経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

父の性的虐待と鍼灸師のレイプ

赤ん坊の頃から父に性的虐待や暴力を受け、幼稚園児の頃、初めて自殺未遂をしました。
母はネグレクトと非常識な楽観さで、父のやることを「よそのおじさんがやったら犯罪だけど、お父さんならいいのよ」と肯定してました。
小学一年の日記には、「父が性器見せてとしつこい」と書かれています。
中学生になると毎日お風呂を覗かれ、布団に寝てるとわたしの名前を叫びながら覆い被さり、高校生では下半身を毎日触られ「マイ・ワイフ」と呼ばれて気持ち悪かったです。
抵抗すると暴力を振るい、殺されかけたことも幼少期から何度もありましたが、世の中の家族は皆そうなのだと思ってました。
20代で精神科医に「解離性同一性障害」と診断され、8か月入院。
その後30代で作業所へ通うリハビリに行ってた治療院で、父の友人の鍼灸師に、治療と称してレイプされました。
わたしの身体は公共のもののような気がして、ソープで働いたら傷が模様になって薄れるかと悩んでます。

感想1

投稿読ませてもらいました。
性的な暴力の様子が書かれていましたが、あなたの感情には触れられていませんでした。仮にあなたの感情が“無”に近いものであってもまったく不思議ではない程の逆境体験をあなたは強いられてきたのだと思います。家庭の中で安全に暮らせる日常なんて長年なくて、常に心身ともにあなたが危険にさらされて侵害されてきた日々だったのだろうと想像します。(そして今は以前よりは安全な環境でしょうか…?)幼少期からの性的な暴力だけではなく、さらに大人になってからは、レイプという暴力の中でももっとも卑劣な暴力を振るわれたことはあなたに積み重なってきたダメージをさらに深くしたのだと想像します。それに加えてあなたがSOSを出したけれど助けてもらえなかったという経験は今もあなたの中に冷えた塊として残っていそうです。身体は解離症状によって心に痛みを伴いながらもあなた自身を助けているのだと思います。
“自分の身体が公共のもののような気がして“とありました。自分の身体に周囲との境界線が感じられなくなっているという表現だと私は思いました。あなたの人格や身体はあなただけのものです。でもそんな正論がわからなくなるような経験をされてきたんだろうと改めて感じました。これからも死にトリに気持ちや考えたことを今回のようにそっと置きにきてほしいです。投稿ありがとうございました。

感想2

はじめに、勇気を持ってここに綴ってくれたことを率直に労いたい気持ちでいます。また、これまでのことを書きながら思い返すことで心身に不調をきたしていないか、今は安心安全が守られる環境にいるのかと、勝手ながら心配になっています。

過酷なトラウマの数々は、単に「傷ついた」では済まされない出来事だと感じました。また、長い間どこにも逃げ場がない状況の中に身を置いていたことを想像して、終始胸が詰まるような思いで読みました。「世の中の家族は皆そうだのだと思ってました」と書かれていましたが、他人同士であれば大変な問題になる暴力被害が家庭の中では無法地帯と化してしまうこと、なぜあなたが苦しまなければいけないのかと悔しく、やるせない思いでいます。
(あなたの感情を先取りしないようにと思いながらも、自分の思いを押し付けるような表現になってしまっていたらすみません)
解離もまた、あなたが自分の心を守るために発動した身体の反応であったように想像しました。最後の一文は、続く耐え難い苦しみから逃れたい一心の中で、自分の傷をどう扱うかということに悩まれているということでもあるのかなと感じました。もしそうだとしたら、一緒に考えてみたい気持ちでいます。
ご無理のない範囲で、またよかったらお話を聞かせて下さい。経験談への投稿ありがとうございます。

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