経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

ゴミのような人生

私の名前はまるで両親から望まれて産まれたかのような名前。でも実際は違う。私が出来たせいで両親は結婚した。妹は可愛がられ、私は殴られ蹴られ妹の面倒を見てきた。親は毎日喧嘩。「お前がいなければ」「お前のせいだ」何度言われたかわからない。幼稚園の頃、妹と喧嘩になって妹をいらないって言った。「山に捨ててくればいいのか」と怒鳴られ、頷いた私を母は蹴り飛ばして「この子の方が大事だからお前を山に捨てる」と言った。なんで喧嘩したかも覚えていないけど、その言葉だけが残ってる。
アダルトチルドレン、愛着障害、精神障害、発達障害、パーソナリティ障害、睡眠障害。自分が何者かを示す言葉は病名ばかり。小学生までは何も気付かず幸せに過ごしていた。この環境が普通ではないことも、自分が普通でないことも。中学で色々知った。その頃から毎日死にたいと思っていた。自傷行為もその頃から始まった。
高校生になってバイトで人に感謝されることが生きがいになった。家にいたくなくて毎日バイトしていた。家にいたくなくて毎日違う知らない人の家にいた。でもわかりあえる友達もいたし、恩師もいた。それだけが救いだった。家出しても何も言われなかった。誰にも探されなかった。きっと自分はこの世から居なくなっても誰にも気付かれないと思った。
祖父母が行かせてくれた大学では将来の夢のために勉強した。でも死にたい気持ちはずっとあった。その頃の彼から性暴力を受けて妊娠した。自分の親みたいになりたくなくて堕ろすことを決めた。もう既に同類だけど。彼に堕ろす事を伝えたら殴られ蹴られ「人殺し」と呼ばれた。結局病院に行く前に流産した。望まれていないことを知って、私の心が壊れる前にきっと自分で戻って行ったんだ。望まれてないのに産まれてきてしまった自分よりよっぽど賢くて優しい子だと思った。「燈(あかり)」という名前をつけた。
社会人になってからは書けない。とにかく仕事も家族もぐちゃぐちゃ。
今は昔より色濃く死にたいと思ってる。
ただ普通に幸せになりたかっただけなのにな。

感想1

昔お世話になったカウンセラーが「たまに、その家系の業を背負って生まれてきたんだなと思う人がいる」という話をしていました。あなたの経験談を読んで、その話を思い出しました。ただ生まれてきただけで、どうして業を背負わされなければいけないのか、背負わされた人はどう生きればいいのか、聞いた当時は腑に落ちない気持ちでいっぱいでした。今は少し、そういう人が世の中に確かに生きているのだということがわかってきました。あなたもまさに、そういう人なのではないかと想像しています。
あなたの経験談を読んで、自身の行動を省みず子どもに対して「お前のせい」と言葉をかけたり、妹をいらないと言ったあなたの言葉を額面通りに受け取って「山に捨ててくればいいのか」と返した親の行動に至極勝手ながら幼さを感じました。幼い親に育てられなければいけない苦労、どれほどのものだったか想像もつきません。そんな生活の中でも友だちや恩師と呼べる人との関わりを作ってこられたのは、あなたの力、強味なのだと思います。
現在どのように過ごされているのかは文面にありませんでしたが、継続的な医療などにはつながっているのでしょうか。それで何もかもが解決する、癒やされるということではないと思いますが、あなたの抱える苦しさを少しでもおろせる先があればいいなと思います。
普通の幸せというものが、私にもどういうものかわかりません。私も一時期より存在感が薄くなったとは言え、今もすぐとなりに死にたい気持ちが居座っています。「普通に幸せになる」というのは若干諦めつつありますが、幸せかもなと思える瞬間は度々あります。そうやってなんとか生き繋いでいる感じです。
戻って行った子に「燈」という暖かな名前を贈ったあなたにも、幸せが優しくともるような瞬間がたくさんあるといいのになと思いました。その瞬間を積み重ねることで、あなたも私も、自分なりの幸せになれるんじゃないかと思います。そうであってほしい。経験談を通してつながった小さなご縁ですが、勝手ながらあなたの幸せを祈ります。
経験談の投稿、ありがとうございました。

感想2

「自分が何者かを示す言葉は病名ばかり」という一文に呼び止められ、何度も読みました。胸が詰まる思いで、どんな言葉をあなたと共有し合いたいのか行ったり来たりする気持ちです。あの頃の怒鳴られたり、蹴飛ばされたりした体の痛みは取れただろうか。逃げ場所も無い家庭の中では、目の当たりにする光景が日常であり普通となる。私の場合は父親の顔色を見ながら生活していて、今でもガビガビになったお茶碗が台所に溜まり、洗濯籠から明日学校に着ていく服をあさっていた自分を思い出したりします。

傷つききっていた暮らしの中でも、ここよりはマシとバイト先を見つけ仕事をこなし恩師や良き友人に出会うことができたあなた。経緯やあなたの心情はわからないところなのですが、祖父母さんたちからの大学資金提供を受けることができた。どんな場面でも誰と居ても、いくつもの「できた」を得るためにあなたがどれだけ自分を奮い立たせ、多くの労力を使ってきたのか想像に難しくないことでした。

「望まれていないのに産まれてきた」それをあなたは「罪」と感じ、そう感じさせられるような関りを親からされてきたと率直に思います。誰かの子どもである私たちは、いつになったら親を切り離し「私個人」になれるのだろうか?と、自分にも世間にも問いたいような気持がいつもどこかにあったりします。あんなに傷つけられたのだから、「私は傷ついた」と宣言し一も二も無く拒否しグッバイと言えたなら。親の影響でいびつに育ってきた心の形を、今からここから自分で形成し直すことが簡単にできたなら、たくさんの傷つきに触れるたびにそんなことを思います。殴られたり、蹴られたりしても良いあなたはどこにもいません。誰かを守る方法は自分自身で決めて良いこととも思います。心と体を休ませる、場所と時間があることを願っています。投稿いただき、ありがとうございました。

一覧へ戻る