経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

全てが辛すぎる、無力に感じてしまう

大学一年生です。
今年4月に地元から離れた所の大学に進学して、一人暮らしを始めました。自分は元々人とのコミュニケーション能力がないほうだと自覚はしていました。それでも中学、高校までは周りに恵まれていた影響もあり、特に弊害を感じることなく生活してきました。ですが、その能力のなさを嫌というほど感じさせられることになったのは大学生になってからです。慣れない環境の中で周りの人たちは話しかけたりして関係値を築く中で、誰に話しかけたらいいかもわからず、また話しかけてもどんなことを話せばいいのかわからず、孤立してしまいました。どうして初対面の人同士でそんなに話すことができるんだろうと思いながら、一人寂しく過ごしていました。その孤立に拍車をかけるように、学科の人数も少ないので、一度グループ的なものが出来上がってしまうとなかなか話しかけにくいし、どう築いていけばいいのかわかりません。そんな中でも一応話しかけてくれた人がいて、その人と講義を受けたりしていますが、どことなく心の壁を感じてしまいます。こっちが勝手にいるだけなのかもしれませんが、素の自分で話すことができず、さらに複数人で移動とかする際はみんなが楽しそうに会話して移動する中自分一人だけ後ろからついて行くみたいな状態になってしまいました。
そんな現実が続く中で、昔からやっていた趣味の創作でネットに逃げることにしました。高校の時も創作をしていて、その時は割と反応ももらってうまくいっていたのですが、今年からスランプに陥ってしまい、そのスランプが少なからず現在も続いています。今まで作ってきた中でトップレベルに頑張ったものが全然反応がもらえなかったり、気づいてほしいところをたくさん入れても一つも気づいてもらえなかったりと空回ることが多くなってしまいました。いろんな方から反応はもらったりしていますが、どうしても拭いきれないのが、なんか違うな…と。そうやってスランプ状態に陥る中で他の方の作品を見たりするとレベルが高く、自分の技術のなさというかそう言ったものに落胆してしまいます。同じ土俵で比べること自体が間違いなのかもしれないですが、それでも無意識に比べてしまい、自分を傷つけることになってしまいます。
これは大学のこともそうで、自分で勝手に自爆しているだけなんだなって思いました。一時期は希死念慮が強くなった時期もありました。詳しくは言えないですが、日にちを大体この辺にしてあとはどう消えようかと考えていました。(その考えていた日はもう過ぎました。)現在はその時よりは落ち着いてはいますが、死にたいという思いというよりかは、生きるのに疲れたとかこの先の将来に希望が持てないとかをずっと頭の中がぐるぐるしている状態です。将来に希望が持てないことについて、大学の分野が趣味である創作と関連するもので、その影響も相まって希望が持てない状態です。自分はこの先生きていけるんだろうか、全く生きていけると思えないです。
そして、こういった創作に関してですが、周りの人でもそういった人は見当たらず、気軽に相談できる相手もいなくてずっと抱え込んできました。じゃあ仮に創作じゃないところで生きようとしても自分に何の能力があるのかという話になってしまいます。おそらく進路を決めた時の自分は1番適正だと判断したのはその道だと。ただその選んだ道によって命の危機まで行ったし、仮に他の道を選んでもこれじゃないという思いを抱え込むだろうと思います。
正直社会に出た時に順応していけるとは到底思えないです。真っ暗闇の中で見えない出口を永遠に探しているような感覚です。これがせめてもの自分への慰めというかそう言ったものになればと思い書きました。
結論言いたいこととしては「とにかく辛すぎる」ということです。

感想1

投稿ありがとうございます。
「とにかく辛すぎる」感覚が言葉の端々から伝わってくる文章でした。大学生活、ネットの世界、社会の中での自分、あらゆる場面で自分と周りの違いや差を突きつけられ、逃げ場のない感覚なのかなとイメージしています。
趣味である創作は(そこと関連した分野を進路として選んでいることからも)あなたのアイデンティティに根ざした部分であり、同時に他者とのコミュニケーションの方法にもなり得るものなのかなと想像しました。大学という場では目の前にいる人と会話や物理的な行動が「コミュニケーション」としてわかりやすく表れますし、それに加えてネットの世界でも思うようなコミュニケーションを取ることが難しくなってしまったのだとしたら、人や社会とつながることに希望を持てない、無力感を覚えるのも無理はないことだと思いました。

特定の人と話したり、関わったりすることだけがコミュニケーションではなく、自分に肯定的な誰かの存在を感じ取ったり、話さなくても良い雰囲気を感じられたりなど、そういった「場」に対する安心感のようなものを得られることも、「場」と(外と)コミュニケーションを取っていることになると思います。それは自分一人で作り上げるのが難しい、とても相対的なものだと感じます。余談ですが、私自身も自分から人に話しかけて関係を築くのが苦手(興味関心や相手への配慮的な面で何を聞いたらいいか困る)なのですが、自分から人に話しかけられるのって「コミュ力」なのだろうか?どちらかというと「グイグイ力」というか、良くも悪くも一定の距離感で他人に接していく性質のことを指すんじゃないだろうか?と(自分がそれを持ち合わせていないからかもしれませんが)「コミュ力」という言葉を少し斜めに見てしまう気持ちもあります。

自分の得手不得手、好きな表現、心地いい距離感、あらゆるものが容赦なく「他人と比べてどうか」という大きな指標の中に取り込まれてしまう社会ですが、こうして自分だけの言葉を紡ぐことが、少しでも様々な辛さから離れる手段になればいいなと思いました。

感想2

コミュニケーション能力への自覚、中高と周りに恵まれていたこと、大学という環境で感じるに至った「孤立」という感覚、それらの話の全てがまるで私自身の義務教育→高校→大学生活との流れにとても酷似しており、自分の過去を追体験しているような気持ちで文章を読ませていただきました。

学校という環境が勉学だけではなく、多くの人が集まる人間関係の営みを包括した場である以上コミュニケーションによって起こる多くのことは無視できないように思います。それは中高のようにある程度の大きな規範と枠組みがある場では、自身が内向的だとしても良くも悪くももたらしてくれる交友の楽さは少なからずあるように私には思えます。

そして中高の時期を終えて、進路や生き方を考えた時に大学などは選択や可能性として出やすいかと思いますが、(もちろん個人差などはあるかと思いますが)それまでとの学ぶことへの意識や人との関わり方などとはまた違ったものを求められるように(私自身の経験としても)体感としては思います。

勉強はもちろん、部活やサークル、バイトとの両立やオフの時間にどんな経験をするかなどなど、時間割から何からとにかく自由度の上がるのが大学の良さでもあり悪さでもあり、そこへの順応のしやすさもかなりの個人差がある気がします。

私自身は大学を全くと言っていいほど楽しめず、話しかけられる人間は2人ほどで一人での時間もかなり多かったので、投稿者さんの感じる現在の孤立も(当時の自分ならなおのこと)痛いほどわかる部分があるなぁと思わず伝えたくなりました(突然自分の話をすみません…)。

そういった(私自身の話は別として)大学生活での孤立やある種の行き詰っている感覚がある中で、投稿者さんが昔から続けていた創作活動に取り組んだことは確かに現状からの逃げでもあったのかもしれませんが、現実では感じられない「拠り所」としてのネットでもあり、それもまた一つのキャンパスライフの形なのかなと私には思えました。(ただ、だからこそとでもいうべきか、「逃げ道」としての創作があったからこその大学生活とオーバーラップしている苦しさでもあるのかなと思ったり。。。)

まとまりのない文でつらつらと自分の思ったことを書いてしましましたが、一つとても印象的に感じたことが、これまでのこと、今のこと、そしてそれに対して自分が感じること、そのどれもがとても自身を内省して書かれている文のように私には思えました。というのも、私自身は自分の当時を振り返ってもそこまで深く自分の辛さを真剣に受け止めて考えられていませんでしたし、その答えのようなものに気づいたのも20代の後半になってからだったからです。。。

自身の辛さと真剣に向き合う、そこを深掘りすることには、等身大の自分や上手くできない自分を見なければいけないこともあるのかもしれません。ですが、それがこの先自分がどうしていきたいかを考えるとするならそれはとても大切なことのように私には思えます。

大学でのこと、創作でのこと、そしてこれからの人生やどう生きるかということ、それは直ぐには答えの出るもの、見つかるものではないのかもしれません。ですが、今率直に感じている気持ちやここに書き記してくれた文章に対する何かが、投稿者さんの中で見つかるこれからであってほしいなと思いました。投稿ありがとうございました。

お返事

感想を書いてくださり、ありがとうございます。
感想1の方が書いていましたが、自分から人に話しかけられることだけがコミュ力なのかと似たような話を大学の講義内で聞いた記憶があるので、頭の中では一概に話せる人がコミュ力が高いというものではないとわかっているつもりではいるんですが、こういう精神状態になったせいか、自己肯定感が底まで落ちて力がないとフィルターをかけてしまう感じがします。
感想2の方は自分の話に共感してくれて嬉しかったです。少し温かさみたいなものを感じたような気がします。同じような境遇にいた人がいたんだなって。
今は夏休みですが、決していい状態とは言えないです。実家に帰省しましたが、自分の部屋で1人でいる時に悲しくなったりもしますし、この精神状態になったせいか、変な夢を見た時があって、奇妙な事故が起きる夢を見てその数日後に、奇妙ではないものの似たような出来事が起きたりもしました。(自分とは関係ないところで)
今のやってることって、未来の自分に問題を押し付けているだけなのかもしれませんが、未来のことを考える余裕がなく、考えても先が真っ暗なのでもうそうするしかないのかなって思いました。

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