昔から自分の意見や大事なことを言おうとすると躊躇してしまう癖のせいで、家族や友人 、仲良くしてくれる周りの人達を振り回し大迷惑をかけてきた。
治したいのに、変わりたいのにいつもいつも失敗してしまう。
みんな許してくれるけど、毎回毎回同じことをやらかしてしまう自分のことが本当にキモくてだいきらい。
「死にたい」んじゃなくて「自分の存在を消したい」レベル。
のに死ぬ勇気もどこかに消える勇気もないままこの年齢まで生きてしまった。
私が消えたら家族や友人も平穏で幸せな日々を送れるんじゃないかな。
なんならこの世で1番いらない存在って私だと思ってる。
これ以上大迷惑をかけて生き続けるくらいなら消えた方が良いとさえ思う。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
もういいか
感想2
躊躇してしまうこと・言えない…となってしまう自分へのモヤモヤや、治したいのに…変わりたいと思っているのになんで?と自分への怒りが伝わってきたように思いました。でもそれと同じくらいに、自分の意見を言う恐怖や不安、抵抗感も強くあり、心の内側で葛藤しているあなたがいることを想像しています。「”大”迷惑」と複数書いてあったのもあり、実際にその時意見を言う場でなくても、日常的にそのシーン(や過去のこと)が頭に浮かんでしまったりして、その度に自分の存在を消したくなったり苦しんでいるんじゃないだろうかと感じました。消したい・いらない存在だと思うのも、そこには恥ずかしさや不甲斐なさ、許せない気持ち、不安がごちゃ混ぜになって、心の中で、自分ではどうしようもできない大きな塊を形成しているような、私にはそんなイメージが伝わった気がしています。タイトルには、もうこのループから助けて欲しい・解放して欲しい気持ちも込められている気がしました。
もし書けそうであれば、あなたのつらさをまたここで教えてください。
感想1
タイトルから、投稿者さんがこれまでずっと、思うようにならない自分と付き合ってきたことを感じました。人は生きていく中で少なからず誰かに迷惑をかける(頼ったり助けられる)ものだと思いますが、投稿者さんの中で「迷惑をかけてしまうのは悪」という価値観が根強くあり、その原因を自分という存在に求め続けてきたからこその苦しみ、徒労感なのかなと想像しています。どんな形であれ「諦められたら」もうすこし気が楽になるのかとも想像してみましたが、自分が必死に抑え込もうとしても出てしまう「癖」で悩んでいる最中に、それについて悩み続け・コントロールしようとすることに対して手を緩めても良いと自分に許可することはすごく難しいだろうなとも思います。
「これを直せばここが改善される」と頭で理解していても、思うように行動に反映させられない、頭では自分なりの理屈が通っているからこそ「どうしてできないのか」と頭でさらに自分を責めることになる…という負のループが起きている状態なのかなと感じました。たしかに、自分がコントロールできる範囲は自分くらいのもの(他人の気持ちや行動は他人のもの)ですし、そう考えると「自分」がその環境や状況の引き金になっていると感じやすいように思います。一方で、自分で自分はそんなに上手く操れないな、と思う私もいます。わかっていてもやってしまう、それこそが「癖」で、直らないことに落ち込むこともありますが、反面どうしてこの「癖」が身についたんだろう?という部分について着目してみるのも1つなのかなと感じました。