苦しみは連鎖して、僕をゆっくり殺そうとしてきます。
最初の苦しみは家族関係でした。
物心ついた時から両親は喧嘩ばかり。
家にいるときも、どこかに出かけているときも、いつも変わらず罵り合っていました。
家にいるのが苦痛で仕方なかったのを覚えています。僕は今も両親を許せないままです。
初めは人並みに友達がいました。
でもだんだんと自分が醜く、気持ち悪く思えて、うまく話せなくなっていきました。仮面を被って作った友だちだったからでしょうか。中学3年生になる頃には、みんないなくなっていました。
そうしていつのまにか高校生になりました。でももう1年学校に行っていません。僕は小学生の頃から学校が大嫌いでした。ほぼ毎日下痢で、頭も痛くて、胃が痛かったです。別にいじめられてたわけじゃありません。でも日に日にホームから落ちる想像がだんだんと現実的(?)になってきたのです。いつか無意識のまま線路に落ちてしまうのではないかと怖くなって、学校に行がなくなってしまいました。
実は僕には恋人がいました。とにかく優しくて、可愛くて、面白くて、とても気の合う人でした。 僕は人生で初めて、愛されてると感じました。一人で勝手に「この人と死ぬまで一緒にいるんだ」と思い上がっていました。甘かったです。
ある日耐え難いほど辛くなって彼女に「しにたい」と言ってしまいました。その数日後、「受け止めきれない、自分には支えきれない」と言われ、振られてしまいました。彼女は何一つ悪くありません。そう言い切れます。では悪いのはしにたい僕なんでしょうか。
もう全てを失った気がします。幸せになりたいとも思えません。
僕の心はもうすでに壊れてしまいました。
楽しいことも嬉しいこともわからなくなって、感情が消えていきます。
「生きてればいいことある」なんて言うけど、心が壊れていたら意味ないんです。
もう疲れました。
でも大丈夫です。僕は死ぬのが人一倍怖いんです。なのでどうせこのままずるずる生きていくので心配しないでください。
長々と不満を書き散らかしてしまってすみません。読んでくださってありがとうございました。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
なんにもない
感想2
壊れてしまった心のまま、ここへ言葉を書きにきてくれたのかなと思いました。何度か読み返して感じたことは、あなたはどこかで人との心のつながりを求めているのではないかということでした。
両親の喧嘩の声の中暮らすのは、とても怖かっただろうなと思います。もしかしたら、怯えて布団に潜ったり、耳を塞いだり、喧嘩の間に入ったりしていたかもしれません。
そういった家庭環境で育つと、「人の顔色を見る」ことが当たり前になるのかもしれないと思います。怒らせないよう、喧嘩にならないようになどしていると自分の気持ちを置き去りに、相手の気持ちを汲み取って話したり行動すること『仮面を被ったように暮らすこと』が当たり前になってしまうことがあるように思います。(もれなく私もそうです・・。)
「人の顔色を見る」ことはとてもエネルギーが必要なことで、「人と関わる≒人の顔色を見る」ことになるので、相当なエネルギーやストレスがかかるのかもしれないなと、腹痛や頭痛があったという文章から感じました。
そんな矢先、心を開いて話せる恋人という存在はあなたにとってはとても大きなものだったのだろうと想像します。そして、恋人があなたにとってとても大切な存在だったことも伝わってきています。あなたが心を開いたからこそ伝えられた「しにたい」という言葉で、別れることになってしまったことは私もとても苦しい思いです。
「しにたい」という言葉だけを切り取ると、驚きとともに、どう受け止めればいいのか分からないのももしかしたら自然なことかもしれません。
「しにたい」という言葉の背景には「しにたいほど辛い気持ちや何か」があって、本当は「しにたいほど辛い気持ちや何か」をあなたの大切な人に理解して欲しかったのではないだろうかとも思っています。
今は難しくても少しずつでも、心をありのままに話せる場所や人と、つながることをあきらめないでほしいと、あなたと、私自身にも伝えたい気持ちになりました。
感想1
投稿ありがとうございます。
苦しみの連鎖があなたの心を蝕み続けてきたことが読んでいて伝わってきました。
家族からいつも「喧嘩」や「罵り合い」を見せられては「苦痛で仕方ない」と感じるのも当然で、むしろそれはまっとうな感覚のように私は思います。あなたを深く傷つけたと思いますし、「許せないまま」でも何もおかしくないのではないかとも私には思えました。人は深く傷つき、その傷が手当てされないでいると、自分自身のことを否定的に捉えてしまうと聞いたことがあります。そうだとすると「自分が醜く、気持ち悪く思えて」しまうのは、あなたにある傷があなたをそう(否定的に)認識させているとも言えるのかなと私は考えました。それは日常生活や人間関係に影響を及ぼすと考えられるので、友達関係がうまくいかなくなったのもまた傷の仕業と言えるのかも…などとも考えました(「仮面」をつけないと立ち回れなかったということだと思うので、あなたの能力の問題などではないように私は思います)。
また「小学生の頃から学校が大嫌い」だったとのことですが、これは学校側が抱えている課題であって、あなたの気持ちの問題などではないように私としては思いました。「いじめ」のような「嫌い」になりそうな具体的でわかりやすい理由がなくても、学校空間から感じるプレッシャーなど、様々なものがあなたにとって苦痛や恐怖だったのではないかと想像します。でもそれは周りからあまり理解されないかもしれないなとも想像したので、「恋人」の存在はあなたにとって支えだったのかと思います(時期にずれなどはあるかもしれませんが)。そのため、恋人と別れることとなったのは、それこそ「全てを失った」と感じるほどの大きなショックや衝撃をあなたに与えただろうと思いました。あなたの「しにたい」の言葉をお相手の方が「受け止めきれない」とされたことは、あなたの言う通り悪いことではないと思うと同時に、あなたが悪いわけでもないと私としては思います。問題は「しにたい」と安心して言える場が不足している(機能していない)ことや、そもそもあなたを「しにたい」と思わせるほどの苦痛の存在なのではないかと思いました。
最後に、私には「生きてればいいことある」などと決して言えませんが、人生、何が起こるかはわからないなと思ってはいるとお伝えしたくなりました。というのも、私は高校生の頃に学校に行くのが苦痛となり、「全てを失った気が」しながらここまで「ずるずる生きて」きたためです(当たり前ですが、今こうしてあなたの経験に触れ感想を書くことになるとは思ってもみませんでした)。そうした経験から、あなたには多くの目に見えない傷があるようにも感じていたので、可能な範囲で手当てに時間をかけてもらえたらいいなと個人的には思います。手当てといっても特別なことでなくてもいいと思うので、まずは傷ついてきたかも…と自分自身に声をかけてみてほしいような、そんな気がしました。ちなみに私は植物や動物に触れたり本屋に行ったり散歩したり(嫌な所から離れる時間を多く過ごしたり)したことが、手当てとなっていたのかなと今となって思ったりします。「意味ない」とあなたが思うことも理解(共感)し受け止めつつも、少しでも安全で、心地いいと感じられる時間をあなたには過ごしてほしいなと思いました。またよければ書きに来てください。