経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

大人になって

子どもの頃から自分が嫌いで、何となく希死念慮があった。けれどクラスメイトや先生が気にかけてくれたから学生時代は何とかなった。しかし、大人になってからますます自己否定がひどくなった。SNSや他の人の話を聞いてると、自分よりも優秀な人たちばかりで、無意識に自分と比較してしまう。自分には到底この人たちみたいにはなれないし、一緒にいるのが申し訳なくなってくる。
私には短所しかなくて「ありのままの自分」がいいとは全く思えない。
みんなが簡単に出来ることも私には出来ないし、ちょっと注意されただけで泣きそうになるし、すぐに傷ついてしまう。全部直したいけれど、直さなくてはいけない部分が多すぎて、どこから手をつけていいか分からない。直さなきゃ、頑張らなきゃって思うほど苦しくて、涙が溢れてくる。どうしてこんなにダメなところしかないの。自分は出来損ないだから、人一倍努力しないといけないのに。もう私には毎晩泣くことしか出来ない。こんなすぐに傷ついて泣いてしまう自分はいらない。こんな不良品いらない。

感想1

読んでいる中で、私も似た考えや性格をしているなぁと思い、内容一つ一つに心を動かされているような感覚をおぼえながら読ませていただきました。
物事はまず始める段階があって、さまざまな過程を経て結果(完成)へと至ると思うんですが、SNSは特に、始める段階と結果に至るまでの過程が全く見えず、結果だけが目に見えるものだと感じています。気になって調べて出てくるものはどれも自分が理想とするものに見えて、それらを自分の現状と比較すると差を感じてしまう、なんてことも体験としてあるので、投稿者さんもひょっとしたらこれと似た感覚なのかな、と勝手にいろいろ考えていました。
小さな目標を一つずつ達成していこう、という言葉をよく耳にしますが、小さな目標の成功は「これくらいみんなできてる」と感じ、成功している感覚が得られないようにも感じます。ただ、それができてる「みんな」も同じステップを踏んでいるのかなと思うと、個人差があるだけなのかなって思ったりもします。
できない自分を責めてしまう気持ちは、私も体験したこと(現在進行形でもあります)なので分かるつもりでいます。だけど、そういった気持ちはため込まないで、つらい時はつらいって吐き出したっていい、泣いたっていいって思います。
投稿ありがとうございました。

感想2

私は「ありのままの自分」のよさを掴み損ねている者で、この経験談をどこか他人事とは思えないところがあるので、感想を書かせていただきます。
SNSに関する記述がありましたが、私はSNSで発信される情報って極端で、投稿する人にとって特に良かったこと、特に悪かったことが投稿されやすい気がしています。他の人が話題にすることも同様で、特に良いこと悪いことの方がどうしても印象的なので、そういった話題が出てきやすいのではないかと思っています。その意味では、SNSや他者の口から発信されるエピソードと、日常でさまざまなことを感じている自分自身とを比較するのは、なんだか対等でないような気がしました。あなたの自責は他者比較から生じている部分もありそうだと感じたので、このことを伝えておきたくなりました。
ですがそれでも比較してしまったり、自責してしまったりするのは、もはや自分の意思とは関係なく生じてしまう心の動きなのではないかと想像します(私がそうなので…)。だから仮に、「自分を責めなくて大丈夫」と伝えても、あなたを困らせてしまうのかなと感じました。それでも、あくまでフラットな視点から見て、この経験談に書かれているあなたの「ありのまま」には、誠実さや実直さが滲んでいるように感じ、個人的には短所しかないなどとは感じなかったことを、最後に伝えさせてください。投稿ありがとうございました。

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