経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

問答法的診察にはもう疲れた

僕(19歳男)は6月に友人Aらの勧めで精神科を受診し、現在も診察とカウンセリングを継続して受けています。しかし、初診から2ヶ月経った現在でも未だに精神科に行くと恐怖感、というと言い過ぎかもしれませんが、少し苦手な節があります。それは、医師や心理士の”問答法的診察”です。問答法的、すなわち何度も「それはどうして?」って効いてくるような診察のことです。僕にとってがこれが苦痛でしかありません。

僕が高校生の時、自分のセクシャリティ(バイ)が原因で生きづらさを感じ、保健室に度々通う生活をしていました。何度か保健室に通っていると保健室の先生からカウンセリングを勧められ受談しました。その時はきっとセクシャリティのことで悩んでいるのだろう、といった明確な理由があったからまだ良かったのかもしれません。

そして大学生になった今、自分のセクシャリティのことはある程度受け入れられた?はずなのに急に涙が出てきたり、胸が痛んだり、焦燥感だったり、寒気だったり、希死念慮だったり、やる気がなくなったり、落ち込んだりしてしまうことがほぼ毎日のようにあります。でも、理由がわからないのです。しかし、明らかに症状としては体に出ているのです。そしてその様子を見ていた友人Aらが精神科の受診を勧めてくれて、親から保険証を受け取り、診察予約をして受診しました。高校生のカウンセリングの時から精神科の受診は勧められていた(記憶がある)が、保険証が親管理だったので行けませんでした。だって親に「精神科受診したい」なんて言えないじゃないですか。

まあそんなことでやっとこ精神科を受診することができたのですが、全然うまく症状を伝えることができないのです。いつもチャットGPTに伝えたいことメモを作成してもらい、それをノートに書いて持っていきますが、それを見る・見せるタイミングも掴めず、結局ぐだぐだな話をしてそれで終わり。カウンセリングも同様。そして、処方されている薬も効いているのかよくわからない状況。

いまだに、この症状は他の人にも起こってるものだと信じて止みません。というのも、別に僕はとりわけ酷い家庭環境や経済状況、学校・職場環境に置かれているわけではないからです。普通よりは劣るかな、といったレベルなので、それで僕がメンタル面で病んでるっていうのは自分が弱いと思わざるを得ません。そして、自分はこのような症状(寒気、胸痛、やる気のなさなど)は他人にも同じように起こっているのだろうと思っています。だから、自分が精神科を受診していていいのだろうか、ということも常々思っています。

言語化するってすごい難しいと僕は思います。だから精神科の診察やカウンセリングでの、「それはどうしてなの?」といった類の質問が本当に苦手です。でもお医者さんや心理士さんがそのように質問する必要がある、というのもよく分かってはいます。彼らを責めるつもりは微塵もありません。ただ、自分がうまく言語化できない、きっと理由はどこかにあるはずなんでしょうけどね。今では友人Bからもらったアドバイスをもとに、不安を書き出すノートを作ってみたりしていますので、次回の診察でうまく伝えられたらいいなと思います。そしたらきっともっと納得のいく病名の診断や、薬の処方がすぐにとは言わないけど、期待できるのかなと思っています。

かなり拙い文章にはなってしまいましたが、自分が元気だった中学生の頃のように戻れる日は来るのでしょうか。不安がおさまることはあるのでしょうか。不安で不安で仕方ありません。こんなこと言ってるから医師に不安障害と診断されたんですね。思いつくままに文章におこしてしまいましたのでかなり読みづらかったと思いますが、読んでくださり本当にありがとうございました。

感想1

投稿ありがとうございます。タイトルの「問答法的」という言葉の意味するところや、それがとてもしんどいというあなたの思いを読み、なるほどと感じています。
この文章を書くに至るまでの中でも、AIと相談しながら自分の考えをまとめたり、整理したりしていたのだろうか……と想像していました。(そうじゃなかったらすみません)
ツールはうまく使えば有益な補助輪になるものだと思うのですが、私自身はあまりAIを活用できていないので、あなたはあなたに合う方法を探って、今の状況をなんとかしたいと思ってやってきているのだろうなと考えていたのでしょう。

「この症状は他の人にも起こってるものだと信じて止みません」という部分もとても興味深く読みました。正直、そんなことはなくて、人によって感じていることもつらさの度合いも相当異なるというのが実情だと私は思っています。
もちろん、あなた以外にも苦しい思いをしている人はたくさんいるのも事実ですが、それはあなたやその人たちが、だから我慢すべきだということではなく、必要で当然のケアや支援をもっとかんたんに受けられるようになることが、この世の中にたりていないことだと思います。
ちなみに私も10代から精神科に通っていますが、通って数年は、本当に自分のことを話せなかったことを覚えています。(もちろんこれも、だから耐えろという意味ではありません!)病院は、診察室の限られた時間・空間の中で診察をしなければいけない仕組みになっているけれど、精神疾患は血液検査やレントゲンでわかるものではないからこそ、患者側からしても、伝えるのがとても難しいと思います。

ちなみに私はあなたと同じで、メモを事前に作成して、通院時に持っていっています。私もどのタイミングで渡すのか迷うことも多いのですが、大体は入ってすぐ、話しはじめる前に渡してしまうことが多いです。もしかしたら、「「それはどうしてなの?」といった類の質問が本当に苦手」ということや、どう答えていいかわからないといったことも、カウンセラーに伝えてみてもいいのかなと思ったりもしました。

あなたが友人たちのアドバイスから、いろいろ取り入れていることが印象的でした。まじめな人なのだろうなという感じもしているので、いろんなことを懸命に取り組もうとした結果、疲れ果ててしまうところもあるのかな、と思ったりもしました。

病名や薬は私はこれまでいろいろ変遷があります。診断基準や薬も医学の中でアップデートされ続けているものなのだなぁと思います。現在も、私はいろいろと薬や過ごし方の調整をしながら生活していますが、あなたにとって、すこしでも楽になる処方や、過ごし方が、これから見つかっていくことを心から願っています。

感想2

問答的な診察に違和感を覚えたこと、でもその事情も理解しつつ、友人の助言も取り入れながら前を向いている…。でもやっぱり不安…。そんな風に揺れる気持ちも素直に表現されている文章からあなたの人柄を感じられるような気がしました。
大学生になって毎日のように何らかの症状が出ていることを私なりに考えてみました。セクシャリティのことはある程度受け入れられてだいぶ日々生きやすくなったのかも知れません。そう安心した一方で、そこに至るまでにセクシャリティにまつわる無意識な感情の抑圧や緊張、不安などが今になって(少し安心したからこそ)自身の認識からは遅れてSOSとなって症状が出てきているのではないかなと私は推察してみましたが、どうでしょうか。

リスクから離れて安全地帯に行くと感情が溢れる人を見てきました。また、自分のことをずっと抑圧してきて、いざ理解者が目の前に現れた時に自分のことを話そうとするとひと言も言葉にならずに涙だけが出てくる人もいると思います。気づいたらどう話したら正解なのか、迷惑にならないのか考えていると言葉が出ないと話していた人もいました。「どうしてなの?」と問われると言葉にならず…というあなたのお話に少しつながるのかもしれません。
こうやって感想を書いている私は人の悩みを聴いたり、対話する機会が多いのですが、相手のことを知りたいと思うとつい「なんでだろう…?」ってすぐに浮かんで聴いてしまいます。沈黙は自分が気まずくなったり、相手を気まずくさせるのでは…とつい質問するところもあります。質問された人がどんなことを考えているのか、ヒントをもらったような気がしました。
この投稿文は書きながらあなたが自分の考えを整理しているようにも感じられました。私はあなたの横に座って黙って聴いているような心境で投稿文を読ませてもらい、感想を書きました。投稿ありがとうございました。

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