自分は、小学校でイジメられた。
ひどいものだった。
大人も対応してくれ無かった。
中学受験した。
中学校に入った。
イジメられた。
どうしてこうなるの、どうしてこうなってしまったの。
いじめがフラッシュバックしてやまない。
被害妄想と加害妄想がやまない。
自己嫌悪も一緒にやまない。
どうして受験してまでいじめられたのか。
自分が悪いのか。もう。分からない。
趣味はあるが、楽しめない。
もう生きたくない。なんて何度思ったことだろう。
学校では明るく振る舞っている。
それに加えてADHDとASDも追加だ。
鬱みたいになってからリミッターがよく外れるようになった。
死にたい。
救いなんてないんだ、自分の人生は幸せになれないんだ。
そう思った。
薬はもらったが効かない。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
どこで道を踏み外したのだろうか。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
自分の意味
感想2
長い間ずっと苦しみを抱えながら生きてきたことを受け止めました。最後に「どこで道を踏み外したのだろう」とありましたが、あなたが道を踏み外したというわけではなく、いじめという事故に巻き込まれてしまったように感じました。ただ、いじめという事故は明らかな人災です。人災と言っても、いじめた個人からの人災ではなく、社会の仕組みの不備が複数絡み合った社会的な人災だと思います。いじめは防ぐことができると思いますし、もしも、あってしまったとしても守られたり、ケアを受けたりする必要があります。ところが、そうした仕組みがうまく機能しないのが、いじめの問題の根深さだと思います。あなたの短い文章の中にその根深さのリアルがぎゅっとつまっているように感じています。
だからこそ、あなたがいじめのダメージから回復するために何が必要だと思うか聞いてみたいです。また、子ども時代のあなたにどんな関わりや声かけ、サポートの仕組みがあればいいのか聞いてみたいと思います。いじめの防止策や起こったときの対応策については法律や仕組みがありますが、残念ながらあまり機能しているようには思えません。きっとあなたのような当事者の声に耳を傾け、意見を聞く機会が少ないまま仕組みを作っているからではないかと私は思います。そして私も、自分にもつながっている社会の課題として考えていきたいと思います。
感想1
短い文章の中から、悲しさや絶望感、静かな怒りのようなものを感じながら読ませてもらいました。大人への相談、そして中学受験で環境を変えたり、あなたなりにいじめに対して出来ることをやってきたことが伝わってきました。その一方で、止むことのない現状にどれだけ絶望したのだろう…と想像してもしきれない思いでいます。
なんて理不尽なのだろうと憤りを感じますし、いじめられる側が悪いなんてことは絶対にない、そう思っています。(と言いながら、自分がいじめに遭ったときは「自分が悪いのかな」と思っていたのですが…)繰り返し使われていた「どうして」にはその理不尽さ、到底納得できるはずのない思いがこもっていると私は感じています。なので、私にはあなたが道を踏み外したとはどうしても思えませんでした。
戦うには気力も体力もいるけれど、理不尽をそのままにしておきたくないし、こんな社会を変えるためにも出来る範囲で声を上げていきたいと背筋を伸ばしたくなりました。投稿ありがとうございました。