私は小学校1年の時からてんかんという持病を持っています。誰かの前で意識を失う恥ずかしさ。相手が「あれ、今Wi-Fiない?笑笑」とか言って意識を失うということをからかってくるときも何度もありました。辛いよねわかるよ、と色んな人に言われますが、知った振りをしないでほしい。経験してない人にしか分からないし、少なくともその人たちは病気はなく学生生活を送れたのだから。そしてこの病気は祖父と曾祖母の体質の遺伝からくるそうです。2人とも健康体なのに。みんな、その2人がいなければ生まれてこれなかったんだから感謝しなきゃだよ、と言うけど、こんな思いをするくらいなら生まれてきたくなかった。小さいながら苦しくて、明るかった性格がどんどん暗くなりました。でもそんな自分もまた嫌になり、中学入学をきっかけに内面も外見も自分が好きと思えるような人になれるように努力しました。結果元の性格に戻れてすごく楽しかったです?でも、その中でも今までのトラウマは消えることはなかったんです。中2になり、4人グループの中私以外の3人がどんどん仲良くなっていきました。もともとてんかんの関係で行けない日が多い私。3人が仲良くなっていくのが見てて辛かった。3年生になったら解放される、楽しいクラスになれると信じて過ごしてきました。でも、3年になって、最初は楽しかったのに、少ししたら2年の時と同じ感じに。さらに今年はもっとひどい…グループに1人問題児がいて、その子以外は優しいけど問題児が気分屋すぎるんです。でも大半が、私をいないような空気で扱ったり、私がグループ内で発言すると聞こえないフリしたり。でも私と仲良くする気分の時はすごく優しいし。それが嫌で学校に行きづらくなり休みがちに。唯一楽しめるのは部活です。後輩の同級生が私の発作を見て笑ったら真剣に怒ってくれるような人達です。(実際に経験済み)剣道部で、市の選抜チームのメンバーに選ばれたのでまだ引退していない状態です。部活の後輩たちは男女関係なくすごく慕ってくれていて、楽しいと思えます。部活がある日は学校に行くようにしました。でも部活があっても学校に行けない日が増えてきました。楽しいと思える部活があってもなお、怖い、辛い思いをしたくないという気持ちが大きくなってしまいます。クラス全員が私のこと嫌いなんじゃないかと思ってしまいます。なにかこそこそ話しているのを見たら私の悪口なんじゃないかと思わずにはいられません。さらに昔のトラウマが強く感じるようになり、人に嫌われないように、無茶なお願いも軽々受け入れ、本当は嫌だし怒りたくても笑顔で許してしまう。こんなんだからさらに舐められるんですよね。そして今年は受験生です。私は高校こそは絶対に楽しみたいんです。私が目指しているところは県の中でもとても頭がいいところです。内申点を少しでも高く取りたいのに、行けない。そんな自分が嫌いです。そもそも病気で、他の人が当たり前にできることを小さい時からたくさん我慢してきて、でも欠神発作と脱力発作両方の症状があって、難治性と言われ、今脱力発作がなくなり、やっと少しづつ良くなってきているのに。普通の人として生きたいだけなのに。その上クラスでこんなふうになって学校も休みがち。もう限界です。前世なにかしたのでしょうか。疲れました。楽になりたい。もう私は十分耐えましたよね?もう終わらせていいですよね?死にたいです。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
なんでこんなに耐えなきゃいけないの
感想2
てんかんを抱えて生きることのリアルが伝わってきました。私のまわりにもてんかんがある人がいますが、多くは重度の障がいを持っていて話すことができない人なので、直接経験を聞くことはありませんでした。あなたの経験談からはてんかんのことだけではなく、様々な困難や悩みごとが絡んでいるように感じました。特に人間関係について悩みがずっと続いているように思います。それだけ、周囲の人の動きにいつもアンテナを立ててきたのかもしれません。てんかんがあることにより、周囲へのアンテナが高くなったのか、もともと人間関係について敏感だったのか分かりませんが、いずれにしても、学校に所属している間は自分で選んだわけではない人間関係がついて回ります。その人間関係に対処することは想像以上に、あなたを疲れさせているのかもしれないと思いを巡らせました。てんかん発作はとても心身に負担がかかると聞いたことがあります。他の人にとってそれほどでもないストレスがあなたの場合はたくさんの負担になっててもおかしくないだろうし、それについて周囲から気づかれにくく、理解されにくい事情もありそうだと思います。
また、タイトルと最後の方にも書いていた「耐える」ワードの重みが気になっています。きっと、耐えてきた、我慢してきたことがあるのでしょう。そして、周囲には耐えていることが分からないようにしてきて、もともとのつらい出来事と同時につらいことが周囲に分からないようにひとりで耐えたことの二重の我慢が、タイトルや最後の言葉になって出てきたように思えました。
出来事は自分の力ではどうにもならないことが多いです。持病も人間関係も自分でどうにかなることは限られています。ただ、つらいことをつらいと表明するなど、ひとりで抱えなくても済む方法なら少しはあるかもしれないと私は思います。その一つとして、こうして率直な気持ちを書いてくれたように感じています。また、少しでも必要だと思ったら、ストレートな気持ちを届けてもらえたらと思います。
感想1
経験談を読んでいて、「普通に生きたいだけ」という言葉が特に心に残り、これまでどれほど我慢してきたのだろうと考えさせられました。病気による発作への不安や、人から笑われたり、仲間外れのように感じたりする経験が重なれば、学校に行くことさえ怖くなってしまうのは無理もないのではないかと私は感じました。
また、周りから「つらいよね」「分かるよ」と言われても、「経験していない人には分からない」と感じてしまう気持ちも、私は否定できないと思いました。分かろうとすることと、本当に同じ経験をすることは違うからこそ、簡単に「分かる」と決めつけず、あなたの言葉をそのまま受け止めることが大切なのではないかと感じます。
いじめや、発作を笑うことは決して許されることではありません。一方で、私は相手をただ「悪い人」と決めつけて終わらせるのではなく、なぜそのような関係が生まれてしまったのか、その場にいた周囲の人や学校の環境に何があったのかも考えてみたいと思いました。誰か一人を責めるだけでは、同じことが繰り返されてしまうかもしれないからです。
そして私は、これは決してあなた一人だけの問題ではなかったのではないかと思いました。病気がありながらも、部活動では大切にしてくれる人たちと出会い、居場所や人とのつながりを感じられていたことからも、環境が変われば感じ方や過ごし方も変わるのだと感じました。
「もっと普通にできなければ」と自分を責める必要はなく、これまで耐えてきたこと自体が、あなたの頑張りだったのではないかと私は思います。
最後に、私自身もてんかんがあり、学校に行けない時期や、いじめや理不尽に無視される経験がありました。それでも、そばにいてくれた友人がいたからこそ、今こうして生きていることを大切に思えています。
もしまた苦しくなった時は、一人で抱え込まず、誰かに話したり、ここに気持ちを書きに来てください。どうかあなた自身を大切にしてほしいと、私は思っています。