくて、いろいろ考えていたのですが、勝ち負けって多分ルールが最初にあるはずですよね。でもこの世界には多様な価値観があるので、人生の中の勝ちと負けを決めようと思ったら、既にルールのあるゲームを選ぶか、自分の好きなルールを作るしかない気がします。あなたの勝ち負けのルールブックにはどんなことが書いてあるのだろう?と思いました。
「立ち向かってくる全てのものに耐えようとしていた」と最後に書いてありますが、いつもかわすことなくまっすぐ全身で受けているような感じがしました。個人的にはあなたが「耐える」以外に「逃げる」ができるような場所があったらいいのかなぁとも思いました。人は生き物なので、疲れたら栄養を補給したり、回復するまで休んだりする必要があります。あなたがゆっくり休める場所、回復にエネルギーを支える時間があることを願っています。死にトリは休憩場所としてあまり合ってはいないかもですが、あなたの思いをまた話しにきてもらえたらうれしいです。経験談の投稿ありがとうございました。
感想1
18歳で進路をはっきり決められる人はどれくらいいるのだろう、18歳のときに目指した職業になった大人はどれくらいいるのだろう…ということを読み終わってまず考えてしまいました。ただ、あなたの気持ちがぐちゃぐちゃで、とてもしんどい状態であることはよく伝わってきましたし、その中でせめて「目指したい自分」が明確にあれば、立て直す支えになるように感じているのかもしれないな…とも想像しています。
私は目指すものがわからないことや、揺れてしまうことは自然なことだと思います。あなたが医者になりたいかは私からは何とも言えませんが、日本のメンタルヘルスへの考え方に思うことや、実家にいたくない気持ち、祖父を慕う思いは、あなたにとってとても確かで大切なものなのだろうと感じます。それらの思いを大切にして叶える方法は「医者になる」以外にもあるとは思いますが、医者になりたい動機には、あなたらしさやあなたの心があるように私は思いました。
今の環境があなたにとってしんどいこと、そして、これまでもしんどいことがたくさんあって回復しきれないままにあることを私は感じました。私は、もし何も挫折やショックが無かったとしても、10代というのは過酷な時期だと思っています。多感で、すごくいろんなことを感じて考えてしまう時期ですし、大人になることも迫ってきます。大人側の都合のいいように「もう大人になりなさい」と「まだ子どもなんだからそんな自由はありません」に挟まれる窮屈さもあるように思います。誰にとっても大人の見守りと手助けがないと難しい時期に、大人に逆に厳しい目を向けられて、時に振り回されるような関わりをされたら、とてつもなく苦しくなってしまうと私は感じます。もし同じ齢の頃の自分があなたと同じ環境に置かれたら…と想像すると、「どうしたらいいかわからない」となるだろうと思いました。だから、母に対しての「分かろうという努力はしてくれよ」の言葉はとても切実に響きましたし、私も同じ叫びをあなたの母にぶつけたくなってしまいました。
私は、人間は悩み続ける生き物だと思いますし、10代は悩むことが仕事だとさえ思います。悩みながら自分を知り、つながりを増やし、自分を助けてくれるものを見つけていくのは、何をしていくにも大切なことだとも感じます。だから、助けてほしいと思えて、アクションしようとしているだけで、あなたはやるべきことをやっていると感じますし、もし何も思っていなくてもしていなくても、生きるために精一杯日々を送っているのを感じています。その精一杯さに寄り添ってほしい、寄り添う大人がいてほしい、という思いです。
経験談の投稿ありがとうございました。