ここ数カ月ほど、「生きていたくない」という気持ちと「死にたくない」という気持ちの間を行き来しています。去年の4月に高校生になり、初めは楽しく過ごしていたのですが、勉強で溜まったストレスが爆発してしまいました。思うように結果が出せない自分にイライラする日々が続き、もう訳が分からなくなりました。最近は何をするのも億劫で、学校に行ってもただ疲れるだけです。同じクラスの人たちが楽しそうに過ごしているのを見ると、自分だけが取り残されているような気がしてすごく惨めです。朝起きてから夜寝るまで、ずっと憂鬱で、自分は何のために生きているのだろうと思います。でも、自殺に失敗したときのことを考えると怖くなリます。私はどうすればいいのでしょうか。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
生きていたくないけど、死にたくない
感想2
経験談を読ませていただきました。
成績、運動能力、楽しそうか否か(笑顔で過ごしているか否か)といった見えやすい部分(数値化しやすい、外に出やすいもの、ひいては比較しやすいもの)に価値を置くのはしんどいだろうな…と思いました。同じクラスの人たちが実は深刻な悩みを抱えていたとしても、笑顔で過ごしていれば「楽しそうだな。羨ましいな」と(私の場合は)思ってしまうだろうと思います。そして学校という場はそういった見えやすいものによって、色んな意味で評価されることもしばしばあると思うので、余計にそういったものを重視せざるを得なくさせられているのかなと思いました。
また、「思うように結果が出ないからイライラする」という言葉が気になりました。「結果が出ないから」と「イライラする」との間に何かが隠れているのかもしれないと私は考えました。例えば、「良い成績ととらないと良い大学に行けなくて、キャリアの選択肢が狭まるかもしれなくて辛い」「人に怒られることが想像できてしまう」「周囲から下に見られたり自分ができないと突き付けられたりするのは、自分のプライド的には許せない」といった何かが挟まっている可能性があるのかもしれません。どんな気持ちが挟まっていたとしても、そこに私は善悪はつけられないし、そもそも持ってはいけない気持ちはないと思います(それを口に出すかは別として)。育った環境によって持たされた気持ちもあるかもしれません。それは個性と言えるかもしれませんが、それがあなたにとって良い影響を与える場面も悪い影響を与える場面もあると思います。
毎日憂鬱だったり気力がなかったり…本当に辛いだろうな……と経験談を読んでいて感じました。そんな中でも経験談を書いて投稿してくださり、ありがとうございました。
感想1
投稿ありがとうございます。
私も「生きていたくない」気持ちがあるのに「死にたくない」とも思うので、あなたの言葉に揺れながら投稿を読んでいました。
そして、あなたとは理由は異なりますが、私も高校時代に初めてそういう気持ちを抱くようになったなとも思い出しており(「もう訳が分からなくなりました」は私も口にしていたように記憶しています)あなたの戸惑いや混乱、つらさなどを想像しているところです。
あなたは今「勉強」の「結果が出せない」ことによるストレスで苦しんでいるかと思うのですが、結果が出せないことで「取り残されている」感覚となることがより苦しくさせているのかなと想像しました。詳細がわからないのでずれたことを言ってしまうかもしれませんが、、学校のクラスというのは閉鎖的で、いつの間にか「これがふつう」かのような基準ができてしまいやすい空間のように感じています。特に高校は同じくらいの偏差値の人たちで作られる集団のため、勉強で遅れたり、大学進学などを考えていれば比較したりすることなども起こりやすいだろうと(経験上)思います。そうした空間において、「どうすればいい」かというのはとても難しいな…と感じ、また、ありきたりな意見となってしまうのですが…私としては「勉強」がすべてではないと思うことと、たとえば好きなことなどに打ち込むこと-特になければ、時間をかけてそうしたものを探すこと-に(勉強の傍らで)時間を費やすのも大事なのかなと思ったとお伝えしたくなりました。まずは可能な範囲で休む時間を持ちつつ、あなたが好きなこと、心地いいなと感じることは何かを、ひとりでも誰かと一緒にでも考える時間があってもいいのかなと私は思いました。そして、高校までのあなたはどのような人とどのようなことをして過ごしてきたのか(楽しかったとか嫌だったとか)、どんな気持ちを抱いてきた過ごしてきたのかを、機会があれば聞いてみたいなとも思いました。よければまた書きに来てもらえたらと思います。