経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

煙のように

はっきりと感じたのは中学に入った頃。他人との会話の仕方がわからない。思春期と言われる時期、他人の目を気にしすぎて会話に臆病になり、周りの大人や同級生の会話の仕方を真似て、普通を装った。それだけならその時期特有の人見知りと片付けられそうだが、そこからが始まりだった。高校受験を見据えて塾に通い始めた中1の冬。初めは個性的な塾長で面白いと思った。だが次第に通うことが辛くなった。塾長の言われたことから外れれば怒鳴られ冷たい目で見られる。元々他人の気持ちに敏感な私は、他人が怒鳴られている場所に居るだけで動悸がして頭はパニックになる。そんな環境に一年と数ヶ月身を置いていた私は、会話の理解速度が落ちてしまった。日本語なのにまるで外国語のように聞こえて意味がなかなか結びつかない。耐えられなくなりその塾をやめたが、中3から受験直前まで、死にたい、消えたいと声を押し殺して、無音で叫びながら泣いて、パニックになった。心が辛いと言う理由で親は学校を休ませてはくれなくて、体を引きずるように登校し、隠すように笑っていた。ある日のお風呂上がり、脱衣所の鏡の前、泣き腫らした顔を見て、私はまだ大丈夫、笑えると口角を上げた。すると胸の辺りからパキッと音がして、血の滲むような感覚がして思った、心が壊れてしまったと。
なんとか第一志望の高校に受かり、そこで出会う同級生はみんな優しく素敵な人ばかりだった。でも、心の隅には漠然とした空っぽのような気持ちがすくっていた。
今、美大受験で浪人中の私は、絵で自分の内側を見続けなければならなくて、押し込めていた感情も直視せざるを得ず、不安障害のような症状も出てきて、消えたいの波はまた押し寄せた。それと同時に他人の感情にもさらに敏感になり、特にマイナスの感情は、友人との対話や誰かの不機嫌そうな声はもちろん、ニュースやバラエティなどですら、自分に流れ込んでくるような気さえもするようになった。言葉にならない様々な感情が飛び交い、グニャグニャに混じり合い、頭と心を掻き乱していった。遠方の予備校に通うために一人暮らしをしているのに、ゴミ出しも片付けもできず部屋は荒れて、ひとりぼっちの自室に、無音に押しつぶされそうになる。私が崩れていく、このままでは真夜中の闇に飲み込まれてしまう。でも、暗闇に足を取られて動けない。
親や友人、たくさん話を聞いた。悩みも聞いた。何度も大丈夫を言った。でも、私の拙くてゆっくりな話を、黙って聞いてくれる人は、一体どこに居るの
深く深く沈んでいく、波に飲まれていく
普通を忘れてしまった

消えてしまいたい、煙のように

感想1

読んで、自分の状況を鋭く表現していることにまずは目が留まりました。美大への進学を目指しているとあり、豊かな感性を使うことが得意なのかなと思いました。きっと、敏感に物事を感じ取るタイプなのだろうと思いましたが、自分が感じることの渦におぼれそうになりながらも、必死に自分の状況を何とか冷静に捉えようと表現しているようにも思えました。
そんな中で、強烈な塾長の存在はあなたが普段から絶妙に保ってきたバランスを大きく崩したように思います。1年以上も耐えたことで、あなたの中のエネルギーは相当に消耗し、死にたいと強く思い、実際に死のうとする行動に至っても全く不思議ではないと思いました。おそらく、死にたい気持ちはあなた自身が自分に襲い掛かる苦しみから少しでも救い出すための戦略のようにも思えます。そして、その苦しみを一人でずっと抱え、周囲からは気付かれないように振る舞っていた様子からも、孤独な戦いをしてきたのだろうと思います。孤独の中で心がさらに研ぎ澄まされ、心が壊れた音が聞こえてきた瞬間も明確に気づいたのかもしれないと私なりに想像しています。
そして、今も周囲に気づかれることなく、むしろ周囲の悩みを聞きながら限界を感じ、この経験談を綴ったのでしょうか。書いて送ってくれたことで、あなたの苦しみは一人のものではなくなりました。孤独な戦いは重い扉を開いたと私は感じました。その扉を開けたのは紛れもなくあなた自身です。タイトルの「煙のように」は消えてしまいたい気持ちを表していると思います。でも、私には山奥から助けを求める狼煙の煙だと感じています。あなたの煙を確かに受け止めた(一方的かもしれませんが)と思いました。少しでも刺激の少ないところで、少し休む時間や空間が確保され、あなたの豊かな感性を自由に表現するときが訪れてくれることを願います。
また、必要な時はいつでも気持ちを記してください。待っています。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。淡々とした文章の中にあなたの感性がふと立ち現れるような経験談だと思いました。読んでいて、あなたが異国の地でひとりなんとかコミュニケーションをとり、なんとか生活してきたような、そんな張りつめたようなしんどさがあるのかもしれないと感じました。同じだというのもおこがましいと思うのですが、私は学校の中でずっと異物というか、違う星の人みたいな気持ちで学生時代を生きていたので、勝手ながら、あなたの経験談を自分にすこし重ねて読んでいました。

私もさまざまな感情が、物語や、テレビや、目の前の人から濁流のように流れ込んでくることがあります。それは頭で理解するというよりも、感情が振動のようになって伝わってくるみたいな、否応なしの感覚だと思っています。その振動の伝わり具合は人によってさまざまですが、きっとあなたも、さまざまな振動が深く伝わり、共振しやすいタイプの方なのだろうと思います。日々、疲れてしまうことも多いですよね……。
とくに、あなたの塾では怒りや萎縮が渦巻く環境だったのかなと思います。そんな中では自分に対しての感情ではなくても、同じ空間にあるだけでしんどくなるのも自然だと思いました。私も怒鳴り声などがとても苦手ですが、こればかりは、大人になっても怒鳴り声のある場所から離れる以外の対処法はなかやか見つからないし、遭遇してしまったらダメージを受けてしまいます……。

自分の創作物の中に自分の隠していた感情や記憶があらわれるのは、なんとか距離を置いていたものと間近に出会ってしまったような衝撃があるように思います。一人の部屋で過ごす中で、追い詰められてしまう部分もあるのかもしれません。
あなたが安心して過ごせる場所はどこかにあるのかなぁ、あなたの身体はいまリラックスできる場所にあるのだろうか、と気になっています。また、たくさんの混乱の中で、親や友人にも、そのしんどさをうまく伝えられないもどかしさや、あるいは断絶感のような感覚があるのかなぁと想像しました。
ここで私はあなたの声を直接聞くことはできないのですわが、あなたの言葉を幾度か読み返しながら、あなたの感性にほんの少しだけ触れさせてもらったように感じます。
あなたがここに訪れて、経験談を寄せてくれて、それを読むことができて私はうれしかったです。よかったら、あなたの言葉をまた聞かせてください。

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