DVからの脱出

北海道・40代・女性

◇DVからの脱出

何度もくっついたり離れたりを繰り返していた、2番目の元夫と隣の市で暮らし始めたのが7月末。別れる原因は色々有りましたが、一番問題だったのは経済的DVでした。
私は精神障害者で、現在、障害年金と失業者保険を受給してます。元夫は働いてはいますが、何かと借金の多い人で支出の方が大きいので家賃や生活費は折半で、という当初の約束は守られる事は無く私が何とか食費などを捻出してました。それも難しくなり、冷蔵庫空っぽな日が続いたある日、私は以前からお世話になっていた支援機関のスタッフKさんに電話で相談しました。Kさんが、市の支援機関のSさんを紹介してくださり、市の職員にも事情を伝えてくれました。藁にもすがる思いでKさんに電話してホッとしました。訪問で相談に乗ってくれてもいました。

9月24日ついに、私は家を出ることになりました。手荷物を車に乗せて支援者の方達と警察署へ。シェルターにも電話しましたが、身体的なDVでない為、冷たくあしらわれました。警察に事情聴取されて私も悪い的な事を言われ辛かったです。一泊を許され警察署で一晩過ごしました。

現在は、支援者繋がりで以前住んでた市のグループホームに身を寄せています。11月末までは居られるそうです。それからの事はまだ決まってないので、どうなるのか?と不安です。個室でベッドや家電も有り、シャワーも浴びれるし昼と夜は食事も出ます。怖い職員も居ません。グループホームの入所者達ともうまくやっています。恵まれていると思います。
今まで人生の分岐点が幾つも有りましたが、その度に私の選択が間違えだったのだと思って眠れない日が続いてます。

グループホームに居させていただくのはとてもありがたいんですが、掃除当番も免除されていて他の入所者さんから見たら「あの人だけ特別扱い」的な雰囲気が流れ始めています。せめて何かお手伝いをと思い、調理員のお手伝いをと職員に伝えてみました。一応、女性調理員の時は手伝いを許されたのですが、何やら後から文句を言っています。私にも聞こえるような声で職員の偉い人に「私の仕事が無くなる!」と訴えているのです。良かれと思って許可を得てお手伝いしていましたが、明日からは何もしないで食べて眠るだけにしようと思いました。とても残念でガッカリしました。そして、ここにも居場所が無いのだと思い知らされ消えたくなります。直接断ってくれたらいいのに…やはり、私にはどこにも居場所が無いのだと思います。

◇蚊帳の外

結局いつも、当事者である障害者本人は蚊帳の外です。困ったことが有って支援機関に相談したら、本人抜きで会議を開きます。後日、事後報告的な提案をされ、受けるしかありません。
私は精神障害者です、統合失調症歴17年になります。病気が寛解して、健常者と変わらない状態になっても支援は必要だと感じます。しかし、本人の居ない所で会議を開かれても…と思ってしまうのは、わがままでしょうか?
昨日は身を寄せている、グループホームの調理員さんを手伝いました。許可を得て。夕食後に施設長へ文句を言ってるのが聞こえました。本人いるのに、何で直接言わない?と不快でした。文句を言うくらいなら始めからお手伝いの許可をしなきゃ良いのに、と思いました。調理員さんと顔を合わせたくなくて、今朝はずっと部屋にこもっています。ここに居る間は、余計なことをしないで大人しくしています。掃除当番さえ免除されて何もする事がありませんが、余計なことはできません。
お手伝いを申し出たのは、ただ、居させてもらってるのが申し訳ないと思ったからでした。もう、一切手を引きます。

◇居場所が無い

私の居場所はどこにもありません、今身を寄せている精神障害者グループホームにも。実家の有る人やアパートを借りて一人暮らししている人、グループホームに馴染んでいる人を羨ましく思います。
事情が有り、グループホームに短期的に入所させていただきましたが症状の重い方が多く、入所して8日ですが仲良くなれそうな人も居ません。私も精神障害者ですが、寛解していて薬を服薬する以外は健常者と変わらない生活が送れるのです。でも、支援機関や支援者達は本人抜きで会議を開き、後日報告となるのです。これから先の生活もどうなるのか、わかりません。ここを出る日も決まっていませんし、どこの街に住む事になるかもわかりません。
もう、日本には居場所無いのかもしれない、と本気で消えたくなります。もう、消えかけてるのかも。

感想1
「居場所がない」というテーマで詳しく教えてくださり、ありがとうございます。
あなたが経験したDVや精神障がいのある方への対応の不十分さは今の日本の社会の課題をそのまま映していると思いました。
最後の方で「支援機関や支援者たちは本人抜きで会議を開き」というところにとても共感しました。私は相談の仕事をしていますが、自分自身も重度の障がいがある子どもの親でもあるので当事者抜きの話し合いにはとても違和感があります。私としては当事者の方と一緒に考えていきたいと思って支援者に呼び掛けますが、理解を得られないこともあります。
ただ、そうではなく本人中心に考えて支援をしようといろいろ努力している人たちもいます。また、最近は「ピアサポーター」といってあなたのように病気の経験を生かして活躍する役割も少しずつ広がっています。経験談を拝見すると、何か役に立ちたいと思っている気持ちが伝わってきました。もしも、何かできることがないか探しているのであれば、情報やそうしたことを手伝ってくれる人につなぐなどできるかもしれません。また、その後の様子を教えてください。

感想2
なんの非もないのに搾取され傷つけられてきた人がその場から逃げてきても、「あなたも悪かったのでは?」とか「制度に当てはまらないから助けられない」みたいなことを言われることはよく聞きます。私自身もそういった状況に直面したことがあるので、あなたが今どんな気持ちになっているか、なんとなく想像がつきます。きっと自尊心や生きる気力を損なわれ、生きることに絶望さえ感じるだろうと思います。
現在は統合失調症が寛解していて、それでも支援は必要だと感じているのですね。それについてもっと詳しく聞いてみたいと思いました。どのようにして寛解にたどり着かれたのか、どんな基準で寛解したと思えるのか、今必要としている支援はどんなものか、教えていただけるとありがたいです。それについて最もリアルに語れるのは、あなたのように当事者経験のある人たちだと思うからです。そして、あなたに合った生活の場を探す(あるいは創り出す)ことを共に考えられたらと思います。
それと、グループホームでの手伝いの話を聞いて、陰で文句を言われるようなコミュニティは、言われた人はもちろんですが、そこにいる全員にとって居づらい場所なのではないかと考えました。また、ほとんどの利用者に重い症状があるという同質性や、会議は本人向きでしているからという従来の慣行に囚われて、あなたのニーズに合った柔軟な待遇がされていないのも残念です。
私たちが生きていくなかで困ったときに必要なサポートは、施設という箱に入れて決まりきった対応をするのではなく、当たり前の安全・安心な生活を送る中で、その人が本来持っている生きるパワーを解放させるようなことではないかと考えています。掃除や調理の手伝いなど、基本的な生活のことを、自分でできるのにさせてもらえないというのはとても不自由だと思います。今は大変な時期かと思いますが、落ち着いたらもっとあなたの考えを聞かせてもらえると嬉しいです。

感想3
DVから逃れて、落ち着いた生活のなかで、これまでの出来事や今の自分の立ち位置について深く考えているのだろうと思いながら読ませてもらいました。今に至るまで(今もかもしれません)めまぐるしい日々だったのではないでしょうか。これからどう生活していくのか、先が読めない生活の中で居場所を求めるのは当然だなと思いました。居場所を求めて自分から行動したのに、それが報われない結果になってしまったのは残念です。
ただ、もしかしたら「私の仕事が無くなる!」のは、それくらいあなたが手伝ってくれたのだという驚きを伝えてくれているのかもしれないなとも思いました。あなたには主体的にものごとを決める権利があるのに、相談しても本人抜きで決められてしまうのはおかしいなと感じました。これも推測ですが、支援をしてくれる人たちはあなたが大変な状況を生き抜いてきたことを心配して、あなたがお休みするべきだと考えているのかなと思いました。でも、だからといって決定権があなたにないのは不思議です。言い出しづらいかもしれませんが、あなたには自分も会議に入れてほしいと言う権利があると思います。

~経験談の続き(2週間後)~

支援者の方々が当事者抜きで会議を行う理由を私なりに考えてみました。
めまぐるしい渦中に居る私を休ませようと心配して考えてくださったのかもしれません。人手不足で忙しい現実が有るのだとも思います。例え事後報告になったとしても私に良い選択をさせてくださいました。知らない街での再スタートを選択しました。
グループホームでの食事準備は今でもお手伝いしています。掃除は申し出て当番に入れていただきました。一番信頼を寄せている支援者が「チームで助けるから!」と言ってくださった時、涙が出ました。
統合失調症が寛解していると医師に言われた訳ではなく、私自身がどんなに辛く苦しい嫌なことが起きても統合失調症の症状は出ない自信が有るからです。無駄な経験はひとつも無いと思っています。