経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きていていいのか分からない

現在25歳の男です
情けない、言葉にしづらい息苦しさが常にあります
実家暮らしで、フリーターで、家族に甘えながら生きています
恋人はいません
過去には学生時代含め3人いましたが、お恥ずかしながら利用されたり浮気されたり、雑に扱われ、捨てられるように別れました
もう数年は経つのに、そのことが原因か人との関係に億劫になってしまいます
自分にはなんの価値もないと思ってしまいます
両親や兄弟が些細なことで少し言い合いをしているのを聞くと自分が死ねば解決するのではないかと思ってしまいます
友人と一緒にいる時も自分が死んでもどうでもいいのではないかと恐ろしい思考に襲われます
漠然と誰かに愛されたいと言ったような考えもあります

感想1

25歳ぐらいの私の状況に酷似していたので、思わず目に留まり勢いそのままに読ませて頂きました。実家暮らしやフリーター、親に甘えているや人間関係が億劫になっているなど、(私自身の感覚としては)「それで何が悪いの?」と思わず考えることですが、とはいえその何とも言えない「宙ぶらりんな状態」に今現在のあなたの息苦しさがあるのかなと想像していたところです。

冒頭書いた通り、25歳ぐらいの私もとても似ている状況に身を置いていて、今の自分としては「それで何が悪いの?」とまで思えるようには至りましたが、その当時はそんな風に自分を客観的にとらえることが出来ずに絶えずついて回る不安や焦燥感、人間関係の煩わしさや難しさを感じながら「自分が生きている意味って何だろう?」や「自分ってどういう人間なんだろう?」ということをよく考えていた気がします(自分語りになってしまいすみません…)。

突き抜けられたり、「それでもいいんだ」と思えたら少しは心持ちも楽になるのかもしれませんが、それにはとても時間がかかったり、自分の中でのタイミングや気づきなど一朝一夕には変えられないことに今のあなたの息苦しさや「生きていいのかわからない」という問いがあるのかなと私には感じられました。また、「漠然と誰かに愛されたい」という言葉で締められているのが印象的だったのですが、この言葉には(もちろん交際やそういった意味合いも含まれているのかもしれませんが)老若男女問わず、特定の誰かではなく“人に”愛されたい・自分という存在に興味を持ってほしいという意味も込められているのかな(私の体験や当時感じていたことを踏まえて)とふと考えた私がいます。

今あなたが身を置いている状況が変化するにはもしかしたら時間がかかるのかもしれませんが、少しずつでも一つずつでもあなたが望む形の人生になっていくことを勝手ながらに願っています。

投稿ありがとうございました。

感想2

自分も20代半ばティッシュ配りをしながら、将来をどうしようと考えていた時に同じようなことを思っていたことがあり、ドキっとしながら読ませていただきました。自分の場合は、自分が居てもいなくても世の中は進み続けているという現実に疎外感を感じ、誰かに存在を認められたいという気持ちからパートナーを欲する気持ちになっていました。「情けない、言葉にしづらい息苦しさが常にある、それは彼女がいないから」という、彼女が欲しいということをあなたは綴った投稿なのか?それだけでは無いような気が自分はしました。義務教育を終えると途端に自分の所属を自分で選択しなければならず、さらに評価のある所属を選択しなければならないという暗黙の価値感が漂っているように思います。何となくそうするもの、という目に見えないプレッシャーに自分たちはいたるところでさらされている気がしますが、自分の所属は自分だからとまずは気軽に言える世の中になって欲しいと思っている自分がいます。投稿ありがとうございました。

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