私は全日制に通う高校3年生です。元々見た目に先天性の病気を持っており、中学生の頃過敏性腸症候群と診断されました。どこへ行くにも帽子やマスクは必須で腸の飲み薬も常に持っています。そんな私ですが、高校に入学してから過敏性腸症候群が悪化。授業中も痛さに耐えながら過ごし、ひどい時はトイレで数時間過ごすこともありました。それでもなんとか単位を取り今に至るのですが、今年に入ってから思春期も関係があるのでしょうか…教室にいるとお腹が痛くなるのが怖くてだんだん教室に行けなくなっていきました。今は図書館で勉強したり保健室で休んだりしているのですが、単位のことで親も関与して学校側と話すところまで来ています。行かなければいけない。でも行けない。そんな自分が惨めで情けなくて苦しいです。
今学期に入ってから母は常に怒っています。それもそのはずで学費も教育費も親が払ってくれているのに自分はそのお金を無駄にして自分の都合で図書館にいるのですから母の気持ちは苦しいほど理解できます。しかしこの私の病気は全て父方の遺伝。母には到底理解はできないものです。理解されない苦しみがどんなものなのか。また、それが自分の親だと知ったら。今体感している気がします。今は受験のことやこれからの事,母が通信制高校に変わりたいという私の思いを理解してくれるのかを悩んでいます。
母には他の兄弟に悪影響と言われ最低限の会話と大きな物音,耳元での怒鳴り声,ため息,舌打ちが苦しくて家に帰りたくないです。早く死んで楽になりたい。こんな情けない自分とさよならしてしっかり自立した人間になりたいです。
図書室で勉強していても苦しくて、先生に相談しても、結局決めるのは親ですからもう相談する気にもなれません。いっそのこと早く殺して欲しい。そんなふうにまで思っています。
私は一体どうしたいのか、何になりたいのか。学校にいる今でも母親の怒鳴り声の幻聴が聞こえて耳が痛いです。帰りたくないです。お母さんこんな人間に生まれてごめんね。
長文失礼しました。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
自分が惨めで苦しいです
感想2
痛みと戦いながら単位をとり、ここまでくるというのはとても簡単なものではないと感じました。痛みも教室へ行かれないことも、あなたがそうなりたくてなったわけではないのになあと思いながら、あなたが自分を責めるような気持ちになっていることも、母親さんが怒っていることもとても切なく感じました。事情はあったとしても、家でのあからさまな母親の怒りに触れることは子供にとっては疲弊したり、消耗したり、傷つくことだなと思います。
どうしたいのか、何になりたいのかに向き合うことはとても体力が必要なことだとわたしは思うのですが、向き合ったり考えるにしても色々なことにチャレンジする体力や、自分が楽しいと思うものや苦手なものを感じ取る余白は必要な気がします。
その余白すらない中で進路や選択を迫られるというのは、とても過酷すぎることなように思うのですが、時期も相まってあなたの希望することの理解が得られず、しんどい状況が続いているのかなとも感じました。ここまで頑張ってきたあなたのことをまずは認めてもらいたいし、痛みや辛さ、編入したいというあなたの気持ちを受け止めた上で、現実的にそれが可能かどうかを伝えてくれたらなあ、とも思います。難しいなら難しいで、他の方法を模索する心の準備だってできると思うのです。
少しでもあなたの気持ちが軽くなる手段や方法、瞬間が訪れることを願いながら、また行き詰まった時にはいつでも書き込みに来て欲しい気持ちでいます。
感想1
学校の周りの人とも親とも分かち合えないしんどさの中で、これまでも一人で耐えるしかない瞬間がたくさんあったのだろうなと思いました。これまでも不安やストレスを抱えて学校生活を送ってきたのかなと思うと、教室に行くこと自体の負担が大きくなるのも自然なように感じます。たしかになにも問題なく苦しくなく行けたら理想形なのかもしれないけれど、しんどい状況を無理してまで行かないと行けないかというと疑問だなと個人的には思います。(私も事情は違うのですが学校に投稿するのがしんどい学生で、たまたま全日制でも出席日数の概念がない学校だったのでぎりぎり卒業しました。)
読んでいると、母親さんには、怒る前にあなたのしんどさに気づいて……という気持ちになるのですが、そこであなたも高い壁を感じているのかなと思います。遺伝以外の部分では父や他の親族のことが出てこなかったので、あなたの家族に大人は母親さんだけなのかなとも想像しているのですが(違っていたらすみません)、その中で母に理解されない状況はとてもつらいだろうなと思いました。同時に、もしかしたら母親さんも余裕のない状況が続いているのかなと思うと、学校の先生とか、支援者とか、安全な第三者の大人がサポートしてくれる状況にならないものだろうか……と考えていました。
マイノリティであるということは、しんどい体験を共有する機会が日常で得づらいということだとも私は感じています。だから、本当はどこかにきっといるあなたと近い経験をしてきた人が、あなたと一緒に「あるある」を語れるような場所があったらいいのになと、勝手な夢想をしています。私自身もあなたと同じではないけれど、私自身の障害などのマイノリティ性の中で「世界に一人じゃない」という感覚を探している気がします。(一方で、同じ病気や障害、マイノリティ性を持っていても全然別の経験をしていたり、分かり合えなかったりということも当然ありますが。)伊藤亜紗の『体の居場所をつくる』という本を少し前に読んだのですが、インタビューをまとめた本で、それぞれの抱える病気や障害や生きづらさの中で、自分の体とどんなふうに関わるかが語られていて、同じじゃないけれど共感するところもたくさんあって心に残っています。
全体を通して、私はあなたが悪いとはまったく思わなかったです。いまのしんどい状況がすこしでもやわらぎますように。居場所が見つからない時には、いつでもまたここにきてください。