別人になりたい

10代である


僕の人生はなんなのかといつも考える。

僕は親のことが大嫌い。

過度な制限をしたりするわけではないけど ちょっとしたことで家を追い出されそうになったり 知り合いの前で罵倒された。

いじめを受けた。でもみんなお前が悪いと言う。僕は物を壊したり、頻繁に暴力を振るったわけではないのに。

大学受験の時。

難関大学を受けるとなった。

親は参考書を買うなど支援してくれた。

でも つらかった。 おまえは頑張っていないとはっきり言われた時は。 

今思えば 親の顔を気にして、楽な勉強に逃げていた。そして自分の実力を過信していた。結構的に、レベルをかなり落とした大学にも大差で落ちた。

今浪人をして医者を目指している。

でも、モチベーションは低い。

僕の本当にしたいことは、私個人として生きることから解放されたい。

今まで会った人間はほとんどクズばかり。

別の人として生きればどんなに楽しいことかといつも考えてしまう。 

人生詰んでもいい とにかく私個人として生きることから解放してほしい。 

今まで出会ってきたクズらの知らない自分として。

感想1

周りの人や環境が変わってほしいけど、そうならないから「別人になりたい」ということなのかなと捉えました。周りにもっと理解しあえて認め合えるような存在がいれば、もっと実力を出しやすいのに、という感覚があるのだろうかと想像しました。

そして、家庭や学校などで直面する困難が、投稿者さん個人の努力や実力の問題で済まされてしまうことが多かったのではないかと考えました。本当はいろいろと複雑な背景があって表面化していることなのに、一部だけを見て「お前が悪い」ということにされているのだろうかと考えました。そうなると、自分の人生に疑問を抱いたり、自分をやめたくなったりしても不思議ではないと思いました。

私は、自分が別人になっても、環境が同じであれば生活のしづらさはあまり変わらないのではないかと考えたのですが、投稿者さんが別人になればもっと楽しいだろうと考えるのはどうしてなのか、気になりました。投稿者さんが今までと違う、全く新しい場所・人間関係の中に身を置き、新しい価値観などに触れて、新しい活動をしたい、と感じているのかなぁというふうに読めてきました。

感想2

「私個人として生きることから解放されたい」という言葉が印象的でした。それが投稿者さんの書かれている「別人になりたい」ということなのだと思いますが、つまり、今投稿者さんがされている、あるいは今までされてきた評価や視線、行為から解放されたいということなのだろうと推測しました。

投稿者さんを追い出そうとする行為やいじめ、いじめられたときにかばってくれない視線、悪いと決める評価、どれも、投稿者さんに対して一方的なものだと感じました。そういう状況に身を置かれて、今いる場所や人間関係から解き放たれたいと感じることは自然なことだし、そう思える力を投稿者さんは持っているということなのだと感じました。難関大学や医学部の受験をすることは、親などの期待に応える側面があり、そこにモチベーションを感じづらいのかもしれないと思いました。

私は物語を読んだりドラマを見たりすることで、一次的に自分から離れる経験を多くしてきたように思います。投稿者さんにとって、心の逃げ場になる場所はあるだろうかと想像しました。たとえば音楽を聞くことやスポーツ、あるいは人と関わるような趣味などかもしれません。今は受験があり、そんなことをしている場合ではないと思われるかもしれませんが、投稿者さんにとって支えになり、また可能であれば他者との関係を広げるようなものが見つかるといいなと思いました。

返信

ありがたい感想とアドバイスをくださりありがとうございます、

僕も死にたいと思った時はこれが原因なのか分からず途方にくれていました。

その間は韓国ドラマを見て気を紛らわせていました。

別人として生きるということは、自分の悪いところもいいところも全て捨てて 期待をいちいちされず、高みを目指すようなことから完全に離れたいという気持ちから生じています。

今現在 宅浪をしている状態ですが、周りとの関わりが少なくなり、非常に精神的に落ち着きました。

今回は、僕の文にこのような素晴らしい感想を二つも載せていただきありがとうございます。