経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

過去の自分を消化したい

両親共働きでちょっと寂しいけどよくある普通の幼少期だと思っていました。
でもそうではないと言われてから過去を消化できず苦しいです。
それでも今更どうしていいのかわからず、時々思い出しては泣いています。
家を出て約5年が経った25歳です。

小中学生の頃は共働きで父は大抵夜中に帰ってきて母も単身赴任で月2回程しか顔を合わせませんでした。
ですが父方の祖父母家族と同居して8人で暮らしていて、祖父母は学生の叔父叔母と同じように私たち兄弟の世話をしてくれました。

中学卒業と共に祖父母家族とは同居を解消して両親と実兄弟だけで暮らしはじめました。
同居当時、他の兄弟は我が子のように大層可愛がられていましたが、どうしても祖父母家族と私だけが相性が悪かったからです。

無事に高校卒業、就職、結婚となり家を出ることになった前日、私は母とお酒を飲んで思い出話をしていました。
酒に酔っていたからか「ママね、本当はお義母さんがちょっと苦手なの」と母が言いました。
それに便乗して私もそれまで口にしなかった祖父母家族の悪口を言ってしまったんです。
「同じ学生でも叔父叔母には何も言わないのに私だけが家事を手伝わされてほとんど遊びに行けなかった」
「私は頭が悪いからよくリモコンで殴られて痛かった」
「みんなが寝た後叔父に体を触られて嫌がるといつも二の腕をつねられた」
「誰一人として私の好物と嫌いな物を知らないんだよ」
「馬鹿が勉強したって意味がないって宿題する度笑われた」
「私がいない方がいいんじゃないかって思った」
「私さえいなければみんな仲良くできるのにっ婆ちゃんが言ってたけどその通りで言い返せなかった」
あまり考えないようにしていたことや言おうと思っていなかったことまでどんどん口から出て止まらなくなっていました。
こんなことが言いたいわけじゃないんだ、と気を取り直し最後に「そんなことがあったけど高校からは本当の家族だけで暮らせてとても幸せだったよ。ちょっと寂しかったけど二人が頑張って働いて家族を支えてくれたことわかってる、育ててくれてありがとう。」と感謝を伝えました。
それなのに「全く気が付かなくてごめんね」
「いつもニコニコしてて上手くやってるんだと思ってた」
「辛かったね、ごめんね、ごめんね」って母が泣くんです。

私は今幸せだよ〜って伝えたかったのになんでそんな事を謝るのか、それに仕事で忙しかった母はその場にいなかったんだからしょうがないでしょと言うと「確かに仕事もあったけどパパもママも既に円満離婚していて当時お互い恋人が居たからあまり帰って来なかった。混乱させると思ってあえて離婚したことも言わなかった。」「あなたが祖父母家族にされてきたことは虐待って言ってもいい事、それに気が付かなかった私たち親も同罪。そんな環境をおかしいって思えなかったあなたが可哀想でしょうがない」と返されました。

離婚してることも、恋人がいたこことも、それで当時帰ってこなかったことも初耳でした。本当の家族だけで住み始めた後、私が高校在学中に歳の離れた末っ子が新たに生まれていたのでなおさら驚きました。
確かに思い出してみれば小さい時「パパとママどっちかとしか一緒に住めないって言ったらどっちがいい?」と聞かれて「どっちも一緒じゃなきゃいやだ」って泣いた事、休日にパパのお友達だよって紹介された女性もママのお友達だよっていう男性も何度か会ったなぁって。

でも母から言われてまず、「え私可哀想なの?」って思ったんです。
そこではじめて自分がされた事を客観的に見たんです。

正直ショックでした。
もし図書館に私の自叙伝があって知らずに読んだとしたら「こいつこんなことされてんのにヘラヘラ言うこと聞いて、ちょっと考えたらわかるのに親の嘘まで気が付かないで馬鹿じゃないの?」って思うだろうなって。
普通だと思ってた自分の人生が突然可哀想な子どもの人生になってしまいました。
多分、心の奥底では気がついてたんだと思うんです。自分で見て見ぬふりをして、私は可哀想じゃないよ、よくあることだよって思い込むようにしてたんだと思います。
もしかしたら無意識に母に気がついて欲しいって思って今日話しちゃったのかな。
でもスッキリするどころか母が「ごめんね」と言うたびに何かがグサグサ刺さるんです。
父が知ったら母のように自分自身を責めるだろうし、自分の親族が孫を虐待してたなんてショックだろうからよっぽどの事情がない限り父には言わないで欲しいということと、可哀想と言われると悲しくなるからこの話はもう終わりにしようと言ってそれ以来母とこの話はしていません。

高校在学中に産まれた兄弟はいまではもう小学校に通っていて、時々実家に帰ったり学校行事を見に行ったりしています。
父や母が末っ子に宿題を教えたり、悪いことを叱ったりするところを見るとこんな一面もあるんだなと思い、その後で自分の親の何気ない一面を知らないっておかしいことだなと気分が沈むこともあります。
学校から帰ったら友達とゲームして両親が毎日帰ってきて世話を焼かれ伸び伸び育っている姿を見ると可愛い、愛おしいという気持ちになります。
でも家に帰り一人になると、必ず当時の自分を重ねてしまってあんなに可愛くて小さな子供に理不尽を振りかざした祖父母家族への憎しみや側にいなかった両親への怒り、恵まれた環境で我儘を言ってる末っ子への嫉妬、可哀想で馬鹿な幼いころの私への悲しみがぐちゃぐちゃに混ざり合って地獄にいるような気持ちになります。
祖母のため息や舌打ちの音、叔父のニタニタした顔が、母の「ごめんね」の声がまたグサグサ刺さってくるんです。
頭を抱えて泣き疲れて眠るしか今のところどうしていいのかわかりません。

母にあの日話さなくても何かのタイミングで自分が理不尽な目にあっていたと理解する日が来たかもしれません。
でも気がつかないままの方が幸せだったんじゃないかと思うこともあります。
今更になって消えてしまいたいと思うのもお門違いかも知れません。
当時「私がいない方がいいんじゃないかって思った」という気持ちが死んでしまいたいと言うことだと気が付かなかったままだった方が今こんなに苦しくなることもなかったんじゃないかと思います。
我慢を強要されることもなく、痛い思いをすることもなく、優しい家族と幸せに暮らしてるいるのに苦しくなります。

なんとも思っていなかった幼少期が思い返せば思い返すほど悲しい過去に塗り代わっていきます。人には話していけない汚い物になっていきます。
なんとか可哀想な幼い自分を消化したい、今は苦しいばかりです。
幼かった私と今の私のためにどうしてあげればいいのか、まだ答えがわかりません。

はじめて自分の気持ちを文章にしたので読みにくいところが多かったと思います。
レポートを募集されていらっしゃるにもかかわらず、ただの書き殴った様な文を送ってしまい申し訳ありません。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。

感想1

思い返せば思い返すほど悲しい過去に塗り替わり、人に話してはいけない汚ない物になる、そんな過去の消化に苦しんでいるからこそ、今回経験談を送っていただいたのかなと想像していました。

自分の人生や過去をどう捉えるかは自分だけの自由なことだと私は思っています。母親さんに伝えた時に「可哀想でしょうがない」という反応が、あなた自身の人生のとらえ方に大きく影響しているのかなと感じました。自分が普通だと思えば普通ですし、辛いと思えば辛い、それでいいのだと思います。(とはいっても、人は人に影響される生き物ですし、私自身も他者からの言葉にいつも影響されています。)

あえて考えないようにしてきたこと、言おうと思っていなかったことが口から出たのは、子ども時代のあなたからのSOSだったのかなとも考えていました。少なくともその時点からは幼い自分への消化が始まっているような気がしました。

感想2

あなた自身の感覚で、自分の幼少期について、普通だと感じるのも感じないのも、それについて考えるのも考えないのも、育ててくれた人に感謝するのもしないのも、当時つらかったと思うもの思わないのも、あなただけの自由なのではないかと思います。それは他人に評価されたり、押し付けられたりすることではないと考えます。

ところが、家を出る時の母親さんの言葉を読むと、「辛かったね」「可哀想」という勝手な判断や同情を押し付けてしまっているように聞こえたので、あなたに対して失礼な言葉ではないかと思いました。また、同情することで、あなたが幼い頃に帰宅しなかったことへの言い訳をしようとしているようにも見えてしまいました。一方的に言い訳をすることで子どもに許されようとするのは、ずるい態度ではないかなと私は思いました。

生きていると、それぞれ固有の人生があって、そこに普通とか可哀想とか何かのラベルを貼る必要ってあるのかなと疑問に感じました。人生ってものすごく多面的で複雑で、一言でこんな人生だった、とは言えないと思うからです。

「可哀想じゃない」「よくあることだ」と思い込むようにしてきたのだろうとご自身で振り返られていました。それはきっと事実なんだろうと思います。ただ、その事実に対して私は何の評価もできないし、あなたがそういう経験をして生きてこられたという現実を認めることくらいしかできなさそうだと思いました。

そして、消えてしまいたいと思うのは不思議なことではないと思いました。現在がどんな環境であっても、苦しいことはあって自然なのだと思います。

ただ、過去の経験は話してはいけない汚いもの、と書かれていて、それは違うのではないかと思っています。私は機会があれば、また聞いてみたいと思いました。もしまたお話したくなったときは、ネットの居場所「死にトリ」も活用してもらえたらありがたいです。

お返事1

感想を読んで

過去は変えられないし今更悩んでいる状況をどうにかしたい、でもどうしていいかわかりませんでした。
ですが、母に思わず話した事を幼い頃の自分への消化がはじまっているような気がする、と言っていただけてなんだか安心しました。
一歩でも半歩でもすでに前に出ていたんだなと思うと少し心が軽くなりました。
実は今回経験談を送った後とても後悔していました。
また自分の汚いところを他人に見せてしまった、経験談なんてかっこいい物じゃなくて俗に言う不幸自慢じゃないか、って思ってました。
でも実際に感想を頂いたら、機会があればまた聞いてみたいとおっしゃっていただいて、不思議な気持ちになりました。
経験談送ってよかったな、って思いました。
経験談を読んでいただいた方はなんとなく察しているかもしれませんが、私は他人からの評価や押し付けに弱く流されやすいです。
聞いてみたい、と言われたら話してみたいと思ってしまいました。こんなこと話していいんだ…目から鱗です。
感想ありがとうございました。

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