経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自死遺児

17年前、私が9歳の時に母は自殺しました。
母は結婚していなかったのでシングルマザーで私を育ててくれていました。
そんな母の死は私を孤独へと突き落としました。

自死遺児の方の経験談等を様々なサイトで読みましたが、どれも大体が両親の片方。
そんな方々の文面を見ても私には羨ましいという感情しか出てこず、そんな自分に腹立たしさも感じました。

幸い私には祖父母や母の姉家族が近くに居たので祖父母に引き取られ育ててもらいました。
目の前の家には母の姉家族や歳の近い従姉妹も数名いたのですが、どうしたって孤独や寂しさは消える訳もなく、家族にだって私の気持ちは分からない。と一線を置いていたように今は感じます。

母と過した9年間はとても幸せでしたし、すごく愛されていたと思います。
母がどうしてもと私を産んだことも祖母に聞きましたし、生まれてから2歳までの育児日記も読みました。

けれど今思い返すと、私は母の手料理を離乳食以外で食べたことがない。
毎週金曜日には祖父母の家に預けられ、母は当時お付き合いしていた方の家に。
時にはお酒に酔って叩かれることや、薬を沢山飲んでリビングで寝てしまいどれだけ起こしても起きないこともしばしば。

育児放棄、ネグレクト、まではいかないにしてもそれに近しいものではあったように思います。

母が亡くなった時、私は9歳でしたので流石に自殺とは言えなかったみたいで、10年経つまで教えては貰えませんでした。

無くなった当日は金曜日だったので、いつも通り祖父が学校にむかえにきてくれて、母と私の住むマンションに行き母に「行ってくるね」と電話をかけました。
いつもなら上まで行って顔を見て行ってきますを言うのに、その日はなぜか電話で済ませてしまいました。

なので母の顔を見たのはその日の朝が最後。
声を聞いたのは電話越しの「行ってらっしゃい」が最後でした。

周りの反対を押し切ってまで私を産んだのに、たった9年で私を残して死を選ぶなんて。
とずっと感じてきましたが、私が双極性障害になって初めて、母の死に対する思いの強さを実感しました。

私は死にたい。辛い。と思っても周りの家族のことが頭に浮かび実行に移すことが出来なかった。
なのに母は9歳の私を置いてでも死を選んだ。
相当辛くて、しんどかったんだろう。と今では思います。

死んだら母に会えるのかなと17年間思っているけれど、死ぬことが出来ていない。
結局生かされてる。
死にたいと毎日思うのに、死ねない。

残された側の気持ちを痛いほど知っている。のに死にたいと思ってしまう。
自殺未遂を繰り返してします。そんな自分に嫌気がさす。幼い頃に見た母と同じようになっている自分。
結婚して夫という存在が私を支えてくれるけれど、子供が欲しいと思っても、母と同じ道を歩んでしまうのではないか。私と同じ思いをさせてしまうのではないか。という恐怖感に襲われる。

死にたいと思うのに生きたいとも思う。
もう開放されたい。孤独も寂しさも全部なくして消えてしまいたい。

7年前に大好きだった祖父も病死して、今はもう祖母しかいない。
祖母が亡くなった時がきっと私も死ぬ時だと思っている。
きっと周りの家族や夫もそれを感じていると思う。

精神疾患を患っている方はわかると思うけれど、とにかく死にひっぱられる。
ニュースで芸能人が亡くなった自死を選んだ。なんてものを見たら〝あ、私も死ななきゃ〟と思ってしまう。

死にたいと思う気持ちが無くなることはあるのだろうか。

感想1

あなたとはまた違うかもしれないけれど、私は6歳の頃に親が離婚して母が家出したり、継父が自死したりと幼少期から色々考えることがありました。そんな自分も多少重ね合わせて読ませてもらいました。
孤独へ突き落された9歳のあなたを想像すると心が苦しくなるような感覚になります。映像や感情など冷凍保存されたようにいつでも思い出せるのでは…。当時のお母さんの思いがわからないことは頭ではわかっているはずなのにこれまであれこれと考え続けてきたのかもしれません。ただ、お母さんから愛されたという9年分の感覚は、意識、無意識に関わらずあなたを支えているというか土台に練り込まれでいるのだと私は思います。今となってはあなたも色々と経験してお母さんの思いを違う角度から見ているような気もしました。様々な思いや過去に潰されそうになりつつ揺れながら成長し、生きたあなたがいます。生きたいと死にたいとの狭間で葛藤しつつ生きているのはとても自然なことだと私は感じます。
自死した私の継父は遺書もなかったのでこどものことをどう思っていたのか今も時々思い出すことがあります。実態はもう無いけれど、継父との人間関係は自分が死ぬまで変わらず心の中で続くんだろうとあなたの投稿を読んで改めて感じました。あなたの場合はお母さんとの関係はどうでしょう。きっと当時から残っている寂しさが消えることや満たされることはなかなかないのかもしれませんが、同時にあなたを支えていることもあるでしょうか。
またよかったらこうやって気持ちを置きにきてくれたらと思います。
投稿ありがとうございました。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。文章を読みながら、9歳で突然世界の色が変わってしまい、その後の17年間ずっと欠けたままの風景を抱えて歩いてきたことが、静かに胸の奥を強く締めつけるように伝わってきました。お母さんとの記憶は確かに温かくて、あなたに向けた愛情があったことも感じられるのに、同時にその裏にあった不安定さや依存の気配が、今になってあなたの心に別の輪郭を与えているように私には思えました。
お母さんの死が“事実としての死”ではなく、“愛してくれた人に置いていかれたという出来事”として刻まれ、しかもそれが自死であると知ったのは10年後で、その時間差の大きさが、失ったことの痛みを二重にも三重にもしてしまったのではないかと想像しています。お母さんがあなたを置いていったという感覚と、自分が双極性障がいを抱えて初めて見えてきたお母さんの苦しみ…その二つがずっと心の中でぶつかり合い続けてきたのではないでしょうか。(違っていたらすみません)
残された側の痛みをよく知っているのに、自分も死に引っ張られてしまうことは、矛盾ではなく、深く傷ついたがゆえに抱えるごく自然な心の揺れ動きだと感じます。人は「生きたい」「消えたい」が同時に胸の内で湧き上がることがあって、その動きが病気や過去の経験と絡むと、自分の意思とは別の力に引っ張られていくような感覚になることがあるよなと私自身も経験して感じることです。
子どもを持つことへの不安も、ただの一般的な心配ではなく、“自分が背負ってきた連鎖を誰かに背負わせたくない”という痛みと責任感から出ているものに近い気がしました。それは弱さではなく、むしろ、過去に翻弄されながらも誰かを守ろうとする強い感覚の表れでもあるのかなと私は思いました。
そしてあなたが文中で触れている“孤独”も、祖父母さんや伯母家族という“周囲に人はいたはずの環境”の中でも、心の奥に触れてもらえないまま育ってきた時間は、子どもにとっては深く心に穴を空けてしまうのではないかなと。大好きだった祖父さんが亡くなり、祖母さんが残りの“最後のつながり”のように感じられているのも、その孤独の歴史を考えると、不思議ではない気がします。
あなたのこれまでの人生は、“母を失った子ども”としてだけでなく、“母の生きづらさと死の理由を自分の中でずっと探し続けてきた人”としての時間でもあったはずで、その複雑さを一言で整理することは誰にもできないな…とも思いました。
ただひとつ読みながら感じたのは、あなたの中にある「死にたい」がすべて“消えてしまいたい願望”ではなく、苦しさからの逃げ場がどこにもなかった年月の重さから自然に湧き上がってきたものなのではないかということです。お母さんの気持ちを理解しようとして、自分の苦しさも抱え続け、その全部を一人で背負ってきた年数は、決して軽いものではないと思います。あなたが文章の最後で問いかけた「死にたいと思う気持ちが無くなることはあるのだろうか」という言葉に、未来への希望というよりは、“もう少しだけ生きる理由を探したい”という切実な願いも込められていたりするのかな、なんてことも勝手に考えていました。そう今抱えている気持ちを整理するのは簡単なことではないかもしれませんが、また必要な時はいつでも死にトリに思いを置きにきてほしいです。

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