経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

この人生のどこが分岐点だったのだろう

中学生まで勉強もスポーツも何事も無意識に頑張れて空気が読めて誰からも嫌われる事のないとても良い子でした。しかし仲の良かった友達との関係が悪化した事がきっかけで自分の中で何かが崩れ幻覚や幻聴が聞こえるという嘘をつき通し不登校になりました。精神科を受診し薬を処方されました。高校もどうにか入学しましたが不登校になり通信制高校に入りました。専門学校に行き就職したものの中学生の時の知り合いにネットワークビジネスに誘われ、社会経験の乏しかった私は仲間が出来たと大喜びで家族を捨てて1人暮らしをしたりのめり込みました。でもお金が底をついた途端、仲間との連絡が途絶えました。初めて自殺未遂を起こして入院をしました。3ヶ月閉鎖病棟に入院しデイケアに通い行きつ戻りつしながら就労移行支援に通い就職し、その職場から転職し今では正社員として普通の人と同じように働いています。この間も今もずっと私のすぐ隣には死にたい気持ちがあります。普段は隠れて見えないけどちょっとした事がきっかけで死のうと行動を起こします。結局毎回未遂で終わってしまうので死ぬのも難しいと感じています。死ぬ事ができないならこの苦しみから逃れないじゃないかと絶望した事もあります。毎日仕事に行くのも正直しんどいですが、無になって毎朝電車に揺られています。

感想1

とても良い子だった自分と何かが崩れてからの自分のギャップはすごく大きいものだったのではないかと感じました。その違いにあなた自身も戸惑いやどう認識したら良いのかわからない気持ちが未だにあるような印象も受けています。
無意識に頑張れていた、そして嘘をつき通して不登校になったことを思うと、「頑張るものだ」「正当な理由がないと休んではいけない」そんな価値観や感覚がどこか刷り込まれていて、辛い時や弱音を吐きたいがあって時も無意識に見ないフリをしていた(それしか方法がわからなかった)のではないかとも私は感じました。何かが崩れた時も、友達とのことが原因だったのかもしれないし、見えないところで蓄積されていたものに気づいたきっかけだったのかもしれないと、いろんな想像が浮かんでもう少し聞いてみたい気持ちになっているところでした。投稿ありがとうございました。

感想2

タイトルにある分岐点を意識しながら読み進めました。読み終えた時に、もしかしたら分岐点はこの文章の前…完璧にやりきっていた中学生の手前にあったのでは…そんな風に思えました。「うまくやれないはずはない自分」がまさか人間関係でトラブルになってしまい、自分の何を信じたらいいのか前後不覚になったような印象を私は持ちました。周囲の空気を読みまくって築き上げてきた自分像が崩れた時にはその他の生き方がわからなくなりそうです。
中学までの生き方はあなたが心から望んだものなのか、家族や学校など周囲に求められた“あなた像”だったのか、どうでしょう。
あなたは生まれながらの能力を使いながら今は何とか死にたい自分に蓋をして仕事をしつつ日々を過ごしていると思いますが、人知れずそれを続けるのもしんどいものです。今回のように自分の分岐点や誰にも左右されない本来の自分について見つめてみると「あっ自分ってもしかしたら…」って何か違う景色が見えるかもしれないですね。電車に揺られる無の時間…会ったことのないあなたのその様子を思い浮かべながら感想を書きました。
投稿してくれてありがとうございました。

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