経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

ただただ無力で悲しい

薬指と小指のしびれでうまくタイピングできない、ロクに判断もできない、思考力も落ちてる状態で、ほんの少しのかるい胸痛を感じたら白湯をちまちま飲んで、全身脱力が強い時は離席して床に座り込んだり、便座の蓋に上半身を預け力抜いて、昨日は頑張った
仕事が終わった瞬間電池が切れて、公共施設のソファーになだれ込むように横になる。
たくさんの方から救急呼ぶ?って言って、ポカリまでくれた。

それからは、気力で帰った
からあげクンが食べたかったから、近くのスーパーで200円の唐揚げを買いGHの家路に
入院する予定だったのに唯一の保証人候補も断られた絶望しかなかった、相談支援員さんにはあらかじめ身内の頼れなさを淡々と送ったこのポジションの人はこの問題点があっててと説明したメールは送った
断られたメッセージもちゃんと

まわりに迷惑をかけたくない、職場での雑談が心の拠り所
私はただただ仕事がしたいだけなのに

そもそも一般じゃなくて現環境がA型なのに
助けを呼べば答えてくれる優しい環境
でもわたしは一般を目指したいから、助けを極力呼びたくない

こうやって書いてる間も軽い胸痛がする。
あぁ 自分が嫌だ

感想1

できるだけ自分でやりたいという強い思いとともに、思うように動けない自分への悔しさを感じました。
ただ、経験談を読むと、身内から「迷惑をかけてはいけない」と言われた経験や、身内を頼れないことにより自分でなんとかするしかなかった経験もあったのではないかと考えていました。あくまで想像ですが、そうした経験が積み重なっていくと「自分1人でできなくてはならない」という強い義務感、価値観が自分の中にどんどんと根を張っていくような気がしています。最初に、強い思いと書きましたが、それはあなたの意思ではなくて、強く根付いた感覚に近いのかな?とも思っています。

私自身もなんでも自分でできるようにならなくては、という思いが少なからずあります。ただ、そういう気持ちが強いときほど調子を崩していくのです。周りを見ても、人から上手に助けてもらっている人ほど、健康だったり、パフォーマンスを維持できていたり…。なので、助けてもらえる時に助けてもらえたほうがいいのだろうな、と思っているのですが、いざ行動に移そうと思うと難しいのですよね。本当に不思議です。1人でできて一人前みたいな無言の圧が社会にはある気もするので、そういったものが見えないところで私たちを苦しめているのではないか、と改めて思ったのでした。投稿ありがとうございました。

感想2

あなたの日常の様子とともに日々を過ごす確かな思いが込められているように思いました。こんな思いで、こんな日常を送っている存在がここにいるということがさりげなく伝わってくる短いドラマのような印象も受けました。ドラマを見ている私はポカリをくれた通行人と同じように、あなたの健康が気がかりで、無理をしないでねと声をかけたくなります。ただ、通行人と違うのは通行人からは見えないあなたの心の内を読んだので、多少の無理をしてでも果たしたいことがある強い意志も知っていることです。自分の限界もあなた自身がよく分かっていながらギリギリの挑戦をしているようにも感じたので、心配ではありながらも、支持したい気持ちにもなります。私はギリギリで頑張るのもいいと思いますし、体調を考えて休んだり、立ち止まったりしてもいいと思います。身寄りがない人の保証人については以前から問題になっていて、最近では考慮して対応してくれる病院や行政も増えてきたように思います。相談支援員さんにもすでに相談しているようなので、使えるものは活用しながら、あなたのペースや希望に合った働き方が見つかることを願う気持ちです。タイトルには「無力で悲しい」とありますが、短い経験談からにじみ出るあなたの存在や意思の強さにある種の力を感じたことをお伝えします。

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